聞く覚悟
蕭条さんの一言に、一瞬だけ唖然とした様子を見せながらも、すぐに平静を装う鬼山さん。
対して蕭条さんは、俯いたまま何かに耐えるように、その身を縮ませていた。
「蕭条。 あの日記を読んでいるのなら、俺がお前の記憶を奪ったことは、もう知っているな?」
「……はい」
鬼山さんが蕭条さんの記憶を、奪った……?
「……待ってくれ、鬼山さん。 記憶を奪ったって……」
「お前たちには話していなかったが、蕭条は三年前までの記憶を失っているんだ。 そして、その記憶を奪ったのは他でもない、この俺自身だ。 俺が能力を使って、記憶を奪った」
「……………………」
知らなかった。 蕭条さんが、記憶を失っていたなんて。
何より、鬼山さんがその記憶を奪った張本人とは、どういうことだ?
何の為に鬼山さんは、蕭条さんの記憶を……?
「……鬼山さん。 もしかして昨日の夜、鬼山さんが俺に話す予定だった蕭条さんについての話ってのは……」
「蕭条の記憶について、話すつもりだった。 俺に何かがあった時、事情を知る者がいた方が助かるからな」
「……記憶を奪ったのには、何か大事な理由があるんだな」
自分で言うのも何だが、俺は人の感情というものに敏感だ。 誰が誰に対してどのような感情を抱いているのか、だいたいわかってしまう。
鬼山さんたちと同居し始めてから約一ヶ月。 鬼山さんの俺や桃子、蕭条さんに対する感情は、決して悪いものじゃなかった。 若干人間不信な俺が気を許すくらいには、鬼山さんは信頼できる人物なんだ。
だから、鬼山さんが自身が能力者であることを隠していたことや、蕭条さんの記憶を奪ったことにも、ちゃんとした理由があるに違いない。
やむを得ない事情。
誰かを傷つけ、自分だけが利益を得る為ではない。
鬼山さんが蕭条さんの記憶を奪った理由は、きっと……。
「大事な理由が無いと言えば嘘になる。 だが、今となっては、あの選択が正しかったと言える自信がない。 俺は最初から、間違っていたのかもしれないな」
「……話してくれよ、全部」
「わかった。 全部、話そう。 ……蕭条。 本音を言えば、これから話すことはお前には聞いて欲しくない」
鬼山さんの言葉に対し、蕭条さんが反応する気配はない。 さっきと変わらず、俯いたままだ。
「何せ、お前の記憶についての話だからな。 俺は、何があっても奪った記憶のことを隠し通そうと思っていた。 お前から、あの事件のことを永遠に忘れさせたいと願っていたんだ」
けれど、その耳は確かに鬼山さんの話を聞いていた。 蕭条さんの感情は、鬼山さんの言葉によって揺れ動いている。
「……ここまで聞いてもまだ、俺がこれから話す全てを聞く覚悟があるのなら、この場に残ってくれ。 お前が望むなら、俺は話さないわけにはいかない。 どんなにその内容が、お前にとって残酷であってもだ。 あの日記を読まれた以上、俺に隠し通すという選択肢はない」
果たしてその言葉は、蕭条さんの心に響いたのか。
蕭条さんは、ゆっくりと顔を上げた。
そして――
「……聞く覚悟は、あります。 だから、全部話してください」
蕭条さんは、確かにそう言った。
「……やはりお前は、強いな」
鬼山さんがどのような思いからその言葉を口にしたのかはわからない。
ただ、その時の鬼山さんの表情は、いつになく優しげなものだった。
時刻は午後二時を少し過ぎた頃。
窓を閉め切り、エアコンにより部屋を涼しくしているものの、このリビングには六人も人が存在する。
人の体温は約三十七度。 つまり、三十七度の熱源体が六つもこのリビングにいるのと変わりない。 冬ならいいが、夏は暑くて堪らない。
しかし、そんな蒸し暑さも今は大した問題ではない。
この場にいる誰もが、鬼山さんの話す内容に耳を傾け、集中していた。 鬼山さんが、話し始めたのだ。
「繰り返しになるが、俺は記憶を奪う能力を持つ、能力者だ。 能力者とは、生まれつき特殊な能力を持って生まれた存在。 生まれつきといっても、生まれた時から自身の能力に気づいているなんてことはまずない。 能力者が自身の能力に気づく時期は、人によってまちまちだ」
この辺りの話は、家守恭介から聞いた能力者の話と同じだ。 能力を自覚した能力者よりも、自身の能力に気づかず一生を終える能力者の方が多いだろうという話。
「俺が自身の能力に気づいたのは、二十歳の頃だった。 気づいたというよりも、気づかされたと言った方が正しいか。 俺はある男に出会い、能力のことを教えられたんだ」
「ある男ってのは、戸影慎一のことか?」
「……何だ、そこまで知っているのか。 その通り、俺は戸影慎一によって能力を自覚させられた。 そして、〈違法点〉と呼ばれる、能力者を集めて創られた組織にスカウトされたんだ。 スカウトと言っても、俺が〈違法点〉に加わることは戸影にとって決定事項だったらしく、俺が素直に首を縦に振らなかったとしても、戸影はあらゆる手を使って俺を〈違法点〉に加えようとしただろうな」
能力者を掻き集めて創られたという、〈違法点〉。 かつて家守恭介も所属していた組織に、鬼山さんも……。
「戸影慎一は、能力者だ。 能力によって、他人の能力に気づくことができる。 戸影はその力を利用し、能力者を集め、〈違法点〉を発展させていった。 もちろん、能力者はそう簡単に見つかるものじゃない上、戸影以外が能力者に気づくことはできない。 だから、一人の能力者を増やすのにも相当の時間と労力が必要だった」
「戸影慎一自らが能力者を探し回るわけだもんな……。 それに、運良く能力者を見つけることができても、その人が〈違法点〉に加わってくれるとは限らないだろ? 無理やり従わせるなんて真似は現実的じゃない」
「お前の言う通り、能力者が見つかっても、その能力者を意のままに従わせることは難しい。 そこで、能力が使われる」
「まさか……。 鬼山さんの能力は……」
「戸影に重宝されたよ。 俺の能力は、人を支配するのにこの上なく便利だ。 最も、俺の能力だって何の制約もないわけじゃない。 記憶を奪っておけるのは、最大で三人まで。 四人目の記憶を奪うと、一人目が記憶を取り戻してしまうんだ」
記憶を奪う能力。
記憶を奪うということは、その人物の過去を殺すようなものだ。 過去を殺された人間は、何を頼りに未来へ歩むことになるのだろうか。
「人見啓人と家守桃子はもう知っているようだが、笹倉桜という能力者の少女がいた。 彼女は、異世界さえも創り上げる史上最強の能力者だ。 もちろん戸影は彼女の力を欲したが、それは叶わなかった。 彼女の能力を前に、〈違法点〉は何もできなかったんだ」
「ってことは、戸影は笹倉桜を手に入れることを諦めたんだな?」
「……どうだろうな。 まだ、諦めていないのかもしれない。 だが、確実に以前ほどの執着心は残っていないだろう。 何故なら、戸影は手に入れたんだ。 笹倉桜とまではいかなくとも、凶悪な能力を持つ、能力者を」
「凶悪な能力を持つ、能力者……?」
「その能力者は、まだ若い青年だった。 彼は戸影に、竜崎と呼ばれていた。 俺も詳しいことは教えてもらっていないが、竜崎の能力は、戸影曰く『戦闘において絶対に負けることはないもの』だそうだ。 ここまで自信たっぷりに言うほどぶっ飛んだ能力を持つ能力者を、戸影慎一は手中に収めたことになる」
「手中に収めたって……。 まるでその竜崎ってのが、戸影慎一の思うままに動く駒みたいな言い方だけど……」
「その認識で間違っていない。 竜崎は、戸影に従順な下僕だ。 戸影の言う事なら、何だってするだろうな。 もちろん、そんなことを可能にしたのは、能力だ。 言っただろう? 俺の能力は、人を支配するのにこの上なく便利だと」
まさか、鬼山さんは竜崎の記憶を奪って……。
いや、記憶を奪うだけで、そう簡単に人を支配することができるのか?
「俺は、竜崎の記憶を奪った。 記憶を奪う為にもある程度近づく必要があった為、相当苦労したが、とにかく記憶を奪うことには成功した。 だが、俺にできるのは記憶を奪うことだけだ。 記憶を改竄したりなんて芸当はできない」
「それだけじゃ、竜崎を都合の良い駒にすることはできないよな……?」
「ああ。 そこで、戸影の能力が使われる」
能力者を見つけ出すことができる、戸影慎一の能力。
結局、家守恭介が戸影慎一の能力について教えてくれることはなかったが……。
「……その能力ってのは、どんな能力なんだ?」
「一言で言えば、人の心を読む能力だ。 戸影は、人の心を読むことができるんだ」
「――――――っ!?」
人の心を読む能力……!?
世界を創り出す能力なんかと比べると、どうしてもスケールが小さく見えてしまうが……。
人の心が読めることで、一体どれだけの可能性が生まれるのか。 想像するだけでも恐ろしい。
「戸影はな、人の心を読む能力を活用し、記憶を失った竜崎を洗脳した。 人の心が読めるだけじゃ、人を支配することはできない。 それを可能にしたのは、戸影自身の手腕によるものだろう」
「……待ってくれ、戸影慎一が人の心を読めるってことはわかった。 でも、それが何で能力者を見つけ出せることに繋がるんだ?」
「戸影の心を読む能力はな、例えば今俺が『腹が減った』と思っていたとして、それをそのまま『腹が減った』と読み取れるものじゃないんだ。 戸影が言うには、言葉というのは実際に口に出したり書いたりしない限り、固定化されていないあやふやなものらしい。 よって、人の心なんてものはわかりやすく文章のように読めるものではないそうだ」
いわゆる心の声ってのを、そのまま聞けるわけじゃないということか。
となると、戸影の心を読むというのは、一体……?
「じゃあ一体、戸影の心を読むというのはどのようなものなのかと言うと、感情のニュアンスを読む取るものなんだ。 戸影は、人の心の色が見えるらしい。 その色の変化や違いを見ることで、人の心がどのように動いているのか把握し、人の思考さえもだいたいわかってしまうんだとさ。 だから厳密には、戸影の能力は人の心を読む能力とは言えないのかもしれない。 能力自体は、人の心の色を見ることで、人の心を読むことを可能にしているのは、戸影自身の経験則によるものと言った方がいい」
「……これまた、わかりにくい能力だな」
「まあな。 戸影の能力は、戸影本人に聞いても完全には理解できそうにない。 探知魔術のように、本人の感覚的なものなんだ」
「その能力で戸影慎一が能力者を見つけ出せるのは、能力者特有の心の色でもあるってことなのか?」
「その通りだ。 戸影は能力者と能力者ではない人間を、心の色を見ることによって区別することができる」
ここまで聞けば、以前家守恭介が言っていた『危険な目に遭って欲しくない』という言葉の意味が何となくわかってくる。
俺や桃子が戸影慎一の能力について知っていると、戸影慎一はそれを読み取ってしまうんだ。
戸影慎一にとって、自分の能力について知っている人物は厄介だろう。 能力を知っている俺や桃子は、警戒されるどころか消されるかもしれない。
「……なるほどな。 じゃあ戸影は、例え相手が日本人じゃなかったとしても、相手の心の色を読み取ることでだいたい何を考えているのかもわかるわけか」
「そうだな。 さっきの例を使えば、俺が『腹が減った』と思っていたとして、戸影はその色だけを読み取って、それを表す言葉を自分の知っている言葉の中から選び出す。 『空腹』だとか、『食物を欲している』だとか、意味はそこまで変わらない違う言葉にな。 戸影は読み取った心の色を、戸影自身が言語化しているんだ」
これは、普通に人の心の声が聞けるよりも強力だ。
極端な話、言語を知らない人間がいたとして、戸影はその人間の心の色を見ることで、彼が何を言いたいのかを言語化することができる。
『寂しい』という言葉を知らないが為に、寂しいという感情を言葉にして表現できない人も。
『憎い』という言葉を知らないが為に、憎いという感情を言葉にして表現できない人も。
『嬉しい』という言葉を知らないが為に、嬉しいという感情を言葉にして表現できない人も。
その全ての心の声を、戸影慎一は代弁することができてしまう。
「……と、ここまで話してようやく蕭条の記憶について話すことができる。 まだ色々と聞きたいことが残っているかもしれないが、それは後回しにしてほしい」
蕭条さんの記憶について。
どうして鬼山さんは、蕭条さんの記憶を奪ったのか。
〈違法点〉に属していた鬼山さんが、家守恭介と同様、現在魔術会に属しているのは何故か。
「これは、四年前……。 俺がまだ、〈違法点〉に属していた頃の話だ」
そして鬼山さんは、語りだした。
いくつもの謎を繋ぎ合わせる、核となる過去の話を。




