情報共有
「今日の深夜、ネアレスと再戦することはわかった。 蟻塚美門と五木紗羽が何らかの形で協力することもな。 これらについて、特に反論はない」
鬼山さんもどうやら俺の提案を受け入れてくれたようだ。 鬼山さんのような人が受け入れてくれるのは、俺にとって心強い。
「そこで、だ。 人見。 敵だ、敵の情報を共有したい。 昨晩の戦いによって得た情報を、整理していこうじゃないか」
「そうだな。 これはちゃんと、話し合っておくべきだと思う。 どう対策するのか考える必要もあるし、持ち得る情報が多くて困ることはない」
というわけで、俺たちは芦高郡とネアレスの戦闘能力について話し合うことになった。
「恐らく、ネアレスの話は芦高郡の話よりも早く終わると思うから、最初は俺が話すよ」
「ああ、頼む」
ネアレスとの戦いを見ていたのは、ここには桃子しかいない。 その桃子も、全部をちゃんと見ていたわけじゃないだろう。
俺が、しっかりと伝えなければ。
「まず、これは魔人全体に言えることだけど……。 魔人にとっての魔術は、人間にとっての魔術とは違う。 どういうことかと言うと、魔人にとって魔術は、日常的なものなんだ。 普段、歩いたり走ったり何かを手で掴んで持ち上げたりするのと同じ感覚で、魔人は魔術を使っている」
「……魔術の発動により受ける体への負担が少ないからこそ出来ることだな」
「そんなわけで、普通の人間だったら自分の顔面に向かって飛んできたボールに対し、とっさに手を出して防いだりするところを、魔人の場合は手を出す代わりに防御魔術を反射的に出して防いだりすることが多い。 俺なんかは、そういうのは苦手だけどな」
強化魔術を得意とする者の性なのだろうか。 肉体をめちゃくちゃ強化するんだから、魔術による防御壁に頼るんじゃねえという、神からのお達しとして受け止めるしかない。
「そして、これもまた魔人全体に言えることだけど、魔人の眼には、魔眼という機能がある。 普段は人間の眼と変わりない魔人の眼だけど、魔眼を発動することでその眼の機能は格段に向上し、普通の眼では不可視である魔術のオーラのようなものを捉えることが出来るんだ」
「……俺の使う、探知魔術のような力も備わっているわけか」
魔眼の力にもある程度個人差はありそうだが、俺とネアレスとの間に差はなさそうだった。
「ネアレスは……空間魔術を得意とする魔人だ。 空間魔術は謎の多い魔術で、俺も詳しいことはわからない。 俺が見た限りだと、ネアレスは瞬間移動ができるみたいだ」
「瞬間移動……!? 何よ、それ……。 反則じゃない!」
「……美門。 それじゃまるで、他の魔術は反則じゃないみたいな言い方」
とはいえ、蟻塚が反則だと言いたくなるのもわかる。 瞬間移動は、ズルい。
「瞬間移動って言っても、そんなに広範囲の移動はできないみたいだったけどな。 もしそれが可能だったのなら、ネアレスはもっと楽して俺から逃げることができたはずなんだ」
「なるほど……。 瞬間移動にもいくつか制約が存在する、か」
ネアレスの瞬間移動は確かに厄介だが、まだ対策しやすいだろう。
一番の問題は……。
「他にもネアレスは、上級の攻撃魔術なら防ぐことが可能な防御魔術に、火・氷・雷の三属性に対する耐性魔術や、自然治癒魔術も使っていた。 そして何よりも、ヤツの使っていた超級魔術……。 これが一番危険で、対策するのも難しいと感じた。 まさに、超級魔術という名に相応しいぶっ飛び具合だったよ」
「……ネアレスの超級魔術、それは一体……?」
「一言で言えば、防御という概念を無視した攻撃魔術だ。 鋼鉄の盾を何百何千何万と重ねたところで、あいつの超級魔術は豆腐でも切るかのようにそれを切断するだろうな」
故に、有効な対処方法は回避のみ。
障害物を盾にすることも、こちらの攻撃でネアレスの超級魔術による攻撃を相殺することも不可能だ。
「ああ、もちろん今のは例えであって、実際はネアレスの超級魔術の攻撃範囲にも限度があるから、数キロ先まで攻撃が届くことは無いと思う。 だから、鋼鉄の盾数万枚分の防御を無視できても、鋼鉄の盾数万枚を同時に切断するほどの攻撃範囲はないと判断していいだろうな。 ……盾が何枚重なってどのくらいの距離になるのかわからないけど」
もし、ネアレスの超級魔術の攻撃範囲に限界がないのなら、極端な話、この地球を一撃で真っ二つにすることだって可能だろう。
「……その攻撃というのは、具体的にどのような攻撃なんだ?」
「まず、ネアレスは超級魔術を発動すると、紫色の光の翼のようなものがヤツの背中から現れるんだ。 翼に見えるだけあって、空を飛ぶ力もある。 流石にずっと飛び続けるのは、エネルギーの消耗が激しいみたいだったけどね」
「啓人は空を飛んだりは……」
「残念ながら、できないよ。 でも、だからといって空を飛ばれたら打つ手なしというわけでもない。 それに、どちらかというと、空を飛ぶ力は防御無視の攻撃魔術のおまけみたいなものだよ。 防御無視の攻撃魔術……あれは、紫色の光の翼から一直線に放たれる光線だ。 空間魔術を得意とするネアレスのことだ、あの光線はただ高威力の光線というわけではなく、空間を切断する効果を持った特殊な線と考えた方がいいだろう。 一番の対処法は、とにかくネアレスの放つ光線に触れない。 これだけだ」
回避以外の道を絶つ、絶対的な攻撃。
瞬間移動や空を飛ぶ力よりも、反則的と言わざるをえない。
「だから、俺以外がネアレスと戦うのは厳しいと思う。 ネアレスの超級魔術を回避し続けるのは、俺にだってキツイんだからな」
「つまり、ネアレスの相手は基本的に人見、お前一人でするということか」
「そうなるな。 こればっかりは、許して欲しい。 そして、もうわかっていると思うけど、俺がネアレスの相手をするということは、俺が芦高郡と戦うことはできないってことだ」
「……少しのエネルギーも、無駄遣いにはできないということ?」
「そういうこった。 俺が芦高郡を倒すのは難しくないけど、そうすることで少なからずエネルギーは消費される。 ネアレスとの戦いに、支障をきたす恐れがある」
何より、ネアレスが俺が芦高郡を倒すことを許してくれそうにない。 魔人の手によってあっさりと片付けられてしまう芦高郡なんて、ヤツのシナリオ上には存在しないだろう。
「となると、人見の手を借りずに芦高郡を倒す必要があるわけだな」
「ああ。 悪いけど、鬼山さんたちだけで芦高郡を倒して欲しい。 その為にも、芦高郡とどう戦えばいいのか、たっぷり時間を使って考えよう」
「……そうだな。 じゃあさっそく、芦高郡について話すか。 ……蕭条?」
「えっ!? は、はい……?」
「お前も、気づいたことがあったらどんどん言ってくれ。 俺だけでは気づかなかったことがあるかもしれないからな」
「はい……」
どこか上の空な蕭条さんと、それに対してもいつも通りの冷静さを崩さず接する鬼山さん。
こうなると、このまま今日の深夜、蕭条さんを戦わせていいものか心配になる。
「昨日、既に伝えたことではあるが、芦高郡はネアレスの魔術によって強化されている。 一つは上級の肉体強化魔術。 もう一つは中級程度の自然治癒魔術。 そして最後に、火・氷・雷の三属性耐性魔術。 雷属性魔術を得意とする俺と蕭条にとっては、この最後の魔術こそが一番厄介だな」
雷属性魔術を完全に無効化とまでいかなくても、ほとんどのダメージを打ち消すほどの耐性力があるのなら、芦高郡は鬼山さんと蕭条さんにとって、非常に相性の悪い相手だと言える。
雷属性魔術でゴリ押しすることも不可能ではないだろうが、魔人と比べて魔術の使用回数に余裕のない魔術師には厳しい話だ。
「そして、芦高郡自身の魔術は、地属性魔術だ。 地面から鋭い岩石を生み出したり、設置魔術により地面の性質を変化させたり、中々バリエーションに富んだ攻撃を繰り出してくる」
俺も、芦高郡が地属性魔術を使ったところをこの目で見たからわかる。 与えられた力であっても、その実力は本物だ。 芦高郡は、地属性魔術に対して高い適性を持っている。
「と、ここまででも充分に強力だが、何よりも……」
「魔術を無効化する力が、危険だな」
俺は一回しか魔術を無効化する力を見ていないが、その一回でわかったことがある。
「……そうだ。 芦高郡の一番恐ろしいところは、そこにある。 あれは……」
「魔術じゃない。 鬼山さんも、そう思ったんじゃないか?」
そう。 あれは魔術なんかじゃない。
探知魔術の使える鬼山さんと、魔眼を持つ俺なら、あれが魔術ではないとすぐに理解することができる。
あれは……。
「……やはりお前も、あれが魔術ではないと判断したか」
「ああ。 あれは……能力、だろ? 魔術とは別物の、不思議な力。 芦高郡は、この世界に僅かながら存在するとされる、能力者の一人だったんだ」
能力者。
第一世界と第二世界を繋ぐ『扉』を生み出した魔術会会長である家守恭介。
異世界そのものを創り出した、人類史上最強の能力者である笹倉桜。
魔術無効化が魔術ではないのだとしたら、芦高郡はこの二人と同じ能力者だとしか考えられない。
「……知っていたのか。 能力者のことを」
「家守恭介から聞いたんだ。 桃子ももちろん知ってるよ。 俺としては、鬼山さんが能力や能力者について知っていたことの方が驚きだけどね」
夏休み前日。 家守恭介との通話を思い出す。
あの時家守恭介は、『おや……? どうやら私と君との間でとある認識に対する齟齬があるようだな』と言っていた。
とある認識。 それは、鬼山さんが能力のことについて知っているかということだったんだ。
俺はてっきり、鬼山さんは能力のことを知らないと思い込んでいた。 でもそれは違っていたんだ。
こうなると、鬼山さんがどこまで知っているのか確認する必要がある。
何より、家守恭介の言っていた『鬼山が困る』という言葉の意味も気になる。
「ちょっ……。 能力者って何なのよ……!? 魔術師以外にもデタラメパワーを使う人間がいるって言うの?」
「わ、わたしの常識が、崩壊しそうです……」
「……俺も詳しいことは知らないけど、魔術以外にも不思議な力があって、その力を生まれつき持つ人間がこの世界に存在するみたいなんだよ」
蟻塚はともかく、五木はたった昨日、魔術なんて非現実的な力やそれに関わる存在について知ったばかりだ。 もう何が何やらと言った気持ちだろう。
「とにかく、芦高郡の魔術無効化の力が能力だと考えているのは、俺も鬼山さんも一緒みたいだな」
鬼山さんは黙って頷き、俺の方を見て話し始める。
「芦高郡は能力者……。 魔術無効化の力は能力によるもの。 しかし、『魔術を無効化する能力』というのは随分と限定的すぎる気がする。 人見、このことについてお前はどう思う?」
「……たぶん、あの力は魔術だけを無効化しているわけじゃないんだと思う。 俺たちが魔術で攻撃しているから魔術を無効化しているのであって、拳銃を武器として使っていたら、銃弾を無効化していたのかもしれない」
「……ありえない話ではないな」
「鬼山さんと蕭条さんの二人は、何回か魔術を無効化されたんだろ? 何か、芦高郡の能力についてわかった法則性とかがあったら、教えて欲しい」
ある程度法則性が掴めていれば、どう対策していけばいいのか話を進めやすい。
俺よりも芦高郡の能力をその目で見ていた鬼山さんと蕭条さんなら、何か手がかりを掴んでいるのかもしれない。
「そうだな……。 まず、あの能力の効果範囲についてだが、かなり狭いものだと思われる。 芦高郡が無効化している魔術は、芦高郡の体に触れる直前の魔術だけだった。 魔術を無効化する力は、ヤツの体の表面を覆うように展開されているのかもしれない」
「確かに俺も、芦高郡の体を何かが包み込んでいるように見えたよ。 とはいえ、断定はしにくいな……」
芦高郡があえて至近距離で魔術を無効化している可能性も考えられる。 魔術無効化の力を防御に使うのなら、それだけで充分だ。
「後、芦高郡の能力には効果の持続時間に制限がある。 ヤツが魔術を無効化できるのは、能力を発動してから数十秒といったところだろう」
「それは、昨晩の戦いの中で気づいたのか?」
「ああ。 芦高郡が能力を発動し、上級魔術を無効化してから三十後にまた上級魔術で芦高郡を攻撃したところ、ヤツは魔術を無効化せずにその攻撃を回避した。 随分と、無理をしている様子だった」
「……なるほどな。 能力を発動してから数十秒間だけ魔術を無効化し、再度能力を発動するのにはある程度時間が必要というわけか……」
となると、うまく立ち回れば芦高郡の能力の隙を突くことだって可能だ。 これでだいぶ、対策が立てやすくなった。
「それに、これらの情報に関しては信用できる実例がもう一つある。 芦高郡がお前の設置魔術による迎撃を無効化した後、俺は上級魔術を発動し、芦高郡を攻撃することに成功したんだ。 残念ながら、ヤツにかけられている耐性魔術によって思うようにダメージを与えられなかったがな」
「そうか、耐性魔術か……。 鬼山さんたちが芦高郡と戦う上での問題は、そこだな……」
桃子の闇属性魔術なら、芦高郡の三属性耐性魔術という壁はクリアできる。
素直に攻撃は桃子に任せ、そのサポートを鬼山さんと蕭条さんに任せるべきか……?
「……俺が芦高郡について話せることは、以上だ。 蕭条、お前は何かないのか?」
「…………わたしは、特にないです」
「……………………」
みんなの様子を見てみる。
蕭条さんの態度がおかしいことに、この場にいる誰もが気づいているだろう。
このまま今日の深夜、戦わせるのは不味い。
けれど、何をどうすればいいのか、わからない。
「……さて、敵についての情報を共有することは出来た。 後は具体的にどう対策していくか話すわけだが……」
淀んだ場の空気を切り替えようと、鬼山さんが話を進める。
「その前に、芦高郡が能力者である可能性が高いことがわかったんだ、能力について話す必要があるだろう」
「あ……。 そうだ、俺は鬼山さんに、聞かなきゃいけないことがあるんだ……! 鬼山さんは、能力者や第二世界についてどこまで知っている? 家守恭介と、どういう関係なんだ……?」
明らかにしておきたいことは山ほどある。
鬼山さんが魔術会においてどのような立場なのか。
鬼山さんと蕭条さんの関係とは。
鬼山さんは、何者なのか。
「……まあ、そう焦るな。 順を追って話そう。 さっき言った通り、まずは能力についてだ」
「能力について話せるということは、竜紀さんは、能力について詳しいの……?」
桃子が鬼山さんに問う。
その問いに対し、鬼山さんは、
「ああ。 何故なら俺は、能力者だからな」
と、答えた。
「……記憶を奪う、能力ですよね」
蕭条さんの一言。
記憶を奪う――。 どうしてそんな言葉が出てきたのか、俺も桃子も五木も蟻塚もわからない。
「……やはり、あの日記を読んだのか、蕭条」
けれど、鬼山さんは……。
蕭条さんからどうして『記憶を奪う』だなんて言葉が出てきたのか、わかっているようだった。




