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勇者:????(仮)  作者: ちきん
第二章
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命は投げ捨てるものではない

夏季休業なんてなかった……

瞑っていた目を開ける。視界に入ってきたのは見知らぬ天井……というか天蓋。

何度もこの件をやってきているけど、これは流石に初めてだ。まず天蓋ベッドを見たのはこれが初めてだし。

時間帯は……窓から差し込む光と鳥の囀りから察するに日中だろう。


「――目を覚ましたのね」


ふと横から、知らない声の持ち主が話しかけてきた。


「…あんたは……?」


声がした方に顔を動かしながら話しかける。


「ああ、これは失礼。アタシの名前はアンジュ。まぁ医者みたいなものよ」


焦げ茶色の長い髪を揺らしながらそう答えるアンジュと名乗った人物。

医者みたいなものって医者じゃないのかよ。まあ、長い髪の毛を縛りもせずにそのままにしている医者なんて見たことないからな。

…それにしてもこの人の顔どっかで見たことあるような……。何処で見たんだっけ……。


「んじゃまっ、アタシは君が目覚めたって君の連れに知らせてくるから、大人しく寝っ転がっててね。下手に身体を動かされると完治は遅くなるし、アタシは面倒くさくなるしで嫌なことにしかならないから、絶対にしないでちょうだいね。言っておくけど、フリじゃないわよ」


白衣を翻し、この部屋を後にするアンジュ。彼女が扉を閉める音と共に、静寂が訪れる。聞こえる音は、せいぜい鳥の囀りぐらいだ。

…そういえば、なんで俺は怪我を負ってこんな所で眠っていたんだ?

目覚める前の記憶を思い出そうと試みる。

……ああ、ヒスイとの戦いで無理しすぎたからか……。あの時は無我夢中で戦っていたから気にも留めなかったが、今思い返してみると明らかに自分の限界を超えた状態を維持して戦っていた。そりゃ身体の調子も頗る悪いわな。まさに絶不調ってやつだ。


「……あの時ルーンハイトに邪魔をされていなければ、俺はあいつを倒せていたのだろうか……?」


ふと、そんな疑問が口から出る。

確かに、邪魔が入ってなければ炎獄はヒスイに命中していた。それは間違いない。けれど、その一撃だけでヒスイを倒すことは本当にできたのだろうか?勿論、あの時は自分が持てる力を十二分に引き出して放ったが、それでもまだヒスイを焼き払うには文字通り火力が足りなかったのではないか?

そんなことが頭の中をグルグルと回り、負のスパイラルが形成されていく。


「――ヒアス!入りますよ!」


一度嵌ったら抜け出せない底無し沼のような思考に陥りかけた時、扉の向こう側から聞き覚えのある声がしたおかげで思考の渦から抜け出すことができた。


「……ようリーネ。元気そうで何よりだ」


勢いよく開いた扉から室内へと足を踏み入れてきたリーネに対して、そんな軽口を言う。

普段の様子からでは考えられない行動をとっているところを見る限り、俺のことを相当心配していたみたいだ。これでは下手気な態度をとるわけにはいかない。


「そういうヒアスは満身創痍みたいね」


リーネの、正確に言えばリーネの後ろの方からそんな言葉が飛んでくる。


「…そんなことないさ。身体の調子は意外と悪くない、というかむしろいいくらいだ」


我が師に対して適当気味に返す。

当然、この言葉もリーネを不安にさせないための嘘である。本当は全身から危険信号が飛び交っている。


「嘘言わないでちょうだい。全身打撲に火傷、裂傷に魔力枯渇ときて調子が良いわけないでしょ。下手すれば死んでもおかしくない状態よ?…それとも何、君の身体は人智を超えたものか何かなの?」


師匠の更に奥にいた先程の人物が、そんなことを言いながら室内へと入り、ベッドの隣にある机の上に置いてある花瓶に手をかけ、中の水を入れ替え始める。

花瓶には色鮮やかな花が挿してある。誰かが買ってきてくれたのだろう。


「……確かに言い過ぎたかもしれないが、本当に――」

「はいはい。病人は黙って寝ていましょうねー」


突如白衣のポケットからハンカチを取り出し、俺の口と鼻を押さえこむようにハンカチを当てるアンジュ。

これは間違いなく意識を飛ばすための――



「―ィア…様…は?」


「あんたの…っている…から…も変………ねぇよ。今でも………ンしてら」


何か話している声が聞こえる。何と言っているのかは、頭がぼーっとして所所でしか聞き取れなかったが。


「ん?ああ、ヒアス。気が付いたのね」


俺が目覚めたことに気付いた師匠が、優しい声で話しかけてくる。


「おっ、漸く目が覚めたみたいだな。あまりにも目覚めないからお姫様のキスがないと目覚めないんじゃないかと心配していたぜ」


師匠の隣には皇子。どうやらさっきの会話はこの二人がしていたようだ。

……というかお姫様のキスってなんだ。


「じゃ、王子様が目覚めたみたいだし、俺はそろそろお暇させてもらおうか。色々とやらんといけない仕事もあるしな」


そう言って部屋を後にする皇子。

……皇子様はお前だろうが。


「……体調はどう?」


皇子が出て行ってから数秒経った後に、師匠から声をかけられる。


「おかげさまで比較的良好だよ。少なくとも、昼間の時より痛みは和らいでいる」


体勢を起こして、そう答える。

あのヤブ医者に無理矢理眠らされてから何時間経ったかは分からないが、順調に回復してきている。このままいけばあと数日あればまともに動けるようになるだろう。もっとも、完治するにはもっと時間を要さないといけないだろうが。


「そう、それは良かった」


そう言って師匠は閉まっていたカーテンを引き、窓の外を見る。

窓の外は赤に染まっており、今の時間帯が夕方であることが一目で分かる。ということは、俺は少なくとも数時間にわたって二度寝をしていたようだ。


「……なあ師匠」


数分の沈黙の後、今度は俺から話を切り出す。


「……何かしら?」


こちらを一瞥し、再び視線を窓の外に向ける師匠。


「俺を鍛えてくれないか?……いや、俺を鍛えてください!お願いします!」


上体だけを下げ、師匠に頼み込む。


「……ねぇヒアス。あなたは今何のために強くなろうとしているの?」


下げた頭の向こうから、そんな言葉が飛んでくる。

何のために強くなる、か……。


「リーネちゃんを護るため?それとも、ヒスイちゃんを倒すため?」


俺が言葉に詰まっていると、師匠が続けてそんなことを言う。


「……いや、俺が強くなりたいのは、俺のためだ。他人なんて関係ない。ただ純粋に死にたくないだけだ」


「……いいわ。あなたの特訓に付き合ってあげる」


俺の言葉に対して頷きもせずそう言う師匠。表情は外を眺め続けているのでこちら側からは窺えないが。


「あなたの身体の調子が良くなり次第特訓開始よ。だから今は療養に専念しなさい」


その言葉を呟き、窓を閉め、部屋から出ていく師匠。その間も、一切こっちを見ることはなかった。



「――うん、平熱に脈拍も正常、傷も十分に癒えてるわ。もう治ったと言っていいんじゃない?ただ、身体に負荷をかけすぎないように。自分の身体をぶっ壊したいって言うんなら止めはしないけど」


アンジュが一通りの診察を終えた直後にそんなことを呟く。ちなみに、彼女が部屋に入ってきた時に手に持っていたカルテは白紙のままテーブルの上に置きっぱなしである。

本当にあんた医者かよ……。というか、書かないんだったらなんで持ってきたんだ……。


「具体的にいうとどれくらいまでは大丈夫なんだ?」


診察のために脱いでいた服を着つつ、今一番気になっていることを訊く。これから特訓に励む生活を送るんだ。ある程度の限界は見極めておく必要がある。


「そうは言われてもねぇ。身体の頑丈さには個人差があるから何とも言えないわ。それでもあえて言うのであれば……一時間以上全力で動き続けないように、とかその辺じゃない?」


人差し指を唇に当て思案するような表情を浮かべ、数瞬後に答えが出される。その答えは随分と雑なものであったが。

というか、一時間も全力を出して動き続けられる奴はなかなかいないと思うんだが……。


「まぁ、分かった。気を付けるよ」


「そう。じゃ、アタシは仕事があるからこの辺で失礼させていただくわ」


曖昧な俺の言葉にまた適当な感じで返し、白衣を翻して部屋を出ていくアンジュ。


「……さて、とりあえず師匠に連絡を入れるか。こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていってるからな」


軽くストレッチをした後、俺も部屋を後にした。



「――来たわね」


町はずれの平地に生えている大きな一本の木の前に佇んでいた師匠が、俺が到着したことに気付いて振り返る。


「すまない。待たせたか?」


「いえ、全然。それよりも時間がないわ。さっさと始めましょう」


「ああ。それで、特訓内容は」


「あたしとルール無用、なんでもありのタイマンよ。全力でかかってきなさい」


師匠はそう言うや否やグローブを深く嵌め、戦闘態勢に入る。それを見た俺も、釣られるように短剣を構える。


「……開始の合図は?」


「そうね……それじゃ、スタート!」


合図が耳に入ってきた直後に眼前に握りこぶしが現れる!


「うぉっ!?ちょっといきなり過ぎやしねぇか!?」


上体を後方に反らし、どうにか鉄拳をかわす。咄嗟に避けたのはいいが、この体勢だと――


「言ったでしょ、なんでもありだって!それに、あんたに無駄口を叩いている暇なんてない!」


予想通り、師匠のもう一方の拳が俺の無防備な腹に直撃する!

口からは胃液が飛び出し、鈍い痛みと喉が焼ける気持ち悪さだけが残る。昼飯食ってこなくて良かったとか思っている場合ではない。

そんなことを地面に伏して考えている間に追撃の踵落としが迫るが、地面を転がってどうにか事無きを得る。


「今日の師匠は随分と荒っぽいな。何か気に食わないことでもあったのか?」


素早く立ち上がり、短剣を頭上に投げ、その間に両手に持てるだけのナイフを持って適当にばら撒く。これ以上追撃を許すわけにはいかないからな。一旦小休止を入れさせてもらう。


「だから、あんたに口を開いている暇はないと言ったでしょ!」


「なっ――」


血にまみれた拳によるボディブローが直撃し、十m程度吹き飛ばされ、地面にぶつかって二転、三転と転がって漸くこの身が止まる。

ナイフが身体に突き刺さるのを厭わずに正面突破してきただと……。いくらルール無用だからって無茶しすぎだろ……。


「起きなさい。この程度で立てなくなるような柔な鍛え方はしていないわよ。それとも、あたし達の下を去って腑抜けてしまったのかしら?」


地べたに這い蹲っている俺に向かって好き勝手な言葉が投げかけられる。

……分かったよ。ここまでされたら俺も覚悟を決めるさ。ここから先は本気ではなく――殺す気でいかせてもらう!


「漸く気合が入ったようね。――いいわ!あなたの全て!あたしにぶつけてみなさい!」


よろめきながらも立ち上がった俺に向かって、一直線に迫りくる師匠。決意した手前、真正面から受け止めたいのはやまやまだが、打ち負けるのは必至。ここは回避に徹しさせてもらう!


「逃げるだけじゃあたしを下すことは不可能よ!」


俺があらぬ方向に向かって走り出したのを見て、師匠も勢いを殺さぬままこちらに進行方向を変える。

どうやったら速さはそのままでほぼ直角に曲がれるんだよ。


「んなこと昔から知ってる!」


俊敏さではこちらに利があるが、持久力は向こうの方が遥かに上だ。だったら、ケリをつけるには速攻で行くしかない。だが、相手はあの師匠。いつもはおちゃらけているが、実力は下手な将校よりも高い。迂闊に仕掛けると、逆にこっちが潰される。一体どうすれば……


「――いい加減、こっち見なさい!」


「ッ!?」


突如地面が大きく揺れ、思わずバランスを崩してしまう。このタイミングで偶然地震が起きたとは考えにくい、というよりそもそもガルウィン国土は地盤が安定していて地震が起こることは滅多にない。つまり、この地鳴りを引き起こしたのは間違いなく師匠!

ならば、俺の次の行動はただ一つ――すぐさまこの場から動くということだ!

前方に飛び込むかたちで地面を蹴った直後、背後から細かな土砂が轟音と共に飛んでくる。どうやら間一髪のところで避けることができたようだ。

そして、狙うなら今だ!

地面に両手をつき、力を入れて運動方向を真逆にし、後ろにいるであろう師匠に向かって飛ぶ。やった際に腕にとてつもない負荷がかかって痛みを感じたが、今はそんなことを気にしている余裕はない。


「甘い!」


いまだに立ち上がっている土煙の中から腕が生えてきて俺の脚を掴み、そのまま地面に叩きつけられる。

だが、それは想定内!


「師匠こそ、甘々だぜ?」


手に溜めていた気を解き放ち、衝撃波を発生させる。流石の師匠でも、この至近距離で、しかも片腕が塞がっている今、防ぐ術はないだろう。当然俺も巻き込まれるが、こうでもしない限り俺が師匠に一泡吹かせることは不可能だ。

そして、二人仲良く衝撃波を浴び、俺の意識はそこで途絶えた……

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