月下の深炎
毎度毎度更新が遅くて申し訳ありません。
「――ハアッ!」
飛んでくる黒い塊を殴り飛ばす。しかし、いくら殴り飛ばしても、次から次へと新しいのが飛んでくるのでキリがない。
これじゃあいつまで経っても近付けないじゃない……!
「……まさか魔術を素手で殴り飛ばす人がいるとは……。正直言って驚きですね」
視界の端にヒスイの姿が映る。
もうヒアスはやられちゃったの!?実力差が明確にあったとはいえ、もう少し粘ってくれると思っていたのに!
「まあ、そんな芸当ができるのももって後数分といったところですね。その技、どうやら消耗が激しいようですし」
やっぱり気付かれていたわね……。
けれど、彼女を仕留めればリーネちゃんの暴走は恐らく止まるわよね。ここは、刺し違えてでも――
「もしかして、私を倒すつもりでいるのですか?……ふふっ、一対一ならともかく、二対一でこの私を仕留められるとお思いですか?……思い上がりも甚だにしてください」
彼女の眼光が鋭いものへと変わる。十代が放てるものとは到底思えないくらいの、おびただしい殺気が籠められたもの。
まさか、このあたしが睨み程度で鳥肌が立つとはね……。だけれど、あたしはここで引くわけにはいかないのよ。あたしの大切なものを護るためにはね!
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閉じていた目を開く。目に映るのは、何処までいっても真っ白な空間のみ。
「久しぶりだね」
ふと背後から声をかけられる。そういや、前に一度だけこんなことあったっけな。
「ああ、久しぶりだな、フレイヤ。またこうして逢えるとは思ってなかったぜ」
振り向き様にそう言葉を返す。そして、視界に捕らえたのは酷く懐かしい姿。
「ボクはそうでもなかったかな。だってヒアスが度々訪れてくれないとボクの出番皆無になっちゃうし」
メタい発言はできるだけ控えてくれよ……。しかもその言い方だとまた後でここに来ることが決定事項になっているみたいじゃねぇか。
「まっ、無駄話はこれくらいにしておいて、本題に入ろうか。時間も惜しいしね」
軽く握った左腕を前で構え、その甲を見るような動作をするフレイヤ。
一体その動作は何なんだ……?手の甲にカンペでも書かれているのか?
「ヒアス、君の身体が今どんな状況下におかれているか分かるかい?」
フレイヤに聞かれ、意識が途切れる前の状況を思い浮かべる。
……そうだ、俺はヒスイの妙な術によって地中に沈められたんだっけ。……ってことは、急がないとヤバい!下手したら死ぬ!
「ああ、安心していいよ。その術技は死にはしないから。一種の結界みたいなもんだしね。まあ、二、三日飲まず食わずだったら餓死しちゃうだろうけど」
「結界ねぇ……」
実際に喰らってみた感じからして、そういった類の物とは到底思えないんだが。まあお前が結界系統の魔術について何を知っているんだ、と言われても仕方ないくらいの知識なので、あの技はフレイヤの言う通り、結界を創り出すものかもしれない。
「そう、結界。君が結界については無知と言ってもいいくらいなのは知っているけど、流石に結界の対象がなんなのかは分かるよね?」
「ああ。結界系の魔術の対象は全て魔力だろ?」
「そうだよ。まあ厳密に言えば魔素を持った物質の中で、魔素との分離が比較的容易ではない物質が対象なんだけど。でも、目に見えるもののほとんどがそれに当たるからその認識で構わないよ」
……あれ?こいつって俺の妄想が具現化したやつじゃなかったっけ?なんで俺の知らないことまで知っているんだ……?
まあ、今はそんな詮索をしている場合じゃない。今はヒスイの技から抜け出す方法を考えることに専念しよう。
「それで、ヒスイの技が結界であるかなんて脱出する方法に関係あるのか?」
「勿論、大有りだよ。むしろ、彼女の術技が結界系統のものであるからこそ、抜け出すのは容易になるんだ」
結界系統だからこそ容易になる……?
「君も知っているはずだよ。人間は誰しも不要な魔力を体外に発しているってことを、ね」
確かに、その話ならここに来る直前にヒスイの口から聞いた。でもそれに何の関係が――
「――そうか、分かったぞフレイヤ!お前の言いたいことが!」
たしか、ヒスイの話によると俺の魔力の発する量は常人のそれより遥かに多いらしい。ということは、もう既に結界内は俺から発せられた魔力で充満しているはずだ。それにもかかわらず、俺の身体はいまだに魔力を吐き出し続けている。つまり、普段では扱えないはずの魔術をこの特異な状況下では発動できるというわけだ。たとえそれが、魔力不足で術を発動させられない俺でもだ。
「君の思っている通り、今なら普段魔術を発動できない君でも魔術を扱うことができる。さあ発動するんだ。全てを無に帰す、混沌の業火を!」
フレイヤの言葉と共に覚えのない術式が頭の中をよぎる。けれどそれは、前々から知っていたかのような感覚に陥るほどすんなりと脳に記憶されていく。
そして、頭の中の術式を構成し、完成したそれを発動させる。
「サタンブレイズ――」
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「――ハァッ!」
迫りくる鎌の横薙ぎを低姿勢になってかわし、直後に飛んできた黒い塊数個を左足を軸に回転して右足で蹴り飛ばす。その後、軸にしていた足を伸ばし宙へと飛び上がる。
「チッ!」
あたしが今まで立っていた地面は鎌で抉られており、その鎌の所有者は不機嫌な顔を隠そうともせずに浮かべていた。
「――ッ!?」
宙に浮かぶあたしの背中目掛けて飛んできた禍々しい黒い槍の柄の部分を掴み、事無きを得る。
……分かってはいたけれど、反撃のチャンスが一切ないわね。これでも多少無理をしているんだけど……。
着地と同時にゴスロリ少女のもとへ全力で走る。勿論、相手が反撃の体勢で待ち構えていることは分かっている。けれど、これ以上時間をかけるわけにもいかないわ。四肢の一本は取られるくらいの覚悟で突っ込む!
『!?』
突如、轟音と共に地面が大きく揺れ、思わずバランスを崩して地面に倒れこむ。急いで立ち上がり、周囲からの攻撃を警戒したが、それは杞憂に終わった。相手二人もあたしと同じように体勢が崩れており、二人共近くの巨大な光の柱に目を奪われていた。
そして、光の柱が消え、数秒の間が空いた後に――
「――悪かったな師匠。随分と待たせてしまって」
馬鹿弟子が、姿を現したのだった。
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「――悪かったな師匠。随分と待たせてしまって」
肩を回しながら師匠のもとへ歩みを進める。どうやら無理な体勢で閉じ込められていたようだ。
「なっ……どうやって流影之泉から抜け出したんですか!?あれはお兄様が無理矢理抜け出せるほど甘い術式では……」
視界の外から焦燥が混じった声が聞こえてくる。
「そんなことはどうだっていいだろう?現実問題、俺はこうやってここに立っているんだからさ」
ヒスイの方を見ずにそう答える。
「……分かりました。逃げ出してしまうのならもう一度捕まえればいいだけの話です。――蒼煙之焔!」
視界の右の方が青白く光る。恐らく、ヒスイが何か飛ばしてきたのだろう。だが――
「炎幕」
指を鳴らした音と共に炎の壁が生じ、ヒスイの攻撃を遮る。
指を鳴らしたのは意趣返しだ。
「――ッ!その炎……!どうしてお兄様が使えているんですか!」
「さぁね。俺もよく分からないんだ。どうして使えるのかも、初めて使う術なのにどうしてこんなにも上手く扱えているのかさ。…だが、これで漸く俺も同じ土俵に立てただろ?」
炎を消し、ヒスイと対面する。その顔は依然見た時とは大違いの、余裕が一切感じられないものであった。
「同じ土俵?……笑わせてくれますね。知っていますよ。お兄様の魔力がどんどん減っていることを。大方、その魔術を維持するために魔力を食わせているのでしょうが、そのままでは長くは続きませんよ」
自分が取り乱していることに気が付いたのか、すぐさま振る舞いを正すヒスイ。しかし、取り繕った感は否めない。
「ああそうだな。そんなことお前に言われなくとも端から気付いているさ。……だが、速攻でお前を片付ければ問題ないだろ!」
言葉と共に駆け出す。狙うは勿論、ヒスイ一択!
リーネの相手は悪いけど師匠に任せるとしよう。あの人の限界も近そうだし。
「そう簡単に近付けさせるとお思いですか!?ダークネスマイン!」
俺とヒスイの間に数個の黒い球体が姿を現す。
どんな術かは知らんが、こういった状況で使用してきた術だ。考えられるのは近付くと発動するような設置型の魔術のはず。
ならば、とポケットから取り出したナイフをその球体に向けて投げる。ナイフが球体と接触した瞬間、爆発を起こし、その爆発が更に別の球体を反応させる。
「あっぶねぇ術だな!構わず突っ込んでたら肉片も残ってなかったぞ!」
「――メイルシュトローム!」
俺の軽口を無視したヒスイは新たな術を発動させており、ダークネスマインのせいで動きを止めていた俺の足元に黒い魔法陣が出現し、全体から黒い魔力が一斉に噴き出す。
「チィッ!――封炎!」
黒い奔流を押しのけ、魔法陣に握った左手を叩きつける。その行為によって、今まで俺を呑み込まんととしていた黒い魔力は一瞬にして消え去った。
「――仇名す者を貫く黒槍!ブラックエンドランス!」
眼前に黒い槍が迫る。炎幕は当然間に合わない。
――だったら!
右手に握っている神狼の腹で槍を真正面から受け止める。接触した瞬間にとてつもない衝撃に押され、脚が地面の土を抉る。
「神狼ッ!答えてくれ!」
思わず口にした言葉。武器に意思があるわけないのに、それでも無意識的に出た言葉。
けれど、その言葉を発した途端に、今まで俺を吹き飛ばさんとしていた勢いが失せ、文字通り目と鼻の先にあった槍は消え失せていた。
「なっ……!?」
その出来事に、術を放ったヒスイが驚愕の表情を浮かべた。
かくいう俺自身も、これには驚きを隠せないがな……。
「――さて、お前の攻撃はこれで終わりか?…なら、今度はこちらから行かせてもらう!」
中空に無数の火の粉を発生させ、一斉に標的に向けて放つ。
「そんなか弱い術で私が怯むとお思いですか!」
鎌の一閃で飛んでいた火の粉が霧散する。
まあ、当然こんな術がヒスイに通用するとは思ってはいないさ。だが、目眩ましくらいにはなったようだな。
「炎獄!」
ヒスイの真上から灼熱のレーザーを撃ち付ける。
俺の声を聞いて上を見上げたヒスイと目が合ったが、もう遅い!
「――ミラーシャドウ」
突如、射線上に現れた楕円状の物体。そこに映るのは――
「ぐっ……!」
気付いた時には、もう遅かった。炎獄が貫いたのは、ヒスイではなく、俺。
腹に焼け付く痛みを感じ、着地体勢を整えることなく地面に叩きつけられる。
「ふぅーっ。間一髪だったね、ヒスイ」
痛みで硬直した身体を無理矢理動かして、顔をあげる。そして瞳に映ったのは、次元の裂け目のようなものから出てくるルーンハイトの姿だった。
「アリア、助けてくれてありがとうございました」
「んにゃ、別に気にしなくていいよー。君を迎えに来たら、偶然君のピンチに出くわしただけだし。…それにしても、ヒアスは漸く自分の魔力を使えるようになったの?なんか凄い魔力の使い方してたけど」
「いえ、それは分かりませんが、恐らくは違うと思いますよ?体内の魔力を消費し続けてあの状態を保っていたようですから」
「ふーん。よく分からないけど、一度何らかの方法によって爆発的に魔術を発動させて、その後魔力を使って発動状態を維持していた、みたいな感じ?まるで一度火をつけた蝋燭みたいにさ」
「そうですね。多分そんな感じです」
「…それでどうすんの?あっちの決着は相手側の勝利で終わりそうだよ?」
「……みたいですね。では、当初の予定とは違いますが、お兄様を連れて帰りましょうか。魔術を扱ったことを身体が覚えている内に、私の魔力に浸してしまいましょう」
「いいの?ヒスイがそんなことしたらヒアスがお人形になっちゃうよ?」
「はい。反抗的なお兄様も素敵ですけれど、従順なお兄様も素敵ですから」
「……ヒスイも相当歪んでいるよね。人のことあまり言えたものじゃないけどね」
「――じゃ、そろそろお暇させていただきましょう」
「……炎筒!」
力を振り絞って、近付いてきた相手を巨大な炎の筒に閉じ込める。
「ありゃ、閉じ込められちゃったね」
「しかも結界術式のようですね。さっきまで静かにしていたのは、これを発動させるためだったということですか」
炎の向こうから話し声が聞こえてくる。
閉じ込められているというのに、随分と冷静な声だ。……まさか、この術を破ることができるというのか!?
「うーん、この術式を解くのは些か無理がありそうだね。ヒスイはできる?」
「いえ、私と同じ魔力を使用している術式ですが、これはお兄様独自の術式ですから解くのは不可能とまでは言いませんが時間がかなりかかってしまいます。まあ、平たく言ってしまえば無理ですね」
……できないのかよ!心配して損した!
「仕方がありません。本日はこの辺りで失礼させていただきましょう。――アリア!」
「ほい、ディメンジョンゲート」
炎の向こう側で微かに音が聞こえた。この音は、ボルネスを抜け出す時にロベリアが使っていた術と同じ音だ。ルーンハイトが唱えた術名も同じであることから、まず間違いないだろう。
ということは、それを抜けて外に出られるのか!?……待てよ。ならなんですぐそばに、それこそ俺の目の前に出口を創りださない?そうすれば引く必要もないはずだ。師匠を警戒してか?…いや、師匠ももう限界のはずだ。新たな戦力が加わった今、引くような理由にはならない。
もしかして、そうできないわけがあるのか?……ダメだ、意識が遠のいてきた。
「では、また」
そんなヒスイの声が聞こえてきた数秒後に炎筒が消え、そこには何もなくなっていた。
そして、それを確認した直後、俺の意識は限界を迎え、再び深い闇の底へと沈んでいった。
今年度から長期休暇が当てにならなくなるので更新休止にはしませんが、更新できるかどうかは不明です。
できたとしたら、月に一度あるかないかぐらいだと思います。




