第三話 消えていく名前
「もぉ!こんなはずじゃなかったのに!」
ガーネットは、折角美しく揃えた爪の先をガジガジと噛みながら苛立っていた。
「ゲームの中のスファレライトは、もっと素敵なのに、アレは何なの?」
彼女は、ある日ゲームの中へと転生した元日本人だ。
【ジュエリーな君と甘い恋】
そのゲームの登場人物は、全て宝石の名前だった。
キラキラと輝くジュエリーのように見目麗しい男女が繰り広げる恋の物語。
このゲームで、ハーレムエンドを迎えるために、最初に攻略すべき人間は決まっていた。
その名は、スファレライト。
彼を手に入れれば、
【所持者の色気を引き出し異性を虜にする力を分け与えてくれる】
という魅了にも近い能力が手に入るのだ。
意外と律儀で真面目な彼は、婚約者アレキサンドライトに操を立て、簡単に他の女と付き合うことはない。
好意を持ってくれたとしても、結ばれるには、婚約者アレキサンドライトの嫌がらせという要素が必要不可欠。
彼女の名の由来となる宝石は、別名『昼のエメラルド・夜のルビー』。
光の当たり具合で色を変える特殊な石だ。
自然光の下ではエメラルドのような緑、ロウソクの火の下ではルビーのように赤く輝く。
それ故に、アレキサンドライトも二面性を持ち、昼はエメラルドのように夫婦愛を象徴とする柔らかく、優しい表情を浮かべるが、夜になると、ルビーのように、激しい愛と情熱に身を焦がす。
ガーネットとスファレライトが、互いを憎からず想い合うようになると、アレキサンドライトが、その激しさを表面に出すようになり、虐めや嫌がらせをやり出すのがゲームの定番な展開。
ガーネットを守るべく立ち上がるスファレライトは、最後には、彼女と手を切り、愛する女性を選ぶのだ。
なのに、アレキサンドライトは、嫌がらせをしてくるどころか、婚約者の虐待にも近い支配に逆らわず、光を失った姿は道端の石ころのようだった。
わざとスファレライトとの仲の良さを彼女の耳に入るよう仕向けても、ピクリとも表情を動かさない。
それどころか、婚約者に魅力を感じなくなったスファレライトが、勝手に婚約解消をして、さっさと自分に乗り換えてきたのだ。
手に入ってしまうと、途端に興味を失うのはコレクターの性。
ガーネットは、次のターゲット、スファレライトの友人シトリンを得るべく動き出していた。
スファレライトを得た事で、ガーネットの魅力数値は爆上がりしている。
それは、名も知らぬモブから次々に告白されることでも立証済みだ。
シトリンは、富と成功を石言葉を持つ。
ゴールドに輝く彼の髪の毛は、確かに、黄金を連想させた。
正に、商売繁盛、金のなる木。
豪華で優雅な生活をしたいガーネットにとっては、手に入れなければならない相手だった。
そこで、スファレライトを献身的に愛するのに、報われない可哀想な女性を演じることで、シトリンの気を引こうとした。
それなのに、彼は、
「そこまで愛することができる人と出会えて、君は幸せだね」
と微笑むばかり。
これではいけないと、状況や場所を変え、何度も喧嘩を衆人環視の下でやってはみたが反応は薄く、逆に、
「別れる」
が口癖になったスファレライトの扱いに困るようになった。
シトリンが手に入っていない今、スファレライトから得られる『魅了』の効果を手放したくない。
かと言って、何をやっても裏目に出るシトリン攻略に、頭を悩ませていた。
そこに突然降って湧いたスファレライトとの婚約話。
断る間もなく、両親は了承の返事を出していた。
子爵家の三女が、伯爵家の嫡男に見初められるなど、夢のような話。
しかし、出会った頃の輝きを失ってしまったスファレライトと一生を共にするのは、ガーネットにとっては罰でしかない。
少々強めな口調で言えば、女は何でも言う事を聞くと思い込んでいるのは、前の婚約者アレキサンドライトのせいだ。
彼女が奴隷のように彼に傅いたせいで、自分までも同じような扱いをされる。
そして今日、信じられない噂が学校中に広まった。
『男爵家の次男シトリンが、公爵令嬢エメラルドと結婚』
婚約すら飛ばし、いきなり籍を入れるなど、何か理由があるに違いない。
妊娠か?
それとも、傷物にしてしまったのか?
何も知らぬ者が、口々に勝手なことを言いふらす。
しかし、シトリンが頼みの綱だったガーネットは、怒り狂った。
「なんでエメラルドなんかと結婚するのよ!」
ガーネットには、自負があった。
アレキサンドライトが居ない学校では、自分が一番美しいと。
それなのに、姉の劣化版みたいな大人しい少女が、自分の獲物を横取りしていった。
しかも、更に追い討ちをかけるのは、姉アレキサンドライトが隣国の王太子妃に収まった事実。
彼女の側仕えとして、シトリンとエメラルドは、あちらに移住するという。
「落ち込んでいる場合じゃないわ。スファレライトやシトリンより、ずっと良い男がいるじゃない!」
ガーネットは、貴族年鑑を本棚から取り出し、この国にいる貴族の名前を確認した。
念頭にある少年の家族構成を再確認するためだった。
しかし、ある事実を知り、愕然とする。
なんと、彼の名前が薄くなっていたのだ。
「ど、どういうことなの…」
他のページを見ても、全員ではないが、虫穴のように所々名前が消えている。
その多くが、アレキサンドライトの友人や知人であり、ゲームに登場する攻略対象や悪役令嬢だった。
「うそ…スファレライトしか、攻略対象が残っていないの…」
毎日、シトリンをどう手に入れるかばかり考えていたガーネットは、知らなかったのだ。
この国が、既に傾きかけていることに。
アレキサンドライトが留学したことを皮切りに、優秀な若い人材は、どんどん国外に流出し、学校に残っているのはモブばかり。
ガーネットをチヤホヤしてくるが、顔も地位も資産も、どれもが中途半端なザコキャラだった
「あぁ…どうすればいいの…」
今更足掻いても、ガーネットに救いの手を差し伸べてくれる人間は、誰一人居なかった。




