タイトル未定2026/07/20 20:39
夜の繁華街を、診療所の院長である麻生が歩いていた。
「麻生?麻生じゃないか!」
振り向くとそこには、麻生の友人の朝倉がいた。
朝倉は麻生と同じく開業医の院長で、朝倉しのぶの父親。
朝倉が、麻生に言った。
「こんな時間に、珍しいな」
「医師会に出かけていた」
「そうか。それで、スーツ姿か。飯でもどうだ?まだなんだろ」
「そうだな」
麻生と朝倉は、歩きだした。
麻生と朝倉が行った店は、少し格調が高い焼肉店だった。
店は和室の個室で、ゆったりとしていた。
店のスタッフは、テーブルに設置されたガスに火を付けた。
先にビールを注文して、ビールが来るまでの間、メニューを選んだ。
ビールが来ると、麻生は朝倉のグラスにビールを注いだ。
ゆっくりビールを飲みながら、仕事の状況を共有した。
やがて、肉や野菜が運ばれゆっくり肉と野菜を焼いた。
肉や野菜が程よく焼き上がり、麻生と朝倉は静かに食べ始めた。
ビールや肉を追加し、ほろ酔い気分になった頃、朝倉が切り出した。
「七海君は、元気か?」
「元気も何も、自由に過ごしているよ」
呆れるように、麻生は言った。
「じゃあ、まだ独り者なんだな」
「あんなわがままな息子に、尽くそうと言う女性なんていない」
「麻生は、昔から七海君に厳しいな」
ビールを飲んで、グラスをテーブルの上に置いた麻生は、ため息交じりに言った。
「早くに妻を亡くしたから、息子とどう向き合って良いのか、わからなかった。診療所を軌道に乗せるために、動き回っていたし。俺は、息子から逃げていたんだ」
「それでよく、七海君は立派に成長したな」
「立派?」
麻生は、マスターを小バカにしたように小さく笑った。
「息子を育ててくれたのは、住み込みで家を守ってくれている、おまちさんだ。おまちさんには、感謝をしている」
「まちこさんか……元気か?」
「元気だ。おまちさんが倒れたりでもしたら困る」
「高齢だからな。麻生は、再婚とか考えていないのか?」
「今度は、俺の見合いの話なのか?」
珍しく冗談交じりに言う麻生に、朝倉は笑った。
「最近、しのぶは七海君と会っていたらしい」
「しのぶさんが、息子と?」
麻生は驚きの声を上げ、朝倉は笑いの声を上げた。
「そんなに、驚くな。妻としのぶが話をしていたが、しのぶは七海君のことを気に入っている。麻生は七海君と、一緒に暮らしていないんだったな。何処に、住んでいるんだ?しのぶが、七海君が住んでいる場所を知りたがっていた」
「息子は、マンション住まいだ。何処の部屋に住んでいるか、知らないが……」
麻生は、マスターが住むマンションの場所を教えた。
「息子は、養子に迎えた子供と暮らしているんだぞ。忘れたのか?」
「それでも良いと、しのぶは言っている」
「しのぶさんなら、もっと素晴らしい相手がいるだろう」
「しのぶを持ち上げすぎだ。七海君としのぶをつきあわせることに、異存はないんだな?」
「好きにしろ」
「全く、麻生はこう言うことに関しては、無頓着だな。昔から思っていたけど、麻生と七海君は親子なのに、顔も性格も全く似ていないな。唯一似ているのは、背の高さだけだな」
父親の麻生は背が高く強面で、人付き合いが悪く、無口で素直ではなく頑固者。
息子のマスターは優しい顔だちで、誰に対しても優しい物腰だった。
父親の背の高さと、素直ではなく頑固なところだけ、マスターは受け継いだ。
「七海君は、ジェシカに似たんだな」
朝倉はいつになく、しんみりと言った。
ジェシカ……麻生の妻であり、マスターの母親。
ジェシカもまた麻生同様背が高く、物静かでいつもやさしい眼差しをしていた。
そんなジェシカは、マスターがまだ乳飲み子だった頃、強盗に命を奪われてしまった。
……そうだな。息子は、ジェシカに似たんだな。
亡き妻ジェシカを、麻生は思い出していた。




