タイトル未定2026/07/20 20:37
診療時間が始まる前、備品の補充を終えた亜美は、待合室のロールカーテンを上げていた。
診察室から出て来た由美が、その姿を見ていた。
由美は声をかけようとしたが、声をかけられずにいた。
ロールカーテンを上げている亜美の横顔は、どこか物悲しいものがあった。
亜美がロールカーテンを上げきって振り向いた時、由美と目が合った。
「あっ、由美ちゃんおはよう」
「おは……よう」
いつものように挨拶をした由美だったが、亜美が別人のように感じてしまい、話しかけることができなかった。
受付の中で、診療前の朝の申し送りが行われていた。
この日は、朝から院長が不在だった。
看護師長の緑から、由美は患者対応をするように言われた。
申し送りが終わり、診療所に患者が入ってきて来た。
亜美は、マスターがいる診察室にいた。
患者の受け入れが整ったマスターは、亜美に「お願いします」と、声をかけた。
診察室の前にいた由美に、亜美は声をかけ、由美は待合室に行き患者の名前を呼んだ。
午前の診療時間が終わり、診療所に静かな時間が流れていた。
亜美と由美は診察室の窓際で、使用済みの備品の掃除をしていた。
マスターは、パソコンに向かっていた。
マスターの、キーボードを叩く音が診察室に響く。
ふと、キーボードを叩く音が聴こえなくなった。
気になった亜美は、そっと振り返った。
伸びをしたマスターは腕組みをして、何かを考えるように目の前のパソコンのモニターをじっと見つめていた。
やがて、携帯を取り出すとラインを開いた。
しかしすぐ文字を入力せず、マスターは携帯を見つめていた。
やがて文字を入力したものの、何度も打ち直しをしていた。
文章入力を終えた次は、送信するのをためらっていた。
やっと決心をしたように、ラインを送信した。
そんなマスターを亜美は、そっと見つめていた。
……先生。彼女にラインを送ったんだ。
昨夜亜美はマスターを、初めて『医師』ではない『男性』として見ていた。
医師ではない恋人同士の二人を目の当たりにした時は、とても割り込むことなどできないことを、思い知った。
目の前で、ためらいがちにラインを送るマスターに再び、医師ではなく一人の男性として見つめている内に再熱したように、亜美はマスターから離れることができなかった。




