タイトル未定2026/07/20 20:35
明るく賑やかな繁華街の中を、マスターと流花は手を繋いで歩いていた。
「突然、私に会おうって、どう言う風の吹き回しですか?」
面白がって言う流花に、マスターは答えた。
「こうやって会わないと、忘れられそうですから」
照れくさそうに言うマスターに、流花は寄り添った。
寄り添う流花に、マスターが聞いた。
「何処で、ご飯を食べますか?」
「えっと……」
流花は、有名コーヒーチェーン店の名前を挙げた。
その店名を聞いたマスターは、ため息まじりに言った。
「……そんなに、ボクにおごられるのが嫌なんですか?」
「マスターだけじゃないよ。おごられるのって、好きじゃないの。あっ、お店が見えてきたよ」
流花は、明るく言った。
店内は広くて、賑わいを見せていた。
マスターと流花はメニューが決まると会計を済まし、店の奥にあるテーブル席に座った。
テーブル席に座り落ち着いた頃、店のスタッフが飲み物と食べ物をテーブル席に運んできた。
流花は、ほうじ茶オレとドーナツ二個だった。
流花はマスターがオーダーした食べ物を見て言った。
「マスター本当に、それを食べるの?」
「疲れたから、甘いものが欲しくて」
マスターは、ドーナツ三個とマフィン一個、飲み物は抹茶オレにたっぷりホイップが乗り、更に色とりどりのチョコスプレーがかかっていた。
流花はマスターが選んだドーナツ一つを見て言った。
「そのドーナツ、ホイップがたっぷりですね」
「血糖値爆上がりです」
マスターと流花は、声を上げて笑った。
流花は自分が選んだドーナツを手にすると、ドーナツを半分に割った。
「凄い、もっちもちぃ〜」
楽しそうにドーナツを食べる流花を見ながら、ホイップがたっぷり入ったドーナツをマスターは食べた。
「そんなに、甘くないんだ」
ドーナツを半分程食べたマスターは、流花に聞いた。
「仕事は、どうですか?」
「仕事は、やりがいがあるけど……資格の勉強がぁ」
そう言った後、ドーナツを食べた流花は幸せそうに言った。
「あぁ、このもちもちに癒される」
「流花」
マスターに名前を呼ばれ、流花は顔を上げた。
マスターは柄の長いスプーンで、抹茶ドリンクの上に乗っていたホイップをすくい、流花の口に押し込んだ。
「……甘い」
流花は、目を細めて言った。
マスターは、嬉しそうに微笑んだ。
ドーナツを食べ終えたマスターと流花は、店を出ていった。
マスターと流花の後をつけていた亜美は、二人の側のテーブル席にいた。
店を出て行くマスターと流花を、そっと眺めた。
亜美にとって、いつも見ている医師ではなく、一人の男性だった。
初めて見る流花は、明らかに自分より年下だった。
自分より年下の流花は、想像以上に大人びていた。
それなのに、年相応のあどけない表情をする流花に亜美は驚いた。
幸せそうな二人を、離れた場所で見ている内に、亜美はせつなくなった。
……私、なにやってるんだろ。
由美ちゃんと『先生の彼女って、どんな人かなぁ』と、キャーキャー騒いでいる時が楽しかった。
現実なんて、見なければ良かった。
店を出て華やかな繁華街を、マスターと流花は歩いていた。
手を繋いで歩くマスターに、流花は聞いた。
「こんなに遅くまで出歩いて、大丈夫ですか?大門君マンションに一人で居るんですよね」
「ボクが店に出ている時は、一人で留守番をしています。大門は、もう六年生です。留守番くらい出来ますよ」
「そっか」
流花は納得したように、大きく頷いた。
交差点で信号待ちをしている時、二十代前半らしい数名の男女が大きな声で、笑い声を上げていた。
そんな光景を、マスターは黙ったままじっと見つめていた。
「マスター、どうしたんですか?」
流花の声が聞こえないのか、マスターはじっと大きな声で笑い声を上げている若者達を見つめていた。
マスターの表情は、いつになく険しかった。
横断歩道の信号機が青に変わった途端、マスターは流花の手を繋いだまま勢いよく走るように歩きだした。
華やかな繁華街を通り抜け、街灯も人気もない路地裏にマスターは流花を連れ込んだ。
壁に流花を押し当てると、マスターは流花が逃げ出さないようにキツく抱きしめてキスをした。
あまりにも長いキスに、流花の表情が歪んだ。
やっと唇を離したマスターは、流花にささやくように言った。
「田中君って、誰ですか?」
驚いた流花は、声を上げた。
「マスターが、なんで田中君の名前を知っているの?」
「初めて流花と二人きりで過ごした夜、流花の携帯が鳴って、画面に田中君の名前がありました」
「田中君は大学時代の友人で……」
『同じ職場で、一緒に仕事をしています』
……とは、言えなかった。
「田中君……鋭い目つきをした男性ですね」
「マスターどうして、それを……」
「流花が大学生の時、友人達とショッピングモールで楽しそうに、歩いているのを見たんです」
驚きのあまり、流花は言葉が出なかった。
険しかったマスターの表情が、少しずつ和らいだ。
「本当はずっと、田中君の存在を言いたかった。でも、思い出さないように、忘れたままでいました。……田中君、流花のことが好きなんですね」
「マスター私は……」
流花の言葉を遮るように、マスターは流花の頬にそっと触れた。
「流花の気持ちは、わかっています。ボクは、流花を誰にも渡しません」
マスターは包み込むように、流花を抱きしめた。




