タイトル未定2026/07/20 20:55
翌朝目を覚ました流花は、ゆっくり部屋の中を見渡した。
流花の隣で、マスターは眠っていた。
流花は初めて、マスターと一夜を過ごした。
まるで、夢のような時間だった。
畳の上に転がっていたマスターの携帯に気が付き、マスターの携帯を流花は手にした。
携帯の電源を入れると、ホーム画面が浮かび上がった。
画像は昨日の昼間マスターが撮った、波打ちぎわで立ち止まって、振り向いた流花だった。
立ち止まって振り向いた流花は、まるで見返り美人のポートレートのようだった。
流花は、フォトアプリのアイコンを押した。
……もう、マスターったら!
そこには、流花の画像が並んでいた。
流花は、何気なくスクロールをした。
スクロールしていた、流花の手が止まった。
少し迷った後、流花は画像を開いた。
幼い大門を真ん中に、両サイドに、マスターと大門の母親の瞳の画像だった。
……この女性が、大門君の母親で、マスターの初恋の相手……。
満面の笑顔のマスターと大門に対し、瞳は静かに微笑んでいた。
ロングヘアで、静かに微笑む瞳はまさに大人の女性だった。
画像の中の三人は、本当の親子のようだった。
マスターの携帯を閉じた流花は、携帯を畳の上に置いた。
眠っているマスターの方に向き直り、マスターをじっと見つめ顔を近づけた。
「……七海」
眠っていたマスターが、突然流花を抱きしめた。
流花の耳元で、マスターはささやくように言った。
「おはよ」
宿屋を出て、海岸沿いを走るバスにマスターと流花は乗っていた。
マスターは、流花に聞いてきた。
「今日は、何処に行きますか?」
「初めてマスターと行った店に、もう一度行ってみたい。店の雰囲気が気に入ったし、ランチも美味しかったし、あの時行かなかったブティックと雑貨屋にも行ってみたい」
マスターと流花が初めて行った店は路地裏を入った、コンクリートの無機質な建物だった。
一階の建物には、ブティックと雑貨屋が隣同士に並んでいた。
外階段を上がり踊り場を渡ると、ブティックと雑貨屋の二階に洋食の店があった。
マスターと流花は、二階の洋食の店には行ったが、一階のブティックと雑貨屋には行かなかった。
「ひっそりとたたずんでいて、遊び心がある店でしたね。流花好みの店ですか?」
「うん、誰も行かないような店って好きだな」
「電車とバスで移動して、更に歩くけど大丈夫ですか?」
「大丈夫!いっぱい歩いて、たくさん食べるぞ。マスター早く行こう」
流花はマスターの手を取ると、マスターを引っ張るように歩き出した。
電車とバスを利用し、更に歩き続けて目的の店にたどり着いた。
「やっと、ついた」
大きなため息と共に、流花はひっそりとたたずむ店を見上げた。
流花はマスターと手を繋いで、階段をのぼって、店の中に入って行った。
外観は無機質なコンクリートの素っ気ない建物なのに、店内は二台の扇風機が天井に付いていて、扇風機のの羽根がゆっくり回っていて、何処か明るかった。
きっとそれは、店内のスタッフが明るく接待をするせいだった。
店のメニューは、ハンバーグとパスタとサンドイッチの三種類だった。
料理は、ワンプレートで出てくる仕組みだった。
更に、ドリンクも選ぶことができた。
マスターは、初めて来た時と同じメニューのエビピラフとデミグラスソースのハンバーグとミックスサンドを選んだ。
流花は、エビピラフと和風ハンバーグとハムサンドを選んだ。
「飲み物は、何にしますか?」
マスターが、流花に聞いてきた。
「コーラ!」
即答をする流花に、マスターは笑った。
「もう、喉がカラカラ。マスターは?」
「ボクも、同じのにします」
メニューが決まると、マスターは店内のスタッフを呼んだ。
ランチで満たされた流花は、店内を出ると、踊り場の柵につかまって空を見上げた。
「美味しかったぁ!」
流花の隣に、立ったマスターが言った。
「今日は、完食しましたね」
「たくさん歩いて、お腹が空いていたから。あのエビピラフ、塩加減が絶妙で美味しかった。和風ハンバーグは、大根おろしが乗っていてあっさりしていて、食べやすかった」
「デミグラスソースも、なかなかでした」
「これで、また一つ。お気に入りの店が出来た」
「お気に入りの店が、あるんですか?」
マスターの方を振り返った流花は意味ありげに微笑むと、踊り場を歩き、階段を降りって行った。
「お気に入りの店って、何処ですか?」
マスターは、慌てて流花を追いかけた。
一階の雑貨屋では、小物類やちょっとした食器等がところ狭しと、並んでいた。
ポップで、明るい内装の店内だった。
店内は女性客が数名いて、男性客はマスター一人だった。
マスターと流花は、文房具コーナーにいた。
「この付箋、可愛いですね!いろんなマスキングが、ありますよ。こっちは、ボールペンだ」
ボールペンの試し書きをするマスターを、呆れて流花は見ていた。
「このボールペン、書きやすいですよ。お揃いで、買いませんか?」
流花はぽかんとして小さく頷くと、マスターは嬉しそうにレジに向かった。
雑貨屋を出たマスターは、流花にボールペンを手渡した。
「仕事で、このボールペンを使ってください。ボクも勤務中使います」
ボールペンを受け取った流花は、マスターの背中に抱きついて、ささやくように言った。
「乙女なマスター、ありがとう」
流花の言葉に、マスターは声を立てずに笑った。
……ほんとはね。あの店内を歩くのは恥ずかしくて、乙女みたくはしゃいだふりをしただけですよ。
雑貨屋の隣のブティックの店内に、マスターと流花は入って行った。
店内は先ほど行った雑貨屋とは違い、静かで大人のムードが漂っていた。
飾られた服装はモノトーンが多く、ちょっとした装飾品等があった。
不意に、マスターが言った。
「大門どうやら、好きな子ができたみたいです」
「えっ、大門君が?」
「妙にその子のことを、詳しく話すんです」
「そうなんだ!どんな子?」
「背が高くて、勉強運動何でもこなせる、優等生タイプです」
「そんな子が、好きなんだ。意外!」
マスターはハンガーにかかっていたコートを手にした。
黒色のコートは軽くて、暖かだった。
「レトロ調で、味があるコートですね。暖かそうだし」
コートをのぞき込んだ、流花が言った。
「流花、お願いがあるんですが」
マスターの願い事を聞いた流花は、驚いて言葉が出なかった。
「そんなこと……良いんですか?」
「流花さえ良ければ、是非」
しばらくとまどっていた流花だったが、マスターの願いを笑顔で承諾した。




