タイトル未定2026/07/20 20:53
宿屋から出てきたマスターと流花は、海岸沿いをのんびり歩いた。
辺りは、段々暗くなっていた。
歩き出したときは、寒さを感じていたが、今では少し暑いくらいだった。
歩きだして、もう三十分程たっている。
旅行の行き先を決めたのは流花だったが、宿屋と夜の食事の店を予約したのは、マスターだった。
携帯の地図アプリを見ながら、歩くマスターに流花は聞いた。
「マスターこんな場所に、本当に店なんてあるんですか?」
どんな店なのか、流花は全く知らない。
海岸沿いに何件か店はあったが、どの店もドライバー目当ての、軽食を売る店だった。
「この辺りなんですが……あっ、ここを曲がるんです」
マスターが言った通りを曲がり、狭い路地を歩いた。
……なんだか、宿屋と同じような場所にある感じ。
流花は、そう思いながら歩いた。
路地を抜けると、階段があった。
階段を登りきり、曲がって歩いた先に、マスターが予約をした店があった。
高台にあった店の隣には駐車場があり、二台の車が置いてあった。
店の入り口付近には二台の大型オートバイが置いてあった。
うっかりしたら、通り過ぎてしまそうなその店は、寿司屋だった。
マスターと流花は暖簾をくぐって、店の中に入った。
店内は、カウンター席に小上がりの座敷が三つあった。
座敷はプライベートが保たれるように、衝立てが立っていた。
カウンター席に、ライダーらしい二人の男性客。
座敷に四人家族と、男女二人の客がいた。
「いらっしゃいませ!」の明るい従業員の声で迎えられたマスターと流花。
マスターはカウンターの中にいた従業員に声をかけた。
「予約した麻生です」
カウンターの中から、従業員が出て来た。
「麻生様ですね。承っております。こちらへどうぞ」
従業員はテーブルの上に、予約席と書いてあった札を外した。
「上着は、壁にかかっているハンガーにおかけください」
マスターと流花は履いてたスニーカーとパンプスを脱ぎ、小上がりの座敷に上がった。
上着を脱ぎハンガーにかけテーブルの前に座った。
ホール担当の女性が来た。
「いらっしゃいませ」
言いながら、お茶が入った湯飲みとおしぼりを、テーブルの上に置いた。
「お料理は、刺身の盛り合わせと、お任せのコース料理でしたね」
「はい。ビールと冷酒を、お願いします」
「かしこまりました」
女性がいなくなると、流花は小声で言った。
「マスター回らない寿司屋なんて……高いんじゃないんですか?」
「たまには、いいじゃないですか。今夜は、ご馳走します。遠慮しないでください」
「でも……」
「少しは、カッコつけさせてください」
先程の女性が、ビールと冷酒を運んできた。
マスターは二つのグラスにビールを注ぎ、流花と一緒にビールを飲んだ。
食事を終えたマスターと流花は寒空の中、手を繋いで寄り添って歩いた。
行きは階段を使ったが、暗くて危ないため遠回りをして歩いた。
「マスターごちそうさまでした。凄く、おいしかったです」
「今夜は、静かに食事をしていましたね」
「もう、美味しすぎて。食べるのに、夢中でした」
流花はお酒を飲みつつ味わいながら、静かにゆっくりゆっくり食べていた。
食べ終わる頃には、客はマスターと流花の二人きりになっていて、店主がお酒をご馳走してくれて、三人で飲んでいた。
「また、夫婦に見られたね」
嬉しそうに言う流花に、マスターは聞いた。
「建築士の資格が取れたら、どうするんですか?独立するんですか?」
「そこまでは、考えていません。とにかく今は、資格を取ることだけ考えています。実績を積んで資格を取って、仕事を貰えるようになりたいです」
「仕事をしながら、資格を取る。並大抵のことじゃないですよ。仕事だって覚えることが多いから大変でしょ」
「そうだけど……でも、仕事をしている中で、いろんなことを教わるから、凄く勉強になります」
そこから流花の口から専門用語が出てきて、戸惑うマスターに気がついた流花は慌てて言った。
「あっ、こんな話わからないですよね。ごめんなさい」
それまで見えなかった流花を、目の当たりにしたマスターは、少しだけ流花と距離を感じた。
「本当に、自立心がありますよね」
「マスターだって、医師になって自立をしているじゃないですか」
「医者という家庭で育ったから、医者になっただけです。敷かれたレールの上を、走っているだけです。流花とは天と地の差があります」
謙虚をして言うマスターに、流花は言った。
「私が幼い時に両親は離婚して、母はずっと夜の仕事をしていました。そんな姿を見て育ったからこそ、手に職をつけて一人でも生きていけるようになりたい。ずっとそんな思いです」
「結婚は、考えていない?」
「今は、考えていません」
「そっか」
「でも……ずっとマスターの側にいたい。わがままですか?」
「わがままでは、ありません。ボクの側にいたいと言う、流花の気持ちが聞けて良かった」




