タイトル未定2026/07/20 20:50
路線バスに乗り、海岸沿いの道路を走りバスを降りた所に、宿屋があった。
趣きがある外観だったが、中は近代的で清潔感があった。
仲居に案内された部屋は、畳の部屋で窓からは水平線が一望できた。
マスターと流花は畳に座り、仲居が入れてくれたお茶を飲んだ。
「お食事は、明日の朝だけでよろしかったですか?」
仲居の質問に、マスターが答えた。
「はい。明日の朝、お願いします」
マスターと流花が、左の薬指につけているペアリングに仲居は気が付いた。
「かしこまりました。ご夫婦で、旅行ですか?」
「お互いやっと、休みが取れたので」
「奥様まだ、お若いでしょう。せっかくの旅行なのに、こんな何もない辺鄙な場所で良かったのですか?」
「私の希望です。のんびり過ごしたくて」
「まぁ、そうでしたか。やさしい旦那様で、良いですわね」
少し羨ましそうに、仲居は言った。
仲居が部屋から出て行くと、流花は窓の外の景色を眺めた。
「海がよく見える!」
マスターは流花の隣に行き、一緒に海を眺めた。
「夫婦に、見られたね」
少し照れくさそうに、でも嬉しそうに流花は言った。
「奥様とか旦那様とか、照れますね」
「旦那様……か。私ずっとマスターって呼んでるけど……」
「けど?」
「店でバイトをしている時は良いけど、ずっとマスターって呼ぶのは、おかしいかな?」
「マスター以外で、なんて呼んでくれるんですか?」
「う〜ん……麻生さん?七海さん?」
「なんか、他人行儀みたいですね。いっそのこと大門みたく、呼び捨てで呼ぶのは?」
マスターの言葉に、流花はマスターをじっとみつめた。
「……言えないよ」
流花は、マスターの胸に顔を埋めた。
マスターは流花を受け止めると、流花の髪の毛に触れながら言った。
「ボクの呼び方を気にしたりして、どうしたんですか?」
『彼氏なのに、マスターって呼ぶんだ』
以前言った田中の言葉が、流花の中でずっと引っかかっていた。
「マスター……」
「なんですか?」
「学生時代、大門君の母親と付き合っていたんだよね」
「突然、どうしたんですか?」
「大門君の母親以外にも、女性と付き合ったことがあるんですか?」
流花の髪の毛を触れていたマスターの手が止まった。
『大門君の母親以外にも、女性と付き合ったことがあるんですか?』
流花の言葉が、胸に突き刺さる。
「何故、そんなことを聞くんですか?そんな昔のことを聞いて、何になるんですか?」
「ちょっと、気になっただけ」
「ボクには、流花しかいません」
マスターは、流花をキツく抱きしめた。
……気になっただけ……。
確かに気になるけど。
……ほんとはね……。マスターが昔付き合った女性を引き出して、ずっと感じている罪悪感から少しでも逃れようとしているんだ。
私は、最低だ……。




