タイトル未定2026/07/20 20:49
青空が、広がっていた。
無風だったが、冬らしい冷たい朝だった。
そんな街中を、流花は駅に向かって歩いていた。
休暇を取った流花にとって、マスターと初めてのささやかな旅行。
しかし、流花の気分はすぐれなかった。
仕事終わり田中と過ごした流花は、田中にされるがままにキスをした。
……ほんとはね。田中君が、好きだよ。
パンドラの箱を開けてしまったように、流花の中で封印をしていた想いが広がり、罪悪感が重くのしかかった。
自分が招いた軽率な行動で、あんなに楽しみにしていたマスターとのささやかな旅行が影をさしていた。
……田中君の、言う通りだ。どんな顔をして、マスターと会えばいいんだろう。
手にしていたキャリーバックが、重たかった。
駅につくと、黒色のバケットハットをかぶり、茶色のダウンを着て、腰には黒色のウエストポーチを巻き、ジーパンとスニーカーを履いたマスターがいた。
マスターは、大きなバックを肩に下げていた。
「おはよう」
マスターは、爽やかに言った。
流花もマスターに挨拶を交わそうとしたが、言葉にならず強張った笑顔だった。
そんな流花を、マスターはじっと見つめていた。
流花は、黒色のブルゾンを着ていた。
ブルゾンの下は、襟が付いた白いブラウスに薄い茶色ロングワンピースを着て、ワンピースと同色のヒールが付いたパンプスを履いていた。
ヒールのせいで、背丈がマスターと変わらない。
黒色のショルダーバックを肩にかけ、黒色のキャリーバックを手にしていた。
マスターの側に行った流花は、マスターの手を握りしめ寄り添った。
いつになく積極的な流花に驚いたマスターは、流花をみつめた。
流花は「行こう」と言うように、マスターをみつめた。
電車の車内は程よく込んでいたが、横並びに座ることができた。
電車が進むにつれ、乗客が少しずつ減り、がらんとした車内になった。
流花はマスターの肩にもたれ、マスターの手をしっかり握りしめた。
「今日の流花は、いつもと違いますね。とても、大人っぽい」
「嫌いですか?」
「ギャルな流花も、大人の流花も好きです」
「ギャル……?」
流花は、くすくす笑った。
「露出ドが高い服を着た流花を観た時は、驚きました」
「あの時は、初めて二人きりで出かけるから、気合をいれました……なんて、あの服はなぎちゃんが選んだ服です」
「とても、似合っていました」
目の前には、青々とした海が広がっていた。
電車はマスターと流花が降りる駅に止まった。
駅を出ると、さびれた商店街が連なっていた。
商店街には、土産店もあった。
さびれた商店街なのに、それなりに人々が歩いていた。
マスターと流花は、人々の中に紛れ込んだ。
商店街を歩きながら、何件かの土産店を見て歩いた。
土産店の中で、流花は大門の土産を選んでいた。
「何が良いかなぁ」
「流花が選んだものなら、大門は何でも喜びます」
「それじゃ、参考になりません」
ピシャリと言った流花は、キーホルダーに目をつけた。
「ベタだけど、王道のキーホルダー」
流花は、青色と赤色のキーホルダーを手にしていた。
「えっ、二つ?」
「大門君と、おそろのキーホルダー」
流花は手にしていた、店のカゴの中に入れた。
「マスターは、お土産選んだの?」
「そうだなぁ……」
マスターは、目の前に積まれてあった箱入りのお菓子を眺め、量がたくさん入ったお菓子を店のカゴの中に入れた。
「えっ、それ?」
「診療所の職員に。余ったら、おまちさんや、たきさんにも」
「あっ、私も職場に持っていくお土産を買おう。おまちさんとたきさん、それからスイにもお土産を買おう」
職場用のお土産は、マスターと同じお菓子を選んだ。
その時マスターは、菜箸を選んでいた。
「菜箸?」
流花は、マスターが手にしていた菜箸を見て言った。
「おまちさんもたきさんも、料理をするから」
マスターの言葉に納得した流花は、店内を歩き周りマスターのもとに行った。
「じゃあ、私はこれ」
流花が選んだのは、可愛い動物の鍋つかみだった。
「おっ、良いですね。水田さんのお土産は、決まりましたか?」
「まだ、決まっていない」
「これなんて、どうですか?水田さんのお土産、ボクはこれに決めました」
マスターは、流花に見せた。
流花は、笑いながら言った。
「倍返しだぁ!」
マスターと流花は、若菜から旅行の土産で、それぞれ一枚ずつ派手なご当地ティーシャツをもらった。
マスターが選んだ若菜の土産は、『こども』と書かれたダボダボの服を着た子供のイラストが描かれた白色のティーシャツだった。
もう一枚は、同じく『こども』と書かれた、ダボダボの園服を着たイラストが描かれた、白色のティーシャツだった。
土産屋を出たマスターと流花は別々の店で、おやきとチュロスとアイスコーヒーを買って、電車の車内から見えた海岸に行った。
冬の海岸は静かで、人影がなかった。
コンクリートに座り、海を眺めながら先程買ったおやきとチュロスとアイスコーヒーを袋から出した。
「流花が、ブラックコーヒーなんて珍しいですね」
「チュロス、甘そうだから」
そう言いながら、流花はおやきを食べた。
「これ、中のあんがぎっしり!凄い食べ応えがある。何個でもいけそう」
相変わらず楽しく食べる流花にマスターは嬉しくなり、静かに微笑み、アイスコーヒーを飲んだ。
「マスター、食べてます?」
「食べてますよ」
言いながらマスターは、おやきを食べた。
おやきとチュロスを食べ終えると、流花は海に向かって駆け出した。
波打ち際にたどり着いた流花は、振り返るとマスターに向かって大きく手を振り、寄せては帰る波とたわむれ始めた。
……全く、見た目は大人。中身は、子供……。
マスターの脳裏に、そんな言葉がよぎった。
ウエストポーチから携帯を出すと、波打ち際ではしゃいでいる流花をマスターは、携帯のカメラで撮った。
波打ち際から、流花が戻って来た。
「凄く、気持ちが良いよ!……あっ、また、私を撮っていたでしょ」
言いながら流花は、マスターの隣に座った。
マスターは、波打ち際ではしゃぐ流花を撮った写真を見ていた。
「流花……」
マスターが言った言葉に、流花は声を上げた。
「マジでぇ〜」
「マジです!」
ふざけて言うマスターに流花は笑い、マスターは流花の肩を抱いて自分の方へ引き寄せた。
マスターは携帯を持っていた手を思い切り伸ばし、「せ〜の」の掛け声とともに、インカメで撮影をした。




