タイトル未定2026/07/20 20:47
立ち飲み屋を出ると、外は変わらず寒く北風が吹いていた。
熱燗で暖まっていた身体は、一気に冷めていった。
駅に向かって歩いていると、田中は「寒みぃ」と言って、流花の肩を抱いて歩いた。
「ちょっと、田中君」
流花は田中から離れようとしたが、田中は頑として流花を離さなかった。
「週末、マスターと出かけるんだろ」
「どうして、それを?」
「昼の休憩時間、安達さんと話しているのが聞こえた」
「聞いていたんだ」
「しっかり、聞いていたよ。俺とこうして過ごした後、どんな顔をしてマスターと出かけるんだよ」
……田中君の言う通りだ。
流花は、何も言えなかった。
「流花ちゃんが、誰と何をしようが、俺には関係ないけどな」
そう言った後田中は突然立ち止まり、流花をキツく抱きしめてキスをした。
突然のキスに、流花は両腕を上げて田中の肩を掴み、田中から離れた。
田中の肩を両手で掴んだまま、流花は顔を上げた。
「……やめてよ」
「マスターのキスと俺のキス……どっちが良かった?」
田中の両肩を掴んだまま、流花は田中を睨んだ。
「俺、見ていたよ。流花ちゃんが……あいつ……野田と、キスをしていたのを。不意打ちだったけどな」
流花と田中と野田の三人で、初めて出かけたことがあった。
田中の肩を掴んでいた、流花の両手の力が緩んだ。
田中は力強く、流花を抱きしめた。
「なぁ……俺のこと、どう想ってる?」
流花は、田中の胸の中で聞いていた。
「答えろよ。こう見えてほんとうは、不安でたまらないんだ」
……田中君が、不安?
田中が不安な気持ちになっていたことに、流花は初めて知った。
「田中君と出会って、同じ物を目指して、共有したり励まし合ったり。あたりまえのように、田中君は私の側にいて……田中君と一緒にいると楽しい。楽しくて、楽し過ぎるくらい楽しくて……マスターに罪悪感を感じてしまうくらい楽しい」
「そうか。俺といて、楽しいんだ」
安心をしたように言う田中に、流花は冷たく言った。
「楽しいだけなら、ただの友達だよ」
「俺は、ただの友達か」
「これ以上、私を惑わせないで」
流花が言った言葉を無視するように、田中は流花を抱きしめたままキスをした。
先程とは違い、流花は田中にされるがままでいた。
流花は田中を拒むことが、出来なかった。
田中は、ゆっくり唇を離した。
「俺がマスターを、忘れさせてやる」
「今の無し……私、どうかしていた」
田中から離れた流花は、田中に背を向けて足早に歩きだした。
……ほんとはね。田中君が、好きだよ。
流花は、マスターに対していつも以上に罪を犯した気分になり、重い罪悪感を背負っていた。




