タイトル未定2026/07/20 20:46
設計事務所の休憩時間。
流花は机の回転椅子に座って、お弁当を食べながら、週末マスターと出かける場所を携帯で検索していた。
……ここならそんなに遠くないし、海が見えるし、静かな場所みたいだし。
週末に行く場所の情報を、流花はマスターのラインに送った。
「さすが白田さん。ここは、穴場ですよ」
流花の背後から、上司の安達の声が聞こえた。
驚いた流花は、慌てて振り向いた。
安達は、笑いながら流花の隣の机の回転椅子に座った。
安達の手には、コーヒーが入った自分のマグカップを手にしていた。
「週末、休むんですよね。彼と出かけるんですか?」
「……はい」
「今が、楽しい時ですね。良いなぁ」
「安達さんには、奥さんもお子さんもいるじゃないですか」
「家族で旅行なんて、夢のまた夢ですよ」
「二歳の娘さんがいて、奥さんは二人目を身ごもっているから、まだ旅行は無理ですね」
「そうなんだよ。早く、家族旅行をしたいよ。あっ、そうだ。面接に来た人。年明け早々、入社が決まったらしい」
「どんな方ですか?」
「さぁ、詳しいことは聞いていない」
安達は、コーヒーを、ゆっくり飲んだ。
この日は、定時に業務が終わらず、時計は午後九時を回っていた。
外は真っ暗で、街灯の明かりだけが頼りだった。
流花と田中は、一緒に事務所を出た。
「腹減ったな。なんか、食いに行くか」
「うん。さすがに、疲れた……」
流花は田中を警戒して、いつもなら即断るが、今夜はさすがに疲れていた。
田中は、流花に聞いた。
「何処に行く?」
「何処でも良いよ。任せる」
流花は考えることすら、どうでもよくなっていた。
それだけ、疲れ切っていた。
田中が選んだ店は、チェーン店の牛丼屋だった。
数名ほどの客が入っていて、流花と田中は、カウンター席に横並びに座った。
ざっとメニューに目を通した後、
流花と田中は、普通に牛丼を選んだ。
「ビール飲むか?」
田中が聞くと、流花は頷いた。
ビールとグラスはすぐ、運ばれた。
流花はビールを、一気に飲み干した。
「相変わらず、いい飲みっぷりだな」
言いながら、田中は空になった流花のグラスに、ビールを注いだ。
ビールを飲んだ流花は、目の前のタブレットを引き寄せながら、田中に言った。
「冷酒も、頼んで良い?」
「さすが、流花ちゃん。俺も飲むから……」
言いながら、田中はタブレットを手にした流花に寄り添って、タブレットを操作した。
牛丼が来るまでの間、流花と田中は冷酒を飲んでいた。
「職員が設計した図面、部屋の広さを重視しすぎていると思ったけど、流花ちゃんはどう思う?」
「私も、そう感じた。もっと部屋に有効活用ができるんじゃないかなって思った」
「俺らは、まだまだ意見なんて言える立場じゃないから、見ていて歯がゆいよな」
「うん、わかる」
二人の目の前に、牛丼が置かれた。
田中はカウンターに置いてあった紅生姜を、牛丼に思い切りかけた。
「田中君、紅生姜かけすぎ」
「これくらい、かけた方がうまいんだよ」
言いながら田中は、流花の牛丼にも紅生姜をかけた。
「ちょ……何するの!私、紅生姜嫌いなんだから!」
流花は慌てて紅生姜をレンゲですくい、田中の牛丼に紅生姜を戻した。
そんな流花を、田中は目を細めて声を上げて笑った。
田中は丼を持ち上げると、かっ込むように牛丼を食べだした。
……田中君って、あんな顔をして声を上げて笑うんだ。
強面で無口な田中に、流花はギャップを感じていた。
外は気温がグッと下がり、寒さを増していた。
店を出た流花は思わず、首をすぼめた。
二人で歩いていると、田中は立ち飲み屋を見つけた。
「もう少し、飲まないか?」
「……うん」
とまどいながら、流花は頷いた。
立ち飲み屋はカウンターのみの店で、店内は想像以上に客が入っていた。
かろうじて、カウンターの隅に二人分入れるスペースがあった。
流花と田中は、熱燗を注文した。
先にお通しの、大根の煮付けが出された。
流花は早速、大根の煮付けをつまんだ。
「大根、ほろほろぉ〜。田中君、大根甘くて美味しいよ」
夢中になって、お通しの大根の煮付けを食べる流花に、田中は言った。
「マスターと一緒の時も、いつもそんな感じで、食べるのか?」
「うん、いや……私、誰とでもこんな感じで食べているよ」
「弁当を食べている時は、黙々と食べていたじゃん」
「自分で作った弁当を食べる時はさすがに……」
田中は、小さく笑った。
目の前に熱燗とお猪口が置かれ、流花と田中はゆっくり熱燗を飲んだ。
「なぎちゃんから、ライン来た?」
「来た来た。田中君も?」
「あぁ。佐野から、ラインが来た」
「四人で、飲みに行くなんて大学の卒業以来だね」
「そうだな。なぎちゃんも、佐野も元気かな?」
「皆忙しいけど、絶対会いたいね」
「大学の時を、思い出すな」
「いろんなことがあったけど、楽しかった」
「あっという間の、四年間だったな」
しんみりと言った田中は、ゆっくり熱燗を飲んだ。




