タイトル未定2026/07/20 20:44
市役所勤務を終えたしのぶは、マスターが住むマンションを見上げていた。
……ここが、麻生さんが住んでいる場所なんだ。
父親から教えてもらった、マスターが住んでいるマンションの場所にしのぶは立っていた。
部屋が何処にあるかわからなかったが、マスターが住んでいる場所がわかっただけで、マスターに一歩近づけた!そんな感じがしていた。
しのぶは、マンションに背を向け歩きだした。
ふと立ち止まり、振り返って小さくなったマンションを見あげた。
……ほんとは今すぐにでも、麻生さんに会いに行きたい。
診療所勤務を終えたマスターは、bar「ジェシカ」の仕事に行く前に、軽くシャワーを浴びた。
浴室から出てくると、リビングでは大門が修学旅行の荷物チェック
のプリントを、じっとながめていた。
大門の側には、修学旅行に持っていく大きなリュックがあった。
「修学旅行の準備は、進んでいますか?」
マスターの声に、大門は顔を上げた。
「うん。楽しみだなぁ」
マスターは、冷蔵庫を開けた。
大門はマスターの側に行って、一緒に冷蔵庫を覗いた。
「野菜と肉と卵……。確か、冷凍庫に玉うどんがあったよね」
そう言った大門は、冷蔵庫の扉を閉めた。
「七海がお店に行っている間、煮込みうどんを作るよ。冷蔵庫に入れておくから、お店から帰ってきたら食べてね」
そう言った大門はリビングに戻り、大門専用の棚からたきこに作ってもらった料理のレシピ集を出して、ソファーに座るとレシピ集を広げた。
……頼んでもいないのに、夜食を作るようになったんだ。
少しずつ、大門が自分から離れていく感じがして、マスターは淋しさを覚えた。
bar「ジェシカ」の開店準備が整った。
マスターの側には料理人たきこと、久々に来たホール担当の流花がいた。
「大門君、私が書いたレシピ集を見て、夜食を作るんですね」
たきこが、嬉しそうに言った。
「マスターの今夜の夜食は、大門君が作った煮込みうどんなんだ」
流花も、嬉しそうに言った。
「大門が作った煮込みうどんを早く食べたいから、今夜は早めに上がりますか」
マスターの言葉に、笑い声が上がった。
それと同時にドアが開き、ドアについている鐘の音が鳴り、店内に客が入って来た。
マスターと流花とたきこは、それぞれの持ち場に移動した。
bar「ジェシカ」は、常連客で賑わっていた。
カウンターに、二十代の女性客二人が座った。
一人はロングヘアで、大人びた女性だった。
もう一人は、赤色のカラーのショートカットの小柄な女性だった。
二人は明らかに、マスター目当ての客だった。
真っ先にマスターの目の前に座り、カクテルをオーダーした。
出来上がったカクテルを飲んでいると流花が来て、マスターにオーダーを通した。
流花がカウンターから離れると、ロングヘアの女性が流花を眺めながらマスターに言った。
「あんな子いた?」
「ずっと休んでいて、やっと復帰しました」
マスターは、客がオーダーした酒を作りながら言った。
ロングヘアの女性とショートカットの女性は、少し冷たい目で流花を眺めていた。
マスターは、テーブル席に料理を運んでいた流花を呼んだ。
「白田さん、お願いします」
「はい」
流花はカウンターに行き、マスターからハイボールとビールを受け取った。
カウンターから流花が離れると、ショートカットの女性がマスターに言った。
「あの子、白田って言うんだ。何処で見つけてきたの?」
「知人の紹介です」
マスターは、適当に言った。
「私もこの店で、仕事がしたいなぁ」
ロングヘアの女性は、流し目でマスターを見つめた。
「私も!そしたらずっと、マスターの側にいられるし!」
ショートカットの女性は、明るく言った。
「美女二人に囲まれたら、仕事になりません」
マスターのリップサービスに、女性客は声を上げた。
二人の女性客は、二杯目のカクテルをおかわりした。
二杯目のカクテルを飲みながら、ショートカットの女性客がマスターに聞いてきた。
「マスターって、彼女いる?」
突然の言葉に、マスターは「えっ?」と、目を見開いた。
「マスター、可愛い〜」
女性客二人は、声を上げた。
……しまった。
思わず本音を漏らしてしまったマスターは、女性客からそっと視線を反らした。
そんなマスターに気が付かず、ロングヘアの女性が言った。
「マスター。どうなの?」
マスターはなんとか平常心に返り、さらっと言った。
「彼女募集中と言うことに、しておきます」
「はぁい!マスターの彼女に立候補しまぁす」
ショートカットの女性が言うと、ロングヘアの女性も言い出した。
「私も、立候補しまぁす」
「困りましたね。二人に言い寄られたら、決めれません」
マスターがいつもの調子で言うと、女性客は嬉しそうに声を上げて笑った。
流花はテーブル席の客の相手をしながら、カウンターのマスターをそっとみつめていた。




