タイトル未定2026/07/20 20:41
診療所の朝、亜美はいつも誰よりも早く診療所に入っていた。
靴から院内用の履物に履き替え、待合室を通ると、待合室の長いベンチに院長が座っていた。
亜美は驚いて、慌てて挨拶をした。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう。園田さん、いつもこんなに早いのか?」
「はい。家が遠いので」
「そうだったな。園田さんとは診察室が違うから、話をする機会なんてなかったな」
院長とあまり接点がなく、一対一で会話など数える程しかしたことがなかった。
「園田さんは、息子の診察室にいたな」
「はい。先生の診察室にいます」
少しの間があった後、院長が切り出した。
「息子とは、プライベートの話をするのか?」
「滅多にしませんが、たまにします」
「そうか、息子は誰かと会っているとか、そんな話はするか?」
「そう言う話は、しませんが……」
少しだけ戸惑った後、亜美は思い切って言った。
「先生には、彼女がいます」
亜美の言葉に、黙ったままでいた院長はやっと口を開いた。
「そうか……」
……先生に彼女がいることすら、院長は知らないんだ。本当に、院長と先生は犬猿の仲なんだ。
亜美は院長に、マスターの彼女のことをさらに伝えようとしたが「おはようございます!」と言う威勢の良い緑の声で、話は打ち切られた。
「院長、昨日は医師会お疲れ様でした」
「あぁ。終わった後、友人と食事をしたから、今朝は早朝から報告書を作成していたよ」
「それで、こんなに早いんですね」
「少し、寝てくる」
院長はベンチから立ち上がると、亜美と緑から離れた。
院長がいなくなると、緑が亜美に聞いてきた。
「院長に、流花ちゃんのことを話したの?」
「彼女がいることだけ、言いました。聞こえていたんですか?」
「まぁね」
「余計なお世話でした?」
「良いんじゃないの。あの親子、ずっと仲が悪いままだから、いい薬よ」
「あの……師長と先生は付き合っているんですか?」
亜美は、マスターと緑が二人きりのところを、何度か目撃をしていた。
亜美の言葉に、緑は声を上げて笑った。
「園田さん、私と先生の年齢を考えたことある?先生と私は、昔からの付き合いよ」
「そうなんですか!」
「先生には、流花ちゃんがいるし」
何気なく言った緑の言葉が、亜美の胸に突き刺さる。
「そろそろ、準備をしなくちゃ」
わざとらしく亜美は言い、亜美は緑から離れた。
亜美の背中を見つめながら、緑は胸の中でつぶやいた。
……女にモテる男も大変だ。
先生は、初恋の相手を失い。当時先生と同棲をしていた彼女も、先生から離れたのよ。やっと掴んだ幸せを、先生が手放すわけないじゃない……。




