8話「おいかけっこ」
前方から顔面めがけて飛んできた電撃を高速左右ステップで回避し走り続ける。
ミカンにしがみ付きつつ《電撃魔術【稲妻】》を放ったユズは「なんで今のを避けれる訳⁉」と宙を舞いながら悪態をついていた。
俺から言わせれば、空中移動中のその状態から正確に顔狙ってくる方が恐ろしいっての!
某クモのヒーローよろしく《【キャッチャー】》を多用して、縦横無尽に頭上を飛びまわる双子との鬼ごっこは続いていた。
住宅街を抜けて、スーパーではなく今日日珍しい八百屋や魚屋、服屋などの専門店が立ち並ぶアーケード商店街を通り過ぎ、現在は物怪町の中心部から離れつつあるようだ。
「《【霰!】》」
今度はユズの方から製氷機で作られたような細かい氷の塊が飛んでくるが、すかさず《【シェルガード】》で防御。
飛んでくるのが、初期魔術ばかりなのが唯一の救いだ。
これが中級魔術の《【氷塊】》だったら防ぎきれなかった。
俺は最初、《【ハイダッシュ】》でなら直ぐに捕まえられると高をくくっていた。
ところがあの柑橘姉妹、中々どうして魔術の扱いがべらぼうにうまい。
普通、端末機の魔術は何かを一つを発動させると、次の魔術を発動させるまでにクールタイムが存在する。
これは電力を魔術発動に必要な『マナエネルギー』に変換、チャージするが故のインターバル。
プロが使うような高性能端末であればせいぜい1、2秒の時間だが、一般人が持てるレベルの――しかも軽量化がなされている装着型ともなれば、通常は一〇秒以上かかる。
しかしあの双子は、交互に魔術を発動する事でその時間を補い合っているのだ。
お陰で屋根や地面に接している時間も極端に少なく、ほとんど空中移動しっぱなし。
更に一人が移動魔術に専念し、もう一人は先ほどのように俺への妨害も可能と、恐ろしいまでに息の合ったコンビネーションだ。
C級到達寸前というのは、なにもカツアゲ行為だけでは無いのかもしれない。
一方で俺は地上を走る以上、どうしても地形に影響される。
直線でいくら早くても、ようやく近づけたかと思えば行き止まりで回り道。
信号で捕まり、商店街では通行人を避け《御札》の効果が切れる度に貼り替えたりと、タイムロスが多くて距離がどうにも縮まらない。
だがまだ勝機はある。
前方には大きな山が見えてきおり、その手前には川が流れている。
山方向に架かる古めかしい橋には欄干(落下防止の柵)こそあるが高さは肩くらい。
《【キャッチャー】》を引っ付けられる高い支柱はなく、否応なしに橋の上に降りるほかない。
「《【稲妻!】》」
「ッ!」
考えているそばから、今度はミカンが詠唱している。再び飛んでくるであろう電撃に備える。
――が、いくら待っても前方からは何も飛んでこない。
「……あ、あれ?《【稲妻!】》……えぇ~⁉」
ミカンは何も発射されない自分の手を見つめながら情けない声を出す。
「アレだけ魔術を連発したんだ、端末の充電が尽きるのは当たり前だろ⁉ 電撃系の魔術は、電力消費が特に激しいからな!」
俺の指摘に、ユズが「チィッ!」と舌打ちをしたのが聞こえた。
「ミカン、降りるよ!《【エアバック!】》」
橋を目前にして、予想通り降りてくる双子。
地面に大きなシャボン玉のようなものが設置され、抱き合った双子はその上に落下していく。
道は直線。
橋は長らく人や車の出入りを規制しているらしく、入り口に『進入禁止』と書かれた立て看板があるだけで、その向こうに障害物もない。
最高速はこっちが上なんだ、これなら!
「――グッ⁉」
ところが事ここに至って、急に俺の両足がズシッと重くなる。
体のスピードがみるみる下がり、呼吸が、肺が、どんどん苦しくなっていく。
喉と鼻の奥に広がっていく血のような風味は、間違いなく魔術効果が切れたサインだった。
最悪な事に《【ハイダッシュ】》の札はこれで打ち止めだ。
「「「――絶対に……」」」
「捕まえる!」「逃げる!」「逃げ切ってやる!」
奇しくも三人同時に声を上げて、全力疾走レースがスタート。
ここまで来たら、あとはもう体力勝負だ!
《衝撃吸収魔術【エアバック】》が発射できたという事は、どうやら充電切れしたのはミカンの方だけ。
ユズの端末はまだ魔術を使うだけの余力を残しているようだ。
親戚の子たちがそうだったように、あれぐらいの時分は疲れ知らずの体力お化け。
このまま山まで逃げられたら、いよいよ追いつく事は出来なくなるだろう。
橋を渡り切られる前に、勝負をつけるしかない。
「ぎぃいいいーッ‼」
スプリント選手よろしく、歯を食いしばって無我夢中で手足を動かした。
目測で一〇メートル……、五メートル……。徐々に距離が縮まり、左右に揺れる尻尾が迫ってくる。
そして橋の中間地点に至った所で、遂に二人の隣に追いついた。
ほぼ横並びで三人ともヘロヘロだったが、そこは大の男としての体格差。
文字通り一歩分、俺の方が先んじている。
(ここだッ‼)
二人を完全に追い抜く間際、後ろ手で足元に《御札》を投げつけた。
橋上に札がペタッと張り付くと、表面の幾何学模様が発光。
クモの巣状にぶわっと模様が周囲にも広がり、ちょうど双子の足が模様を踏みつけた。
「「うわッ⁈」」
直後、双子は声を上げて盛大に前へつんのめりながら急停止。
何とか転倒しないように踏ん張ったようだが、その拍子に、ユズの手からトランクが離れた。
弧を描くように投げ出されたトランクは俺の頭上を飛び越え、橋の欄干で激しくワンバウンド。
そのまま、橋の外側へと乱回転しながら跳ね上がる。
「しまッ⁉」
マズい、トランクが川に落ちる可能性を考慮していなかった!?
チラ見した川の流れはなかなかの急流。
このまま落ちたら回収は絶望的だ。
走りながら手を伸ばす。
……が駄目だ、届かないし間に合わない!
「――行けポチッ!《【グラーップ!】》」
『ニャオンッ!』
突如背後で聞き覚えのある声と猫の鳴き声がしたかと思うと、俺の脇をオレンジ色の球体が猛スピードで通過する。
果たしてそれは富士野の追従型端末、ポチだった。
ポチは落っこちそうになっていたトランクに体当たり。
トランクはポチのボディを包む猫の手状のエフェクトによって掴まれ、無事落下を免れた。
「ひゅう~……、間一髪だったな?」
振り返ると、額の汗をぬぐいながら笑う富士野が立っていた。
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「よく俺の居場所が分かったな?」
ようやく息が整ってきたので、どうやって俺たちの元にたどり着いたのか富士野に訊ねる。
双子を追いかけるのに夢中で、連絡を取る事も完全に失念していたから不思議だった。
「ポチに匂いを辿らせたんよ。それに町中で魔術ぶっ放しながら走り回る連中が居るって目撃情報があったし。しっかし宇治お前よぉ……、実害が出てないとはいえ警察も出動する大騒ぎになってるぞ?」
「やれやれ、まいったなぁ……」
警察に捕まるような事になったら、面倒なことになるのは必至。
入学前はいえ、推定生徒が問題を起こしたとなれば学校にも連絡が行くに決まってる。
このままでは悪い意味でも『札付き』のレッテルを貼られてしまう。
「てか、何があったのか知りたいのはこっちだぜ。こいつ等に何された?」
「もう大変だったよ……――」
俺は富士野が立ち去った後の出来事や、双子に恐喝された事。
そしてトランクを持ち逃げされた経緯を説明してやった。
「なぁるほど? とんだ災難だったな?」
「本当だよ、全く……」
「んで、コイツらが件の双子と?」
富士野は依然として動けずにアタフタしている双子を親指で指さしながら見る。
俺が投げたのは《【接着】の御札》。
札を中心に半径約三〇センチを強力に接着するというもので、本来は害虫、害獣用の設置罠に使う物だ。
トラップにかかった双子の履いていた可愛らしいスニーカーは、ピッタリと歩道に張り付いていた。
「あ、足が、外れないよぉ……」
「くぅ~……」
「無理だぞ?《【ディスペル】》でも使わんかぎり取れないようになってるからな」
「い、いま解放してくれたら、見逃してあげる!」
ミカンの提案に「それはこっちのセリフ」と言い放つ。
「ぽ、ポイント欲しくない?」
ユズの提案を「興味ない」と突っぱねる。
「デートしてあげる!」「デートしてあげるわよ!」
「十年早いわクソガキども。ついでに言っとくけど、しばらく魔術も撃てないぞ? さっき背中に《【封印】の御札》を貼っといたからな」
「こ、このぉ!」
苦虫を噛み潰したかのような表情で、ユズが悪あがきのパンチを繰り出してくる。
俺は少し身を引いて腕をめいっぱい伸ばし、ユズの頭を押さえつけてやった。
彼女の短い腕では、距離をとった俺には届かない。
それに腹を立てたユズがさらに腕を振り回すが、その場から動けないので空振るばかり。
隣に立つミカンがそれを避けようと、「ヒャッ!」と悲鳴を上げて地面にしゃがみ込む。
何だか少し楽しくなってきたな。
「宇治さんや、悪い顔になっとりますぞ?」
呆れ笑いを浮かべる富士野の指摘に、俺は「おっと失礼」とおどけながら双子から離れた。
「そんで、どうすんだコイツら?」
「ほうっておくさ。手際のよさとか手慣れた感じからして、散々やんちゃしてるっぽいし。この機会に、警察にこってり絞って貰えばいい。俺たちはとっととずらかろう」
「まるで悪党だな。でも異議な~し。‥ポチ、行くぞー?」
飼い主の呼び声に、双子の周りを興味深げにウロウロ飛び回っていたポチが戻ってきた。
双子が使っていた《【キャッチャー】》とはまた別の《把捉魔術【グラップ】》で相変らず頭にトランクを乗せていた。
「ありがとなポチ、トランクは自分で持つよ」
「ん、このままポチに任せても構わんぞ? 重いだろ?」
富士野の言う通り、このトランクは持ち運ぶにはだいぶ重たい。
飛び回っていた双子も交代で持っていたし、基本的には片手ではなく抱えていたほどだ。
「悪気はないんだけどさ……」
そう前置き、俺はあくまでも自分で持つことに固執する。
元はと言えば、俺が預かり物であるトランクから目を離し、うかつにも離れたのが原因だ。
どんなに重くても、ちゃんと自分で持ち歩くのが一番安全。
俺はトランクの持ち手をしっかり握りしめ、腕を引いた。
『――パキンッ!』
弾けるような金属音。
ついで『カランッ……』と何か硬い物が転がる音と『ドサッ』と何かが落ちる音。
「あっ……」
富士野が唖然として俺の足元に視線を落とす。
まるで重みを感じない、トランクを持ったはずの右腕。
恐々見ると、俺が握っていたのは、持ち手のみ。
トランク本体と持ち手を繋ぐ金具が見事にへし折れ、横倒しになっていた。
更に落下の衝撃で、開閉金具も一つなくなっている。
「ま、マジかよ……」
全身からサーッと血の気が引いていくのに、頭の中をすごい勢いで思考が駆け巡る。
そりゃ、これだけ重たいトランクが乱暴に振り回されれば、壊れるのは当たり前。
しかしどうする?
預かり物を壊すなんて我ながらあり得ん!
何とか修理して誤魔化すか?
……いやいやいやいや、修理するにしたって部品が新調されてたらあからさま。
引っ越したばかりで、そんなも金ない。
それより青髪さんに直接あって謝罪をするのが先――ってそうだ、そもそも青髪さんの居場所が解らないんだった!
そもそも、仮に会えたところでなんて説明するつもりだ?
『盗まれました』『取り返したけど壊しました』
……そんな恐ろしいこと、言える訳がない!
あの人が怒ったらどれだけ恐ろしいか、俺が一番よく知っているだろ⁉
――よく、知っている?
「……じ? ……おい宇治!」
「ッ⁉」
「大丈夫か?」
富士野に肩を叩かれ我に返る。
どうやら持ち手を握りしめたまま固まる俺を心配してくれたようだ。
「ショックなのは解っけど、とりま今は逃げようや?」
富士野の言う通りだ。
とにかく今は警察が集まってくる前に……。
『――我を呼び覚ますは、何者か?』
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