7話「鬼ごっこ」
「「そんな所に立ってた貴方が悪い‼」」
「なッ……⁈」
悪びれるどころか突如として向けられる理不尽極まりない言葉に「ふざけるな」と言ってやりたかった。
……が、ダメだ。
舌が痺れて呂律が回らない。
放出系魔術を人が居る方に向かって放つのはご法度である。
捕獲用魔術というものはざっくりいうと、エネルギーの塊を他のエネルギーにぶつけて『魂に干渉する』というものだ。
魂そのもの――エネルギーだけの存在となった幽霊に効果がある以上、当然その元となる生物の生命エネルギーに効力があるのは当然。
ちゃんと防具と防御魔術を付与して行うサバゲー(銃器や端末を使った模擬戦闘を行う、この国発祥の遊び)でもない限り、モデルガンや魔術を人に向けて撃つのは非常に危険な行為だ。
一歩間違えば命を奪いかねないし、魂の損傷は一生涯のケガとなる。
「どうしてくれるの!」
右の袖をグイッと掴まれ、ツインテール少女に耳元で怒鳴られる。
「どう落とし前付ける気よ!」
今度は左の袖をグッと掴まれ、サイドテール少女に怒鳴られる。
体を交互に激しく揺さぶられ、耳が近くに寄るたびにやいのやいの文句を言ってくる。
生憎と、俺は歴史上の偉人ではないのだ。
同時に話されたって、何を言っているのか解るわけがない。
何となく内容を要約するに『逃したのは俺が立っていた所為だ、責任を取れ』という話か?
「あの二匹を捕まえれば、やっとC級にランクアップ出来たのに!」
「責任も何も……、俺は悪く――C級だって?」
「そうよ! C級よ、C級! 解ってんの⁉」
耳を疑った。
捕獲成績の階級は最低ランクのG級から始まりF、E、D……と上がっていき、民間の最高位はA級まで存在する(一応S級も存在自体はするが、それは国家資格持ちのみの等級)。
C級へのラックアップに必要な累計ポイントは十万ポイント。
幽霊捕獲を日常的に行う専門職の人間が到達できるレベルの階級だ。
端末は、例え幽霊を捕獲しなくても月々の基本使用料と通信費から何%かをポイントとして還元してくれる(還元率はメーカーによってマチマチで、長期契約者にはさらにボーナスポイントがプラス)。
もっとも、その量はたかが知れている。
幽霊を捕獲する事でポイントを加算していったとしても、素人が十万ものポイント貯めようとするなら、一体どれだけの時間が必要なのだろう。
「ほら、解ったなら!」
「早くあの二匹分のポイント寄こしなさいよ!」
まさか、こんな小さい子に恐喝される日がこようとは……。
でも言っていることが本当なのであれば、躍起になって怒るのも解らなくはない。
「解った、解ったよ! 払ってあげるから!」
C級の真偽は一旦おいておこう。
今は一刻も早く『やじろべえ』のように延々揺すられる状況からは抜け出したい。
まだ手足が痺れて痛いってのに、脳と視界までグワングワンして気持ち悪くなってきた。
さっきの二匹は合わせてもせいぜい二、三〇ポイント程度だろう。
この状況から解放されるなら安いものだ。
俺は強引に柑橘系双子少女を振り払い、先程まで二人が立っていた反対側の歩道まで逃げる。
逃がさないと言わんばかりに追ってくる双子。
しかし俺が「別に逃げないよ!」と言いつつ持ち上げたスマホ端末を見ると、急ブレーキをかけた。
(やれやれ、ようやく一息つける……)
「えぇと? ……はい三、」
「「三万」」
「……は?」
「貴方、耳悪いの? 三万って言ったの!」
双子の提示した価格に、一瞬本気で耳がおかしくなったのかと思ってしまった。
一晩寝ている間に超インフレにでもなって、お金の価値が紙切れ並みにでもなったのか?
「二匹分のポイントと迷惑料、合わせて三万!」
「さぁ、耳揃えて払ってもらうわよ!」
……なるほど、どうやら俺は極めて質の悪い『当たり屋』に遭遇したらしい。
そういう事なら、大人しく従う道理はない。
「だれが払うかそんな無茶苦茶な要求! むしろこのまま、警察に通報してやっても良いんだぞ?」
俺は『110』と入力したダイヤル画面を彼女らに見せつけてやった。
コールアイコンを親指で触れれば、いつでも通報できる状態だ。
ただし、本気で通報する気はさらさらない。
昔、旅行先で交通事故を目撃して通報したことがあるのだが、複数入った通報の中で俺が第一報だったからという理由で丸一日警察に聞き取りを行われた経験がある。
お陰でその日一日の予定がすべた台無し。
予約していたレストラン、ホテルはキャンセル扱いとなり、キャンセル料で大きな損害を被った。
あの時は、人命が関わる事だった。後悔はない。
しかし、こんな悪質極まりない連中のために、一日をドブに捨てるなんて願い下げだ。
「‥あっそ、払ってくれないんだー?」
ツインテール少女――たしか『ミカン』と言われていた方が腰に手を当て、ふてぶてしく俺を睨む。
俺は怯むことなく「びた一文も払わないぞ」と言い返した。
少女たちは同時に「「ふぅ~ん」」とつまらなそうに鼻で発する。
「どうする、ユズ?」
「どうするも何も……、こうするに決まってるでしょッ」
サイドテール少女――『ユズ』の方が俺に向かって手を突き出し「《【弾丸!】》」と吠えた。
刹那、彼女の手からビー玉のようなものが飛び出し、スマホ端末を持っていた手に直撃。
痛みと衝撃で俺の手からスマホ端末が吹き飛ばされ、地面に音を立てて転がる。
「うわぁ、イタそぉ~……。端末も飛んでっちゃったね?」
「でも、しょうがないわよね? 言う通りにしなかったのはアンタなんだから?」
弾の当たった手を押えてうめく俺の様子に、双子はクスクスと笑う。
どうやら、完全に見下されているようだ。
「さーて、どうしましょー? 端末が無いって事は、防御する手段がないよねー?」
「今からでも『払う』って言えば、許してあげなくもないよ? あ、ついでにジュースも飲みたいわね?」
「……何度聞かれても、答えはNOだ。払わんと言ったら払わん!」
「貴方も懲りないねー?」
「なら素直に払いたくなるように、もう一発!」
今度は二人そろって、至近距離からの《【弾丸】》の詠唱。
背後はブロック塀。
近すぎて回避は出来そうにない。
――もっとも、避ける必要もない。
双子の手から勢いよく放たれた弾は、俺の目の前に現れた透明な五角形に阻まれて弾き返された。
直前までニヤニヤと余裕ぶいていた二人の表情は一変。
何が起こったのか解らないらしく、四つの目は点になっていた。
「さっきは不意打ち過ぎて対応できなかったけど、来ると解っていれば対処は簡単だ」
スマホ端末を弾かれた時点で、俺は無事な右手で《御札》を準備していたのだ。
選んだのは《防御の魔術【シェルガード】》。
護身用としては割と定番な魔術だ。
端末由来の魔術最大の弱点は、発動に音声認証による詠唱が必要な事。
しかし《御札》ならば、基本的に声を出す必要は無い。
俺の手元から力を使い果たして崩壊していく《御札》を見て、彼女らは「「『札付き⁉』」」と驚愕の声を発する。
富士野も言っていたが、やはり珍しいようだ。
「こ、この懐古厨がぁ……」
流石に劣勢になると年相応にうろたえた様子を見せる。
ココは、攻め時だ。
「今なら許してやるから、とっとと失せろ!」
二人の前に仁王立ちして、語気を強めて頭上から声を見舞う。
怒鳴られたことでビクッと震え、こぶしを握りしめながらうつむく双子。
大人げないが、勝利を確信した。
「……?」
ところがココで二人は去るでもなく、おもむろに右足、左足をそれぞれ持ち上げる。
「――見下してるんじゃ」「ないわよ!」
「痛ッ⁈」
クソッ、完全に油断していた。
人の手足の指先には神経が集中しているため、少しの衝撃でも鋭い痛みを感じるようになっている。
足の小指をぶつけただけでも激痛に身もだえするのはそれが理由だ。
小さい女の子とはいえ、そこを全力で――しかも両足を踏み抜かれたとなれば言わずもがな。
人体の弱点であるつま先を思いっきり踏みつけられ、思わず声にならない悲鳴を上げてたじろぐ。
「《【霧!】》」
すかさずミカンが目くらまし魔術を詠唱。
瞬く間に周囲が濃霧に包まれ、双子の姿を完全に見失ってしまった。
霧の中から何か仕掛けてくるかもしれないので《御札》を数枚指に挟んで警戒する。
「ミカン、早く!」
「ちょ、ちょっと待ってよユズ! これ、重いんだから……」
霧の中、辛うじてうごめく二人の影だけが見えた。
どうやら何かしてくる気は無いらしい。
やがて気配がどんどん遠ざかっていく。
中々の仕返しを受けたが、逃げてくれるのならそれで良し。
理由はどうあれ、誰かを脅すというのは慣れないし慣れたくもない。
(――ん? 重い?)
ちょっと待て……、何が、重い?
何かを手に持ってこの場から離れているという事だが、最初に見た時、あの二人は手ぶらだったはず。
この場にある物で『重い物』といえば、雅美さんに託された『青髪さんのトランク』くらいだ。
(……まさか⁈)
俺は急いで《御札》から《【突風】》を発動。
霧を一気に吹き飛ばした。
あたりを見渡したが、無い!
トランクが消えている!
双子が逃げたであろう方角に視線を移すと、髪と尻尾をなびかせながらトランクを抱えて道を曲がる姿が見えた。
「あ、あのクソガキどもぉ⁉」
端末を回収し、つま先の痛みに足をもつれさせながら少女たちが曲がった道に飛び込む。
――が、真っすぐな直線道なのに、既に二人の姿が見当たらない。
いくら距離があったとはいえ、所詮は小さな女の子の歩幅だ。
俺が全力で追いかければ追いつけない筈は……。
「ミカン!」
「だからー、待ってってばッ!」
不意に頭上から聞こえた声に目線を上げると、道の左に建つ住宅の上、奪われたはずのトランクが回転しながら宙を舞っていた。
「ナイスパス! ってうわ、ホントに重⁈」
斜め左前方の住宅の屋根の上に立つユズが、それを抱えるようにキャッチする。
次いでミカンがその後を追うようにジャンプ。
ユズの隣に着地した。
どうやらブロック塀から屋根上へと登り、そのまま屋根伝いに移動しているらしい。
「おい、カバン返せ!」
少女たちに向かって叫ぶと、二人は俺の存在に気付いたようで顔を見合わせてクスクス笑う。
「ポイント払えないなら、代わりにこれ貰ってくねー」
「じゃーねー♪」
「なっ!? クソ、待て!!」
移動を再開した二人を地上から追いかける。
幸い次の家の屋根までは敷地にある庭を隔てて三メートル以上の距離。
とても子供のジャンプで――いや走り幅跳びの選手でもない限り、飛び移れる距離ではない。
必然的に一度は降りて来るはずだ。
そこをとっちめてやる!
「ユズ!」
「うん、掴まって!」
一足先に屋根の淵に到達したユズの胴体に、ミカンが背後からガッチリ腕を回す。
それを確認したユズは左手にトランクを提げた状態で「《【キャッチャー!】》」と唱えて右腕を突きだした。
すると彼女の右腕を覆うように半透明の帯のような物が出現。
帯はカメレオンの舌よろしく素早く前方へ伸び、対岸の家の屋根へと引っ付いた。
俺を一瞥して馬鹿にしたように笑ったユズが右腕を少し引くと、まるでゼンマイ仕掛けの様に二人は帯に引っ張られる形で空中移動。
悠々と次の屋根へと着地した。
「「捕まえられる物なら、捕まえてみな(さい)!」」
双子は地上で立ち尽くす俺に対してあっかんベーして、さらに次の家へと飛んで行った。
……言われるまでもない!
こうなったら、俺も本気でやってやる。
俺は今まで使っていた《御札》をしまい、代わりに黄色い紙束をふところから取り出す。
見る人が見れば解るであろう。
この《黄色い御札》がいかに特殊であるかを。
束から《高速移動の魔術【ハイダッシュ】》を二枚引きちぎり、両足に張り付けた。
俺の持っている移動系魔術の中で最高位(と言っても中級魔術)の《御札》で、専用紙が高価な事と、書きこむ術式の多さと複雑さから滅多に作れないし使う事はない貴重なものだ。
しかし、今使わずしていつ使う?
「フゥ……。ッ‼」
吐き切った息を一気に吸い込み、両足に力を込めて地面を踏みしめる。
通常走りのように徐々に加速するのではなく、魔術効果で初っ端からトップスピード。
魔術発動中は体力消費もない、失速もない。
以前計測した五〇メートル走での速さは、五秒ジャストだ。
因みに魔術なしでの世界記録は五・四七秒。
つまり今の俺は、それよりも、早い!
「「早ッ⁉」」
猛追する俺の移動スピードを見た双子は、声をそろって驚いていた。
感想、批判、いいね待ってます!!
(´;ω;`)リアクションほしい!!




