9話「トランクの怪物」
突然、何処からともなくくぐもった声がした。
かと思えば、足元のトランクが追従型端末のようにひとりでに浮き上がる。
「ッ⁈」
「な、何だ?」
目線の高さまで浮き上がったトランク内では何かが暴れ回っているのか、鈍い音を立ててガタガタ震えている。
『えぇい、忌々しい封印だ……』
程なくすると、わずかにできた隙間から板状の何かがビュンッと飛び出し横スライド。
唯一残っていた開閉金具を破壊した。
弾けたパーツが顔面に向かって来たので、反射的に身をひるがえす。
その拍子に橋の欄干に左わき腹を強打したが、何が起こっているのか解らず痛みはあまり感じなかった。
バカッと開いたトランクから物凄い勢いで噴き出したのは紫色の煙――いや、これは霧か?
天高く昇っていった霧は幾つかの塊にまとまると、まるで意思があるかのようにうごめき、山や町の方へ次々に飛んで行ってしまった。
『――クックック……、あの女はいないようだな。これは重畳……』
霧を吐き尽くしたトランクから次いで出てきた、およそ人とは思えない巨大な腕。
びっしり茶色い毛に覆われたソレは、本来であれば五指があるであろう『手』に当たる部分に『大鎌』にしか見えない刃物が生えている。
『感謝するぞ? 貴様らのお陰で、久々に自由を得られそうだ』
ヘビの如く体をくねらせ、ヌゥッと立ち登るように現れた謎の存在。
ぱっと見の獣的特徴から一瞬、イタチ系ロプス人である『ウィザル族』かと思った。
たしかあの人たちは、シャレにならないレベルで柔軟な体を持つ。
何らかの方法でトランクにだって収まれたのかもしれない。
だが、見えている上半身だけでも二メートルを優に超える巨躯と、なによりあの大鎌。
明らかに容積をオーバーしているし、知りうる限りウィザル族の平均身長は人間よりも低い。
しかしだからと言って、純粋な『大型動物』とも違う。
野生動物から進化した害獣――『テラス』の可能性も考えたが、テラス化したとしても動物は動物に変わりない。
当たり前のように俺たちの理解できる言語で語り掛けてくるのも異常だ。
そしてなによりも、あのおぞましい顔面。
耳まで裂けた大口に、不規則に幾つも点在する大小の目玉がギョロギョロとうごめいている。
どう見ても既存の生物から逸脱したその見た目は『怪物』としか形容できない。
『‥フン。この期に及んで、まだ我が身を離さぬつもりか?』
下半身がトランクから出て来ていない事に不快感を示した怪物。
橋に大鎌を突き刺して何度か腰をよじっていたが、どうやら完全には抜け出せないらしい。
しばしの格闘の末に『まぁ良いだろう……』と吐き捨てた怪物の特に大きな目玉が、何事かと戸惑う俺たちに向けられた。
怪物は両腕をゆっくり持ち上げながら大口を開き、生暖かい息を吐き出しながら長く伸びた舌を出して見せた。
特別武術に精通していない俺でも明確な――『殺気』とでも言うのだろうか?
ゾクッとした嫌な気配を肌で感じた。
『ちょうど腹が空いている。貴様ら喰ろうて魔梛の糧とすれば、封印など抜け出せよう!』
怪物の大鎌が、立ち尽くしていた俺たちに向かって真っすぐ振り下ろされる!
「ぽ、ポチ!《【シェルガード!】》」
富士野が言うが早いか、俺たちの頭上に滑り込んだポチが右回転しながら魔術を発動。
ドーム状の膜が展開された。
それとほぼ同時、伏せた俺たちの上で『ガキンッ!』と硬い物が激しくぶつかる音。
大鎌は《【シェルガード】》に阻まれ、矢継ぎ早に突き立てられた牙も防御に成功する。
『強い衝撃を受けると、同等の反発力を生じさせる』という《【シェルガード】》の特性によって、怪物は仰け反るように弾き返された。
それに引っ張られて、浮いているトランクごと滑るように五メートルほど後退する。
「な、なに何⁈ さっきから何が起こってるの⁈」
「ものすっごく物騒な話し聞こえたんだけど、アンタたち何してんのよ⁈」
足が固定されていて振り返れない双子に対して「死にたくなきゃじっとしてろ!」と怒鳴り、前を向き直る。
「……よ、ヨダレ?」
効果を発揮し終えて徐々に消えていく膜に、ネバネバとした液体が伝っている。
これで『悪霊化した動物霊』説が消えてしまった。
幽霊はエネルギーだけの存在。
ヨダレなんて痕跡が残る訳がないし、そもそもトランクの金具を物理的に破壊できる時点でおかしい。
つまりこの怪物は、実体を持った存在という事だ。
『チィッ! キェーッ!』
大鎌を車道に突き立てすばやく態勢を立て直した怪物は舌打ちすると、奇声を発しながらコチラに突っ込んできた。
両手を大きく広げた事で大鎌が橋の欄干を次々に切り倒していく。
金属を簡単に斬り裂けるんだ、あんなの喰らったら無事では済まされない!
まだクールタイム中のポチに代わり、今度は俺が《【シェルガード】》を発動。
真正面に迫っていた怪物の右腕を受け止めた。
しかし先ほど以上に激しい衝突音。
初手の奇襲と違って、本気の一撃だ。
《御札》を構えた右手には今まで感じた事のない力が加わり、左手でも支え両足で踏ん張っていなければ後ろに押し倒されてしまう。
キャパシティオーバーの衝撃なのだろう《【シェルガード】》の反発効果も発生しない。
「気張れ宇治!」
富士野が背後から俺を支えてくれるが、正直、それでも転倒しないように維持するのがやっとだ。
『図に乗るな!』
「なッ⁈」
怪物が大鎌をグイッと《【シェルガード】》に押し当てると、刃に触れていた《【シェルガード】》に大きな亀裂が入る。
「おいおいおい⁈ あり得んだろッ!!」
その様子を見た富士野が激しく動揺。
発動した俺だって信じられない。
機械を介して放たれる電気エネルギー変換の『疑似魔術』と違って《御札》の魔術は生命エネルギー由来の『本物の魔術』だ。
いくら初級魔術とはいえ、防御能力は疑似よりも遥かに強い筈なのに!
『貰ったぁ‼』
二本目の大鎌が《【シェルガード】》を殴りつけると、今度こそ防御壁は砕け散ってしまった。
勢いそのまま怪物は頭部を傾けて、体勢を崩した俺たちに喰らいつこうとする。
「えッ、《【エアバッグ!】》」
ギリギリのところで富士野が俺の体に《【エアバッグ】》を発射。
まさに間一髪。
怪物の牙が触れる寸前で、俺の胴体が泡に包まれた。
だが牙によって泡がはじけた瞬間、俺と富士野は物凄い突風によって吹っ飛ばされる。
《【エアバック】》は本来、超圧縮した空気のシャボン玉を撃ち出し、衝撃を吸収して致命傷を避ける為の魔術。
あくまでも緊急的な術なので、空気泡が破裂した際に発生する強烈な爆風までは防いでくれないのだ。
俺は受け身も取れず、顔面を激しくアスファルト面に打ち付けてしまった。
視界が波打つような白く発光し、なにより鼻から口にかけてが妙に生暖かい。
鏡が無いので確認できないが、どうやら派手に鼻血を噴き出しているらしい。
口の中いっぱいに風味ではなく本当の血の味が広がり、喉にまで逆流してきた血にむせ返る。
何とか《【治療)】》の札を胸に貼ったが、受けたダメージが効力を上回っているようで全快とはいかない。
ならば二枚目を――と行きたい所だが、最近《御札》の作成をサボっていたせいでもう残っていないんだった……。
体を起こして肩越しに後方を確認すると、富士野も倒れているのが見えた。
打ちどころが悪かったのか横たわったまま、起き上がる様子がない。
ポチが悲しそうな鳴き声を上げながら、動かない彼の周りを飛び回っていた。
「え!? ちょ、ちょっと! ホントに大丈夫⁈」
あれだけ態度が悪かったユズが本気で俺の様子を心配し、顔を引きつらせている。
そりゃ目の前に顔面血まみれの人間が降って来たんだ。
流石に気も動転するのだろう。
『これはこれは……、据え膳があるではないか?』
憎たらしい声に顔を上げると、双子の真上で逆さに浮いた怪物が舌なめずりをしていた。
「ひ、ひぃーッ!」
「な、何よこの化け物⁉」
ようやく怪物を視認し、何が起こっているのかを理解した双子が甲高い悲鳴を上げた。
『先ずは、この童たちから頂くとしようか!』
鋭く、まるでビール瓶のように太い牙がずらっと並んだ大口が、覆いかぶさるように双子へ襲い掛かる。
「こなくそッ‼」
まだ動くには辛い体にむち打ち、抱き合ってうずくまる双子を庇いながら防御壁を展開。
三人そろって殆んど口の中に納まりかけたが、牙の内側で防御壁が広がったため、怪物は口を閉じることが出来なくなる。
『えぇい、小賢しい⁉』
怪物は俺たちから距離を取り、口にはまった防御壁を外そう頭をブンブン振る。
しかし幸運にも歯の内側で口腔内にジャストフィットした防御壁は微動だにせず、更に奴の手は鎌状なので引っ張り出すことも叶わない。
ならばと口を欄干やガードレールに何度も叩きつけているが、今回俺が使ったのは《黄色い御札》による中級防御魔術《【ハードマター】》。
一枚しか持っていないとっておきで、爆弾の爆発にも耐えうると言われる術だ。
そう簡単には砕けないだろう。
「今のうちだ! 二人とも逃げるぞ!」
苛立ちから俺たちそっちのけで橋の上をのたうち回る怪物をしり目に《【ディスペル】の御札》を地面貼って《【接着】》を相殺。
双子を解放して、次に富士野が無事かどうかを確認する。
呼びかけに応答はなく、案の定、彼は気絶してしまっていた。
富士野は大柄なので、おぶっての移動は難しい。
《【フロート】》で一度浮かせて引っ張るしかなさそうだ。
「あ、あのぉ……」
富士野の体を浮かせるための《御札》を物色していると、歩み寄ってきたミカンがおずおずとハンカチを俺に差し出した。
「ユズが、これで血を拭いてって……」
「………」
ミカンの隣では、ユズが顔を背けてバツが悪そうにしている。
状況が状況だけに、原因を作った自分たちの行いに対して負い目を感じているのだろう。
自然に止まる気配も無いので、ココは有難く使わせてもらう事にする。
「その、ごめんなさい! まさかこんな事に……」
「あんな化け物が入ってるなんて、知らなかったのよ……」
「あぁ、俺もだよ……」
ハンカチで鼻を圧迫しながら、トンでもない物を預かってしまったと今更ながら後悔する。
雅美さんは、トランクの中身がこんなにも恐ろしい怪物と解っていて俺に託したのか?
普段こんな危険な物を持ち歩いている青髪さんは、果たしてまともな人なのか?
そして何より、そんな印象深い人物と知り合いだった事実を、何故俺は完全に忘れている?
疑問と不信感が、鼻血と共にとめどなく湧き上がってくる。
(……いやいや、そういうのは後だ後!)
気を取り直し、浮き上がった富士野のジャージを片腕だけ脱がせてポチの猫耳部分に引っ掛ける。
ポチは『にゃおん』と一鳴きすると、人ならざるスピードを活かして早々に富士野を引っ張って離脱。
これで彼は大丈夫だろう。
「よし、俺たちも、」
『――どこへ行くつもりだぁ……』
「「「「⁉」」」
地鳴りのような声と、大きなシルエットが俺たちに降り注ぐ。
口元から血を垂らした怪物が、肩で息をしながら血走った複数の眼で俺たちを睨んでいた。
逃げるチャンスかと思っていたが、口を封じたところで奴にはまだ最大の武器である大鎌が残っていたではないか。
『キェェェエイ‼』
「クソッ!」
怒りのこもった大鎌が振り下ろされ、俺は咄嗟に双子を突き飛ばした。
幸い突き飛ばしと同時に《【突風】》を発動したため、風で押し出された双子は無事だった。
だがその一方で、ピンッと伸ばしきっていた俺の右腕は、大鎌にしっかり捉えられていた。
腕にかかった垂直方向の勢いに引っ張られて、そのままうつ伏せで叩きつけられる。
全身を襲う激痛と痺れで、息がうまく出来ない。
「お、お兄さん⁈」
ミカンが真っ青な顔をして駆け寄ろうとするが、俺は「来るな!」とかすれ声で制止。
そのまま逃げるように叫ぶ。
双子の手前には、俺の服ごと切断された物――すなわち『右腕』が転がっていた。
「一人でカッコつけてんじゃないわよ!」
ユズは自身の端末を俺に向けて《【キャッチャー】》を詠唱。
助けようとしてくれたようだ。
しかし《【封印】》の効果が依然として健在のため、彼女の手からは何もでない。
「術解いて! 私の端末はまだ充電残ってる!」
「《【ディスペル】》の札は……、普段一枚しか用意してないんだよ……」
「そ、そんなぁ!」
ミカンが頭を抱えて絶望の声を上げる。
『童の分際で、よくもやってくれたなぁ……』
怪物は器用にも大鎌の先端を上着の襟元をひっかけ、俺の体を吊り上げた。
そして鼻息荒く、俺の目の前で見せつけるように大口を力強く閉じてみせる。
どうやら《【ハードマター】》の効果時間も切れたようだ。
怪物は斬り落とした俺の右手をもう一本の大鎌で突き刺して拾い上げると、お菓子かのように一口で食べてしまう。
『この程度ではまるで腹が膨れん……。やはりその身全てを喰わねばなッ!』
再び開いた大口が俺に迫る。
「ク……、ソぉッ!」
残った左手で何とか《御札》を取り出そうとたが、片手なうえに服の所為で首が締まりほぼ酸欠状態。
これは本格的に、マズい、死ぬ……‼
「――《【グランアックス!】》」
いよいよ意識が飛びかけ死を覚悟したその時、突如、黒い何かが怪物の頭上に降ってきた。
真っ黒なそれは鈍い音を立てて怪物の脳天に食い込み、その勢いで強制的に口を閉じさせられた怪物の顔面は車道に叩きつけられた。
当然捕まっていた俺も一緒に車道を転がされる。
「はぁッ、はぁッ⁉ ゴホッゴホッ‼」
(……な、何が……?)
四つん這いで過呼吸を起こす俺の目の前に、怪物に落下してきた塊――いや、人影が降り立つ。
ぴっちりと体にフィットした黒のライダースーツのような服に、艶やかな黒髪ロングの人物。
膨らんだ胸と、曲線美が美しい後ろ姿は間違いなく女性。
両足には黒い機械仕掛けのロングブーツを履いており、キラキラとマナ粒子が噴き出している。
「だ、誰、だ……?」
「………」
俺の問に女性は一瞥もせず、そして何も答えぬまま怪物へ悠然と歩み寄っていく。
『グゥッ……、何だきさ、』
「《【フォールサイス!】》」
詠唱と共に繰り出された目にも止まらぬ回転薙ぎ払いキックが、喋っていた怪物の牙を一撃ですべて蹴り砕いた。
『ぎゃあああ!?』
「《【ブレイクブレイド!】》」
更には痛みで悶絶し、口元に寄せられた怪物の大鎌を容易く蹴りでへし折り無力化。
そのまま懐に潜り込むと、サマーソルトでどてっ腹を蹴り上げる。
浮いているとはいえかなり重量がある筈の怪物が、サッカーボールのように軽々と上空へ。
マナ粒子が作り出した足の残像は、まるで三日月だ。
「《【ハイジャンプ!】》」
追撃は止まらない。
常人ではあり得ない高さへ飛び上がった女性は、打ち上げられた怪物の真上に先回り。
落下しながら片足を伸ばして縦方向に回転し、俺が助けられた時と同じ《【グランアックス】》を詠唱した。
その瞬間、彼女の回転落下スピードは急加速。
怪物の背中へ強烈な踵落としが炸裂する。
『バキバキッ!』と骨の砕ける音が、地上にいる俺にも聞こえてきた。
凄まじい威力で蹴り落された怪物は、大の字で俺の目の前に墜落。
叩きつけられた衝撃で橋全体が揺れ、周囲には土煙が立ち込めた。
時間にして、わずか三〇秒足らず。
あっという間の出来事だった。
やがて土煙が落ち着くと、そこにはガレキにまみれて車道にめり込む怪物の姿が。
血まみれの口からは泡を吹き、舌がだらしなく垂れさがっている。
白目をむき、動く気配はまるでない。
遅れて怪物の上に悠々と着地した女性は、何食わぬ顔で怪物の頭部を踏みつけていた。
「す、すげぇ……」
見事な、圧倒的勝利。
それを目の当たりにした俺は、直前までの恐怖心を忘れてあまつさえ感動の声が漏れた。
俺の感嘆の声に反応して、ようやく女性は俺の方を向く。
「――あ………」
彼女の顔を見据えた瞬間、俺は思わず息をのむ。
髪と同じく綺麗な黒い瞳、戦いの直後でやや高揚した頬。
俺の窮地を救ってくれたのは、俺とそう歳の変わらない、青髪さんに引けを取らない美少女だったのだ。
こんなにも異常な状況だというのに、俺の好みのど真ん中。
許されるなら、ずっと見つめていた程だ。
「………!」
不思議な事に、黒髪少女の方も目を見開いて、俺から目を離さない。
怪物と戦っていた時の鋭い雰囲気が明らかに和らぎ、俺の顔をまじまじと見てくる。
お互いに何か話す訳でもないのに、俺と彼女はぼんやりと、ただひたすら見つめ合っていた。
「お兄さん⁉」「ねぇ、生きてんの⁉」
どれくらいの時間が経ったか、双子の声が聞こえてハッとする。
黒髪少女の方もビクッと体を震わせ、足元で動かなかった怪物に視線を戻した。
座ったまま体を捻ると、ガードレールを乗り越えてユズたちがコチラに駆け寄ってきていた。
どうやらスキを見て歩道側に避難していたらしい。
二人が無事なことに俺は心から安堵する。
「あ、アンタ、だ、大丈夫なの⁈」
「う、腕が!」
血こそ出てない物の、肘から少し先が無くなった俺の右腕を見てへたり込み双子。
「どうしよう……」「私たちの所為だ……」
激しく落ち込み、オロオロと泣きそうになっていた。
「あぁ、これなら問題ないぞ?」
「いや、問題大ありでしょ⁈」
「腕無くなっちゃったんですよ⁈」
「落ち着けって。また引っ付ければいいだけの話だろ?」
「ひ、『引っ付ける』って……。確かに斬り落とされてた腕があれば、病院で何とか出来るかもですけど……」
「化け物に食べられちゃったじゃないのよ!」
「――あぁ、そういう事か」
二人がこれ程までに狼狽える理由を理解するのに、少し時間がかかった。
どうやら俺のなくなった腕を、本物と思っているようだ。
俺は残った右の袖を肩までめくり「見てみろ」と断面を二人に向ける。
グロテスクな物を見せられると思った双子は悲鳴を上げて顔をそむけたが、やがて恐る恐るこちらを向き、そして目を見開いた。
「こ、これって!」
「もしかしてアンタ……、義手なの?」
そう、右腕――正確に言えば上腕二頭筋の付け根から、俺は義手。
『筋電義手』という脳からの微弱な電気信号をセンサーで読み取り、超小型の『魔術モーター』が本物の手と遜色ない動きを再現する高機能な電動義手なのだ。
実際の神経とリンクする関係上、痛覚なども再現してしまうが、元々肘の関節部で取り外し可能な構造をしているので、破損しても付け替えればいいだけの話という訳だ。
ちなみに国からの補助があるので、修理や新調の費用も殆どかからない。
「つまり、全く問題ないって事」
「「………」」
俺の説明を聞いた双子は互いに顔を見合わせると、おもむろに立ち上がる。
「私たちの気持ちを……」
「弄ぶなー!」
憤慨した双子に、背後から同時に背中を蹴飛ばされた。
「心配して損した!」
「ホントよ馬鹿らしい!」
多少とはいえ自分たちを護ってくれた怪我人になんて仕打ちだ……。
こいつらホントに反省してるのか?
「――……教えて」
「え?」
ココでようやく、怪物の上から降りてきた黒髪少女が声を発した。
思った通り、声も良いな……。
「この『カマイタチ』を使役していた、魔女は何処?」
「ま、マジョ?」
俺の目の前にしゃがんだ黒髪少女が、今日日珍しい呼び方をする。
『魔女』という女性魔術士のみを指す古くからの別称だが、ジェンダーレスが叫ばれる近年では『差別的だ』という理由で男女問わず『魔術士』と呼ぶのが一般的だ。
「このトランクの持ち主」
どうやら青髪さんの事を言っているらしい。
なるほど、確かにあの服装や言動を見るに、『女性』と限定できる『魔女』という表現を持ち出すのも無理はない。
「あー、悪いんだけど……。俺も居場所は知らないんだ。トランクは預かっただけで……」
「……そう」
俺の回答にがっかりしたのか、彼女はとても残念そうに顔を伏せる。
しかしすぐ気持ちを切り替えたようで、また澄ました顔で怪物――『カマイタチ』と呼称したの生き物の元へ戻っていく。
命の恩人の役に立てないのは、何とも申し訳ない気持ちだ。
「――《【吸収】》」
「ッ!」
黒髪少女がそう詠唱すると、カマイタチの体が発光。
光の粒子となって、彼女の黒い機械ブーツに吸い込まれていく。
カマイタチの体は跡形もなく消え去り、その場には瓦礫と開け放たれたトランクだけが残された。
『――そこの少年少女! その場から動くな!』
不意にスピーカーを通した大声がして、俺たちは町の方角へ目をやる。
「うわ……」
「やっば……」
双子が気まずそうにするのも無理はない。
いつの間にか、橋の入り口には大量のパトカーが赤色灯を付けて停まっている。
すっかり忘れていたが、俺たちは騒ぎを起こした事で警察に探されているんだった。
「……じゃあね」
黒髪少女は素早く欄干の上に飛び乗ると、一度俺の顔を見て、躊躇いなく橋から飛び降りた。
慌てて駆け寄り下を覗くと、平然と川の流れに逆らって水面を走り去っていくのが見えた。
「……ねぇ、ユズ?」
「そうね、ミカン」
一方双子は、顔を突き合わせて何かをコソコソ話し込んでいる。
そして何か思いついたのか俺を呼びつけた。
「どうした?」
「ごめん!」「ごめんなさい!」
「……へ?」
突然、双子は俺の上着ポケットからはみ出していた《御札》を束ごと奪取。
俺が何か言う間もなく《【霧】》を発動させた。
《御札》由来なので、端末機のそれとは比べ物にならない程大量の濃霧が周囲を包んだ。
「助けてくれた事はホントに感謝してます」
「でも、捕まる訳にはいかないから」
「またねー」「ばいばーい」
双子の気配があっという間に山方向に遠ざかっていく。
あらかじめ千切ってズボンに入れていた《【風】》の《御札》で霧を排除したが、既に双子は逃げ去っていた。
「ど、どいつもこいつもぉ……」
一人道路の真ん中に取り残された俺は、程なくてして警官たちに取り囲まれてしまった。
畜生、なんて日だ……。
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