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4話「覚えのない帰郷」

 世の中には、『レトロ好き』という人がいる。

 彼、ないし彼女たちは最新のテレビや家電製品よりも、あえて古めかしい物(例えば真空管アンプとか)を求め、住居などもドラマや映画でしか出てこないような外観を好む。


 曰く『レトロとは、浪漫(ロマン)である』。


 だが一方で、生活の質を下げる事も出来ないジレンマを彼らは抱えている。

 当然だ。

 いくらレトロ好きでも、今更PCや端末類を手放した生活は出来ないだろう。

 真夏をエアコンなしの扇風機のみで過ごすなど、俺だって想像できない。

 そのため最近は、見た目をレトロ調にして、機能性自体は現行品と変わらないという物が数多く流通している。


 ところがこのアパートは正真正銘、本物のレトロだ。

 本気で殴れば崩れてしまいそうなほどヒビの入った土壁。

 裸電球がぶら下がる少し暗い階段と廊下の床は木製の板張りで、多くの人が歩いてきた為なのか、ささくれのないツルツルとした表面をしている。


「二〇一、二〇一……。あっ、ここか」

 部屋は階段を上がるとすぐに見つかった。

 シンッと静まり返ったアパートの廊下に、興奮を含んだ俺の声だけが響く。


「……妙に静かだな?」

《防音魔法の【サウンドオフ】》でも施されているのだろうか?

 しかしその割には、一階にある管理人室から洗い物特有の食器がぶつかる音や、雅美さんの鼻歌が聞こえてくる。

 他に住人は住んで居ないのだろうか?

 それか単純に、他の住人は留守なのかもしれない。


「すっげぇなぁ、ドアまで木製じゃん。このアパート自体、何たら鑑定団で紹介したらかなりの額になんじゃね?」

 富士野は天井(やはり木製の板張り)を見上げながら感心している。

 彼の言っている事は決して大袈裟ではない。

 現代において木造建築というのは、それだけ貴重であり、珍しいものなのだ。


「それよりも、宇治、早く開けてくれよ」

「お、おう…」

 急かされながら、丸いドアノブに手をかける。

 古い真鍮製のノブをゆっくり捻ると『キーッ』と金属の擦れる音が廊下に響いた。


「……あれ?」

 ノブはちゃんと捻りきったはずなのに、ドアは押しても引いても開く気配がない。

 先ほどの音からして、錆びているのだろうか?

 一呼吸おき、今度は本気で扉に挑む。

 ノブを両手でしっかりと掴み、体重をかけて力任せに引いてみた。

 程なくしてドアノブ本体と扉の繋ぎ目からは『ミシミシ』と木の悲鳴が上がる。


 ――がしかし、扉と壁を繋ぐ蝶番は動く様子は無い。


「駄目だッ、ビクともしない!」

「……なぁ宇治、お前鍵は?」

 壁に足をついてまで扉と格闘し始めた俺に、半笑いで富士野が声をかけて来る。


「はぁ、はぁ……、か、鍵? ……あ!」

 今までノブや取っ手を握れば生体認証でドアロックが外れる生活を送って来たので『鍵を開ける』という行動をすっかり忘れていた。

 よく見なくても、ノブの中心には鍵穴が空いているではないか。


「オレも結構抜けてっけどよ、お前も大概だな?」

「自覚してるから言わんでくれ……」

 恐らく、今の俺は耳まで真っ赤になっている事だろう。

 これ以上の醜態をさらす前に、俺はポケットからジッパー式の小銭入れを取り出した。

 引き手には引越し前に家に届けられた、これまた古めかしい形の物理鍵を繋いである。

 常に持ち歩く財布に鍵を繋いでおけば、紛失する心配も無い。


 軋みながら開いたドアの先は、真っ暗だった。

 しかし俺が部屋に足を踏み入れた途端、勝手に照明が点灯した。

 人感センサー式とは、やはり一部はちゃんとハイテク化されているようだ。

 二、三歩ほどで終わる短い通路の先に広がる俺の新居は、真新しい畳の敷かれた六帖程度のワンルーム。

 上から見るなら、持ち手の短い旗のような形をしているだろう。

 部屋に入って右奥は板間のキッチン、いわゆる『角部屋』なので窓は二面になっている。

 特に正面、庭に面している壁側には大窓が設けられていた。


 派手派手しいショッキングピンクのカーテンは……、後日変えるとしよう。


 大窓に歩み寄り、大窓の脇に立てかけられたちゃぶ台と、運び込まれた段ボールやコンテナを押しのけてカーテンを開ける。

 とても見晴らしがよく、半月と星が煌々(こうこう)と夜空で輝いていた。

 もうすぐ『流星時間(流れ星が多数確認できる時間帯)』に突入するだろう。


「おぉ~、ちゃんと収納スペースまであんじゃん! ‥うは、超広ぇ!」

 富士野の声に振り返ると、確かに玄関通路の壁を挟んで右側全面は押入れになっていた。

 構造は上下二段式で、俺以上にはしゃぐ富士野が下段で大の字に寝転がっている。


 彼の太めの体格と服の色が、某ネコ型ロボットを彷彿とさせた。


 ともあれ、富士野が二人、川の字になって寝転ぶことが出来そうなほどの奥行き。

 これはかなりの収容能力を期待できる。


「荷物をここに収納すれば良いと考えると……」

 実家にいた頃は、私物の管理方法でしょっちゅう母さんに文句を言われ、妹ともスペースの取り合いから喧嘩になったものだ。

 しかし今日からは誰かに文句を言われる心配もない。

 パソコンはどこに置こうか? 新調するタンスやマガジンラックは?

 良い意味で、部屋のレイアウトに悩む。


「ど~う? 気に入ったぁ~?」

 頭の中で広げていた配置図を、桃色に塗りつぶす甘ったるい呼び声。

 体を通路に乗り出すと、布団一式を抱えた雅美さんが部屋の入口でスリッパを脱いでいる所だった。


「最高です! こんなにも良い場所とは思いませんでした! 部屋の空気もどこか懐かしくて居心地がいいって言うか……」

 嬉々として饒舌になった俺は、布団を運ぶ雅美さんに向かって一方的に話し続ける。

 アレだけ気になっていた雅美さんの容姿も『礼儀』という言葉も、部屋を見た感動でどこかに吹き飛んでいた。


「なんだろう……。そう! 『家に帰ってきたな』って安心感があります」

「フッハハハ、面白い事を言うわねぇエイちゃんは。このアパートは、もともと貴方が住んでいた家を改築したのだから、懐かしいに決まてるじゃない」

「あぁ~、なるほど! どうりで……、――って……ぇ?」


 雅美さんが、さも当たり前に言うものだから一瞬納得してしまった。

 しかし、聞き捨てならない言葉を聞いた。

 俺がココに住んでいた?

 試しに脳内に保存された記憶のファイルを開き、思い出フォルダに検索をかけてみる。


 検索結果、該当項目無し。


「まぁ、私と美都子の家でもあるのだけどねぇ。……? どうかした?」

「あっ、いや、何でも……」

 急に俺が黙りこんだので、雅美さんは訝しげに首を傾ける。

 様子からして、嘘をついているとは思えない。

 そもそも俺を騙した所で、雅美さんには何のメリットもないのだから。

 単に昔過ぎて、俺が忘れ去っているのだけなのだろう。


(忘れっぽい方だと思ってたけど……、これは学校始まった時に苦労しそうだなぁ……)

 導き出した結論は、近々始まる学校生活の苦労を予感させる事となった。

 

『ゴーンッ……、ゴーンッ……』

 己の記憶力のなさにガッカリして自己嫌悪していた所で、どこからか打楽器を打ち鳴らす様な音が響いてきた。

 この音は……、そう何時だったか、お寺で見た馬鹿デカイ()()()(仏壇にある棒で叩くアレ)、もしくは鐘の音に近い。

 どこか気品を持った美しい重低音は、まるで俺の不快感を消す為に鳴ってくれているように思えてしまった。


「お、良い音。なんの音っすか?」

 音色に誘われ押入れから這い出してきた富士野は、音の正体を雅美さんにたずねる。

 雅美さんは「さぁて、当ててみて?」といたずらっぽく笑うと、答えをもったいぶった。

 富士野は少し考え「ハイッ! 寺の鐘!」と手を挙げた。

しかしそれに対し雅美さんはニコニコしながら「不正解」と両手の指でバッテンマークを作ってみせる。


 可愛らしいやり取りが、教育番組の一場面にも見えなくもない。

 それを行っているのが、マッチョな男二人でなければだが。

 富士野には申し訳ないが、それは無いと思う。アパートまでの道すがら、それらしい建物は見当たらなかった。


 それに、何故だろう。

 音の発信源は、少なくともこのアパート内にある気がする。

 とはいえ、こんなにも上品な音を発する物を室内に見つける事は出来てないが……。


「正解はねぇ、この家にある『柱時計』の時報でした。私が物心ついた頃からある、超が付くほどのアンティークなのよぉ? 好きな人が見たらきっと大喜びでしょうね」

 雅美さんは両手を腰に当て、得意げに豊満な胸(胸筋的な意味で)をはった。

 柱時計、見た事は無いが聞いた事がある。

 文字通り柱を模した大きなアナログ時計で、古いものでは動力が手巻きのゼンマイ仕掛けになっているらしい。

 すべてが魔術ないし機械制御になっている現代からすると、確かに相当値打ちがあるに違いない。

 自分の家にお宝があるとなれば、自慢したくなるのも頷ける。


「エイちゃんも懐かしいでしょ? ちっちゃい頃は良くアレにイタズラして、お母さんに怒られてたものねぇ。懐かしいわぁ~」

「はい? ……え、えぇ! そう、ですね……」

 前言撤回。

 見た事も聞いた事もあったようだ。

 しかし、なるほど。

 確信の正体は、無意識化に眠っている記憶から来ていたらしい。

 そう思うと、この音も懐かしい気がしてきた。

 あとで実物を見てみようか、何か思い出すかもしれない。


 暫く続いた時報が鳴りやむと、静かな部屋が急に寂しく思えた。

 個人的にはさっきの音をもっと聞いていたかったが、それでは時計の意味がない。


「……あッ! 今、何時だ?」

 音に聞き惚れてボーッとしていた富士野が、不意に慌てだした。

 どうやら、時間が確認できる物を探しているらしい。


 生憎引っ越したばかりで、そんな物は無い。


「十回目で鳴り止んだし、午後の二十二時じゃないかしら?」

 雅美さんの答えに「うぉ! 何てこったい⁈」と富士野は弾き飛ばされたパチンコ玉よろしく部屋から退出。

 階段までの廊下をかけていく。


「悪い、今日は帰るわ! 帰りの電車が無くなっちまう!」

「あ、あぁ、今日はホントに有難う」

「おう、んじゃ!」

 富士野はこちらを見る事もなく、階段を一段飛ばしで降りて行った。


 ……かと思えば、外から「おーい!」と彼の声が聞こえてきた。

 窓を開けると、ポチを頭に乗せた富士野が庭で手を振っていた。


「明日は町案内してやんよ! 久々で何も解らんのだろ?」

「あぁ、助かるよ。またなー」

 俺の返事に手を振って答えた富士野は、クラウチングスタートで走り去って行った。


「良かったわねぇ、帰ってきて早々にお友達が出来て」

「友達?」

「あら違うの?」

「……あぁ〜……」

 そういえば、俺はいつの間にか富士野を『友達』と認識して会話をしていた。

 しかしこちらから「友達になってくれ」と言った覚えはないし、富士野からも言われてはいない。


「……そうですね。うん、あいつは、友達です」

 でも俺は今後も富士野に友達として接していくつもりだ。

 たとえ一方的な友情だったとしても、それはそれで構わない。

 今後も交流があるのだから、わざわざ他人行儀な付き合い方する事もない。


(それにしても『またな』か)

「……ぅん?」

『またな』というキーワードを反芻(はんすう)した所で、言葉とは別の何かが腹の底から湧きあがって来るのを感じた。


 ――が、それは喉の奥で引っかかり、そこで止まってしまう。

 まるで喉の絶妙な位置、手を使ってもギリギリ届かない場所に刺さった小骨の様な不快感。


「あら? エイちゃん、喉の調子が悪いの?」

 違和感で喉からグゥと変な音を立てる俺を、雅美さんが心配そうに覗きこむ。


「あ、いや大丈夫です。……あの雅美さん? 俺こっちに住んでいた時、仲良くしていた子とかいました?」

「え? うぅん、どうだったかしらぁ……。エイちゃんが住んでいた頃はまだ現役だったから、私もたまにしか帰って来なかったし……」

「そう、ですか」

「でも小学生と言えば、友達が百人いても可笑しくないし、ガールフレンドも一人や二人いるお年頃。仲良しさんも居たんじゃないかしら?」

『友達一〇〇人』はあくまで童謡の歌詞で、ガールフレンドが二人以上居るのは駄目では?

 口に出さないまでも思わず突っ込んでいると「それよりもエイちゃん」と雅美さんが何か桃色の物体を投げ渡してきた。

 とっさの事に反応できず、桃色物体は俺の顔に当たって床に落ちる。


 しかし、痛くは無い。

 物体の正体は、柔らかいが若干ゴワゴワした真新しいバスタオルだった。


「お風呂に入って来ちゃって。出る頃には寝られるようにしておくから」

 そう言うなり雅美さんは巨体を曲げ、床に置いた布団を広げてせっせと寝床を作り始めた。

 引っ越し荷物が置いてある関係上、室内がかなり狭く感じる。

 俺が部屋に居たのでは雅美さんの邪魔になるので、ここは部屋から出た方がよさそうだ。


(湯船に浸かれば頭も柔らかくなって、思い出せることも増えるだろう……)

 旅疲れと長年の放置で記憶の歯車が錆びついているのなら、お風呂という名の潤滑油を使って洗浄すればいい。

 俺はバスタオルを拾い上げると、速足気味に下へ向かった。


「あ、エイちゃん!」

「はい?」

 廊下に出た所で、雅美さんに呼び止められる。


「そういえば、まだ言って無かったわよねぇ? ……おかえりなさい。そして、ようこそ⊿荘へ」

感想、批判、いいね待ってます!!

(´;ω;`)リアクションほしい!!

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