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3話「入居者歓迎! コーポ⊿」

『にゃああああー‼』

 時刻は既に二〇時を回ったところ。

 対幽インターフェイス、ポチが近所迷惑も省みずに高らかな鳴き声を上げた。

 飼い主に似て、あまり場を弁えない性格らしい。


 ポチが止まったのは、コンクリートジャングル広がる今どきにしては珍しい、古風な木造二階建ての立派な一軒家。

 街灯の薄明かりに照らされた建物の周囲を取り囲む、年季の入った模様ブロック塀。

 武家屋敷なんかについている様な立派な門には、『コーポ⊿』と毛筆体で書かれたのれんが夜風に揺れていた。

 近くで見ると、随分くたびれているが、印刷ではなくちゃんと墨と筆で書かれているようだ。


「ここか? ……って、どうした宇治! 何泣いてんだお前⁈」

 少し遅れてきた富士野は、口を押えてアパートを見上げている俺に驚く。

 俺は「何でもない」と鼻を啜り、涙を袖口で拭いた。


 思えば、ココまで長い道のりだった。

 幽霊(ゴースト)の所為で電車を降り損ね、座り込んだところを富士野の膝がクリーンヒット。

 いざ電車を降りて案内が始まったかと思えば、電脳ペットフードの移動販売車に釣られてポチが動き回る……。

 苦難続きだった約二四時間の旅を思い返すと、目にこみ上げてくる物を禁じ得ない。


「いやマジ助かったよ、荷物まで持ってもらって。正直、もう肩がもげそうで……」

「気にすんなって。こんくらい、普段のトレーニングに比べりゃ朝飯前ってな。んで、ここであってんのか?」

「あぁ、目的地のアパートで間違いなさそうだ」

「えぇ~と? ……()()()()()?」

 富士野はのれんに書かれた文字を見るなり首を傾げた。そう読んでしまっても無理は無い。


「『デルタ』って読むらしいぞ」

「軍隊とかで使われるアレか? 響きはかっけぇけど、変な名前だな。ま、とりま入ってみようや? ここまで来たらオレもどんな部屋か気になる」

 富士野が我先にと門をくぐろうとする。


「部屋もだけど、先に管理人さんに挨拶しないと。どんな人か知っておきたいし」

()()()って……、お前の親戚なんだろ?」

「ぶっちゃけ、全然覚えてないんだよなぁ。俺がこの町引っ越したのは小学生の頃だし、俺個人は交流も一切なかったから。何にしても、四年間は世話になるんだ。身内とはいえ礼儀だ礼儀」

「へぇ~、宇治って結構義理堅いだなぁ」

「お前が言うか……。‥と、さぁてさて、管理人室はぁ? 一階かな?」

 何時までも門前に突っ立っていては、また誰かの迷惑になりかねない。

 富士野の言う通り、取り敢えず敷地の中へ入るとしよう。


『――未登録者による夜間訪問を感知。防犯システム作動します』

 先を行く富士野がのれんに手をかけた瞬間だった。

『ビーッ‼』という警報音と共に合成音声が耳をつんざく。

 見た目は古いが、意外とハイテクなようだ。


『ゴルァそこの不法侵入者ども! 今すぐ止まれぇぃ!』

「はぃい!」「すんませんしたー!」

 突然、頭上から降ってきた野太い怒鳴り声。

 俺達は反射的に悲鳴にも似た声を上げた。


 富士野にいたっては素早いバックステップの後、なにもしてないのに地面で土下座している。


『テメェら……、ドコの差し金だ、えぇ⁈ 事と次第によっちゃあブッ放すぞ‼』

 先ほどの機械的な合成音声とは似ても似つかない、ドスの利いた迫真の声。

 これは、刑事ドラマなどで見る演技がかった物ではない。

 テレビはテレビでも、警察の実録ドキュメンタリーに出てくる()()()()()()()の生々しい語り口調だ。


「ぶ、ブッ放すって……、何をすか⁉」

『何』が何なのかを訊ねながらも、富士野は両手を上げてホールドアップ。

 顔色はジャージ同様、真っ青になっていた。


『フシャーッ‼』

 ペットアプリの本能か、ご主人様を護ろうとしたのだろう。

 ポチが威嚇するような鳴き声を上げて富士野の頭上に駆けつけた。


『あぁん? なんだネコやんのか、三味線にすっぞ‼』

『フーッ‼』

 門へ突進でもしようとしたのか、少し後ろに下がって動こうとしたポチ。


「よっ、止せポチ! 刺激すんな!」

 富士野は慌ててポチを捕まえ、抱え込んだ。


「あ、あの、あのぉ、(わたくし)は、今日から、こ、こ、ここにお、お世話になる事になります、う、宇治 瑛茶と申しましてですね⁈ その、予定、よりも遅い到着になってしまって、大変申し訳なく思っている所存でしてあの、管理人の、お、お方にも謝りたいと思うと共にお土産の方もお渡し、したいと共にぃ……」

 恐怖のあまり舌と思考が回らない。

 無茶苦茶な言葉でしどろもどろに成りながら自分の身元を明かし、富士野よろしく門の前で正座。

 すかさずボストンバックから、渡そうと思っていた菓子折りの包みを取り出し頭上に掲げて頭を垂れた。


『………』

 門からの声がピタリと止む。

 急に訪れた静けさが、俺達の恐怖心を余計に煽った。

 

 裁判で判決を待つ人間ってこんな気分なのだろうか?


『……あら、やだわぁ私ったらぁ! エイちゃんが来るの、今日だったの忘れてたわ! ちょ~っと待ってねぇ』

 門から帰って来たのは、先ほどまでとは打って変わったナヨナヨの猫なで声。

 その豹変ぶりにも驚いたが、野太い声はそのままの変化に、俺達の背筋へ妙な悪寒が走る。


「――エ~イちゃん、お久しぶりぃ!」

『ガラッ』という古めかしい引き戸が開く音がして間もなく事。

 門の向こう、夜の闇から現れた大男の容姿に、俺達は悪寒の正体を理解した。


――――――――――――――――――――――――――――――


 め、目が……、目が痛い!

 何所を見回しても、桃色で埋め尽くされている。

 天井、壁、床に敷かれたカーペット、テーブルにいたるまで、徹底的な桃色づくし。

 部屋の隅で充電器に繋がれているポチのオレンジ色が、唯一目を癒してくれる。


 だが何よりも俺の目と思考にダメージを与えているのは、目の前に座る一人の男性。


「あり合わせ料理で申し訳ないけど、どんどん食べてねぇ」

 夕食がまだだという俺と富士野の為に用意された料理の向こう。

 桃色のエプロンとバンダナを巻いた筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)のオッサンは、やはり桃色のマグカップを持って恵比寿(笑顔が特徴的な商売の神)の如くニコニコ笑っていた。

 

 この人が本当に、俺の叔父なのだろうか?

 見た目の年齢的には、母さんから伝え聞いた五十代という外見に一致するし『退役軍人』という経歴を考えると巨漢な事にも説明はつく。

 だがサイズの合わないピッチピチの婦人服に身を包み、化粧と女性もののピアスで着飾った、全力オカマスタイルのこの人に、叔父なのかどうかをたずねる勇気は、無い。


「‥あら? エイちゃん、もうご馳走様? それとも、口に合わなかった? やっぱりこんな料理じゃ、最近の男の子の好みには合わなかったわよねぇ……」

 考え込んでいたせいで、いつの間にか箸の運びが止まっていたらしい。

 固まっている俺を心配した叔父さん(仮)のしっかりとした両眉が四時四〇分方向に。


「い、いや全然! んな事無いですよ! なぁ富士野?」

「んぁ?」

 呼ばれて俺の方を向いた富士野の顔は、頬袋に種を詰めたハムスターのようになっていた。


「えぇマジに、うまいっすよ! 特にこのコロッケとか、最高っす!」

 お世辞ではなく本当に料理が気に入ったのだろう。

 いっさい遠慮することなく、山盛りの俵コロッケを一人でバクバク食べている。

 ご飯も既にお代わり三杯目で、食べ方が絵に描いたような体育会系だ。


 実際このコロッケ、冷め始めているというのに表面がサクサクしていて、にも拘らず全然脂っこくなく重たくも無い。

 いやこのコロッケに限らず、食卓の料理全てが下手な定食屋のメニューよりも遥かに美味い。


「ち、ちょっと疲れていて食欲が……」

 流石に思っていたことを口に出す訳には行かないので、もっともらしい言い訳で取り繕う。

 別に嘘は言っていない。

 疲れからくる眠気が、

 食欲を上回っているのも本当だ。


 でもどんな理由であれ、もてなして貰っておいてこの態度は良くなかった。


「そうよねぇ。長旅だったんだもの、無理もない話しだわ」

 叔父さんはニコニコ顔に戻って労をねぎらってくれたが、がっしりとした両肩が心なしか『残念』と言いたげに落ちているようにも見えた。

 場の空気も、少し悪くしてしまった気がする。

 それを感じ取ったのかどうかは解らないが、やや間を置いてから叔父さんが椅子から立ち上がった。


「でも、もう少し頑張って頂戴ね? 仕方ないついでに、お部屋の契約に関する事も話さなきゃいけないから。食べもってでも良いか聞いてね?」

「あ、はい、お願いします」

 俺は茶碗に残ったご飯と千切りキャベツを口にかきこみ、コップに用意された水で一気に飲み下した。

 叔父さんはその間に、桃色カラーボックスの上に置かれた小物入れから数枚の紙を取り出して再び着席。

『契約』などと聞くと、なんとなく背筋がのびる。


「契約って言ってもそんな難しい話じゃないわよ。ただ、この紙にエイちゃんの名前と判子、それにちょこ~っとの()が必要なの」

「あぁ、その紙『魔術紙(まじゅつし)』ですか?」

「最近の公的書類は全部これなの。私が小さかった頃は電子化も盛んだったけど、サーバーエラーやバグで情報が消えちゃったり、漏洩とかの問題だったりで、結局は紙媒体で落ち着いたのよ。やっぱり現物保管に勝るものなしって事ね」

 魔術紙とは文字通り、魔術効果を持たせた紙の総称。

 先ほど叔父さんが言ったとおり重要な書類に使われることが多い。

 どんな書類にどんな処理が施されているかまでは知らないが《防水魔術【ウォータープルーフ】》と《経年劣化を防ぐ保護魔術【アンチエイジング】》の組み合わせが一般的だ。


 しかし『魔術』というものは、()()()()()ではその効果を発揮する事は出来ない。

 実際に発動させるには、その規模や効力、効能によって相応のエネルギーが要求される。

 追従型端末など機械を介して放たれる魔術の場合は、電気エネルギーがそれを担う。

 だが紙製品を始めとするアナログ媒体では、エネルギーを他所から補充する必要がある。

 まさか用紙の一枚一枚に、電池を引っ付ける訳にも行くまい。


 そこで重要になってくるのが、生物の体液――特に『血液』だ。

 生物の生命維持にとって、血液が重要だというのは周知の事実。

 その肉体に宿る『魂』は、死後(場合によっては)幽霊化するほどのエネルギーの塊であり、エネルギーは血流にのって常に全身を駆け巡っている。

 魂のエネルギーが宿った血液と魔術は、言わばガソリンと車の様な関係と言えるだろう。


 また血液を使うのには、文書の偽造、なりすましのリスクを減らす意味合いもある。

 血液を鑑定すれば、DNAレベルで契約者の認証ができるという訳だ。


 ちなみに俺の使っている《御札》は、紙の材料自体に動物の体液や皮など、生物由来の素材が使われている。

 なので魔術の行使に、俺自身の血液は必要としない。


「宇、治、……瑛茶っと。血は血判の方が良いんですよね?」

「えぇ、右手の指ならどれでも良いわよ」

「それじゃぁ、オーソドックスに親指で」

 胸ポケットからペン型の実印判子を取り出す。

 引っ越し前に『いい機会だからちゃんとした物を』と母が新調してくれた、インクが転送魔術で自動充填される少し高価なタイプ。

 二重構造で通常の判子部分を取り外すと、血判用の穿刺(せんし)器にもなる一体型で、当然止血機能も搭載されている。

 わざわざ実印と穿刺器を一つずつ持つ必要が無いので、非常に便利な代物だ。


「これで、……よし」

 全ての書類に署名を終えて、叔父さんに手渡した。

 叔父さんは「うんうん」と呟きながら、一枚一枚に目を通して、俺と同じように名前と判子、血判を手早く押していく。


 書類の名前欄には、確かに『桃生(ももい) 雅美(まさよし)』と書かれていた。


「はぁ~い、これで契約は完了! それじゃ、アパートのルールを説明するわねぇ? お風呂とおトイレは、一階の廊下奥。共用だから綺麗に譲り合って使ってね。お部屋にも一応簡易のキッチンがあるけど、エイちゃんの食事は私が面倒してあげるから、食費は基本的に気にしなくて大丈夫よ。ゴミは週の初めにお向かいのゴミステーションにちゃんと捨ててちょうだい。それと分別もね。私からは以上だけど、何か質問はあるかしら?」


「――やっぱ、雅美叔父さんなんだぁ……」

「え?」

「あっ…⁉」

 まずい、ついに思っていた事が口から溢れ出してしまった!

 案の定、叔父さんの目が点になっている。


「す、すいませ、」

「フッハハハ!」

 俺が謝罪しきるよりも先に、叔父さんが悪魔みたいな声をあげて笑いだした。

 怒っている様子は無いが、かなり怖い。


「今の私は『雅美(まさみ)』よぉ? ご近所さんからは『雅ちゃん』って呼ばれてるんだから。エイちゃんもそう呼んでくれて良いからね?」

 一通り笑い終わると、雅美(まさよし)改め、雅美(まさみ)さんは「でも無理ないわよねぇ」と頬杖をつく。


「昔の私を知ってる人は、もっと凄い反応したりするの」

「すいません……。そもそも雅美さんのこと自体、全然覚えてなくて……。それに母から聞いた話とは余りにも、その……」

「お母さん――美都子(みつこ)はなんて?」

「『現役時代は『鬼』と恐れられ、生まれる時代を間違えた武人』って脅されてました」

「フッハハハ! 美都子らしい! でも『鬼』だの『武人』だの失礼しちゃうわぁ。それを言うなら『大和撫子(やまとなでしこ)』でしょうに?」

 腰に手を当てて、女の子のように「も~」と口を尖らせる雅美さん。

 ちっとも可愛らしくはないが、その仕草は実に自然で、行動だけで見れば確かに女性っぽく見えなくも……。


「もっとも豊胸してないし、まだ()()()()()()()から戸籍上は男なんだけどねぇ」

「ハ、ハハハッ……」

 

 ……いや、見えないな……。


「美都子は元気?」

「少し風邪気味でしたけど、寝込むほどじゃなかったですね」

「そう、なら電話しても大丈夫そうね。エイちゃんが無事に着いたって連絡してあげなくちゃ。あ! でもエイちゃんも明日でいいから自分で電話してあげなさい。きっと心配してるわ」

「そうします」


「はぁ~、食った食った。ゴチに成りました!」

 まるでタイミングを見計らったように、富士野は両手を『パンッ!』と音を立てて合わせた。


 アレだけ山盛りだったコロッケは綺麗になくなっており、皿には衣の破片すら落ちていない。

 雅美さんは空っぽになった食器を見て満足そうに笑っている。

 俺一人なら食べ切れなかったが、富士野が居てくれてよかった。


「は~い、お粗末さま。それじゃぁ食事も契約も終わった事だし、早速お部屋、見に行く?」

「お、いよいよ、メインイベントっすね!」

 実際に住むのは俺だというのに、『待ってました』と言いたげに富士野が目を輝かせた。


 しかし俺も言葉には出さないが、内心かなりワクワクしていた。

 なにせ初めての一人暮らし、自分だけの『城』を手に入れたわけだ。

 否応なしにテンションは上がってくる。


「お部屋は階段上がった二〇一号室。昨日届いた荷物はもう運んであるわ。私は洗い物してるから、先に上がってて良いわよ」

 雅美さんは汚れた食器を手早く積み重ねると、鼻歌交じりにキッチンへと引っこんでいった。

感想、批判、いいね待ってます!!

(´;ω;`)リアクションほしい!!

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