魔術の御札
「正直、スマンかったッ!」
シート席にもたれて天を仰ぐ俺に対して、電車の床に正座をした青年は、両手を付いて頭を下げた。
額を床にこすりつけた、見事なまでの土下座だ。
「いやだから、もう良いって……」
この青年こそ、俺に激突して壁に叩き付けられた人影、その人である。
最初、下車を阻止された挙句怪我を負わされたことにムカッ腹が立ち、彼の謝罪を無視していた。
しかし考えてみれば、出口付近でボーッとしていた自分にも非はある。
「そっちこそ大丈夫か? 俺よりも派手な転び方してただろ?」
「あ~、それはダイジョーブ。慣れてる。それにオレ、普段から鍛えてっから。こんなん怪我のうちにも入らん」
青年はバッと立ち上がり、その場で元気良くスクワットをして見せる。
どんな生活をすれば壁に激しく激突する事に慣れるのか、はなはだ疑問ではある。
しかし、なるほど。
身長こそ俺と大して変わらないが、身に纏っているブルーのジャージが似合うガタイをしている。
「しかし、随分な大荷物だな。旅行、か?」
スクワットを続けながら、青年が話しかけてきた。
「いや、進学を機に引っ越してきたんだよ。元々生まれはコッチで、ずっと戻って来たいって思ってたから」
「つーことは、今年モッコウか? なんだ、タメじゃん」
「そうなのか? あ、俺は宇治 瑛茶」
「富士野 みぞれだ、宜しく、頼む」
「ねぇ、何あれ? 新手のシゴキ?」
「ウケる。動画撮っとこ」
上下する富士野の真後ろ。
即ち反対側のシート席に座るJC(ネットスラングで女子中学生の事)二人が、コチラに端末を向けながらクスクスと笑っている。
電車の中――いやどこだったとしても、人前でいきなり土下座した挙句スクワットなど始めれば、好奇の目で見られるにきまっている。
何もしてない俺の方が恥ずかしくなってきた。
「おい、あんまり無茶すると体に障るぞ?」
もっともらしい理由をつけて制止を試みる。
しかし富士野はというと「なぁに、まだまだ」と、そんな周囲の目を気にも留めない。
……いや、気が付いてすらいないのでは?
「むぅ、流石に、キツく、成って、来たか? いや! 何、の、これ、しき! まだ、いけッ……はうッ⁈」
三四回目に立ち上がった瞬間、富士野が奇妙な声を上げて固まった。
中腰気味の姿勢で停止し、初めて見たとき同様にプルプルと震えている。
顔も表情こそ笑っているが、口元がヒクヒクとけいれんし、引きつっている。
「ど、どうした?」
「こ……、腰、が……」
生まれたての子鹿よろしく、立っているのもやっとの感じだった。
(ほれみろ、言わんこっちゃ無い……)
「あー……。取り敢えず、座れよ?」
シート席は三席ずつで区切られているため、俺は少し右にずれて富士野が座るスペースを提供する。
「か、かたじけねぇ……」
ゾンビのような動きでよたよたと、富士野は俺の隣に座った。
三人掛けスペースだと言うのに、体格の良い彼が座るとちょっと狭く感じる。
「あぁ~……、痛ってぇ……」
「どの辺りだ?」
「脊柱起立筋の周辺……」
腰を両手で押さえて呻く富士野。
専門的すぎてさっぱり解らない。
「要するに腰か? ‥ちょっと待ってくれよ」
俺は貴重品入れとして使用しているナップザックから、カードリングで束ねた白い紙束を引っ張り出した。
紙には一枚一枚、異なる幾何学模様を描いてある。
言わずもがな、これはただの紙ではない。
(さぁてさて?《【治療】の御札》はぁっと……)
「……あった。ちょっと失礼」
目的の紙、もとい《御札》をリングから千切り取り、富士野の腰部分へ貼り付けた。
――瞬間、札に描かれた幾何学模様が赤く光を発した。
一瞬の光が収まると模様は消えており、札自体も空気に溶けるように消える。
「どうだ?」
「『どう』って、……お? おぉ?」
痛みに苦しんでいたはずの富士野が、勢い良く上半身を持ち上げた。
「ど、どうなってんだ? あんなに痛かったのに、今はちっとも痛くねぇ!」
富士野は首を左右に捻り、繰り返し自分の背中へ目を向ける。
しかし、見た目には変化は無い。
「コレだよ」
目をぱちくりさせている富士野の様子が面白く、俺は失笑交じりに《御札》の束を手渡した。
富士野は訝しげな顔をしたが、束が全て《御札》だと気が付くと途端に目の色を変える。
「うぉ、珍しい! お前『札付き』なのか?」
新作のゲームを手に入れた子供のようにはしゃぐ富士野の口から、なにやら物騒な単語が飛び出した。
「ふだつきぃ? 俺が不良に見えるってか?」
確かに俺の顔には、小さい頃のケガで右眉から頬にかけて縦に傷跡がある。
その所為で普通にしているのに目つきがやや悪いと指摘されたこともあった。
でも服装は大人しいし、髪型だって普通。ピアスすら開けたこともない。
自分で言うのもなんだが、どっちかというと『やさおとこ』だと思うのだが……。
――いやでも待てよ?
たしか連絡船の中で目が合った子供にギャン泣きされたな?
あれはそういう事だったのか?
「あ、いやそっちの意味じゃねぇから。お前みたいに札とか使って魔術を使う連中を、昔からこの辺ではそう呼ぶんよ」
「そ、そうだっけか? 全然覚えてないな……」
「ま、小さい頃に引っ越したってんなら無理もないんじゃね? しっかし懐かしいなぁ、今どき札使うのなんて、爺サマか婆サマぐらいだぞ?」
「まぁ確かに、最近では珍しいかもな」
前世紀の人が、やれ魔術だ何だと聞いたら、恐らく鼻で笑うか、当人を心の病院に連行して行くのだろう。
しかし先人達には悪いが、現代において魔術は当たり前に存在している。
そもそも幽霊が見える人が増えた理由は、魔術や超能力などを始めとした、いわゆる『異能』と呼ばれる力の素質、素養を持つ人が増えたからとされている。
それに伴って世の中では『オカルト』に類する物の再確認と観測が積極的に行われるようになり、その中で最も現代科学とマッチし、研究、発展していたのが魔術の分野だ。
街灯やコードレス掃除機なんかには動力として大抵《【無尽電力】》が組み込まれているし、紙製品や電子機器にも《完全防水の魔術【ウォーター・プルーフ】》などが施されている。
魔術的処理が何も施されていないものを探す方が難しい。
俺が小学校に入学する頃には既に小、中学生の義務教育として組み込まれていた。
しかし言われてみれば、身内以外で《御札》を使う人を見た事はないかもしれない。
「オレから言わせりゃ、同い年に『札付き』がいる方が珍しいって。端末アプリにしねぇの?」
「うぅん、何て言うかこう……、直接行使しないと魔術を使っているという実感が無いというか……」
「あ! さてはお前、電子書籍とか嫌いなタイプ?」
「良く解ったな。‥って、いや別に嫌いって訳じゃない。ただ紙の質感が手に伝わらないと、読んだ感じがしないと言うか何と言うか……」
「オレは読めればどっちでも良い派だかんなぁ~。それに電子化や機械化した方が便利だろ? なぁ、ポチ?」
富士野が車内の虚空に向かって呼びかけると『にゃ~ん』と、どこからかネコの鳴き声が。
間もなく、何もなかった筈の空間に、みかんを巨大化させたかのような機械が突然現れる。
恐らく《透過魔術【カモフラージュ】》だろう。
バスケットボール大の、丸く繋ぎ目の見当たらないツルンとしたフォルム。
――いや、正確にはまん丸ではない。
時計で言えば、二時と一〇時の辺りが尖っている。
先ほど聞こえた鳴き声も相まって、それこそネコの耳に見えなくもない。
「『ウィッチ・ウォッチ社』の追従型汎用端末だ。去年のモデルだけどな。ペットアプリ入れてんだよ」
追従型の端末ことポチは、富士野に名を呼ばれると嬉しそうな鳴き声を上げ、クルクルと回転しながら彼の膝に収まった。
「何で……、ネコにポチ?」
「いやぁ~、イヌアプリ買ったつもりがさぁ? 間違えて、一個下のネコアプリ選んでたみたいなんよ。ま、機種変してもデータは引き継いで来たから、コイツとも長い付き合いだ」
富士野がポチの耳(?)の間を指先で撫でる。
ポチはゴロゴロと無い喉を鳴らして、膝の上でコロコロ揺れていた。
「それで? 肝心の捕獲機能とランクは如何ほどで?」
「うん? ‥ん~、ふっふぅ~……」
苦笑しつつポチを撫でくり回す富士野。
どうやら、あまり芳しくないようだ。
「追従型って元々は『対幽インターフェイス』じゃ無かったっけ?」
「ネズミとか、虫の下級霊なら……」
「しょっぱいねぇ。それこそ、ネコとかイヌの動物霊を捕まえればいいじゃないか」
「イヌネコ好きのオレに、そんなヒドイ事は出来ん!」
対幽インターフェイスという呼び名はあくまで通称。
追従型の正式名称は『対霊体物質捕獲魔術搭載型インターフェイス端末』
ようは幽霊の『捕獲』をメイン機能に開発された装置という事だ。
一般的な『端末』としての機能も有しているので一まとめにされがちだが、俺の持っているスマホ型のようなそれとは似て非なる物。
幽霊を捕獲するための《捕獲魔術【スナッチ】》と、捕まえた幽霊を専門機関へ即時に送る《転送魔術【トランスミッション】》の二つが標準搭載されていて、もちろん捕獲をより効率的に行う様々な魔術も、アプリストアやネットから追加でダウンロード出来るようになっている。
今日日、端末機の二台持ちは珍しくない。
普及率は九〇%越えとスマホ型とほぼ横一列で、小学生が連れ歩いているのを見た事もある。
現物の《御札》を大量に持ち歩き、一枚一枚選んでは張り付けたりする手間を考えると、便利なのは解る。
だが先ほど富士野にも述べた通り、どうにもシックリこない。
以前販売店で試したことがあるが、体質にも合わないようでマナ酔いしてしまった。
ところで『何故、幽霊を捕まえる必要があるのか?』という話だが、これには『幽霊人口』という国際的な指標が関係している。
専門家曰く。
『そも『幽霊になる』という事は即ち、生前にそれだけ未練がある事を意味している』
『未練といっても様々な理由があるだろうが、そこにはこの国が抱える社会的な問題、治安や格差などに繋がっているのではなかろうか?』
『幽霊が多い国は、それだけ問題を抱えた国というレッテルを貼られ、国際的に不利な立場に立たされる事となるだろう』
『幽霊の人口をどれだけ減らせるか、政権の手腕が問われる』
――と言うのは、俺の生まれる前の話。
『幽霊を捕まえる』という行為は、時間と共に国や行政の思惑から大きく変わっていった。
なにせ端末は電源さえ入っていれば常時ネットと繋がり、所有者の捕獲実績に応じて『ポイント』が付与される仕組みになっている。
虫や小動物の霊なら0.5ポイント、人魂霊なら10ポイントと言った感じだ。
貯まったポイントは各種電子マネーに換金出来るので、今では老若男女問わず小遣い稼ぎの代名詞となっている。
無論、今でも幽霊の増加が問題である事に変わりは無い。
『悪霊』など、人命や物に実害をもたらす危険存在に対しては、行政組織や国家資格を持つフリーの『祓師』が出動する。
しかし総獲得ポイントはリアルタイムで世界ランキングにも反映されるため、もはや捕獲行為はスポーツやゲームと見られているのが現状だ。
閑話休題。
「だから、オレは狙ってんだよ。あの人型」
「あの、とは?」
「ほら、お前がぶつかった豚男」
富士野の『豚』という表現で、俺の脳裏に下車の邪魔をしたデブ男が浮かぶ。
「どうも物怪駅に憑いてんのか、決まってあの時間になると電車に向かって走ってんだ。奴を捕まえれば『F級』にランクアップ出来そうなんよ!」
「なるほど。確かにあれだけはっきりした人型を捕獲できればポイントは相当高いな。でもリスクもあるんじゃないか? 迂闊に怒らせて悪霊化でもしたら、素人の手に負えないぞ?」
「ダイジョーブだって! 対策はバッチリだし」
対策バッチリなら、何ゆえ俺と激突した挙句負傷するのか疑問だが……、拳を握り締めてまで熱く語る富士野にそれを言うのは止めておこう。
『間もなく物怪東、物怪東でございます。お降りの方はお忘れ物の無いようご注意下さい』
あらかじめ録音された女性の声が、次の駅へ近付いている事を俺達に知らせた。
「お前の引越し先、住所どこよ?」
「確かモッコウの近く。親戚が管理人してるアパートがあるらしくて、ちょうど良いって話になって。下見は出来なかったから、詳しい場所は地図アプリを……」
スマホ端末を取り出しスイッチに指をかけた。……何だろう、このデジャヴ?
「お前それ、電池切れてね?」
真っ暗な液晶を覗き込んだ富士野からの、実に的確な指摘。何かあると直前の事を忘れるのは俺の悪い癖だな。
「参ったなぁ、久々すぎて土地勘なんてないのに……」
「ん、ならオレとポチが案内してやんよ。腰の件では世話になったし、形はどうあれ知り合ったのも何かの縁だ」
「マジで? 良いのか?」
「おう、任せとけ! しかしモッコウの近くってのは、好都合だな」
「と言うと?」
「モッコウって、学校案内とかには最寄り駅が物怪になってんけど、実は東街からの方が近いんよ。まぁ物怪駅の方が遊ぶ場所は多いんだけどさ、モッコウからは回り道になる」
「やれやれ、デブ男に感謝するべきかねぇ……」
『物怪東、物怪東でございます』
停車した列車の外は、既に真っ暗だった。
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