第83話 ラブレターか、果たし状か
いつも通り朝のロードワークを終え、シャワーを浴びてから朝食を作っていると、二階から夏樹が眠そうな顔で降りてきた。二人で朝食を済ませ、身支度を整えて家を出る。
朝の日差しはまだ柔らかく、住宅街には登校中の学生や通勤途中の人たちの姿がちらほら見えた。
「そういえば、萌が完全復活したからって、直美のお迎えに行ってくれてるんだって」
「そうなのか。ま、元気になったのならいいことだ」
「萌に元気がないと、こっちの調子も出ないから、元気でいてほしいね」
「存在そのものが騒音みたいなやつだからな」
「褒めてる?」
「最大限に」
夏樹がくすくすと笑う。そんな他愛もない話をしながら歩いていると、やがて毎朝俺の前に立ちはだかる宿敵が姿を現した。
坂である。俺は毎朝走っている。体力にも自信がある。だが、それと坂道を好きになることには何の因果関係もない。
「……今日もあるのか」
「坂が一晩で消えるわけないじゃん」
「そろそろ行政に相談しようと思う」
「何を?」
「平らにしてくれって」
「絶対に相手にされないよ」
世知辛い世の中である。俺はため息をつき、機嫌良さそうに坂を登る夏樹のあとを渋々追いかけた。
坂道との不毛な戦いを終え、ようやく学校へ到着した。朝の校門には次々と生徒が吸い込まれていき、昇降口からは挨拶や笑い声が絶え間なく聞こえてくる。昨日からテスト前期間に入ったせいか、単語帳を眺めながら歩く勤勉な人間もいた。
歩きスマホならぬ歩き勉強である。そこまでして点数を上げたいという熱意は尊敬するが、柱にぶつからないことを祈ろう。
夏樹と並んで昇降口へ入り、下駄箱へ向かうと、見慣れた二人の姿を見つけた。
「えぇー! 何ですか?これ!?」
「だから、まだ分からないって言ってるでしょ」
山本さんと柴田さんが、何やらきゃっきゃと盛り上がっている。完全復活した山本さんは朝から絶好調らしい。柴田さんの手元を覗き込みながら、ぴょこぴょこと無駄に動いている。
「萌、直美、おはよー。どうしたの?」
当然、そういうものを放っておけない夏樹が二人のところへ寄っていく。俺は靴を履き替えながら、その様子を横目で眺めた。
朝っぱらから元気なことで。俺の周囲には、どうしてこうも朝から活動限界を知らない人間ばかり集まるのだろう。
「ラブレターじゃないですか? 直美ちゃんも隅に置けませんね〜」
山本さんが、柴田さんの手元にある白い封筒を見ながらニヤニヤしている。どうやら下駄箱に入っていたらしい。
朝の昇降口は登校してきた生徒たちで混雑しており、俺たちの横を何人もの生徒が通り過ぎていく。上履きに履き替える音や下駄箱を閉める音、友人を見つけて挨拶する声がそこら中から聞こえていた。
そんな中、俺たち四人だけが朝から他人の恋愛疑惑で盛り上がっている。実に平和だ。
「まだ中を見ていないから分からないって言ってるでしょ?」
柴田さんは呆れながら、封筒をひらひらと振った。
「じゃ、さっそく中を見てみましょう!!」
「こら、萌〜!」
封筒へ伸びた山本さんの手を、夏樹が素早く捕獲する。
「私たちが見ていいわけないでしょ? ラブレターだったとしたら、相手の人はすごく勇気を出して書いたんだよ? 茶化したら駄目だよ」
「はぁ〜い。ごめんなさい」
山本さんがしゅんと縮む。犬だったら耳まで垂れていそうだ。
「ふふふ。いいのよ」
柴田さんは笑いながら封筒を鞄へしまった。
「後で一人で読んでみるわ。それで、話してもいい内容だったらちゃんと教えてあげるから、今は我慢して?」
「私はラブレターを貰ったことはないですから、わくわくドキドキします!」
自分宛てでもないのに、なぜお前がドキドキする。
「ラブレターとはまた古風な……」
「創ちゃん……またそんなこと言う」
「いや、恋文そのものは昔からあるぞ。日本なら和歌で想いを伝える文化は平安時代にもあったしな。ただ、今みたいに学生が好きな相手へ手紙を書いて渡すっていうラブレターのイメージは、学校教育や郵便制度が広がった近代以降に定着していったものらしい」
「へぇ〜。相変わらず山神君は物知りですね」
「山神がいると検索いらずね。いよいよ歩くスマホに見えてきたわ」
失礼な。俺にはちゃんと手足がある。スマホにもあると言われたら困るが。
すると夏樹が何か思いついたように手を叩いた。
「じゃあ今度からスマホを開かずに、『Hey! SO!』って言ったら答えてくれる?」
「残念だったな。そのAIは課金してないと使えないんだ」
「何でよ! 幼馴染からお金取るの?」
「逆になんで幼馴染だったら無料なんだよ……」
「じゃあ幼馴染割!」
「そんな料金プランは存在しない」
「それなら家族割!」
勢いよく言った夏樹が、ぴたりと固まった。
「……あ」
なぜか急速に顔が赤くなっていく。
なんだ?
家族割という言葉に何か問題があっただろうか。夏樹は口元を手で隠し、俺から視線を逸らした。
「か、家族って……その……創ちゃんと私が家族になるってことは……」
「別に不可能ではないだろ」
「えっ!?」
夏樹が勢いよく俺を見る。山本さんも「おぉっ!?」と目を輝かせ、柴田さんまで眉を上げた。なんだ、その反応。
「例えば親同士が再婚すれば義理の兄妹になる可能性はあるし、養子縁組って方法もある。かなり特殊だけど法的に親族関係が生じるケースは他にも――」
夏樹の表情から、みるみる何かが消えていった。
「……そういうことじゃない」
「じゃあ何だよ」
「知らない!」
なぜ怒る。
「山神君……」
山本さんが悲しいものを見るような目を俺に向けていた。
「なんだよ」
「重症ですね」
なぜだ。俺が助けを求めて柴田さんを見ると、柴田さんは額に手を当て、深々とため息をついた。
「この朴念仁よりもAIの方が優秀かもしれないわ」
「どういうことだ?」
「今まで読んだ本の中に、こういうシチュエーションならどうすればいいかって書いてなかったのかしら? それなら、このAIは欠陥品だわ」
俺の質問には答えず、柴田さんは山本さんを連れて夏樹のところまで歩いていってしまった。納得がいかない。
その横では、夏樹がまだ顔を赤くしたまま「ばか……」と小さく呟いている。結局、家族割の何がいけなかったのかは分からなかった。俺は普通に可能性を列挙しただけなのだが。朝っぱらから理不尽である。
どうやら人間関係というものは、検索機能があっても正解へ辿り着くのが難しいらしい。
そう思っているのだが、なぜか賛同者が一人もいない。それどころか柴田さんと山本さんは「夏樹ちゃん、元気出してください」「夏樹、昔から苦労してるのね」などと夏樹を励ましていた。
被害者は俺ではないのか。理解に苦しみながら教室へ入り、いつもの席に着く。鞄から読みかけの本を取り出したところで、ふと思った。
最近、この時間にまともに本が読めていない。俺の貴重な朝の読書時間が、連日のように何者かの手によって奪われている。基本的人権に読書権を追加してもらえないだろうか。
「おっす、山神」
「おはよう」
ほら来た。顔を上げると、高原と三浦が立っていた。
「おぉ、高原と三浦か。おはよう」
「山神って普段、本当に無愛想なのに、絶対挨拶は返してくれるよな?」
三浦が妙なところに感心している。
「一応、気をつけているんだぞ? これでも」
「気をつけてるって何にだ?」
「愛想がいいとは自分でも思ってないし、愛想よくしているつもりもない。ただ、無駄に敵を作る必要もないからな。話しかけられたらちゃんと話す。挨拶されたらちゃんと返す。その辺は意識して取り組んでいる」
「理由が打算的すぎるだろ……」
「やっぱ山神って面白いな」
高原が呆れてため息を吐く。対症的に三浦はなぜか笑っている。円滑な人間関係を構築するための合理的な努力なのだが、何がおかしいのだろう。
「それより、昨日さ。川村の家に行ってみたんだけど、マスコミがたくさんいて、家に近づくこともできなかったんだ」
「そうだったのか」
株式会社川村による不法投棄。その影響が山田農園まで及び、さらに食堂やまもとの騒動へつながっていた可能性がある。一つ一つなら、そこまで大きく扱われなかった話でも、警察が動き、会社社長が逮捕されたことで事情が変わったのだろう。
企業の不法投棄。農地への影響。ネット上で一時騒ぎになった食堂。そして、その会社の社長が逮捕。点だった出来事が線になれば、一本の分かりやすい物語になる。
以前は大して注目していなかった媒体でも、今なら「実はあの騒動の裏には――」と過去まで遡って紹介できる。被害を受けた農家、地域の店、逮捕された社長、その家族。怒りや同情、不安まで含めて、人の感情を動かす材料はいくらでもある。
もちろん、事実を追うこと自体が悪いわけじゃない。ただ、ニュースも人に見てもらえなければ成り立たない以上、より注目される切り口を探すのは当然なのだろう。
問題は、その過程で事実より先に「分かりやすい物語」が出来上がってしまうことだ。
「しかも制服着ていったもんだから、マスコミの人たちに滅茶苦茶インタビューされるんだ。もちろん、俺たちは何も答えてないけどな」
「その方がいいだろう。少しでも話したら、前後を切り取られたり、別の情報と組み合わさったりして、意図してない意味で広まる可能性もある」
「だよなぁ……」
高原がため息をつく。
「電話もメッセージも返ってこないしさ」
三浦が俯いた。
「でも、心配なんだよ」
さっきまで笑っていた顔から、完全に表情が消えていた。俺と高原は顔を見合わせる。大丈夫だとも、放っておけとも言えない。
川村が今、何を考えているのか。俺たちには分からない。結局、俺たちはうなだれる三浦を、何とも言えない気持ちで見守ることしかできなかった。
「ちょっといいかしら?」
三浦と高原と話していると、横から柴田さんが声をかけてきた。
「し、柴田さん……」
なぜか三浦の背筋が伸びる。明らかに動揺していた。
「……なぜ彼はあんなに怯えているのかしら?」
柴田さんが不思議そうに俺を見る。
「いや、怯えてるわけではないと思うぞ? たぶん、美少女から話しかけられるのに慣れてないだけだ」
俺の代わりに高原が説明してくれた。
「あら、美少女だなんて。高校生なのに、もうお世辞の練習をしているの?」
「いやいや、お世辞じゃなくて学校では有名だから。うちのクラスの三大美少女」
「そうだったかしら?」
本人に自覚がないらしい。まあ、鏡でも見ない限り自分の顔は見えないからな。論理的にはおかしくない。
「そ、そうだよ。柴田さん、美少女」
三浦が勇気を振り絞った。しかし、声に一切の抑揚がない。感情という機能を実装し忘れた人工音声のようだった。
「何だか言葉に抑揚がなくてロボットみたいだわ。もう少し話をしてみようかしら?」
面白くなったのか、柴田さんが三浦の顔を覗き込む。
距離が縮まる。
三浦が後ずさる。
柴田さんが一歩進む。
三浦がまた下がる。
なんだこれは。新種の社交ダンスか?
「三浦君?」
「も、もう勘弁してくれ! 浄化される!!」
限界を迎えた三浦はそう叫ぶと、逃げるように離れていった。
「あら……」
柴田さんは遠ざかっていく三浦の背中を見送り、小さく首を傾げた。
「私は陰陽師になったことはないんだけど……」
問題はそこなのだろうか。
「柴田さん、あんまりいじめてやらないでくれよ。あいつ、サッカーじゃ自信満々なんだけど、女子にはほとんど免疫ないんだから」
高原が苦笑する。
「それなら、私じゃなくても同じようなリアクションになるのかしら?」
「それはどうかなぁ〜……」
「それじゃ、私が悪いみたいだわ」
「……」
高原が黙った。沈黙は時として雄弁である。
「否定されなかったわ。どういうこと? 山神」
「俺が知るかよ……」
なぜ俺に説明責任が発生した。そもそも三浦の女性耐性について、俺は何ら責任を負っていない。
「で? 何か用事があったんじゃないのか?」
「あ、そうだったわ」
忘れてたのかよ。柴田さんは高原へ視線を向ける。
「高原君に聞きたいことがあったの」
「お、俺に?」
「あら、あなたも免疫がないのかしら?」
「いやいや、俺は三浦ほど純情じゃないさ。まさか俺に用事があるとは思わなかっただけだよ」
「そう」
柴田さんは特に興味もなさそうに頷く。
「今日はサッカー部の部活は休みなのかしら?」
「あぁ。昨日から休みだよ。 テスト前だし、大会はまだ先だからね。 大会前の最後のまとまった休みって感じかな」
「じゃあ、今日の放課後は部室にも誰もいない?」
「たぶんな。 用事があって寄るやつくらいはいるかもしれないけど、練習はないよ」
「そう。 ありがとう。 聞きたかったのはそれだけよ」
柴田さんはそれだけ言うと、一瞬だけ俺を見た。
目が合う。
しかし、何も言わない。
そのままくるりと背を向け、自分の席へ戻っていった。
「……え? 本当にそれだけ?」
高原があっけに取られている。俺も柴田さんの背中を眺めた。
サッカー部。放課後。部室に誰もいない。朝、柴田さんの下駄箱には手紙が入っていた。
……なるほど。おそらく、あの手紙に何か書いてあったんだろう。待ち合わせ場所がサッカー部の部室だった、とか。だから高原に今日の活動予定を確認した。
まあ、だからどうということもない。本当にラブレターだったなら、サッカー部員の誰かが人目のない場所を指定しただけかもしれないし、柴田さん自身も今のところ大して警戒している様子はない。
「柴田さんも大概変わってるよなぁ」
高原がぽつりと呟いた。
「そうか?」
「クールに見えるじゃん? いつも冷静に喋ってるし。でも、たまに妙に熱いんだよな」
「あぁ……」
それは分かる気がする。球技大会のときなど、クラスの先頭に立って夏樹防衛戦線なるものを構築していた。俺には最後まで、いったい何から夏樹を防衛していたのかよく分からなかったが。
あれは単純に夏樹自身の問題だった。柴田さんの悪乗りにクラスメイト達全員がのっかっただけだ。一部から、俺が商品を付けたことが一番の問題だと言う意見もあったが、そんなことは知ったこっちゃない。
「意外と面倒見もいいしさ。かと思ったら三浦で遊ぶし」
「今のは完全に楽しんでたな」
「だろ?」
俺は自分の席へ戻っていく柴田さんを見る。冷静で、口が悪くて、妙なところで世話焼きで、正義感が強い。人の表情を読むのも得意なくせに、ときどきわざと地雷を踏みにいく。
確かに、まだ掴みきれない部分はある。まあ、人間なんてそんなものか。
昼休み。弁当を持って屋上へ上がり、いつもの場所に腰を下ろした。今日は天気もいい。風も強くない。昼休みの喧騒もここまではほとんど届かない。つまり、読書をしながら静かに昼飯を食べるには最高の環境だった。
ようやく平穏が訪れた。そう思った直後、背後で屋上の扉が開いた。
「創ちゃん、やっぱりここにいた」
「何とかと煙は高いところが好きって言うものね」
「その何とかってなんでしたっけ?」
三者三様、好き勝手なことを言いながら、夏樹、柴田さん、山本さんが屋上へ出てくる。俺の平穏は三十秒ほどで終了した。もう少し一人でゆっくりしたかったのだが。
「なんで俺がここにいるって分かったんだよ」
「創ちゃんが昼休みに一人になりたいとき、だいたいここにいるから」
幼馴染とは恐ろしい。俺の生息域が完全に把握されている。三人は当然のように俺の近くへ座り、それぞれ弁当を広げ始めた。もはや俺に拒否権があるとは誰も思っていないらしい。
「川村君、あれからずっと休んでいるみたいですね」
山本さんが箸を止めて言った。
「そうなんだ……。心配だね」
さっきまで明るかった夏樹の声も少し沈む。
「川村自身は何もしてないとはいえ、今は学校に行く気にはならないのかもしれないわ」
柴田さんの言葉に、俺も黙って弁当を口へ運んだ。父親が逮捕され、自宅の周りにはマスコミまでいる。そんな状況で普通に制服を着て登校しろという方が難しいのかもしれない。
「高原君たちは何か言ってた?」
「……」
卵焼きを食べながら、ぼんやり空を眺める。いい天気だ。
「創ちゃんに聞いてるんだけど?」
「んあ?」
夏樹の顔が近くにあった。
「いや、連絡が取れないって言ってたな。昨日も家まで行ったらしいけど、マスコミが多くて近づけなかったって。三浦も心配そうにしてたよ」
「そうなんだ……」
それきり会話が途切れた。風が屋上を抜けていく。
誰も何を言えばいいのか分からなかった。
「そういえば!」
その空気を変えるように、山本さんがぱっと顔を上げた。
「直美ちゃんに届いたお手紙の内容は、話せるものでしたか?」
切り替えが早い。
「えぇ。端的に、今日の放課後、サッカー部の部室に来てほしいって書いてあっただけだわ」
「それって、サッカー部の誰かから告白されるってことですか!?」
山本さんの目が輝く。川村への心配から恋愛話へ、感情の変速性能がすごい。
「それは分からないわ。そんなことは一言も書いてなかったもの」
「確かにそうですけど、内容は直接会ってから伝えたいってことですかね?」
「どうかしら?」
柴田さんは鞄から例の封筒を取り出すと、中に入っていた紙を俺たちへ見せた。A4の用紙に書かれていた文章は短かった。
『放課後、サッカー部の部室に一人で来てほしい』
それだけ。差出人の名前もない。
「果たし状とも見えるな」
率直な感想を述べた。
「そんなわけないじゃん? いつの時代よ!」
夏樹に即座に否定された。
「そういえば果たし状で思い出したけど、日本には今でも決闘を禁止する法律があるぞ」
「え?」
三人が俺を見る。
「明治時代に作られた『決闘罪ニ関スル件』って法律だ。決闘を挑んだり、それに応じたり、実際に決闘したりする行為が処罰対象になってる。決闘の立ち会いなんかについても規定がある。百年以上前の法律だけど、今も廃止されてない」
「この相手の目的が決闘なら、私も逮捕されるのかしら?」
柴田さんが妙に真剣な顔で聞いてきた。
「受けて立てばね。 少なくとも『よし、決闘しましょう』って合意するのはやめた方がいい」
「そうなのね……。 行こうと思っていたけど、やめようかしら?」
「何でそんなことになるの!? 果たし状だって決まってないよ!」
夏樹が慌てて止める。
「そうですよ! 本当に告白をしたいと思っている人だったとしたら、それは濡れ衣です!」
「起きてもない犯罪の濡れ衣を着せられてるな。 この手紙の差出人」
「創ちゃんが言い出したんでしょ!?」
確かに。まだ何もしていない人物を、わずか数分で恋する高校生から決闘犯罪者候補へ転落させてしまった。申し訳ないことをした。知らんけど…。
「なるべく決闘に見えないようにした方がいいわね」
柴田さんが紙を封筒へ戻しながら言った。
どうやってだよ。
「夏樹、一緒に来てくれる?」
「え? えぇ?? いいけど、いいの?」
夏樹が戸惑う。『いいけどいいの?』ってAはBだがBはAじゃないっていう言葉遊びみたいだな。いや、違うかぁ~。
「一人で来いって書いてあるけど、誰が書いたかも分からないし。夏樹には少し離れたところで待っててもらおうと思って」
その判断には俺も異論はなかった。以前のこともある。差出人不明の手紙に従って、本当に一人で人気のない場所へ行く必要はない。
「えーーーーー!! 夏樹ちゃんだけずるいです! 私も行きたいです!!」
山本さんが猛烈に抗議した。何がずるいのか分からない。
「でも萌、今日も食堂の準備があるんでしょ?」
「あぁ! そうでした……」
山本さんの勢いが急速にしぼんだ。
「うぅ……見たいですけど、食堂を頑張るって決めたんで、お仕事頑張ります」
告白かもしれない謎の呼び出し。高校生なら気になって当然だろう。それでも山本さんは食堂を選んだ。少し前まであれだけ落ち込んでいたのに、もう自分から店のために動こうとしている。本当に、あの店が好きなんだな。
「じゃあ、萌は先に食堂ね」
「はい! 結果は絶対教えてくださいね!」
「告白だと決まってないんだけど」
「決闘だった場合も教えてください!」
「そっちも決まってない」
何を期待しているんだ。柴田さんが小さく笑ったあと、今度は俺を見た。
「山神はどうする?」
「何が?」
「放課後よ。 私と夏樹が行ってる間、教室で待っててくれない?」
「俺も?」
「何かあったときのためにね」
俺は少し考えた。別にサッカー部の部室までついていく必要はない。夏樹も一緒なら、柴田さんを一人にするわけでもない。なら教室で待っているくらいなら――。
「……本読んでていい?」
「いいわよ」
「ならいい」
「創ちゃん、すっごく面倒くさそう」
「実際、面倒だからな」
「そこは否定してよ!」
なぜだ。待つことを了承したのだから、十分協力的ではないか。
「じゃあ決まりね」
柴田さんが笑う。山本さんは「告白ですかねぇ」とまだ楽しそうにしているし、夏樹は「一人で行っちゃ駄目だからね」と柴田さんに念を押している。
俺は残っていた弁当を口へ運んだ。結局、一人で静かに昼飯を食べるという俺の計画は完全に消滅していた。
まあ、いいか。放課後は教室で本を読んでいればいい。柴田さんが用事を済ませて、夏樹と戻ってくる。それを待ってから、いつも通り食堂へ向かう。
その程度の話だ。このときの俺は、本当にそう思っていた。




