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君の隣で僕は考える ~本を読めば大抵のことは分かる。平穏の手に入れ方以外は~  作者: マリセリソウ


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第81話 ここから先は

 創ちゃんは有言実行した。私が担当していたサラダとお味噌汁を引き継ぎ、その間に私は朝ご飯を食べる。そして、しっかりおかわりもした。


「……よく食うな」

「育ち盛りだから」

「どこが育つんだ?」

「どこって何よ?」

「いや、身長とか?」


 なんで今ちょっと目を逸らしたの?

 結局、創ちゃんは自分の朝ご飯をおにぎりにして家を出た。行儀が悪いと言ったのに、隣で普通にもぐもぐ食べながら歩いている。


 いつもより二十分ほど早い通学路は、人の姿もまだ少ない。朝の柔らかな日差しが住宅街の屋根を照らし、道路脇の植え込みには小さな露が残っている。空気はまだ涼しいけど、今日も昼には暑くなりそうだった。

 いつもと違う時間。でも、景色はいつも通りだった。

 直美の家に着く頃には、創ちゃんもおにぎりを食べ終えていた。

 私がインターホンを押すと、ほどなくして家の中から、


「行ってきます」


 という声が聞こえ、直美が出てくる。


「直美! おはよう!」

「おっす」

「おはよう。さっきぶりね」

「うふふ~。そうだね」

「朝から機嫌いいわね、夏樹」

「そう?」


 いつも通りだと思う。


「萌には迎えに行くと連絡済よ。家で待っていると思うわ」

「そっか。じゃ、萌の家に向かおう!」


 三人で歩き始める。少しして、直美が口を開いた。


「で?」

「…………」


 創ちゃんは普通に歩いている。


「…………」


 直美は創ちゃんを見ている。


「…………」


 創ちゃんは前を見ている。


「…………」


 直美はまだ見ている。

 何、この時間。

 やがて視線に気づいた創ちゃんが、びくっとした。


「え? 俺に話しかけてんの?」

「……あなたはそういう人だったわね。忘れてたわ」

「……何の話だよ」


 直美が小さくため息をつく。


「株式会社川村の社長が逮捕されたわね」

「……そうみたいだな」

「ニュースを見る限り、産業廃棄物の不法投棄が主な原因のようね」

「……そうらしいな」

「やっぱり、あの広場に埋められていたのは、あなたの言う建設汚泥だったのかしら」


 創ちゃんが少し考えるように前を見る。


「……たぶん、そうだろう。そう考えると色々辻褄が合う」


 朝のニュースでは分からなかったこと。創ちゃんたちが今まで調べてきたこと。どうやら、その二つが少しずつ繋がり始めているらしい。


「辻褄が合うって、どういうこと?」


 私が聞くと、創ちゃんはすぐには答えなかった。少しだけ考えるように前を向いたまま歩き、それからゆっくり口を開く。


「最初から整理した方がいいかもな。そもそも、この町でここ何年かやってた都市開発には、株式会社川村がかなり深く関わってる」

「川村君のお父さんの会社だよね?」

「あぁ。道路整備とか造成とか、公共工事を含めて色々とな。入札記録を調べた限り、この辺の大きな工事は株式会社川村が取ってるものがかなり多かった。だから都市開発が進めば進むほど、当然あの会社が扱う建設系の廃棄物も増える」

「工事したら、ゴミも出るもんね」

「ゴミって言うと軽く聞こえるけどな。掘った土とか、コンクリート片とか、アスファルトとか、木くずとか。工事の内容によって色々出る。それを何でも好きな場所に捨てていいわけじゃない。当然、適切に処理する必要がある」


 そこまでは私にも分かる。店長や山田農園の園長も言っていたけど、産業廃棄物の処理には様々な手順があるから結構大変らしい。

 創ちゃんは話を続けた。


「問題は、大規模な都市開発が始まった頃だ。その時期に、株式会社川村が利用していた産業廃棄物の処理会社が倒産してる」

「あ……」


 そうだった。そんな話があった。


「もちろん、処理会社が一社倒産したからって、すぐに不法投棄することになるわけじゃない。普通なら別の業者を探すなり、契約を組み直すなりするだろ」

「当たり前よ。処理業者が倒産したから山に埋めました、なんて理由が通るわけないもの」


 直美が補足する。


「ただ、時期が悪かったのよね。ちょうど大規模な工事が重なっていた」

「そういうこと」


 創ちゃんが頷いた。


「工事は進む。廃棄物は出る。でも、それまで処理を任せていた会社がなくなった。代わりの処理先をすぐ確保できなかったのか、確保できても費用が上がったのか……そこは俺たちには分からない。ただ、株式会社川村はその頃から資金繰りにも苦労してたみたいだからな」

「慌ててそこから別の会社に相談しても足元を見られて普段より割高になる可能性があるって言ってた話だよね?」

「あぁ。それだけじゃなく、調べられる範囲でも会社の経営状態が良くなかった可能性はあった。だから、処理に回す金を惜しんだ可能性もある」

「でも、それはまだ推測よ」


 直美がすぐに付け加える。


「会社が苦しかったことと、不法投棄の動機が直結するとは限らないわ。警察が何を掴んでいるかも、今の私たちには分からない」

「分かってる。だから可能性の話だよ」


 創ちゃんはそう言ってから、少し間を置いた。


「で、問題の旧道奥の広場だ」


 あの場所。創ちゃんと直美が以前調べに行った、山の中の広場。


「俺たちが行った時、あそこには明らかに普通の土とは違うものがあった。それで俺は、建設汚泥じゃないかって疑った」

「それが、ニュースで言ってた産業廃棄物?」

「たぶんな。少なくとも報道を見る限り、警察もあの場所と株式会社川村の関係を調べてる。あそこを一時的な保管場所として使っていたのか、それとも最初からそのまま放置するつもりだったのかまでは分からない。ただ――」


 創ちゃんが少し山の方を見る。


「埋められてた場所が悪すぎる」

「場所?」

「あの広場と山田農園だよ」


 私は頭の中に地図を思い浮かべる。山田農園があって、その向こうに山がある。


「山田農園で異常が見つかったのは、農園全体じゃない。一部の区画だけだっただろ?」

「うん」


 それは覚えている。最初は農園全体が駄目になったんじゃないかって、みんなすごく心配していた。でも実際に問題が見つかったのは一部だけで、他の区画まで同じ状態ではなかった。


「結果的には、それが不幸中の幸いだった。問題の区画を使わず、安全性を確認できた場所から出荷を再開できたから、山田農園も比較的早く動き出せた」

「食堂も、それで山田農園の野菜をまた使えるようになったのよね」

「あぁ」


 創ちゃんが頷く。


「でも、逆に考えると妙なんだよ。農園全体じゃなくて、なんで一部だけだったのかって話になる」


 その言葉に、私は少し考える。


「……汚れた何かが、その場所にだけ来た?」

「その可能性がある」


 創ちゃんはすぐに答えた。


「山田農園の作物から基準を超える有害物質が見つかった。でも、原因そのものはまだ正式には分かってない。土なのか、水なのか、それとも別の経路なのか。そこは専門家の調査結果を待つしかない」

「でも、創ちゃんは建設汚泥が原因だと思ってるんだ?」

「かなり疑ってる」

「どうして?」

「位置だよ」


 創ちゃんは自分のスマホを取り出し、地図を開いた。歩きながら操作するのは危ないので、私が創ちゃんの制服の袖を掴んでおく。


「ほら。ここが山田農園」

「うん」

「それで、異常が見つかった区画が大体この辺」


 画面を指で示す。


「昨日、俺はここから山に入った」

「……昨日?」


 思わず創ちゃんを見る。


「それであんなドロドロだったの?」

「今そこ重要じゃないだろ」

「私には重要なんだけど」

「後にしろ」


 後にしたら絶対に誤魔化すやつだ。でも今は話を聞く。


「で、山を登っていくと――ここ」


 創ちゃんの指が止まる。


「旧道奥の広場」

「……近い」


 地図で見ると、思っていたよりずっと近かった。


「そう。道路を使って移動すると遠く感じるけど、山を挟んで位置関係だけを見るとそうでもない。異常が見つかった区画から山側へ上がっていった先に、建設汚泥が埋められていた可能性のある広場がある」

「私も山神と一緒に現地を見たけど、距離だけ考えれば無関係と言い切る方が難しくなってきたわね。もちろん、それだけで『広場の汚泥が山田農園を汚染した』とは言えないけど」

「そこなんだよ」


 創ちゃんがスマホをしまった。


「例えば雨水で有害物質が溶け出したとか、地下に浸透したとか、何らかの形で農園側に流れた可能性は考えられる。でも、そこから先は俺たちが想像で決めていい話じゃない。地質とか地下水の流れとか、専門家が調べないと分からないからな」

「じゃあ、まだ確定ではない?」

「確定じゃない。ただ――」


 創ちゃんが少しだけ真剣な顔になる。


「俺は、建設汚泥による汚染でほぼ間違いないと思ってる」


 私は黙ってその言葉を聞いた。


「そこから先は、俺たちも知ってる通りだ。山田農園の作物から異常が見つかって、出荷が一時的に止まった。山田農園の野菜を使っていた食堂やまもとも営業を続けるわけにはいかなくなって、一時休業した」


 あの時のことを思い出す。

 誰もいない食堂。元気をなくしていた萌。店長さんと奥さん。


「それで俺たちは、食堂をどうにか立て直そうとした。店の情報を出したり、動画を作ったり、それとは別に山田農園で何が起きたのかも調べ始めた」

「その途中で旧道奥の広場が出てきたのよ」


 直美が続ける。


「そして今朝、株式会社川村の社長が産業廃棄物の不法投棄に関わった疑いで逮捕された」

「……そっか」


 私はようやく、今まで別々に起きているように見えていた出来事が、一本の線になってきた気がした。


 都市開発。

 処理会社の倒産。

 株式会社川村の資金繰り。

 旧道奥の広場。

 そこに埋められていた建設汚泥。

 山田農園の一部区画だけに起きた異常。

 出荷停止。

 そして、食堂やまもとの休業。


「全部、繋がってたんだ……」


 私が呟くと、創ちゃんは少しだけ首を振った。


「まだ完全に繋がった訳じゃない」

「え?」

「今のところは、繋がる可能性がかなり高くなっただけだ。山田農園の汚染原因については、まだ正式な調査結果が出てないからな」


 直美も頷いた。


「そこは分けて考えないと駄目ね。私たちが納得できる話と、証明された事実は別だから」

「……難しいね」

「そうでもないよ」


 創ちゃんは前を向いたまま答える。


「分からないところに『分からない』って書いておけばいいだけだ」

「それが難しいんじゃないの?」

「そうか?」

「そうよ」


 直美まで即答した。

 創ちゃんだけが不思議そうな顔をしている。でも、私にはようやく見えてきた。どうして山田農園で異常が起きたのか。どうして食堂やまもとまで巻き込まれたのか。そして、どうして株式会社川村の名前が何度も私たちの前に現れていたのか。


「でもさ」


 私は歩きながら、さっき創ちゃんが見せてくれた地図を頭の中で思い返していた。


「それなら昨日、創ちゃんが山田農園に行ったのも、その広場を調べるためだったの?」

「ん? まぁ、そうだな」

「……やっぱり」


 昨日、泥だらけで食堂に戻ってきた創ちゃんを思い出す。

 ちょっとした野暮用。仕事っちゃ仕事。

 そんなことを言っていたけど、全然ちょっとした野暮用じゃない。


「でも、なんで昨日だったの? 広場のことなら前から知ってたんでしょ?」

「昨日、本当なら旧道奥の広場に調査が入る予定だった」

「うん。そう言ってたよね」

「保健所の人たちがもう一度あの辺りを調べる予定だったんだ。藤嶋さんの話じゃ、警察も動いてたらしい」

「警察も?」

「あぁ。どこまで合同で動く予定だったのか、俺も詳しくは知らないけどな。少なくとも警察側も、あの広場にはかなり関心を持ってたみたいだ」


 そこで直美が補足する。


「私たちが最初に見つけた時点でも、ただの不法投棄で済ませられる量には見えなかったもの。それに山田農園の件との関連まで疑われ始めていた。行政だけで終わる話じゃなくなっていたのよ」

「でも、昨日は調査しなかったんだよね?」

「できなくなった」


 創ちゃんが答える。


「食堂やまもとの方で騒ぎが起きたからな」


 その言葉で、昨日のことが一気に蘇ってきた。食堂やまもとで食事をした人が体調を崩した。そんな内容の動画が広がった。でも、実際には食堂の料理が原因だと証明されたわけじゃなかった。


「例の動画?」

「そう。動画そのものが直接、広場の調査を止めたわけじゃない。そこは分けて考えないと駄目だ」


 創ちゃんはそう前置きしてから続けた。


「あの動画が出た後、保健所に食堂やまもとで食事をして体調を崩したっていう通報が大量に入った。それが本当に動画を見た人間の仕業なのか、最初から誰かが仕組んでたのかは分からない。ただ、保健所としては通報が何件も来た以上、無視できない」

「だから食堂に来たんだ」

「あぁ。店長たちから話を聞いて、食材や営業状況を確認する必要が出た。その対応に人手を取られて、結果的に旧道奥の広場の再調査は延期になった」


 私は黙って話を聞く。

 昨日、萌がひどく取り乱していた。やっと食堂が再開できたのに、また営業できなくなるかもしれない。自分の家のお店が悪いことをしたみたいに思われる。そう言って、いつもの萌からは考えられないくらい弱っていた。


 私たちは萌を励ますことで精いっぱいだった。

 でも、その裏で別のことも起きていたんだ。


「藤嶋さんの話だと、警察としても予定がずれたのは痛かったみたいだ。たぶん苦渋の判断だったんだろうな。食堂への通報を放置するわけにもいかないし、だからって広場の方をどうでもいいと思ってたわけでもない」

「行政や警察には手順があるもの」


 直美が言う。


「私たちみたいに、気になるから今から見に行きましょう、では動けないわ」

「……それをやった高校生が隣にいるけど」


 私が創ちゃんを見る。


「誰だよ。そんな無鉄砲な高校生」

「鏡見て」


 直美にも言われ、創ちゃんが不満そうな顔をする。


「で、俺が気になったのはそこなんだよ」


 創ちゃんは何事もなかったように話を戻した。


「広場の調査が延期になった。その理由は食堂やまもとへの通報が相次いだから。じゃあ、その結果、一番得をするのは誰だ?」

「食堂じゃないよね」

「当然な。店は調査されるし、評判も落ちるかもしれない。山本さんたちにとっては損しかない」

「山田農園も同じね」


 直美が続ける。


「せっかく出荷を再開したのに、取引先の食堂でまた騒ぎが起きた。むしろ迷惑を被る側よ」

「そう。じゃあ誰が得した?」


 創ちゃんが私を見る。

 私も考えてみる。

 食堂じゃない。山田農園でもない。保健所だって仕事が増えただけだ。警察も予定していた調査ができなくなった。


「……広場を調べてほしくない人?」

「そう」


 創ちゃんが頷いた。


「もっと限定するなら、あの広場にあれを埋めるよう指示した人間だ」

「あ……」

「その人間だけは、調査が延期になれば得をする。少なくとも時間ができる」


 時間。その言葉で、ようやく創ちゃんが何を考えたのか分かった気がした。


「もしかして……片づけるため?」

「俺もそう思った」


 創ちゃんの声が少し低くなる。


「広場に何か見つかったら困るものがあるとして、そこへ行政や警察が調査に来る予定だった。でも直前になって延期された。だったら、その間に何をする?」

「証拠隠滅……」


 創ちゃんはあくまで可能性として言った。


「もちろん、何もしない可能性もあった。でも、もし俺が埋めた側で、しかも調査が来るって知ってたなら、この延期はものすごく貴重な時間だと思う。今日来るはずだった人間が来ないんだから、その間に運び出すなり、別の場所に移すなり、見つかりにくくするなりできる」

「だから昨日、急に山田農園へ行ったの?」

「あぁ。証拠を消すなら、たぶんすぐ動く。今日じゃ遅いかもしれないし、明日ならもっと遅い。だから、できるだけ早く確認したかった」


 私は昨日の創ちゃんを思い出す。

 山田農園へ行くと言った時も、何をするのかちゃんと説明してくれなかった。


「……私に何も言わなかったのは?」

「言ったら止めるだろ」

「止めるよ!」

「ほらな」

「『ほらな』じゃないよ!」


 なんで私が悪いみたいになってるの?


「というか、普通に危ないじゃん!」

「だから一人で行ったんだよ」

「その結論がおかしいの!」

「二人なら二人とも危ないだろ」

「そういう算数の問題じゃないから!」


 直美が横で額を押さえている。


「夏樹。今のうちに怒っておきなさい。私も昨日の話を詳しく聞いたら後で怒るから」

「予約制なの?」

「順番は大事よ」

「何の順番だよ……」


 創ちゃんが呆れたように言う。でも、私としては全然笑い事じゃない。


「それに、普通に旧道から行けばよかったんじゃないの?」

「それじゃ駄目なんだよ」

「どうして?」

「向こうが証拠を消そうとしてるなら、当然、人に見られたくないだろ。広場までの道を通行止めにするとか、工事中だとか私有地だとか、理由はいくらでも作れる。俺が正面から行って見つかったら、その時点で追い返される可能性が高い」

「だから農園から山に入った……」

「そういうこと。農園側から山を登って、広場の裏手に回った」

「…………」


 昨日、泥だらけだった理由が完全に分かった。分かりたくなかったけど……。


「それで?実際、何かやってたの?」

「あぁ。作業員がいた。前に見た時より人数も多かったし、かなり慌ただしく動いてた。だから隠れて動画を撮った。たぶん、見る人がみたら何をしてたかわかるんじゃないかな。隠してたのか、動かそうとしてたのか」

「……それで動画を撮ってたの?」

「あと写真もな」

「…………」


 私は創ちゃんの横顔を見る。昨日、藤嶋さんに送っていたデータ。


「昨日、帰りに藤嶋さんの連絡先聞いたよね?」

「あぁ。あの時送ったのがそれ」

「『野暮用の成果』って言ってたやつ?」

「そう」

「全然、野暮用じゃないじゃん!」

「俺にとっては野暮用だよ」

「野暮用の範囲が広すぎるよ!」


 だから藤嶋さんは、昨日の電話で創ちゃんに「ずいぶん無茶をしましたね」なんて言っていたんだ。

 ようやく全部繋がった。


「撮った動画と写真は、その日のうちに藤嶋さんへ送った。俺が持ってても仕方ないし、あの人なら必要なところへ回せると思ったからな」

「それで藤嶋さんは警察に?」

「正確には、編集長にも見せて相談してから、警察に情報提供したみたいだ。今朝聞いた」


 創ちゃんは少しだけ視線を落とした。


「警察は警察で、それ以前から株式会社川村を調べてたらしい。だから俺の動画だけで何かが決まったわけじゃない。車の記録とか、会社の資料とか、聞き取りとか、他にも色々調べてたって藤嶋さんは言ってた」

「それでも、あなたの映像は重要だったんでしょう?」


 直美が言う。


「調査が延期された直後に、現場で作業員たちが慌ただしく動いていた。その時間を記録した映像が残っているんだから」

「まぁ……そうみたいだな」


 創ちゃんの返事は、妙に歯切れが悪かった。今朝テレビの前に立っていた創ちゃんの背中を思い出す。

 昨日、広場の再調査が延期された。

 創ちゃんは、その延期で得をする人間がいると考えた。証拠を消すなら今かもしれないと考えて、誰にも言わず山へ入った。そこで作業の様子を撮影して、藤嶋さんに渡した。その情報は警察にも提供された。


 そして翌朝――。


 株式会社川村の社長が逮捕された。


「……創ちゃん」

「ん?」


 警察はもっと前から株式会社川村について調べていたらしいし、創ちゃんの映像はその中の一つにすぎない。

 それでも。自分のしたことが、人一人の人生を大きく変える出来事に繋がったかもしれない。今朝の創ちゃんが悲しそうに見えた理由が、少しだけ分かった気がした。


「……川村君のことが心配?」

「…………」


 創ちゃんの返事まで、ほんの少し間があった。


「……いや、心配ってほどなんとも思ってない」

「本当に?」

「なんだよ、その疑いの目は」

「だって今、変な間があったもん」

「コンマ何秒の沈黙まで追及されるのか、俺は」

「幼馴染を舐めないでください」

「怖ぇよ」


 創ちゃんは呆れたように言って、それから前を向いた。


「……あのな。これから先、あいつは色々苦労するだろうとは思う。でも、父親がやったことと川村自身は何も関係ないじゃないか」

「それはそうだけど……」


 そう簡単に割り切れるのかな、と私は思った。川村君自身が何もしていなかったとしても、お父さんが逮捕されたという事実は残る。学校で噂になるかもしれない。今まで普通に話していた人から距離を置かれるかもしれない。


 インターネットで会社の名前が広がれば、家族のことまで調べようとする人だっているかもしれないし、株式会社川村そのものがこれからどうなるのかも分からない。

 会社の経営が傾けば、川村君の家の生活だって変わるかもしれない。それに、川村君はサッカーでプロを目指している。

 今回のことが直接関係するわけじゃなくても、本人が練習や試合だけに集中できなくなることくらいは、私にだって想像できた。


「……大変だよね」

「だろうな」


 創ちゃんは否定しなかった。


「でも、『罪を憎んで人を憎まず』だよ」

「え?」

「今回の件だけじゃなくてさ。人のやることには、色んな側面があると俺は思ってる」


 創ちゃんは少し考えてから続けた。


「極端な話、戦争だってそうだろ? 見る側が変われば正義も変わる。片方から見れば自分たちを守るための戦いでも、反対側から見れば自分たちを傷つける敵になる。だからって何をしても許されるって意味じゃないぞ。ただ、人間の行動を『悪いことをした。だからこいつは最初から最後まで悪い人間だ』って一言で片づけるのは違うと思うんだ」


 私は黙って創ちゃんの話を聞く。


「今回、社長が逮捕されたってことは、警察が何かしら法律に違反した疑いがあると判断するだけのものがあったんだろう。でも、その人がどうしてそんなことをしたのかは、また別の話だ」

「……事情があるかもしれない」

「あると思う。正しいかどうかは別としてな」


 創ちゃんはそこで一度、言葉を切った。


「これだけ手の込んだことをするんだ。少なくとも、面白半分で山に建設汚泥を埋めました、なんて愉快犯じゃないだろ。何か事情があって、その結果としてやった可能性の方が高い」

「例えば、さっき言ってたお金のこと?」

「あぁ。株式会社川村は資金繰りに苦しんでた可能性がある。処理会社が倒産して、廃棄物の処理費用まで増えた。それでも工事は止められない。だから処理費用を浮かせるために不法投棄を選んだ……っていう筋書きなら、一応は成立する」

「ただし、それも今の段階では推測ね」


 直美が静かに付け加えた。


「会社の経営が苦しかったから不法投棄をした、と警察が発表したわけじゃないもの」

「そういうこと」


 創ちゃんが頷く。


「それに、仮に資金繰りが理由だったとしても、単純に社長個人が金を惜しんだとも限らないわ」


 今度は直美が話を続ける。


「会社には従業員がいる。株式会社川村くらいの規模なら、その人たちにも家族がいるでしょうし、会社が倒れれば一度に大勢の生活へ影響が出る。もしかしたら社長には、会社を存続させなければならない、従業員の生活を守らなければならない、という意識もあったのかもしれない」


 確かに、私も食堂やまもとでアルバイトをしている。時給という形でお給料をもらっている。店長はお店を占めている間、動画のお手伝いの時の分もちゃんとお給料をくれた。でも、大変だったのかもしれない


「真っ当に見える事情があったのかもしれない。でも、法を犯す免罪符にはならないわね」

「そういうこった。事情があったかもしれない。追い詰められてたのかもしれない。誰かを守ろうとしてた可能性だってある。でも、だから法律を破っていいってことにはならない」


 創ちゃんの声は、いつも通り落ち着いていた。


「実際、山田農園はとんでもない被害を受けた。安全に育ててたはずの作物から有害物質が見つかって、出荷まで止まった。山田園長たちは、自分たちに原因があるかもしれないって疑われた」

「うん……」

「食堂やまもとも同じだ。仕入れが止まって休業して、やっと再開したと思ったら今度は悪評だ。店長も奥さんも大変だったし、山本さんなんて昨日あんな状態だっただろ」

「昨日の後半は、別の意味で大変だったけどね」

「お前、締め落とされそうになってたもんな」

「萌、すっごく力強かった……」

「元気になった証拠ね」


 直美が少し笑う。私もつられて笑った。創ちゃんもほんの少しだけ笑ったけど、その表情はすぐに消えた。


「だから、止める必要はあったんだよ」


 創ちゃんが言う。その言葉だけ、少し重く聞こえた。


「事情があったとしても、誰かに被害が出てるなら止めないといけない。それを調べて、何があったのか明らかにして、必要なら責任を取る。それは必要なことだ」

「……うん」

「俺が昨日撮った映像だって、別に社長を逮捕してほしくて撮ったわけじゃない。あそこで何が行われてるのか確認したかった。それが事件を調べる役に立つならって、藤嶋さんに渡しただけだ」


 淡々とした口調だった。いつもの創ちゃんだった。

 でも、私にはなんとなく分かる。創ちゃんは私たちに説明しているんじゃない。たぶん、自分にも言っている。自分がやったことは必要だった。間違ったことをしたわけじゃない。


 そうやって一つずつ理屈を並べて、自分自身に納得させようとしているように見えた。だから私は、「創ちゃんは悪くないよ」とは言わなかった。たぶん、今の創ちゃんが欲しいのは、そういう言葉じゃない。


「私は、それでよかったと思うよ」

「……何が?」

「だって、何もしなかったら、もっと被害が出てたかもしれないんでしょ? 創ちゃんが色々頑張ったこと自体は間違ってないと思う」

「……そうか」

「山に一人で行ったことは怒ってるけど」

「そこは別件なのかよ」

「別件です」


 そこは絶対に一緒にしてはいけない。


「私も夏樹と同意見ね」


 直美が言った。


「あなたが提供した情報が捜査の役に立ったのなら、それは必要なことだったと思う。ただ、逮捕された人や、その家族の人生まで背負う必要はないわ」

「背負ってねぇよ」

「そう」


 直美はそれ以上言わなかった。創ちゃんも何も言わない。少しだけ沈黙が続いた。でも、さっきみたいな嫌な沈黙ではなかった。


「……まぁ。ここから先は、専門家たちの役割だな」

「専門家?」

「警察が何を調べて、どんな証拠があるのか。社長が実際に何を指示したのか。山田農園の汚染と建設汚泥が本当に繋がってるのか。法律上どういう責任になるのか。そんなの高校生三人が歩きながら決める話じゃないだろ」

「それはそうね。私たちに分からないことまで想像で決めつけるべきじゃないわ。捜査は警察、汚染原因は行政や専門家。必要なら裁判で判断されることになるでしょうし」

「そういうこと」


 創ちゃんはいつもの調子で言った。


「俺たちが勝手に判決まで出したら、警察も裁判所も失業する」

「規模が大きいよ」

「日本の司法制度を揺るがす高校生三人組だな」

「朝の通学中に国家機関と張り合わないで」


 直美が呆れたようにため息をつく。創ちゃんは少し笑っていた。私はその横顔を見ながら歩く。

 きっと、まだ全部を納得できたわけじゃない。

 それでもいいと思う。今すぐ答えを出さなくてもいいし、私たちだけで全部を背負う必要もない。

 分からないことは、これから専門家の人たちが調べてくれる。

 だから今は、私たちに分かっていることだけを受け止めればいい。


 私はそう思いながら、創ちゃんの隣を歩き続けた。

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