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君の隣で僕は考える ~本を読めば大抵のことは分かる。平穏の手に入れ方以外は~  作者: マリセリソウ


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第78話 ちょっとそこまで

 放課後。俺は悩んでいたことを行動に移すことにした。

 ちなみに、『悩む』と『迷う』は似ているようで違う。迷うとは、複数の選択肢を前にして、どれを選ぶべきか決められない状態だ。一方、悩むとは、問題そのものについて考え続け、答えや解決策を見つけようとする状態を指す。

 つまり俺は、何をするか迷っていたわけではない。どうすればいいかを悩んでいたのだ。

 ……と、誰に説明するでもなく脳内で整理する。我ながら面倒くさい頭をしている。


「夏樹」

「ん?」


 帰り支度をしていた夏樹が振り返った。


「山本さんが心配だから、食堂まで送ってやってくれないか?」

「うん。そのつもりだよ。その後、直美を家まで送っていくつもりにしてる」


 夏樹は当然のように頷いた。


「そうしてくれ。柴田さんも、まだ一人にするわけにはいかないからな」


 以前、柴田さんは暴漢に襲われそうになった。それ以来、登下校では可能な限り一人にならないよう、夏樹や山本さんと行動してもらっている。もちろん四六時中というわけにはいかない。だが、避けられる危険なら避けた方がいい。


「そうなると、私は直美の家から一人になるんだけど?」

「ま、そうだな」

「一人になるんだけど?」

「…………」


 なぜ二回言った。

 夏樹がじっと俺を見る。

 仕方ない。


「分かったよ。山本さんと一緒に柴田さんを送ったら、食堂で待たせてもらってくれ」

「うふふ。遅くなりそう?」

「いや、そんなに遅くはならないと思う」

「そっかぁ」


 夏樹の周囲に、目には見えない何かがぽわぽわと浮かんでいる気がする。なんでそんなに嬉しそうなんだ。

 まあいい。

 今の山本さんは精神的にかなり参っている。仲のいい二人には、できるだけ傍にいてもらった方がいいだろう。勝手に食堂で待たせてもらうことになるが、店長も嫌とは言わないはずだ。

 たぶん。


「何? その新婚みたいな会話」

「うえぇ!? し、しんこ――」


 柴田さんの一言で、夏樹が壊れた。

 新婚なわけあるか。そもそもお前、最近ほとんど毎日うちにいるだろ。今さら新鮮味なんて――。

 いや、待て。俺と一緒にいることと、夏樹が将来結婚する相手との新婚生活は別か。なら、新婚の新鮮味はちゃんと残っている。


「見当違いな想像をしているところ申し訳ないけど」


 柴田さんが冷たい目で俺を見る。なぜ見当違いだと言い切れる?


「どこに行くつもりなの? まさか、女のところ?」

「そんなわけ……」


 俺は少し考えた。ここは乗っておくか。


「いや、そうだよ。俺って結構モテるから」

「冗談は顔だけにした方がいいわ」

「…………」


 俺のなけなしのプライドが一周して帰ってきた。しかも瀕死だった。


「ぶぅぅぅぅぅっ……」

「ん?」


 今度は妙な音が聞こえた。

 夏樹だ。頬を思い切り膨らませている。


「なんでこいつは膨らんでるんだ?」

「さぁ? 朴念仁には、一生かけても分からないんじゃない?」


 柴田さんが肩をすくめる。


「はぁ??」


 意味が分からん。

 柴田さんに解説を求めて視線を送る。無視された。

 仕方なく夏樹と向き合う。


「何でむくれてるんだ?」

「……どこの女の人よ」

「……あのな」


 思わずため息が出た。


「真に受けんなよ。俺がそんなにモテないことは、お前が一番分かってるだろ……」


 言わせんじゃねぇよ。自分で自分の非モテを証明するほど空しい作業も珍しい。


「……そんなことないもん」

「ん?」

「創ちゃんのこと、いいって言ってる子……いるし……ぶつぶつ……」


 何か言っている。聞き取れん。

 まあいい。

 これは俺が処理すべき案件ではないと判断した。専門家に任せよう。


「柴田さん」

「何よ」

「なんか分からんけど、夏樹のことと、山本さんのことよろしくな?」


 柴田さんに丸投げする。


「……刺されればいいわ」

「え?」


 とんでもない言葉が返ってきた。俺、これから何か犯罪でも犯す予定だったか?

 柴田さんはそれ以上説明する気がないらしい。夏樹はまだ頬を膨らませている。二人の視線を受けながら、俺は引きつった笑みを浮かべた。


「……じゃ、行ってくる」


 なんとなく身の危険を感じた俺は、鞄を持って教室を出た。廊下へ出ても、背中に妙な圧力を感じる。女心というものは、相変わらずよく分からん。

 教室を出て廊下を見渡すと、山田はすぐに見つかった。やはり、とんでもなく背が高い。人混みの中でも頭一つ抜けているので、こういう時は非常に便利だ。


「おーい! 山田!」

「ん?」


 山田が振り返る。


「これからお前んとこの農園に行きたいんだけど、構わないか?」

「えっ!? どうしたんだい、突然」

「いや、ちょっと調べてみたいことがあるんだよ」

「調べて? 何を調べるんだい?」

「それは行ってからのお楽しみってやつだよ。構わないか?」

「あぁ、もちろん」


 山田は頷いたものの、少し考えるような顔をした。


「でも、さっき父さんから言われたこともあるし、山本さんのことも心配なんだ」

「確かに……。夏樹と柴田さんには頼んであるが……声かけてくるか?」


 俺も教室の方を見る。


「そうしようかな。下駄箱のところで待ってようと思ってたんだけど、ちょっと待っててくれる?」

「おう」


 山田は教室へ戻っていった。俺は廊下の窓側の壁にもたれ、そのまま待つ。すると教室の扉から、ひょこっと顔が出てきた。

 夏樹だった。


「女の人のところじゃないじゃない!!」

「は?」

「創ちゃんのばーか!!」


 言うだけ言って、顔が引っ込んだ。


「…………」


 なんだったんだ。嘘だと分かったなら、普通は安心するところじゃないのか。なぜ俺は罵倒された?

 しばらくして山田が教室から出てきた。俺のところまで歩いてくる間、ずっと苦笑している。


「……何だよ」

「いや。相変わらず仲がいいなと思って」

「今のやり取りのどこに仲の良さがあった?」


 俺は一方的に馬鹿と言われただけだぞ。


「山本さんはまだふさぎ込んでるけど、僕より仲良しの二人と一緒の方が安心だと思う」

「そうか」

「じゃあ、行こうか。一旦家に帰るのかい?」

「いや、急いだ方がいいと思ってる。直接向かうつもりだ」

「そう。じゃあ行こうか」


 俺たちはそのまま学校を出た。校門を抜け、山田農園へ向かう。


「山神とこうやって一緒に帰るの、初めてだね」

「そうだな。俺は基本、一人でいることが多いからな」

「最近はそうでもないんじゃない?」


 山田が穏やかに笑う。


「広瀬さんたちと一緒にいることが多いじゃないか」

「……そうなんだよ」


 俺としては非常に不可解な現象である。


「何であいつら、俺に絡みに来るんだろうな」

「彼女たちの気持ちは分からなくはないよ」

「何が?」

「山神はとっつきにくいけど、話してみると穏やかだし、知識も豊富で面白いから」

「そんなことねぇだろ……」

「あるよ」


 山田はあっさり言った。


「だって、食堂やまもとを立て直しちゃったし、うちも本当に助けられたし」

「それとこれとは関係ねぇだろうが」


 俺は少しだけ歩調を速めた。


「それに俺は、ちょっと口を出しただけだよ。乗り切ったのは、紛れもなく本気で働いてる人たちだ」

「それはそうかもしれないな」


 山田は否定しなかった。


「でも、みんな山神には感謝してるんだよ」

「…………」


 そう真正面から言われると困る。こういう時に返す言葉を、俺はあまり持っていない。

 初夏の風が道路脇の草木を揺らした。日差しには、もう夏の気配が混じっている。俺と山田は並んで、農園へ続く道を歩いていった。


「山本さん、大丈夫かな?」


 山田が前を向いたまま呟いた。


「……大丈夫じゃないと困るんだよ」

「困る?」

「そう。じゃないと食堂やまもとは、本来の力を発揮できない」

「そうだね。彼女、いつも元気いっぱいで、看板娘って感じがよく似合ってると思うよ」

「だろ?」


 山本さんの明るさは、食堂にとって重要な要素だ。


「実際、山本さんのファンもたくさんいる。早く元気になってもらわないと、その人たちも心配するじゃないか」

「うん」

「そうすると、いつもの活気がなくなる。客も気を使いながら飯を食うことになるだろ?」

「うんうん」

「そんな食堂には誰も行きたくない。客足が遠のけば経営不振になる。最悪の場合、俺のバイト代が減る可能性だってある」

「…………」

「だから、山本さんには早急に復活してもらわないと困るんだよ」

「はははっ!」


 なぜ笑う。俺は事実を順序立てて説明しただけだぞ。


「山神って、本当に面白いね」

「どこがだよ」

「素直に山本さんに元気になってほしいって言えばいいじゃん」

「…………」

「じゃないと、広瀬さんも安心できないしね?」

「……ふん。俺のために早く復活してほしいだけだよ」

「素直じゃないなぁ~」


 何を言っている。俺の給与所得に関わる重大な問題だ。

 そんな話をしているうちに、山田農園が見えてきた。相変わらず広い。見渡す限り畑が続いているのに、作業している人は数人しか見当たらない。

 よくこの人数で維持できるな。


「今は機械が充実しているからね」

「……ん?」


 山田が農園を見ながら言った。


「結構高いみたいだけど、ないと仕事にならないしね。何より、長く農業を続けるためには必要なものだって父さんが言ってたよ」

「…………」


 俺、今何か言ったか?言ってないよな。


「山田」

「何?」

「最近、読心術でも習い始めた?」

「え?」


 山田が不思議そうに俺を見る。柴田さんだけならまだしも、いよいよ山田にまで表情を読まれるようになってきた。これはまずい。

 ポーカーフェイス山神。

 その名を本気で襲名するため、表情筋を鍛える必要があるかもしれない。そんなことを真剣に考えながら、俺は山田農園へ足を踏み入れた。



「とーさーん! ただいまー!!」


 山田農園に到着するなり、山田が遠くに向かって大声を張り上げた。


「…………」


 びっくりした。お前、そんなでかい声出せたの?

 普段の山田は、穏やかな口調で静かに喋る。俺の中では、森の奥で小鳥や妖精と会話していても違和感がない男だ。それが今や、「とーさーん!」である。

 妖精が逃げるぞ。


 山田が大きく手を振ると、畑の向こうにいる人影もこちらへ手を振り返した。遠すぎて俺には顔まで見えない。視力検査なら、存在していることしか分からない距離だ。おそらく山田園長だろう。

 俺はとりあえず、その人影に向かって頭を下げた。向こうから見えているのかは知らん。


「調べ物をするんだろ? 書斎に行く?」


 山田が鞄を持ち直しながら聞いてきた。


「いや、異常が出ていた農地に行きたいんだ。案内を頼めるか?」

「あそこに?」


 山田が少し意外そうな顔をする。


「いいけど、その格好で行くのかい? 汚れるかもしれないよ?」


 俺は自分の制服を見下ろした。


「大丈夫だ。洗濯すればいい」

「そういう問題かな……」

「服は洗うためにある」

「着るためじゃない?」


 なるほど。言われてみればそうだった。


「じゃ、僕は長靴だけ履いてくるよ。山神も履くかい?」

「いや、俺はこのままでいい」

「え?」

「たぶん、長靴じゃできないことだから」


 山田の動きが止まった。


「何をするつもりだい?」

「ちょっとな……」


 俺はそれだけ答えて、農園の奥へ視線を向けた。

 初夏の日差しを受けた畑は青々としていて、風が吹くたびに葉が一斉に揺れる。一見すれば、どこに異常があったのかなんて分からない。だからこそ、実際に自分の足で確かめたかった。


「……山神」

「なんだ?」

「なんだか嫌な予感がするんだけど」

「奇遇だな。俺も今から靴が汚れる予感がしてる」

「そういう意味じゃないよ」


 山田が困ったように笑った。


「まあいいや。長靴取ってくるから待ってて」

「おう」


 山田が家の方へ向かう。俺はその背中を見送り、もう一度畑へ目を向けた。

 さて。俺の考えていることが正しいなら、確認する方法は一つだ。


 山田に案内され、俺は異常が確認された農地までやってきた。思っていた以上に広い。原因がまだ特定されていないため、今は使用されておらず、周囲の畑と比べると妙に静かだった。だが、俺が見たいのは農地そのものではない。

 俺は顔を上げた。視線の先には、農地の上へ広がる山がある。


「じゃ、ちょっくら行ってくるわ」

「え?」

「たぶん一時間くらいで到着すると思うから、今からだと十七時か十七時半頃には戻れると思う」

「は?」


 山田が珍しく間の抜けた声を出した。


「何を言ってるんだい?」


 説明するより行動した方が早い。俺は農地の端から、そのまま山へ足を踏み入れた。


「ちょっと! そんな格好じゃ危ないよ!」

「大丈夫だって。目的地まで俺の予想じゃ、そんなに遠くないんだ」

「どこに行くつもりだい?」

「う~ん」


 振り返って考える。


「ちょっとそこまで」

「山で使う言葉じゃないよ、それ!」

「じゃ、そういうことで」

「山神!」


 背後から心配そうな声が飛んできたが、そのまま山を登る。幸い、傾斜はそれほど急ではない。運動靴でも十分に登れる程度だ。

 問題は道がないことだった。地面には枯れ葉や細い枝が積もり、踏むたびに乾いた音が鳴る。場所によっては土が柔らかく、足を置く前に沈まないか確かめる必要もあった。


 木々の間から差し込む初夏の日差しが、地面にまだらな模様を作っている。農園にいた時より空気はひんやりしていた。鳥の声も聞こえる。風が吹けば頭上の葉がざわざわと揺れ、時折、小さな虫が俺の目の前を横切った。


「うおっ……」


 顔の前に蜘蛛の巣。

 危ない。山で最初に俺を迎撃してきたのは蜘蛛だった。


「お邪魔してます……」


 誰に言うでもなく謝って迂回する。さすがに舗装路を走るのとは勝手が違う。一歩ずつ足場を確認し、枝を避け、ときには木の幹に手を添えながら進んでいく。

 制服で来る場所ではない。それだけは認めよう。


 山の中をさらに進む。傾斜そのものは大したことがないが、道がないというのは想像以上に面倒だった。落ち葉の下に石が隠れていたり、細い枝が足首に絡んできたりする。


「山って、地味に性格悪いな……」


 油断したところを狙ってくる。

 俺はスマホの地図アプリを開き、現在地を確認した。当然ながら『こちらの獣道を右です』なんて親切な案内はない。方角と位置関係だけを頼りに進む。時折立ち止まり、周囲を確認する。枝をくぐり、木の根をまたぎ、滑りそうな斜面では木の幹を掴む。そして十分ほど進んだところで、木々の向こうに人工物が見えた。


「……あった」


 目的地は、旧道奥の広場。以前、柴田さんと一緒に来た場所だ。旧道側から近づけば、誰かに見られる可能性がある。だから今回は、山田農園側から山を登ってきた。我ながら面倒なことをしている。


 木の陰から様子を窺う。広場を囲うフェンスは、こちら側にも続いていた。その上には有刺鉄線まで張られている。


「相変わらず厳重だな……」


 中に入るなという強い意志を感じる。

 俺だって入りたくない。痛そうだし。

 少し位置を変え、フェンス越しに広場の中を見る。


「……ん?」


 以前来た時とは様子が違う。作業している人間が明らかに増えていた。しかも、ただ作業しているという感じじゃない。遠目からでも分かるほど、人の動きが慌ただしい。

 俺はしばらくその様子を眺めた。


「……やっぱりな」


 小さく呟く。

 スマホを取り出し、カメラを動画撮影に切り替えた。ここまで制服を汚して山を登ってきたんだ。

 蜘蛛にも頭を下げた。

 手ぶらで帰るわけにはいかない。


 俺はできるだけ姿勢を低くし、木々に身を隠した。そしてフェンスの向こうで行われている作業が分かるように、しばらく無言で撮影を続けた。

 しばらく撮影を続けたところで、俺は録画を止めた。これだけあれば十分だろう。


「さて、藤嶋さんに……」


 スマホを操作して、手が止まる。


「…………」


 連絡先がない。


「しまった……。なんだって俺のスマホには、必要な人の連絡先が入ってないんだ……」


 以前も似たようなことで困った気がする。


 学習しろ、俺。

 仕方なくスマホをポケットにしまい、来た道を戻ろうとした。その時だった。旧道側から一台の車が入ってきた。


「……ん?」


 黒い高級外車。土と重機と作業員しかいない場所には、恐ろしく似合わない。

 俺は反射的に木陰へ身を隠した。風向きが変わり、鼻につく独特な臭いが漂ってくる。以前来た時にも感じた臭いだ。建設汚泥と思われる、あの臭い。


 黒い車が止まる。俺は再びスマホを取り出し、カメラを起動した。やがてドアが開き、乗っていた人物が降りてくる。

 会話までは聞こえない。

 とりあえず撮影。さらにズーム。


「……画質が死んでるな」


 辛うじて人だと判別できる程度だった。さすがにスマホに望遠鏡の仕事まで求めるのは酷か。

 写真を保存し、スマホをしまう。これ以上ここにいても、得られるものはなさそうだ。

 そろそろ戻ろう。

 そう思って一歩下がった瞬間――。


 ぐっ。


 靴が木の根に引っかかった。


「っ!!」


 派手に転んだ。声だけは何とか飲み込んだが、落ち葉と枝がガサッと盛大な音を立てる。

 いや、俺よりこいつらの方がうるさい。

 慌てて広場を見る。作業員が数人、こちらを見ていた。


「…………」


 目が合ったか?

 いや、この距離なら分からない。分からないことにしよう。


 俺はすぐに身を起こし、来た道へ引き返した。登る時は慎重に一歩ずつ。帰りは駆け足。だが、ここは道ですらない。


「うおっ……危なっ!」


 落ち葉で滑る。

 枝が顔に迫る。

 木の根が第二波を仕掛けてくる。


 登りより下りの方が圧倒的に怖い。しかも今は、後ろを確認する余裕もない。

 見つからないよう山を駆け下りる。これはもう下山じゃない。命懸けの障害物競走だった。




 どうにか山を下り、山田農園の敷地まで戻ってきた。制服には土がつき、髪には葉っぱまでついている。我ながら放課後の高校生とは思えない仕上がりだ。


「あ! 山神! 大丈夫だったか?」

「山神君! 心配したよ! 大丈夫だったかい?」


 声の方を見ると、山田と山田園長が待っていた。


「……あ、はい」


 二人が同時に俺へ近づいてくる。そして左右から挟むようにして、俺の安否を確認し始めた。


「怪我は?」

「どこか痛めてないかい?」

「大丈夫です。心配かけました」


 長身の親子に挟まれる俺。なんだろう、この構図。

 ……捕まった宇宙人だな。

 左右の地球人に連行される、小柄な宇宙人。

 俺は何を考えているんだ。


「本当に大丈夫ですから」


 両手を軽く広げ、五体満足であることをアピールする。山田園長はまだ心配そうだった。


「それで、山に登って何をしていたんだい?」

「ちょっと気になることがあったんで、調べ物をしてたんですよ」

「その調べ物が何なのか、教えてくれないのかい?」

「いえ、大したことじゃないんで。心配ないですよ」

「…………」


 二人が揃って俺を見る。

 親子だな。疑う時の顔までよく似ている。


「山神君がすることだから、意味がないってことはないんだろうけど……無茶してないだろうね?」

「大丈夫ですよ」


 俺は笑って答えた。


「ああ、そうですね。一つだけお願いが」

「お願い?」

「もし誰かが訪ねてきたら、変な奴が来ただけで、その目的は分からなかったって言ってくれれば大丈夫です」

「…………」


 山田園長が黙った。

 山田も黙った。

 なんでだ。


「山神」

「何だ?」

「それ、大丈夫な人の説明じゃないと思うよ」

「気のせいだ」

「そうかなぁ……」


 山田が困ったように父親を見る。山田園長も何か言いたそうに俺を見ていた。俺は最高に爽やかな笑顔を作っておく。


「大丈夫です」

「……まあ、山神君だからねぇ」


 どういう意味ですか。


「たまに突拍子もないことを思いつくからなぁ」


 否定したい。だが、二人ともそれ以上は追及してこなかった。納得されたというより、考えることを諦められた気がする。

 俺は制服についた土を軽く払いながら、何事もなかったような顔をしてみせた。


「今日はありがとうございました」


 山田園長と山田に頭を下げ、俺は農園をあとにした。


「気をつけて帰るんだよ!」

「山神、本当に無茶しないでね!」

「大丈夫だって!」


 最後まで心配された。そんなに信用がないだろうか。


 俺は一人、食堂やまもとへ向かう。時刻は夕方。昼間の暑さは少し和らぎ、吹き抜ける風には夏の匂いが混じっていた。田んぼでは水面が夕日を反射し、遠くから蛙の声が聞こえる。まだ蝉の大合唱には早いが、草むらからは小さな虫の声が響いていた。


 制服で山を駆け下りたせいか、いつもの通学路が文明社会に見える。


 道がある。

 素晴らしい。

 木の根も襲ってこない。


 あとは食堂へ行き、夏樹と一緒に家帰る。少し赤みを帯び始めた空の下、俺は食堂やまもとへ向かって歩いていった。

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