第66話 営業再開前夜。何気ない今日は静かに流れて
昼休みが終わる少し前。屋上で読書を終えた俺は教室へ戻った。教室へ入ると、柴田さんと山本さんが一つのスマホを覗き込みながら何やら話し込んでいる。珍しく二人とも真剣な表情だ。
「あ! 山神君! ちょうどいいところに戻ってきました!」
山本さんが俺に気付き、大きく手を振る。
「由香姉の記事がニュースサイトにアップされているの」
柴田さんがそう言ってスマホを持ち上げる。
「もう載ったのか」
「えぇ。思った以上に早かったわ」
俺も自分のスマホを取り出し、ニュースサイトを開く。トップページの社会欄。そこには大きく、
『都市開発で発生する産業廃棄物、その行方は――処理能力不足の実態を追う』
という見出しが掲載されていた。
記事には企業名こそ伏せられているものの、俺たちの街で現在進められている都市開発事業を指していることは明らかだった。記事によると、都市開発を請け負う企業は当初、産業廃棄物処理を専門業者へ一括委託する予定だったという。
しかし、その委託先企業が昨年経営破綻。新たな処理業者へ委託を切り替えたものの、記者が複数の産業廃棄物処理事業者へ聞き込みを行った結果、現在契約している数社だけでは処理能力が到底足りないという証言が得られた、と書かれていた。
さらに、大学で廃棄物工学を専門とする教授への取材も掲載されている。
『一般的な都市開発では、建物の基礎工事だけでも数千立方メートル規模の建設汚泥が発生することは珍しくありません。仮に一万平方メートルを超える造成工事であれば、数百台から千台規模のダンプ輸送になる可能性もあります』
『その量を限られた数社だけで処理するには相当な期間が必要であり、一時保管施設や代替処理先の確保が不可欠でしょう』
そんなコメントが紹介されていた。
記事はさらに続く。現地調査の結果、問題となっている企業の管理地内には、大量の建設汚泥を一時保管できる施設は確認されていない。行政資料や公開情報を調査しても、大規模な保管施設の存在は確認できなかった。では、工事で発生した建設汚泥は現在どこで保管・処理されているのか。
記者は企業へ複数回問い合わせを行ったものの、
『適切に処理しております』
という回答のみで、具体的な保管場所や委託先についての説明は得られなかった――。
最後はそう締めくくられていた。
直接的な表現は一切ない。それでも、読む人が読めば十分に違和感を抱く内容だった。
「凄いな……。やっぱりプロは違うな」
思わずそう呟く。
「そうね。高校生の私たちが調べるより、よっぽど詳細だわ。プロには勝てないわね」
柴田さんも感心したように頷いている。
「勝とうと思っていたのか?」
「そんなことないわ。でも、将来は由香姉みたいなジャーナリストになりたいっていう気持ちは強くなったわね」
柴田さんらしい答えだった。情報を集め、事実を積み上げ、社会へ伝える。ああいう仕事に憧れるのも分かる。
「あれ? みんな集まって何してるの?」
後ろから聞き慣れた声がした。振り返ると夏樹が笑顔で立っている。
……普通だな。ついさっき屋上で川村に告白されて、きっぱり断っていたはずなんだが。表情を見る限り、普段と変わらない。
「由香姉の記事がニュースサイトにアップされていたのよ。それをみんなで見てたの。夏樹も見る?」
「見たい見たい!」
夏樹は柴田さんの隣へ行き、スマホを覗き込む。
「へぇ……凄い。ちゃんと記事になってる」
嬉しそうに読み進めている。俺はその横顔から柴田さんへ視線を移した。柴田さんは記事ではなく、夏樹の様子を見ている。どこか心配そうな顔だった。
……やっぱり知ってるのか。
「それで? 夏樹。川村との話は無事に終わったの?」
「あ……うん。はっきり断ったよ」
返事をする前に、なぜか一瞬だけこっちを見る。
何だ?俺に確認でも取ったのか?
「そう。でも、あいつと二人きりになるなんて危ないから、今後はやめてほしいわ」
柴田さんは真剣な口調で言う。以前、川村から「余計なことを調べるな」と忠告された件を思い出しているんだろう。
「でも、学校だし、しかもお昼だよ? そんなに心配しなくても大丈夫だよ。それに、『屋上』だったし」
「なるほど。高いところが好きなどっかの誰かさんがいる可能性が高いわね」
「うん。どっかの誰かさんが屋上に向かってるのは知ってたから」
……ああ、そういうことか。つまり、夏樹は俺が屋上にいることを知った上で来ていたんだな。川村は完全に二人きりだと思っていたみたいだが。
「どっかの誰かさんって誰ですか?」
山本さんが首を傾げる。
「目の前にいるじゃない」
「え? 山神君ですか?」
「創ちゃんがお昼休みに教室にいない時は、屋上の高架水槽の上にいるんだよ」
「そうだったんですか? 知りませんでした」
「知る必要のない情報だもの。知らなくて当然よ」
「じゃあ、山神君は川村君と夏樹ちゃんが話していたのを聞いていたんですか?」
「たぶん、聞いていたんだろうけど…」
「十中八九、興味ないから覚えてもないでしょうね。ほんと、何とかと煙は高いところが好きよね」
「言いたい放題だな……」
実際、その通りだから何も言い返しようがない。それに、別に高いところが好きなわけじゃない。静かで風通しが良くて、本が読めるからそこにいるだけだ。
……まあ、高いところなのは否定できないけど。
放課後。校門を出る頃には、西日に染まった街並みがゆっくりと夕暮れの色へ変わり始めていた。昼間の暑さも少しだけ和らぎ、吹き抜ける風が制服の裾を揺らしていく。
今日は明日から食堂やまもとが営業を再開する準備の日だ。店長から「明日から忙しくなるだろうから、今日はゆっくり休んでほしい」と言われているので、俺と夏樹は柴田さんを家まで送り、そのまま帰宅することになっていた。
柴田さんが何者かに襲われそうになって以来、できるだけ誰かと一緒に行動するようになっている。とはいえ、山本さんだけは例外だった。
「それでは皆さん! 私はお店のお手伝いがありますので失礼します!」
そう元気よく頭を下げた次の瞬間。
「お疲れさまでしたぁぁぁぁーー!!」
ビューン、と擬音が付きそうな勢いで走り去っていく。
「……速いな」
「萌は相変わらずね」
「毎日あれだけ走って疲れないのかしら…」
三人で見送っている間にも、山本さんは角を二つ曲がり、もう姿が見えなくなっていた。
「あれだけ元気なら、世界陸上でも目指せそうだな」
「創ちゃん、それ本人に言ったら本気で目指し始めそうだからやめてあげて?」
「確かに、萌なら『頑張りますです!』って言いそうね」
三人で苦笑しながら歩き始める。夕日に照らされた住宅街はどこか穏やかで、犬の散歩をする人や買い物帰りのおばさんたちと何度もすれ違う。こんな何気ない景色を見ると、ここ数日の騒動が嘘みたいに思えてくる。すると柴田さんがスマホを取り出した。
「そうそう。由香姉から連絡があったわ」
「何か進展があったのか?」
「株式会社川村は相変わらず取材にはほとんど応じてくれないみたい。でも、産廃業者や同業の建設会社の何社かは話を聞かせてくれたそうよ」
「へぇ」
俺は歩く速度を少しだけ落とし、続きを促す。
「内容としては、株式会社川村の下請けだからか悪い話はほとんど出てこなかったそうよ」
「まぁ、そうだろうな」
「でも、どの会社も何となく違和感は感じているみたい。『最近何かがおかしい』とは思っているけれど、それ以上は分からないって」
「なるほど」
「あとね。『株式会社川村との取引がなくなったら、自分たちは生活できない。だから感謝している』っていう話も多かったそうよ」
夕日が道路を長く照らし、三人の影が前へと伸びていく。俺は少し考えてから口を開いた。
「例の、産廃業者に足元を見られて高額請求されたっていう推理は?」
「そこはまだ調べている最中みたい。でも、関係者の話では資金繰りに苦労していた時期があったのは間違いないそうよ。それが、ある時期を境に一気に改善したみたい」
柴田さんはスマホを見ながら答える。
「そこか……」
「創ちゃん、何か気になるの?」
夏樹が首を傾げる。
「いや」
俺は少しだけ空を見上げる。茜色の空には薄い雲が流れ、カラスが二、三羽飛んでいた。
「ここまで話を聞いていて、一つだけ引っ掛かることがある」
「何?」
「SIKIコーポレーションだ」
「「SIKIコーポレーション?」」
二人の声が綺麗に重なる。
「ああ。食堂で藤嶋さんにも聞いただろ? 街づくりのコンサルティング会社だ。この街だけじゃなく、全国の開発事業にも関わっているらしい」
「そうだったわね」
「株式会社川村の経営がそこまで苦しくなっていたなら、普通はコンサル会社が何かしら助言するはずなんだ」
「……確かに」
「それなのに、藤嶋さんの記事にも出てこない。今日の話にも出てこない」
俺は小石を軽く蹴る。
「名前が全然出てこないのが、逆に不自然なんだよ」
夏樹がぽかんとした顔になる。
「創ちゃん、その会社って有名なの?ちゃんとした会社なのかな?SIKIコーポレーションって正直聞いたことないよ」
「いや、大きな会社でも一般の人が名前を知らないなんて珍しくない。物流会社や商社なんて、その典型だ。藤嶋さんも言っていたけど、市町村を相手に企画開発をする企業らしいし、ちゃんとした会社だと思うよ」
「なるほど。それはそうだよね」
「だから会社を知らないこと自体は問題じゃない。ただ、コンサルティング会社っていうのは『事業を成功させるための助言をする会社』だ。もし本当に株式会社川村があれだけ資金繰りに苦しんでいたなら、何かしら動いていてもおかしくない」
「でも、そのコンサルの内容にもよるんじゃない?」
柴田さんが冷静に返す。
「もちろん。だから、あくまで違和感を覚えてるだけだ。証拠も何もない」
「でも、その違和感って今まで結構当たってるのよね」
「それは結果論だ」
「由香姉にはもう一度聞いてみるわ。何か分かるかもしれないし」
「ああ、頼む」
そんな話をしているうちに、柴田さんの家へ到着した。
「それじゃあ、今日もありがとう」
「気にするな」
「また明日ね」
「うん。また明日!」
柴田さんが玄関へ向かうと、家の扉が開き、お母さんが笑顔で顔を出した。
「あら、今日も送ってくれたの? 本当にいつもありがとう」
「いえ、ついでですから」
「そうですよ。帰り道ですし」
俺と夏樹が慌てて頭を下げると、お母さんは優しく笑った。
「それでも助かるわ。直美も心強いと思っているのよ?二人と萌ちゃんにはいつも感謝してるんだから」
その言葉に柴田さんは少し照れくさそうにそっぽを向く。
「お母さん、それ言わなくていいから」
「はいはい」
親子のやり取りに思わず笑ってしまう。こういう何気ない日常が続けばいい。そう思いながら、俺と夏樹は再び夕焼けに染まる帰り道を歩き始めた。
柴田さんを家まで送り届け、俺と夏樹はそのまま自宅へ向かった。
夕焼けは少しずつ茜色から藍色へと変わり始め、街には夕飯の支度をする匂いが漂っている。どこかの家ではカレーでも作っているのか、食欲を刺激する香りが風に乗って流れてきた。
そんな中、夏樹はいつものように俺の家の玄関を開ける。
「ただいまー!」
……いや、お前ん家じゃないんだけどな。俺は苦笑しながら後に続き、玄関へ入る。
「創ちゃん、帰ってきたら何て言うの?」
「へ? ……た、ただいま?」
夏樹は満足そうににっこり笑う。
「おかえり」
何なんだ、この儀式は。まぁ、今さら突っ込むのも野暮だ。いつものことなので、そのまま流すことにした。
「創ちゃん、今日は先にお風呂に入る? それとも何か作業するの?」
「今日は特にないな。夕飯を作るから、夏樹が先に風呂に入ってくれ」
「わかった! じゃ、お風呂沸かしてくるね!」
そう言うと、ぱたぱたと浴室へ走っていった。
……。
同棲?
同居?
いや、どっちでもない。始まって一か月近く経つが、広瀬家のご両親に聞きたい。なぜ、お宅の娘さんは俺の家に当然のような顔で住み着いているのでしょうか。
まぁ、今さら追い返す理由もないんだけどな。
手洗いとうがいを済ませ、冷蔵庫を開ける。今日も山田農園の野菜がぎっしり並んでいる。ありがたい。食材を確認していると、賞味期限が今日までの鶏もも肉を見つけた。
「……五百グラムか」
結構あるな。これは今日中に下味だけでも付けておこう。唐揚げは一晩寝かせた方が味がよく染みる。明日の弁当にも使えるし、食堂やまもとも営業再開だから朝は少しでも楽をしたい。
まず鶏肉を一口大に切り分ける。筋や余分な脂を取り除きながら、包丁を一定のリズムで動かす。ボウルへ移したら、おろし生姜、おろしニンニク、醤油、酒、ごま油を少々。そこへ軽く胡椒を振り、全体を丁寧にもみ込んでいく。
「明日まで寝ててくれ」
ラップをして冷蔵庫へ。これで唐揚げ班は任務完了だ。続いて野菜室を開ける。
「白ネギ、玉ねぎ、椎茸……」
今日は焼き鳥だな。白ネギを三センチほどに切り、椎茸は石づきを落として半分に。鶏肉も食べやすい大きさに切り分け、竹串へ交互に刺していく。肉、ネギ、肉、椎茸、肉、ネギ。見た目のバランスも悪くない。
塩を軽く振ったものと、あとからタレを絡める用を分けて準備する。タレは小鍋に醤油、みりん、酒、砂糖を入れて軽く煮詰めるだけ。難しい料理じゃないが、この香りだけで腹が減る。ちょうどその頃、夏樹が戻ってきた。
「何か手伝えることある?」
「そうだな……冷凍庫にご飯あるか見てくれ。なかったら米を炊いて」
「はーい」
冷凍庫を開け、しばらく中を眺める。
「あ、お米はあるけど二人分はないかなぁ。炊いちゃうね」
「頼む」
慣れた手つきで炊飯器の内釜を取り出し、米を計量する夏樹。最初は水加減も怪しかったのに、最近は普通にできるようになってきた。人間、慣れるもんだな。
「明日から食堂やまもと再開だね」
「おー、そうだな」
「昨日、店長さんたちと話してたんだけど、動画で営業再開を告知したらすごい反響だったんだって」
「マジか」
オーブンの予熱スイッチを押しながら答える。
「明日はかなり忙しくなりそうだな」
「うん。だから直美も手伝いに来るって」
「それは助かる」
人手は一人でも多い方がいい。山本さんと夏樹だけでは、忙しくなった店内を捌くのはさすがに厳しいだろう。
オーブンの予熱が終わるまで少し時間がある。その間にレタス、きゅうり、トマトを切り分け、サラダを作る。
「焼き鳥ってもう焼いちゃっていいの?」
「まだ。もう少しオーブンが温まってからだ。ラップして冷蔵庫へ入れといて」
「はーい」
夏樹は返事をすると、丁寧にラップを掛けて冷蔵庫へしまう。食中毒が怖い季節だ。こういうところは気を遣っておかないとな。すると、浴室から女性の声で、『お風呂が沸きました。』と艶っぽいアナウンスが流れてきた。
「あ、じゃあ私先に入っちゃうね!」
「うぃー」
サラダを盛り付けながら適当に返事をする。夏樹は鼻歌交じりに浴室へ消えていった。 俺は鍋を取り出し、冷蔵庫の豆腐と油揚げを眺める。
汁物……。
なくてもいい。でも、あると献立が締まる。
面倒だな。
いや、でもなぁ……。
しばらく葛藤した末、俺は諦めて鍋に水を張った。
「……結局作るんだよな」
そんな自分に苦笑しながら、出汁を取る準備を始めた。
しばらくすると、浴室の扉が開く音がした。振り返ると、頭にタオルを巻いた夏樹が湯気と一緒にリビングへ入ってくる。
「ふぅ~。さっぱりしたぁ」
頬がほんのり赤くなっていて、風呂上がりということもあって上機嫌だ。俺は冷蔵庫から下味を付けておいた焼き鳥を取り出し、十分に温まったオーブンへ並べていく。タイマーを二十分ほどに合わせ、スイッチを押した。焼き鳥はじっくり火を通した方が美味い。その間に風呂へ入ってしまおう。
「じゃ、俺も入ってくる」
「はーい」
着替えを持って浴室へ向かい、服を脱いでシャワーを浴びる。頭から勢いよくお湯をかぶると、一日の疲れが流れていくような気がした。体を洗っていると、脱衣所の扉が開く音がする。
「創ちゃ~ん!」
「ん?」
「髪乾かしてるから、しばらく出てきちゃ駄目だよ~!」
「うぃ~」
生返事だけ返し、スポンジを動かし続ける。どうせ髪が長いから時間がかかるんだろう。続けて頭を洗おうとシャンプーを手に取る。
……軽い。
「あ」
押しても何も出てこない。昨日、詰め替えようと思って忘れてたんだった。 仕方ない。
「夏樹ー」
「なぁにー?」
ドライヤーの音に負けないよう少し大きめの声を出す。
「シャンプー借りてもいいか?」
「いいよー! 好きに使ってー!」
「助かる」
夏樹のシャンプーを借りて頭を洗う。ふわっと甘い香りが広がった。
……あぁ。夏樹からいつも漂ってくる匂いだ。
当たり前か。同じシャンプーなんだから。妙なことを考えながらコンディショナーまで借りて洗い流す。
改めて浴室を見渡すと、自分一人で暮らしていた頃とは景色がずいぶん変わっていた。ボディソープだけでも何種類あるんだ。シャンプー、コンディショナー、洗顔、ヘアオイルらしきものまで並んでいる。女子って大変なんだな。
俺なんかシャンプーとボディソープがあれば十分なんだけど。
そのまま湯船へ浸かる。肩まで沈めると、思わず息が漏れた。
「はぁ……」
やっぱり湯船はいい。しばらくぼんやり浸かっていると、ドライヤーの音が止まった。
「創ちゃーん! もう出てきていいよー!」
その直後、脱衣所の扉が閉まる音がした。
「まだ出ないぞ」
誰に言うでもなく呟き、もう少しだけ湯船を満喫する。せっかく沸かした風呂なんだから、しっかり温まらないともったいない。
数分後。風呂から上がり、髪を軽く拭きながらリビングへ戻る。するとテーブルにはサラダ、ご飯、味噌汁がきれいに並べられていた。夏樹がせっせと配膳してくれたらしい。
「あと三十秒だよ!」
オーブンのタイマーを指差しながら夏樹が笑う。
「ちゃんと数えてたんだ」
「本当!? 創ちゃん凄い!」
「嘘だよ」
「な~んだ」
ころころと表情を変える夏樹を見て、思わず苦笑してしまう。本人は俺が笑ったことにも気付かず、箸や小皿を並べ続けている。チャカチャカとよく動く。あの働きっぷりを見ていると、食堂やまもとのホールで人気なのも納得だ。運動神経はいいし、返事は元気だし、愛想もいい。誰とでもすぐ仲良くなれる。
そりゃ学校でも人気者になるよな。そんなことを考えていると、『ピーーーッ』とオーブンが焼き上がりを知らせる電子音を鳴らした。扉を開けると、こんがりと焼き色が付いた焼き鳥から香ばしい匂いが立ち上る。
「お、いい感じに焼けてる」
「ほんとだぁ~! おいしそう!」
いつの間にか夏樹が俺の真後ろまで来ていて、肩越しにオーブンの中を覗き込んでいた。
距離、近っ。一瞬だけ驚いたが、本人は焼き鳥しか見ていない。気にしているのは俺だけらしい。
焼き鳥を皿へ盛り付け、そのままテーブルへ運ぶ。二人で向かい合って席に座る。
「「いただきます」」
声を揃えて箸を取る。焼き鳥を一口食べた夏樹が、ぱっと笑顔になった。
「おいしい!」
「それならよかった」
「明日から食堂やまもと再開だね」
「そうだな。たぶん開店から忙しいぞ」
「動画のコメントもすごかったもんね」
「店長と奥さん、ちゃんと休めてるといいけどな」
「うん。でも二人ともすっごく楽しみにしてたよ」
俺も焼き鳥を口へ運ぶ。香ばしい鶏肉と白ネギの甘みがよく合う。明日からまた忙しい日々が始まる。それでも、この食卓でこうして何気ない話をしている時間は、案外悪くないと思えた。




