第65話 君に届かない想い
夏樹たちに追いかけられながら校舎へ向かって全力疾走していると、前方に突然、大きな壁が立ちはだかった。
「山神、おはよう」
「おぉっ! おはよう! 山田」
いや、壁じゃない。山田だった。長身のあいつが真正面に立っているだけで視界がほとんど埋まるんだから反則である。俺は思わず急ブレーキをかけた。当然、後ろを走っていた三人が止まれるはずもない。
「きゃっ!」
「わー!!」
「ちょっと! きゅ、急にとまらn……!!」
「ぐえっっっっ!」
三人まとめて俺の背中へ突っ込み、その衝撃を支えきれず、俺は盛大に前のめりへ倒れた。
さらに、
どさっ。
夏樹。
どさっ。
山本さん。
最後に、
どすっ。
柴田さん。
三段重ねの完成である。
「……重い」
「失礼ね」
「創ちゃんが急に止まるからでしょ!」
「そうですよ! 山神君が悪いです!」
三方向から責められる。納得いかん。
「だ、大丈夫?」
原因の一人である山田は申し訳なさそうに俺たちへ手を差し伸べてきた。
「あ、山田君、おはよう」
「おはようございますです。山田君」
「……おはよう」
「みんな、おはよう。朝から元気だね? 見習わなきゃ」
山田は苦笑いしながら、一人ずつ手を貸して起こしていく。この三大美少女にもぜひこの穏やかさを見習ってほしい。ついでに『おしとやか』を百回書いて提出してもらいたい。
「山本さん、昨日はありがとう。父さんも母さんもとっても喜んでたよ」
柴田さん、山本さん、夏樹の順に起こしながら、昨日の決起集会の話を始める。
「いえいえ! うちの食堂が何とかやれているのは、山田君の家のお野菜のお陰ですから! 少しだけ感謝がお返しできてよかったって、お父さんもお母さんも言ってました」
「そんなことないよ。店長さんのお料理がすごくおいしいのと、奥さんと山本さんの接客の賜物だと思うよ。でも、ありがとう。そう言ってもらえるとこれからも頑張ろうと思えるよ」
「お互い頑張りましょうね!」
「そうだね」
この二人の会話は本当に穏やかだ。誰かを腐すことも、自分を大きく見せることもない。毎日こんな会話だけが学校中で聞こえていたら、世の中はもう少し平和なんじゃないかと思う。
「何か言いたげね?」
「いや、別に~」
心の中でそんなことを考えていると、柴田さんがじっとこちらを見ていた。
また読まれた。こいつ、本当にエスパーなんじゃないだろうか。
「だって、創ちゃんわかりやすいから」
え?俺、今、声に出してないよね?何で夏樹は俺の脳内と普通に会話してるんだ?
「幼馴染だから」
「あなたたちの無言のコミュニケーションは今となっては珍しいものではないわ」
俺たちのやり取りを見て、山田がくすっと笑う。
「山神たちに話があったんだ。少しだけ時間いいかい?」
「大丈夫だよ? どうしたの?」
何で夏樹が代表して返事をするんだ。俺の読書時間がまた削られるじゃないか……。
「今日、保健所が改めてうちの農園に調査に来ることになっているんだ」
「保健所が? でも、お前の表情を見るに悪いことじゃなさそうだな」
「え? あ、うん。この間、山神と柴田さんが調査してくれたことがあっただろ? 山道のなかにある広場の作業場のこと」
「あそこの広場の目的がわかったのかしら?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど、でも産業廃棄物が埋められているかもしれないという話をしたら、改めて調査してくれることになったみたいなんだ」
「おぉ!! 今回こそお野菜たちの異常の原因がわかるかもしれませんね!」
「うん。何もないところから調べる訳じゃないし、色々予想を立てて調べることができるから前回よりも調査はしやすいって父さんも言ってたよ」
確かにその通りだ。原因が何かわからない状態では、土壌、水質、肥料、農薬、気候……と調査対象は際限なく広がってしまう。しかし今回は、「山道の奥に何かが埋められていて、それが地下水を通じて影響しているかもしれない」という仮説がある。
仮説があるだけで調査は一気に進めやすくなる。過去の事例や文献とも照らし合わせられるし、必要な検査項目もある程度絞り込める。もちろん、それで必ず原因が見つかるとは限らない。それでも、何もない暗闇を手探りで歩くよりは、ずっと前へ進めるはずだ。
「保健所がよく俺たちの話を信じてくれたな?」
「藤嶋さんが色々と手を回してくれたみたいなんだ。父さんや母さん、農協の人も協力してくれたみたい。保健所にも結構苦情が届いていたみたいだから、何かヒントが欲しかったのかもしれない」
「由香姉も色々頑張ってくれているのね」
「そうだね。今日も朝からうちの取材に来てたよ。今、農作業を見てもらってるところじゃないかな」
「へぇ……。朝早くから大変ですね?」
「きっと、本人は楽しんでやっているだろうから大丈夫なんじゃないかしら? 真相を突き止めることができたときにしか味わえない達成感があるって前に言っていたことがあるわ」
「何だかドラマに出てくる主人公みたいです」
山本さんが目を輝かせる。相変わらず小動物感がすごい。チワワが「刑事ドラマかっこいい!」と言っているようにしか見えない。
「自ずと原因ははっきりしそうだな。俺たちも調査が上手くいくことを願っているよ」
「ありがとう。何が原因だったとしても、安全に野菜やお米を食卓に届けられるようにこれからも努力し続けるよ」
「おぉ!! 山田君がなんだか格好いいです! 農園の園長さんみたいに見えます!」
「そ、そんなことないよ。言い過ぎだよ」
照れ笑いを浮かべる山田。長身の山田と、ちんまりした山本さんが並ぶと、本当に年の離れた兄妹みたいに見える。どう見ても同い年には見えない。
……いや、山本さんが幼く見えすぎるだけか。
そんな他愛もない話をしながら、俺たちは昇降口へ向かった。朝から全力疾走して、押し倒されて、読書時間まで削られた。散々なスタートだったが――山田の話を聞けたことだけは、今日一番の収穫だったのかもしれない。
朝から色々なことがあったが、今はいつも通り授業を受けている。読書時間が短くなってしまったこと以外は、代わり映えしない日常と言っていい。今受けているのは古文と漢文の授業だ。この授業は、正直言ってそこまで苦手ではない。
現代文は読解力や語彙力が求められるので、その場その場で考える必要があるが、古文や漢文は少し性質が違う。古文はまず古語を覚えること。
「あはれ」「をかし」なんて代表的な単語はもちろん、「いみじ」「なまめかし」なんかも頻出だ。さらに助動詞の活用と意味、敬語の方向さえ押さえてしまえば、文章の大筋はかなり読めるようになる。
漢文も似たようなものだ。返り点や送り仮名のルールを覚え、再読文字や重要句形――「不」「未」「将」「所以」あたりを頭に入れておけば、大きく点を落とすことはない。
そして何より、この学校の古文・漢文担当の先生は優しい。過去問を分析すると、毎年似たような句形や文法事項を少し形を変えて出題してくる。だから授業プリントを何周かして、過去問を解いておけば試験では八割以上は安定して取れる。
覚えるべきところを覚えてしまえばいい教科だ。逆に言えば、それすらやらない人は点が取れない。先生も「暗記科目ではありません」と毎回言っているが、いや、八割くらい暗記だと思う。俺は授業を聞き流しながら、朝に山田から聞いた話を頭の中で整理していた。
山田農園の作物異常を引き起こした原因。これは、おそらく予想通りで間違いない。藤嶋さんが地質学者にも意見を聞くと言っていた。専門家の見解が加われば、それなりの根拠も提示できるはずだ。
あの山道の奥の広場。あそこに埋められていたもの。俺は建設汚泥でほぼ間違いないと思っている。
実際に見た形状。独特の臭い。周囲の状況。建設現場で発生する汚泥と考えれば、不自然な点がほとんどない。もちろん最後は成分分析をしなければ断定はできない。推理と証拠は別物だ。そこを履き違えると痛い目を見る。
雨が降った時だけ現れる水脈。あれが広場から山田農園の一部へ流れ込んでいるという説も、ほぼ間違いないだろう。地形を見た限りでは自然な流れだった。
問題は、その先だ。あそこへ建設汚泥を埋めていたのは、本当に株式会社川村なのか。ここは、まだ曖昧だ。藤嶋さんの取材。大工さんたちの証言。どちらも「資金繰りに苦労している」という話では一致していた。だが、それだけで不法投棄をしていると結論付けるのは短絡的すぎる。経営が苦しい会社なんて世の中にはいくらでもある。だからといって、全部が犯罪を犯す訳じゃない。
俺の予想はこうだ。都心にあった産業廃棄物処理業者が倒産した。株式会社川村は、その会社へ産業廃棄物の処理を依頼していた。しかし突然倒産してしまったことで、慌てて別の業者を探すことになる。ところが、急な依頼で大量の建設汚泥。しかも処理には期限もある。業者側からすれば、完全に足元を見られる状況だ。高額な処理費用を提示されても断れない。もしその金額を支払えば、大幅な赤字になる。そんな流れだったんじゃないか。
……という推理だ。
ただし。
根拠はゼロ。
証拠もゼロ。
推理として筋は通っていても、それだけじゃ誰も納得しない。推理小説なら名探偵が「真実はいつも一つ」と言えば済む。現実はそうはいかない。証拠がなければ全部妄想扱いだ。だからこそ、株式会社川村については藤嶋さんたちが調査を引き受けてくれた。あの人たちなら、俺たち高校生では手の届かない情報まで調べられるだろう。俺たちがやるべきことは、今ある情報を整理し、勝手な思い込みで動かないことだ。
もし山田農園の水質汚染の原因が、本当にあの山道の奥へ埋められた建設汚泥だったとすれば――。
その時は、嫌でも誰が埋めたのかを調べることになる。
水質調査。
土壌調査。
施工記録。
搬入経路。
調べるべきものはいくらでもある。
その先に株式会社川村の名前があるのか。それとも、まったく別の誰かがいるのか。それはまだ分からない。今焦って結論を出す必要はない。
……というところまで考えたところで、
「山神」
先生に名前を呼ばれた。
「そこ。『いとをかし』の意味は?」
「趣があって面白い、です」
「正解」
教室が静かになる。
危なかった。思考に集中しすぎて授業を聞いていなかった。
……まあ、この辺は過去問にも毎年出てるしな。
昼休みになり、俺は弁当と読みかけの本を持って屋上へ向かった。いつものルーティンだ。屋上といっても、俺たちが普段授業を受けている校舎ではない。実習棟側の校舎にある屋上まで歩いて行く必要がある。毎回思うんだが、なんで普通教室の校舎の屋上は施錠されてるんだろうな。安全上の理由なんだろうけど、昼休みに空を眺めながら弁当を食べられるだけで、学生生活の幸福度は三割くらい上がると思う。
……たぶん。
そんなことを考えながら屋上へ出ると、今日も風が気持ちいい。ベンチに腰掛け、まずは弁当を広げる。読みかけの本も一緒に持ってきてはいるが、食べながら読むことはしない。
いや、正確には「できない」。一度読み始めると、本の内容に夢中になって箸が止まる。気付けば予鈴が鳴り響き、「やべっ!」と弁当をかき込む羽目になる。その結果、喉にご飯を詰まらせて死にかけたことが何度あることか。読書で命を落としたなんて新聞に載ったら、あまりにも間抜けすぎる。読書家としても、人としても避けたい最期だ。
それに、夏樹からも昔から言われ続けている。
『創ちゃん。本を読みながら食べるのは行儀が悪いよ』
……ごもっともである。なので最近は、ちゃんと食べ終わってから読むようにしている。人は成長する生き物なのだ。俺は黙々と弁当を平らげ、きちんと片付ける。
よし。ここからが本番だ。
屋上の隅にある高架水槽へ向かう。もちろん、本来は登る場所ではない。学校側も「屋上は開放するけど、高架水槽の上で読書する生徒が現れる」とまでは想定していないだろう。だから良い子のみんなは真似しちゃいけない。俺も褒められた行動だとは思っていない。
……ただ、ここが妙に落ち着くんだ。少し高くなっている分、風通しが良く、人目も少ない。読書には最高の場所だった。寝転がり、本を開こうとした時だった。ふと視線を下へ向ける。中庭が見えた。そこには三人の男子生徒。
川村と西海。
それに――山田。
「へぇ……」
思わず声が漏れる。あの三人、接点あったんだな。
意外だ。山田は誰とでも普通に話せるタイプだから不思議ではないが、川村や西海と一緒にいる姿は初めて見た。
まあ、だから何だという話でもない。人間関係なんて、俺の知らないところでいくらでも広がっている。
「……興味ないしな」
自分で呟き、本へ視線を戻す。ページをめくる。
一ページ。
二ページ。
三ページ。
しばらく物語の世界に浸っていると――。
ガチャッ。
屋上の扉が開く音がした。誰か来たのか。俺は高架水槽の陰になっているので、こちらから見えない限り相手からは見えない。別に隠れるつもりはなかったが、今さら立ち上がるのも不自然なので、そのまま本を読んでいるフリをする。
「本当に大丈夫なんだろうね? は海外に行くつもりにしているから別にいいんだけど」
聞こえてきた声に少し驚いた。
川村だ。
電話をしているらしい。
海外?
そういえば海外のクラブからスカウトが来ているなんて噂もあった。一時期、その話は無くなったとも聞いた気がするが、実際は違ったのかもしれない。何にしても、海外でプレーできるレベルなら普通にすごい。
さっきまで中庭にいたと思うんだが…。スマホを取り出して時間を確認すると、あれから結構時間が経っていた。本を読んでいると時間を忘れてしまう。
「あの件が公になるとまずいんじゃない? さっき、一応釘は刺しておいたけど、僕ら高校生ができることなんて知れてるんだから。しっかりそっちもやってもらわないと」
……ん?
何だ、その物騒な言い方。思わず読書の手が止まる。
盗み聞きする趣味はない。ないんだが。聞こえてしまうものは仕方ない。耳を塞いで「聞いてません」とアピールするほど器用でもない。
「わかってるよ。でも、そんなことで本当に効果があるのか? なかなかしぶといじゃない。あの食堂」
食堂。それって、食堂やまもとのことか?
偶然だろうか。いや、このタイミングで「あの食堂」と言われると、どうしてもそっちを連想してしまう。
……気になる。すごく気になる。
「あいつが言うままに進めてみてはいるけど、思う通りになってないことが多いじゃないか。それに最近、目に余る部分もある。いつまでこんなことを続けなきゃならないんだい?」
あいつ?誰だ?さっぱり分からん。というか、前後の話が見えないから推理のしようがない。単語だけ拾って勝手に結論を出すのは危険だ。本を読んでいてもそうだ。一章だけ読んで犯人を決めつける読者はいない。
……たぶん。
「資金繰りは今のところ何とかなってるんだろ? あぁ……スカウトの件は何とかしてみるよ。まだ何度かアピールする機会もあるだろうし、何とかなるだろう。……あぁ、わかったよ」
電話はそこで終わったようだ。資金繰り。スカウト。食堂。あいつ。情報がバラバラすぎる。話し相手は父親だろうか。会社の人間かもしれないし、全然違う誰かかもしれない。断片だけでは何一つ分からない。
「……ま、いっか」
考えても仕方ない。証拠もない。推理材料も足りない。だったら今は本を読もう。そう思って再びページへ視線を落とした、その時だった。
「あ、川村君。先に来てたんだ。待たせちゃったかな?」
聞き慣れた声が屋上に響く。思わず顔を上げる。
この声は――。
「……夏樹?」
現れたのは夏樹だった。いつもの人懐っこい笑顔を浮かべている。
「いや、そんなことないよ。急に呼び出してごめん」
「ううん。それで、話って何かな?」
「それは……」
川村が珍しく言葉を詰まらせる。言いにくい話か。
……あ。もしかして。告白?
球技大会の時にも一度告白して振られたと思うんだが。一度断られても何度でも告白し続けて実る恋もあるらしい。本にもそんな話は結構出てくる。
現実は知らん。夏樹を見ると、笑顔ではあるが少しだけ硬い。あいつも何となく察しているんだろう。
「僕と付き合ってくれないか? 球技大会の時は有言実行とはならなかったけど、やっぱり君のことが好きなんだ」
「ごめんなさい」
早っ!
今まで見た告白の中で一番早かったぞ。食い気味だったぞ。一秒も迷ってなかったぞ。川村もさすがに少し肩を落とした。
「……なぜ駄目なのか理由を教えてもらえないか? 努力できることなら頑張るから」
「ううん。川村君が何かをする必要はないよ。これは私のことだから」
「広瀬さんの……? 前に言ってた好きな人がいるっていうことかな?」
「そうだよ。私には好きな人がいる。だから川村君の気持ちには応えることができない」
そういや夏樹の好きな人って誰なんだろう。幼馴染だけど聞いたことないな。交友関係も大体把握しているつもりなんだが。とはいえ四六時中一緒にいる訳じゃない。一人で買い物にも行くし、出掛けることだってある。その時に知り合った誰か、なんて可能性も普通にある。
「もし、それでもいいって言ったら付き合ってくれるのかい? 絶対、君を振り向かせてみせる」
「えぇっ!? 駄目だよ! そんなことできないよ!」
「なぜだい? 僕に気を遣っているんなら、僕がそれで構わないと言ってるんだから気にすることじゃない」
「そういうことじゃないよ! えっと……」
困っとる。嫌なら嫌って言って帰ればいいじゃないか。
……と、思う俺は告白された経験がない。そこを突っ込まれると反論できないので、この件についてはノーコメントでお願いしたい。
「明確に理由がある訳じゃないんだろう? じゃあいいじゃないか。決まりだね」
「決まってないよっ!」
夏樹が珍しく強めの口調になる。
「なぜだい? 君は僕のことを好きじゃないことはわかってる。一般的には両方が好意を持って交際が始
まることがほとんどだろうけど、気付けば一緒にいたという話や、最初は片思いだったけど、一緒にいるうちに思いが通ったという話はたくさんあるだろう? それと同じじゃないか」
おぉ。一気に畳み掛けたな。恋愛って勢いも大事なんだろうか。
知らんけど。
さあ、どうする夏樹。
「うーん。それとは違うよ」
夏樹は少し考えてから、静かに首を横へ振った。
「私が同意してない。それは全部川村君の目線の話だよ」
その声は穏やかだった。でも、意思ははっきりしている。
「私だって、初めてお付き合いする人は両思いでいたいし、思いが届かないとしても、自分の思いはちゃんと伝えたい」
川村は何も言わない。ただ黙って夏樹を見つめていた。
「気付けば一緒にいたとしても、そこにはちゃんと思いがあるはずだよ。私はその思いを聞きたいし、私の思いも伝えたい」
なるほど。何となく言いたいことは分かる。恋愛って契約じゃないもんな。条件が合えば成立、という話ではないんだろう。
たぶん。
「君の自由な恋愛を止めようとも思ってないよ。改めて、どんな思いでもいいから君が別れたいと言うなら、その意向は飲むよ」
「じゃあ、付き合う必要なんてないと思う。私は川村君を好きになることはないよ」
ここまで言われると、さすがに諦めるしかない気もする。
「頑なだね。自分で言うのもなんだけど、僕の見た目はとてもいいと思うんだけど?」
「見た目じゃないよ」
即答だった。川村は結構なイケメンなんだけどな。俺が言うのも何だが。
「君が思いを寄せている人が羨ましいよ。そして嫉ましい」
「そんなことないよ。私はただの高校生だし、特別な存在でも何でもない。だって、毎日会ってるのに……あ」
夏樹が慌てて口を押さえる。
「……何でもない」
毎日会ってる?
へぇ。学校の人か?
いや、まさか…同性って可能性もあるな。今どき様々な価値観があるんだから、同性だったとしても珍しくもない。まあ、恋愛にはいろんな形があるし。
「やっぱり君は……いや、何でもない。困らせて悪かったね」
川村は何かを言いかけて飲み込んだ。
「ううん。そんなことないよ。私なんかにそう言ってくれるのは有り難いよ。でも、ごめんなさい。私にはやっぱり好きな人がいるんだ。だから、川村君の思いには応えられない」
その言葉は、さっきよりもずっと優しかった。でも、さっきよりもずっとはっきりしていた。もう覆ることはない。そう伝えるような声だった。
川村は小さく笑い、肩をすくめる。
「はぁ……。最後だったんだけどな。仕方がないね」
最後?海外へ行く話と関係あるのか?転校でもするのか、それとも飛び級みたいな形でプロに行くのか。さっきの電話とも繋がるような気もする。
……まあ、俺には関係ない。興味もない。
……ない、はずなんだけどな。
今日はやたらと読書が進まない昼休みだった。




