第62話 見えてきた共通点
しばらくすると、食堂の引き戸が開いた。
「こんにちは!」
聞き覚えのある声に振り向くと、山田農園の園長と山田淳弘が店内へ入ってきた。二人とも表情が硬い。迷惑系配信者の動画を見たのだろう。
園長は店長の姿を見つけるなり、深々と頭を下げた。
「この度は本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません!!」
その隣で山田も同じように頭を下げる。
……しかし。二人とも背が高すぎる。頭を下げているはずなのに、ちょうど山本さんの肩くらいの高さまでしか下がっていない。
山本さんは二人を見上げたまま固まっていた。
「……」
「萌?」
柴田さんが声をかける。
「……大きいです」
ぽつりと漏らしたその一言に、柴田さんは苦笑しながら山本さんの頭をよしよしと撫で始めた。
「大丈夫よ。萌は可愛いから」
「慰めになってるような、なってないような……」
本人は少し複雑そうだった。そんなやり取りを見ていた店長が、慌てて園長の肩に手を添えた。
「いえいえ、山田農園さんのせいじゃありませんから。どうか頭を上げてください」
「そうですよ。山田農園さんがちゃんとしてくれているのは、私たちはよくわかっていますから。それに、私たちのチャンネルの視聴者さんや、あの生配信を見た人たちが一生懸命反論してくれているんですよ」
「え? そうなんですか?」
園長が目を丸くする。
「はい」
柴田さんがスマホを差し出した。
「コメント欄を見てください」
園長がその画面を覗き込み、山田は山本さんのスマホを見せてもらっている。
「これは……」
「あ……」
二人とも思わず声を漏らした。コメント欄は、さっきとは様子が一変していた。
『ちゃんと最後まで動画見た? 一番誠実だったの店長さんじゃん』
『行政と保健所の検査結果まで説明してるのに何を見てたんだ』
『切り抜きじゃなくて食堂やまもとチャンネル見ろ』
『生配信見てたけど山田農園の対応は本当に誠実だった』
『営業妨害レベルだろこれ』
『萌ちゃんにそんな手の込んだ嘘つけるなら、まず料理で火柱立てない』
『親子炒飯を見てこい。あの子に悪巧みは無理だ』
『店長の受け答えが完璧すぎる』
『逆にこの動画で食堂やまもと知った。営業再開したら行く』
『迷惑系の人の方がよっぽど印象悪い』
『山田農園の野菜、本当に美味しいから応援してます』
『検査結果まで公開してる農家なんてそうそうないぞ』
『食堂やまもとチャンネル登録してきました』
『店長さん負けないで』
『営業再開おめでとうございます!』
『頑張れ!』
『応援してます!』
『絶対食べに行きます!』
『食堂やまもと最高!』
『山田農園ファイト!』
画面には『頑張れ!』や『応援してる!』『負けるな!』という内容のコメントが次々と流れていく。さっきまで拮抗していたコメント欄は、今では応援の言葉で埋め尽くされていた。
「見てください!めちゃくちゃ応援してくれてます!」
「ほんとだね!」
夏樹が笑う。
「『萌にそんなこと出来るわけない』って書いてあるよ」
「ほんとね。『嘘だと思うなら親子炒飯動画を見て来い』って書いてあるわ」
「だから何であの動画をみんな親子炒飯って言うんですか!」
山本さんが両手をぶんぶん振る。
「だってタイトルが『【親子炒飯】〜萌の料理人への道 親子丼編(親子丼って火柱上がるっけ?)〜』になってるもの」
「山神君!!どういうことですか! 約束が違います!!」
山本さんが勢いよく俺を振り返る。
「なんの約束だ! 約束なんぞしとらんわい!」
「みんなが応援してくれるように編集するって言ったじゃないですか!」
「ちゃんと応援してくれてるじゃないか」
俺がそう言うと、夏樹が肩を震わせた。
「そうだよ。萌(笑)」
「うふふ……」
柴田さんまで笑いを堪えている。
「夏樹ちゃんも! 直美ちゃんも! その半笑いをやめてください!」
店内がどっと笑いに包まれる。奥さんはその様子を見ながら目を細めた。
「うふふ。本当にみんな仲がいいわねぇ」
まぁ、山本さんはチャンネル内で一番人気なんだから、多少いじられるくらいは勲章みたいなものだろう。本人は納得していないようだが。
「この通り、こちらにはあまりダメージはありませんよ? 園長」
「そ、そのようですね……」
店長にそう言われ、山田園長はほっと胸をなで下ろした。すると店長が、何かを思い出したようにパンッと手を叩いた。
「あっ、そうでした!今日、是非うちで料理を食べていきませんか?」
「えっ?」
園長が驚く。 奥さんも続けた。
「ええ! 奥様も、もしよければこちらに来られませんか?」
「うちの家内もですか?」
「父さん、母さんも喜ぶんじゃないかな?」
「そうだね。連絡してみようか」
園長も表情を和らげた。そう言うとスマホを取り出し、店の外へ出て行く。どうやら奥さんへ電話をかけるようだ。その背中を見送りながら店長が言った。
「あと、大工さん二人も来る予定なんだ」
「賑やかになりそうですね」
「その方が美味しいからね」
店長は穏やかに笑った。話もひと段落したところで、俺はエプロンを締め直す。
「店長、続きをやりましょうか」
「助かるよ、山神君」
俺と店長は再び厨房へ入った。まな板の上には、まだ切られていない野菜が山のように積まれている。包丁を握ると、さっきまで胸の中で渦巻いていた嫌な感情が少しずつ薄れていく気がした。
今は考えるよりも手を動かそう。その方が俺らしい。
俺と店長は厨房で仕込みを再開した。じゃがいもを切り、にんじんを面取りし、玉ねぎを刻む。店長はその横で鍋に火を入れ、出汁を取りながら次々と料理の準備を進めていく。その手際は何度見ても惚れ惚れする。無駄な動きが一つもない。一方ホールでは、奥さんを中心に夏樹、山本さん、柴田さんの三人が開店準備を始めていた。
「そこもう少し丁寧に拭いてね!」
「はーい!」
「萌、そっち終わったら窓もお願い」
「はい!」
いつもの賑やかなやり取りが聞こえてくる。店内には笑い声が絶えない。掃除を終えたテーブルでは、山田農園の親子が一足先に休憩していた。店長が小鉢をいくつか並べ、園長にはビール、山田にはウーロン茶を出している。
「どうぞ。味見も兼ねてです」
「いただきます」
二人は箸を伸ばす。一口食べるなり、顔がほころんだ。
「……美味しい」
「やっぱり店長の料理は格別ですね」
その反応を見て、店長は少し照れ臭そうに笑う。食堂やまもとの小鉢は本当に旨い。主役の料理だけじゃなく、こういう脇役まで手を抜かないから人気があるんだろう。そんなことを考えていると、店の引き戸がガラガラと開いた。
「お邪魔します」
聞き慣れない女性の声だった。顔を上げると、一人の女性が立っている。
……小さい。
ぱっと見、中学生くらいにしか見えない。
「いらっしゃい」
店長が穏やかに迎え入れる。だが、その表情には少しだけ戸惑いが浮かんでいた。どうやら店長の知り合いではないらしい。
「あ、由香姉!」
柴田さんが声を上げた。女性も柴田さんを見つけると、ほっとしたように笑みを浮かべる。
「直接会うのは久しぶりですね。元気にしていましたか? 直美」
「この通り元気よ。よく電話やメッセージのやり取りをしているから、新鮮味はないけど」
なるほど。この人が柴田さんの親戚のジャーナリストか。女性は俺たちの方へ向き直り、丁寧に頭を下げた。
「初めまして。藤嶋由香と申します」
年齢は二十八歳。柴田さんからそう聞いていた。
……聞いていたんだが。
どう見ても高校生、いや中学生だ。
小柄な体格も相まって、山本さんと同じ種類の小動物感がある。
「山本店長。この度は貴重なお時間をいただきありがとうございます」
「いえいえ。ようこそいらっしゃいました。柴田さんには色々助けてもらっていますから、私どもはその恩返しができればいいと考えております」
「ありがとうございます」
藤嶋さんは微笑むと、今度は山田園長へ視線を向けた。
「そちらにいらっしゃるのは山田農園の山田園長でいらっしゃいますか?」
「あ、はい。どこかでお会いしましたでしょうか?」
「いえ。食堂やまもとチャンネルの例の生配信を拝見しましたので、お顔を覚えておりました」
「あ、そうでしたか……」
「突然ではありますが、後ほど山田園長にも色々とお話を伺うことはできますか?」
「え……えぇ。もちろん大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
さすが記者だ。挨拶の流れで自然に取材の約束まで取り付けている。
すると今度は俺の方へ向き直った。
「あなたが山神創太郎君ですね? 生配信のプロデュースや食堂やまもとチャンネルのコンサルをしていると直美から聞いています」
「いや、それは俺じゃない。同姓同名の別人じゃないか?」
「創ちゃんでしょ!」
夏樹がすかさず突っ込む。
「それに敬語使いなさい! 年上でしょ?」
「だってどう見ても中学生じゃん。山本さんの同級生!」
「ちょーっと! 山神君!」
山本さんが勢いよく立ち上がる。
「暴言の流れ弾がこっちまで飛んできてます! 萌は高校生です! 同級生です! だから藤嶋さんも高校生です!」
「萌! そうじゃない!」
夏樹が慌てて訂正する。
「藤嶋さんは社会人! 大人! キャリアウーマンだよ!」
「ちゅ……中学生……」
藤嶋さんが涙目になって柴田さんを見る。
「由香姉……」
柴田さんが真顔で頷いた。
「確かに今日のスーツはブレザーの制服にも見えるわ」
ガーン。
本当にそんな効果音が聞こえてきそうなくらい、藤嶋さんの肩が落ちた。
「直美が裏切りました……」
ぼそりと呟く。
「こうなったら、あることないこと書き殴ってやります。世の中にペンは剣より強いんだってことを知らしめてやります」
一呼吸置いて、にっこり笑った。
「そういう訳で、山本店長、山田園長。遺書の準備はよろしいですか?」
「「ちょっと待って!」」
店長と園長の声が見事に重なる。
「何で僕たちのことを書くんだい!?」
「山神君が言い出したんだから、山神君が何とかするべきだろう?」
大人二人が揃って俺に責任転嫁してきた。
「由香姉、機嫌を直してちょうだい。山神は悪気はないのよ。活字中毒の末期症状で、思っていることを口に出すという発作が起きているだけだわ」
「おい! 病気みたいに言うな!」
「創ちゃんの読書に対する執着は病気みたいなもんじゃん」
「そうですよ。人と会話もせずに、ずっと本を読んでいるなんて病気です」
「お前らなぁ……」
「さぁさぁ!冗談はそのくらいにして、こちらのお席へどうぞ」
その時、奥さんが笑顔で割って入った。みんなが騒いでいる間に、藤嶋さんの席をきれいに整えていたらしい。
さすが奥さん。周りが見えている。見習えよ、夏樹、山本さん……ついでに柴田さん。
ふと山田を見ると、苦笑しながら一連の騒ぎを眺めているだけだった。あいつ、絶対心の中で「食堂の妖精が今日も元気だな」とか考えてるだろ。
……いや待て。
食堂の妖精って何だよ。俺の頭も大概だった。
俺と店長も仕込みを一段落させ、エプロンを外して席へ向かった。
「料理は話が終わってからにしましょう!せっかく作るんだから、温かいうちに食べてもらいたいもの」
奥さんが厨房を振り返りながら微笑む。
「賛成です!」
「私もです!」
夏樹と山本さんが元気よく手を挙げる。その間に、山田農園の奥さんも到着していた。園長と山田の隣へ座り、軽く挨拶を交わしている。全員が席についたところで、柴田さんが静かに口を開いた。
「じゃ、さっそく話を始めましょう」
……そして。
なぜか全員が俺を見る。
「え?」
思わず周囲を見回す。
「俺が切り出すの?」
「そうね。おそらく、あなたが一番この状況を客観的に見てるんじゃないかと思って」
柴田さんは当然のように頷いた。
「いや、それは情報戦のプロである藤嶋さんだろ?」
「確かにそうかもしれないけど、由香姉には私から伝えているものも多いし、少なからず私の主観的な意見になってしまっている可能性が高いわ」
「あ〜……なるほど」
そういうことか。すると藤嶋さんも小さく頷いた。
「直美から聞いている話と、私たち新聞社で調べた内容、その両方があります。まずは山神君の整理した話を聞かせてもらってもいいですか?」
年下相手でも終始丁寧語だ。柴田さんにも同じ話し方をしているあたり、これがこの人の素なのだろう。
「わかった。じゃあ、最初から時系列で話す」
俺は一度頭の中を整理する。
食堂やまもとへ山田農園の野菜が届かなくなったこと。
保健所の検査で、一部の畑から通常では見られない数値が確認されたこと。ただし健康被害が出るほどではなく、行政や保健所も継続して調査を行っていること。
そこから俺と柴田さんも独自に情報を集め始めた。
町では普段ほとんど見かけない深ダンプを目撃したという証言が相次ぎ、その一部は幹線道路ではなく山道へ入っていくという話だった。
実際に俺たちも山道へ入り、旧道の先にあるフェンスで囲まれた広場へたどり着いた。
そこでは大型重機が動き、黒っぽい泥のようなものが地中へ埋められていた。
刺激臭もあり、周囲の土壌とも明らかに様子が違っていた。
広場は私有地で、土地の所有者は海外在住。山田園長が調べてくれたが、現時点では連絡を取ることも難しい。
警察へ通報するにも、高校生の証言だけでは動きにくい可能性が高く、今は情報を集めながら慎重に動いている――。
一通り話し終えると、店内が静かになった。藤嶋さんはメモを見返しながら口を開く。
「概ね、私たちが調査している内容と合致します。ただ、旧道の奥の広場の話は初めて聞きました」
そう言って一枚ページをめくる。
俺は頷いた。
「あそこは偶然見つけた場所ですので」
「山神君のお話を踏まえると、埋められているものは建設汚泥である可能性が高いのではないですか?」
「俺たちもそう思っています。今度、地質調査の記録を調べてみようかと思っていたところです」
「創ちゃん。その『建設汚泥』って何?」
夏樹が首を傾げた。
「簡単に言うと、建設現場で出る泥状の産業廃棄物だ」
できるだけわかりやすく説明する。
「地盤改良やシールド工事なんかで出ることが多い。本来は専門業者が適切に処理してから処分するもので、処理前のものをそのまま埋めるなんて普通はあり得ない」
「でも、もしかしたら、それが山道の奥に埋められている可能性があるっていうこと?」
「そうなる。ただ、あれが本当に建設汚泥なのか確証がない。調べるにしても作業現場は私有地だし、土地の持ち主は海外にいる。行政でもない俺たちが勝手に調査するのは難しいだろう」
「でも、早急に建設汚泥かどうか調べる必要があるんじゃないですか?」
山本さんが心配そうに言う。
「あ、それで地質調査の記録なんだね」
店長が納得したように頷く。
「はい。何が埋められているか、その手掛かりになるかもしれません」
すると藤嶋さんが手を挙げた。
「その件でしたら、こちらで調べさせてもらいます」
「え?」
「出版社には地質学の本を書かれている先生もいらっしゃいます。一度相談してみますし、必要なら行政資料も確認できると思います」
なるほど。出版社の人脈か。
「助かります」
俺が頭を下げると、藤嶋さんは軽く微笑んだ。
「それよりも気になるのは、その深ダンプです。どこから建設汚泥と思われるものを運んできているのでしょうか?」
「そこはまだわかりません。柴田さんの聞き込みでは、深ダンプは都心方面から町へ入り、山道を通ってまた都心方面へ戻っている可能性が高い」
「つまり、この町のどこかで建設汚泥を積み込んでるってことですか?」
山本さんが息を飲み、驚いたように言う。
「そう考えると辻褄が合う。もちろん現場を見たわけじゃない。あくまで今ある情報を整理するとそう見えるってだけだ」
「じゃあ!”その深ダンプを追跡してみたらどうかな? どこに行くかわかるかもしれないよ!」
夏樹が勢いよく身を乗り出しそう提案する。
誰もが一度は思いつく案だ。もちろん俺も考えた。
「それは俺も考えた」
「でしょ!」
「でも無理だ。深ダンプの目撃情報は町中のあちこちだ。仮に車か何かで町中を走り回ったとしても、偶然その一台を見つける確率が低すぎる」
柴田さんも続ける。
「建設汚泥が埋められている疑いのある広場の近くにも、車を隠して停められる場所はなかったわ。車が一台あるだけで目立ってしまうもの」
夏樹が机に突っ伏した。
「うぅ……なんか上手くいかない……」
「よしよし」
今度は山本さんが夏樹の頭を撫でている。いつもは逆なのに珍しい光景だ。
それを見て少しだけ場の空気が和らぐ。柴田さんはそんな二人を見て小さく笑うと、改めて藤嶋さんへ視線を向けた。
「由香姉は今までの話を聞いていて何かある?」
その言葉に、テーブルを囲む全員の視線が藤嶋由香へと集まった。
全員の視線が集まる中、藤嶋さんはスマホにまとめていたメモを開き、一度だけ画面を確認してから穏やかな口調で話し始めた。
「そうですね。概ね直美から聞いていた内容と合致します。我々新聞社が今回の件を調べているのは、少し別の側面があります」
一拍置き、申し訳なさそうに微笑む。
「あまり詳しい情報はお出しできません。ただ、当事者である皆さんには聞いていただいた方がいいと思いました」
店内の空気が少し引き締まる。
「まず、我々新聞社は最初から食堂やまもとや山田農園を調べていたわけではありません。もちろん、山田農園の作物に通常とは異なる数値が確認されたという情報が入った時点で、『記事になるかもしれない』と思い取材は始めました」
「それは直美ちゃんからも聞いていました」
山本さんが静かに頷く。
「ですが、取材を進めれば進めるほど、山田園長がこの件に真摯に向き合っておられることが分かりました。保健所や行政とも連携し、基準値以内で出荷可能な野菜まで自主的に回収されていました」
藤嶋さんは山田園長へ視線を向ける。
「その対応を見て、私たちは『これはスキャンダルではない』と判断しました」
「そうなんですか?でも!たくさん色々なことを言われていました!何でスキャンダルじゃ無いって思っていたんなら何で伝えてくれなかったんですか!? 何でですか!? その時にちゃんとテレビや新聞で報道してくれていたら、いろんな風評被害も防げたかもしれないです」
山本さんがやや感情的になりつつ、もっともな疑問をぶつける。藤嶋さんは少しだけ困ったように笑う。
「お気持ちはよく分かります。ただ、報道の世界は少し複雑なんです。もちろん、正確な情報を伝えることは大切です。ただ、現実として、多くの人の関心を集めやすいのは『問題が起きた』というニュースなんです」
「なるほど……」
店長が小さく頷く。
「一方で、『関係者が誠実に対応しています』『安全基準を守っています』という内容は、とても大切な情報なのですが、残念ながら注目されにくい傾向があります」
俺もその話には納得できた。事実として、ネットニュースでも「問題発生」という見出しは目立つが、「問題なく解決しました」は驚くほど扱いが小さい。
「仮に記事を書いたとしても、『ちゃんと対応していました』という内容だけでは、多くの人に届かなかった可能性があります」
「だから効果的だったとは言い切れないのね」
柴田さんが補足するように言う。
「そうです」
藤嶋さんは頷いた。
「もちろん、報じる価値がないという意味ではありません。ただ、風評被害を止めるほどの影響力を持てたかと言われると、正直難しかったと思います」
「そうなんですか……」
山本さんがしゅんと肩を落とす。その隣で夏樹がすぐ頭を撫で始めた。
「萌ちゃんは優しいね。そこまで山田農園さんや食堂のこと考えてくれてたんだ」
「だって……」
「ありがとう。僕たちのことをそこまで心配してくれて」
今度は山田園長が優しく笑う。
「い、いえ! 私は思ったことを言っただけです!」
慌てる山本さんを見て、少しだけ空気が和らぐ。藤嶋さんも微笑んだ。
「ですが、風評被害についての対策は、生配信が非常に大きかったですね」
「え?」
「地域の方への聞き取りでも、食堂やまもとや山田農園に対する評価は非常に良好です。きっと皆さんがあの生配信の動画を見て、食堂やまもとや山田農園に対する意見が変わったのだと思いますよ。否定的な意見を持つ方は、本当に数えられる程度しかいませんでした」
「まぁ。全員に好かれるのは難しいからね。これからも努力を続けるしか僕らにできることはないよ」
「そうねぇ。私たちは料理を作って、お客さんに『美味しかった』って言ってもらえたらそれで十分なのよ」
店長が肩をすくめて言い、奥さんも笑う。
「僕たちも同じです。安全で美味しい野菜を作って、少しでも喜んでもらえるよう努力を続けるだけですね」
山田園長も静かに頷き、その言葉に奥さんも店長も頷き返す。
いい話だ。
……なんだが。
俺の頭には、一つだけ引っ掛かるものが残っていた。どうやら顔に出ていたらしい。
「創ちゃん?」
夏樹がこちらを覗き込む。
「今の話で何か気になることあるの?」
「……ああ」
俺は藤嶋さんを見る。
「一つ確認してもいいですか?」
「もちろんです」
「さっき、『食堂やまもとや山田農園を悪く言う人は数えられる程度』って言いましたよね?」
「えぇ」
「その人たちの存在が気になっています」
藤嶋さんは少しだけ目を細めた。
「……と言いますと?」
「風評被害って、ある程度は仕方ないと思うんです。全員が同じ意見になるなんてあり得ません。でも今回は、生配信の同時視聴が一万人を超えて、アーカイブも五十万回再生に届く勢いです」
「あの動画、そんなに見られているのかい?」
店長が目を丸くする。
「父さん、有名人になったね」
山田がのんきに笑っている。
……そこは後で喜んでくれ。
今は置いておく。
「それだけ多くの人が見て、その内容も概ね肯定的な評価をしている。それなのに、取材に対して今でも強く否定的な意見を言い続ける人が一定数いる」
俺は藤嶋さんを見る。
「しかも新聞社の取材だと分かった上でですよね?」
「はい。新聞社の取材であることはしっかりと伝えてあります」
「だったら、単なる思い込みじゃなく、そう言い続ける理由があると考える方が自然じゃないですか?」
一瞬、店内が静まり返る。藤嶋さんは感心したように息を吐いた。
「……なるほど。直美が言う通りですね」
隣を見ると、柴田さんがすっと視線を逸らした。
……後で問い詰めよう。絶対何か余計なことを吹き込んでる。
「山神君のおっしゃる通りです。私たちも同じ違和感を持ちました」
「やっぱりですか」
「全員を確認できたわけではありません。ただ、取材をしていて共通点がありました」
「共通点?」
「皆さん、作業服姿だったんです。泥の付いた作業着を着ている方が多く、建設関係のお仕事をされているように見受けられました」
「作業服……」
店長が腕を組む。
「この町の建設業の方ですか?」
「その可能性が高いです」
藤嶋さんは頷いた。
「もちろん全員ではありません。ただ、この町の建設業者さんの多くは、ある会社から仕事を請け負っているようでした」
柴田さんが続ける。
「株式会社川村からよね? 由香姉」
「そうですね」
藤嶋さんは静かに答える。
「株式会社川村から仕事を受けている建設業の方々の一部で、食堂やまもとや山田農園への評価が極端に悪い傾向が見られました」
「それって……偶然じゃないってこと?」
夏樹が息を呑む。
「断定はできません。ですが、偶然だけで説明するには少し偏りが大きい、と私たちは考えています」
藤嶋さんは慎重に言葉を選ぶようにそう言った。俺と柴田さんは顔を見合わせ、小さく頷いた。ある程度予想していた話だった。だが、店長たちや山田農園の皆には初耳だったのだろう。店内には驚きと困惑が入り混じった空気が静かに広がっていた。




