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きみの隣で、今日も僕は考えてる。本ばかり読んでいた俺の日常は、少しずつ騒がしくなる  作者: マリセリソウ


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第60話 希望の知らせ 再び畑に実る日へ

 翌日。いつものように登校した俺は、いつものように自分の席に座り、本を開いていた。朝の教室は賑やかだが、その喧騒も本を読み始めてしまえば自然と意識の外へ追いやられる。ちょうど物語が面白くなってきたところで、机の横に人影が止まった。


「山神、ちょっといいかな?」


 顔を上げると、そこにいたのは山田だった。


「おぉ、山田か。どうした?」

「父さんから君に伝えておくように言われたから、忘れないうちにつたえておこうかと思って」


 その言葉で何の話か大体察しがついた。


「あの広場のことか?」

「さすが、察しがいいね。その通りだよ。あの広場というよりはあの山自体の持ち主がわかったんだけど、その人は数年前から海外に行っているみたいで、直接話をすることができなかったんだ」

「海外?」

「あぁ。元々はその人の父親が所有していたものみたいなんだけど、亡くなられたときにその人が相続を受けたみたい。でも、普段から海外を拠点に仕事をしているみたいだし、空いている土地なんかは結構貸したりされているみたいなんだ」

「なるほどな……。そうなると、土地の所有者は今回の件とは関係がなさそうだということか」

「そうだね」

「じゃあ結局あの作業をしている企業がどこなのかを調べるしかないのか……」


 せっかく手掛かりになるかと思ったが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。ただ、山田はそこまで言うと表情を少し明るくした。


「色々巻き込んで悪いね。話は変わるけど、そろそろ農作物の出荷が再開できそうなんだ」

「おぉ! そうなのか!」

「うん。保健所や行政からの許可も出ているから、問題ないって父さんも言っていたよ。しばらくは検査をしながらになるだろうけど、安全に、安心して提供できる野菜をこれからも作れるように頑張るつもりさ」

「あぁ! 是非そうしてくれ。お前んとこの野菜はお世辞抜きに旨いからな。俺も楽しみにしてるよ」

「……あ、あぁ。ありがとう」


 山田の顔がみるみる赤くなる。何でそんな反応をするんだろうか。本当に美味いと思っているからそのまま言っただけなんだが。俺が首を傾げていると、後ろから聞き慣れた声が飛んできた。


「創ちゃんがそんなに素直に人をほめることが少ないから、山田君が戸惑っているじゃない」


 振り返ると夏樹が立っていた。その後ろには柴田さんと山本さんもいる。いつの間に集まったんだこいつら。


「夏樹……。人聞きの悪いことをいうなよ。俺は結構素直にいいものはいいって思う方だぞ」

「思うだけであんまり口にしないからわからないのよ」

「そうですね。山神君は基本的に無口ですから。話しかけるとちゃんと話をしてくれますけど、山神君から話しかけてるところはほとんどみかけないですね」

「ははは……」


 山田が苦笑いしている。何だその反応。


「お前らな……好き勝手言いやがって。俺だって普通に話しかけることくらいできるわい」

「できるのは知ってるよ。その頻度が圧倒的に少ないだけ」

「そこは否定しない」

「でも、本当に山田君の家のお野菜楽しみだね? 創ちゃん」

「あぁ。これから野菜の旨い季節だしな」


 夏樹がうんうんと満足そうに頷いていると、山田が今度は山本さんへ視線を向けた。


「山本さん、色々迷惑をかけたけど、もう少ししたら食堂にも野菜を卸せるようになるとおもうんだ」

「はい! 昨日、お父さんからそう聞きました。出荷の再開は明後日からって聞いていますので、その翌日から食堂を再開する予定にしています」

「じゃ、食堂やまもとチャンネルはどうしていくの?」


 柴田さんが疑問を投げかける。


「食堂やまもとチャンネルは続けていくつもりにしています。せっかくたくさんの方にみてもらっていますし、食堂をお休みしている間、視聴者の方には本当に助けられたので」

「そう、それがいいわね」

「はい! 夏樹ちゃんと山神君にも引き続き協力をお願いするつもりにしています」

「もちろん! 私も創ちゃんもこの先もまだまだお世話になるからよろしくね?」


 夏樹が山本さんに抱き着き、ギュッとしながら伝えている。しかも俺の分まで…。


「ちょ、何でお前が勝手によろしくしてんだよ!!」

「どうせお世話になるんだからいいでしょ? 創ちゃんコミュ障だからこういうこと苦手じゃん」

「コミュ障ちゃうわ! ちゃんとしゃべれるわ!」

「えぇ~? さっきの山田君のリアクション見てると信憑性に欠けるよ」

「たしかにそうね。素直に感想を伝えただけで、比較的話をする方のクラスメイトですら戸惑いを隠しきれていなかったわ。普段からいかに人と話をしていないかの証拠ね」


 好き勝手言いやがる。っていうかこうなったのは…。


「お前らなぁ……。っていうか、山田が変なリアクションするからだろ!」

「えぇ!? 僕!?」


 そう!お前が変なリアクションをするのが悪い。お前が変に顔を赤くしたからこうなったんだ。だからお前が悪い!


「違うよ! 山田君は悪くないよ! 創ちゃんが誰とも話をせずに本ばかり読んでるからだよ」

「確かにそうね。前にもあなたが話しかけた女子生徒がすごく驚いていたのを見かけたことがあるわ」

「あぁ! 確かに! 話しかけられると思わなかった! って言ってたです」

「ほら~!! 創ちゃんに大きな責任があるよ!」


 山田のリアクションが悪い疑惑は一瞬で全員から否定された。


「周りは敵ばかりだ! あっち行け! もうお前らとは口を聞かん!」

「あ、そんなこと言うんだ!」


 夏樹が楽しそうに笑い、柴田さんも口元を押さえている。山本さんもくすくすと笑っていた。

 俺としては極めて遺憾である。別に人付き合いが苦手なわけじゃない。ただ、本を読んでいる方が好きなだけだ。しかし、その主張を聞いてくれる人間はこの場には一人もいないらしい。

 そんなくだらない話で盛り上がっていると、休み時間の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。


「あ、授業だ」

「じゃあまた後でね」

「うん」


 それぞれが自分の席へ戻っていく。俺もため息を吐きながら本を開き直した。ようやく読書の続きができる。そう思いながら活字へ視線を落としたのだった。


 昼休み。午前中の授業を何とか乗り切った俺は、昼食の前にトイレへ向かっていた。もちろん、用を足した後は教室へ戻って読書を再開する予定である。昼休みは貴重だ。本を読む時間は一分一秒たりとも無駄にしたくない。

 そんなことを考えながらトイレを出たところで、不意に声をかけられた。


「山神、ちょっといい?」


 振り向くと、廊下に柴田さんが立っていた。


「お? 柴田さんか、どうした?」


 柴田さんは周囲を軽く見回してから、俺の方へ歩み寄ってくる。


「今日、私の従妹が家に来る予定になっているの」

「従妹? それがどうかしたのか?」

「例のジャーナリストをしている親戚よ」

「あぁ、例の」


 そういえば以前から話には聞いていた。柴田さんの親戚で、現役のジャーナリストをやっている人がいるらしい。


「山田農園の汚染被害についての取材は、あなたの仕掛けた生配信によってその情報はほとんど価値のないものになっちゃったじゃない?」

「俺だけが悪いみたいな言い方しやがって……。柴田さんも共犯じゃねぇか!」

「ふふふ……」


 柴田さんは楽しそうに笑った。


「責めているわけではないのよ?」

「その顔は絶対責めてるだろ」

「気のせいよ」

「気のせいかなぁ……」


 絶対違うと思う。だが、言い返しても勝てる気がしないので諦めた。


「でも、その代わりと言っては何なんだけど、例の広場の作業場について情報を提供してみたの」

「……それで?」

「思った以上に食いついたわ」


 柴田さんは少しだけ真面目な顔になった。


「それにこの間、色々嗅ぎまわるんじゃないって、株式会社川村の御曹司に釘を刺されたことも伝えたら、すごく興味を持ったみたい」

「川村の件もか」

「えぇ」

「色々協力してくれるかもしれないと?」

「そういうこと」


 なるほど。確かにジャーナリストなら、俺たち高校生よりも情報収集の手段を持っているだろう。少なくとも、俺が図書館で本を読んでいるよりは役に立つ。

 ……いや、本は役に立つぞ?役に立つんだが、今はその話ではない。


「山神が今日時間を取れるなら、情報共有をしてみないかと思って」

「情報共有?」

「ジャーナリストの従妹が持っている情報と、私たちが持っている情報。それにあなたの推理と従妹の推測。それらを一度すり合わせてみたら面白いんじゃないかと思って」


 俺は少し考えた。今日は撮影の予定もなかったはずだ。読書時間が減るのは残念だが、話を聞く価値はありそうだった。


「……確かに。今日は食堂やまもとチャンネルの撮影もないから大丈夫だぞ」

「そう。良かったわ」


 柴田さんは満足そうに頷いた。


「さっき、夏樹と萌にも声をかけておいたから、二人も来ると思うわ」

「行動が早いな。場所はどこでするんだ?」

「それなんだけど、どうせなら店長とかもいた方がいいだろうからって、食堂やまもとで集まることになったわ」

「せっかくの休みなのに大丈夫なのか?」

「私も同じことを萌に聞いたけど、すぐに電話してOKをもらっていたわ」

「おぉ……」


 思わず感心してしまう。


「あのご令嬢、相変わらずの行動力……」

「本当にね」


 山本さんは見た目こそおっとりしているが、行動に移す速さはかなりのものだ。店長や奥さんに確認を取るとなったら、普通は少し遠慮すると思うんだが。

 あの人の場合、まず確認して、終わってから考える。いや、ちゃんと考えているんだろうが、行動が先に見える。


「もし時間があるなら、株式会社川村について色々調べてみようかと思っているの」


 柴田さんがそう言ってスマホを軽く振る。


「あなたもできる限り調べてみてもらえないかしら?」

「…………」


 俺は無言になった。

 柴田さんがじっとこちらを見ている。


「…………」

「…………」


 沈黙が続く。

 さらに見ている。


「…………」

「…………」


 圧がすごい。


「…………わかったよ」

「ありがとう」


 即答だった。最初から断る選択肢なんて存在しなかったらしい。すると柴田さんが少しだけ笑った。


「今、読書時間が削られるっていう不満を感じたわ」

「エスパーかよ」

「私以外も気付くわよ」

「マジで?」

「えぇ……」


 柴田さんは呆れたように肩をすくめる。


「山神って結構わかりやすいから」

「そんな馬鹿な」

「本気で言ってる?」

「ポーカーフェイスの山神と言われていたのに……」

「不愛想の間違いでしょう?」

「辛辣……」

「事実よ」

「容赦がねぇ……」


 柴田さんは満足そうに笑っている。どうやら今日は俺をからかう日らしい。まったく迷惑な話だ。


「じゃあ放課後ね」

「あぁ」

「逃げちゃ駄目よ?」

「俺を何だと思ってるんだ」

「読書のためなら人類を裏切りそう」

「そこまでじゃねぇよ!」

「そうかしら?」


 最後まで疑わしそうな顔をしたまま、柴田さんは教室の方へ戻っていった。俺はそんな後ろ姿を見送りながら、小さくため息を吐く。本当なら今頃、昼休みを満喫しながら読書をしている予定だった。

 だが、約束してしまった以上は仕方がない。俺は教室へ戻ると、一度鞄から本を取り出しかけ――


「……いや」


 手を止めた。せっかく頼まれたんだ。少しくらいは調べておくか。そう思い、俺はスマホを取り出し

た。

 読書の代わりに株式会社川村について調べ始める自分に、何とも言えない敗北感を覚えながら。


「読書時間を犠牲にしてまで調べる価値があるといいんだが……」


 誰に聞かせるでもなく呟きながら検索を進める。

 とはいえ、高校生にできることなど限られている。せいぜい会社のホームページや公開されている情報を眺めるくらいだ。

 株式会社川村はこの町ではそれなりに有名な企業らしく、調べれば色々な情報が出てきた。建設業を中心に事業を展開しており、住宅建築だけでなく土木工事や道路工事、下水工事なども請け負っているようだ。


「なるほどな……」


 さらに市町村の公開している入札情報を見てみる。すると、ここ数年の都市開発関連の工事の落札情報がいくつも出てきた。

 道路整備。

 下水道整備。

 公園整備。

 区画整理。

 名前だけ見ても規模の大きそうな工事ばかりだ。そして、その多くを株式会社川村が受注している。


「ずいぶん手広くやってるんだな」


 思わず感心する。町の建設会社というより、この地域のインフラ整備を支えている企業と言った方が近いかもしれない。ただ、それと同時に別のことも頭に浮かぶ。

 道路工事や下水工事。

 こういった工事なら建設汚泥が発生する可能性は十分にある。もちろん俺は専門家ではない。だが、山の中で見たあの現場を思い出せば、どうしても結び付けて考えてしまう。


「建設汚泥が出ること自体は不自然じゃない……」


 問題なのは、その処理方法だ。適切に処理されているのか。それとも不適切な方法が取られているのか。そこになると一気に難しくなる。仮に工事で大量の汚泥が出ていたとしても、それだけで違法とは言えない。正規の処理業者へ運んでいれば何の問題もないからだ。


「結局、俺たちじゃそこまではわからんか……」


 思わず椅子にもたれかかる。やはり高校生だけで追える情報には限界がある。そう思いながら資料を眺めていると、一つ気になる名前が目に入った。


「SIKIコーポレーション?」


 都市開発事業の概要資料に何度も出てくる企業名だった。どうやら、この町に提案されている都市開発計画の多くは、その会社が企画しているらしい。そして実際の建設工事を株式会社川村が請け負っている。


「企画する会社と、作る会社ってことか」


 特に違和感はない。むしろよくある話だろう。ただ、資料を見れば見るほど、その名前が何度も出てくる。

 SIKIコーポレーション。聞いたことのない会社だ。


「柴田さんならこういうのも調べてそうだな」


 株式会社川村について調べてみたものの、決定打になるような情報は見つからなかった。とはいえ、何も収穫がなかったわけではない。

 頭の中で情報を並べてみるが、まだ線にはなりきらない。

 放課後の情報交換会で聞いてみるか。そんなことを考えながらスマホを閉じる。


「結局、材料は増えたけど答えは増えてないんだよな……」


 そんなことを考えながら、何となく窓の外へ視線を向けた。

 昼休みの中庭では、生徒たちが思い思いに過ごしている。ベンチで弁当を食べている者、友人同士で談笑している者、ボール遊びをしている者。

 その中で、中庭の隅にある校舎の壁際に視線が止まった。


「ん?」


 男子生徒が二人。

 何やら言い合っているようだった。距離があるため会話までは聞こえない。だが、見覚えのある顔だった。


「川村……と、西海か」


 川村が西海の胸ぐらを掴んでいる。

 勢いそのままに壁際まで押し込んでいるところを見ると、かなり感情的になっているらしい。

 以前の川村なら、人前ではもっと取り繕っていた気がする。対して西海はというと、驚いた様子もない。むしろ冷ややかな目で川村を見ているようにすら見えた。


「仲良しコンビじゃなかったのか?」


 思わず呟く。球技大会の頃までは、確かいつも一緒にいたはずだ。川村が前を歩き、西海がその後ろを付いていく。そんな光景を何度も見た覚えがある。

 もっとも、俺は人間関係にあまり興味がないので詳しい事情は知らない。ただ、今見えている二人の関係が、以前とは明らかに違うことだけはわかった。


「腰巾着と主人って感じだったもんな」


 そう考えたところで、以前柴田さんと話した内容を思い出した。

 スクールカースト。

 正直、今でもよくわからない。ラノベや漫画の中ではよく見るが、本当にそんなものが存在するのかと聞かれると疑問だ。

 だが、もし存在すると仮定するなら――。

 サッカーで活躍し、見た目も良く、クラスの中心にいた川村は間違いなく上位側だったのだろう。そして最近の騒動で、その立場が揺らぎ始めている。


「リスペクトがなくなったってことか……?」


 そこまで考えて、俺は自分で首を振った。


「いや、ないな」


 以前も同じ結論にたどり着いていた気がする。そもそも俺には、その手の人間関係がよくわからない。誰が上で誰が下だとか、人気者だとかそうでないとか。そんなことを考えるくらいなら本を読んでいた方がよほど有意義だ。


「うん。興味ないな」


 俺はあっさり思考を打ち切った。

 中庭ではまだ二人が何か話しているようだったが、それ以上観察する気にはなれない。

 結局のところ、今の俺に必要なのは川村と西海の友情事情ではなく、山田農園の問題と山の中の不法投棄現場についての情報だ。そう結論づけた俺は窓から視線を外し、机の上に置いてあった本へ手を伸ばした。

 残り少ない昼休みくらい、平和に過ごしたいものである。

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