第59話 少しずつ繋がる線
食堂やまもとへ到着すると、店内はすでに夕方特有の慌ただしさに包まれていた。
再開へ向けた準備も進んでいるらしく、厨房からは出汁のいい香りが漂ってくる。空腹ではなかったはずなのに、こういう匂いを嗅ぐと不思議と腹が減るから困る。
「じゃあ創ちゃん、私は撮影準備してくるね!」
「山神君、後で編集よろしくお願いしますね」
「はいはい」
夏樹と山本さんは慣れた様子で機材の準備へ向かっていく。最近はすっかり息が合っている。夏樹がカメラや照明を準備し、山本さんが撮影内容の確認をする。最初の頃は慌てていた二人も、今ではちょっとしたスタッフみたいになっていた。
「編集担当は大変ね」
「言うな。最近読書時間がどんどん削られてる」
「自業自得じゃない?」
「ぐぅの音も出ない」
柴田さんが小さく笑う。認めたくはないが、結局、自分で首を突っ込んでいる部分もあるのだ。
俺たちは厨房の近くにいた店長のところへ向かった。店長は大きな寸胴鍋をかき混ぜていたが、俺たちに気付くと穏やかに笑った。
「おや、どうしたのかな?」
「ちょっと聞きたいことがあります。同級生の川村君の家が経営している会社のことです」
柴田さんがそう言うと、店長は「ああ」と納得したように頷いた。
「株式会社川村のことかな?」
「やっぱり有名なんですか?」
「この町じゃ有名だよ」
店長はお玉を置きながら答えた。
「建設関係の会社でね。かなり昔からやっている会社だ」
「そんなに大きいんですか?」
「大きい方だと思うよ。公共工事なんかも請け負っているしね」
公共工事。思ったよりしっかりした会社らしい。俺は柴田さんと顔を見合わせた。
「川村のお父さんが社長なんですよね?」
「そうだね。ただ創業者ではないよ」
「二代目とか?」
「そういうこと。確か、川村社長のお父さんが創業者だったと思うよ」
なるほど。川村の父親が会社を立ち上げたわけではなく、引き継いだ側ということか。
「どんな人なんですか?」
「うーん……」
店長は少し考え込む。
「実は僕もそこまで詳しくないんだよね」
「知らないんですか?」
「食堂と建設会社じゃ付き合いがあまりないからね」
それは確かにそうだ。業種が違いすぎる。
「地域の集まりなんかで顔を見ることはあるけど、それ以上はあまり知らないかな」
「じゃあ会社の評判とかは?」
「業種が違い過ぎてあんまり興味を持って聞いたことがないからね。良く知らないんだよ」
参考になるものは少なかったが、それもまた情報だった。少なくとも表立って問題を起こしている会社ではないらしい。
「うーん」
「期待したほどの情報じゃなくてごめんね」
「いえ。 業種が違いすぎるし、詳しく知らなくてもそれは当然です」
すると奥から奥さんが顔を出した。
「何の話してるの?」
「川村建設の話だよ」
「ああ、川村さんのところ?」
奥さんはすぐに話についてきた。意外と知っているのだろうか。俺と柴田さんは少し身を乗り出した。
「何かわかります?」
「会社の中身は全然知らないわよ?でもね?」
奥さんがにやりと笑う。何だろう。
「奥さんがすごく綺麗な人なのよ」
「……」
「……」
沈黙。それは予想外の情報だった。
「保護者会とかで時々会うんだけどね。本当に美人さんなの」
「そうなんですか」
「そうなのよ。背も高いしね。モデルさんみたいなの」
どう返せばいいのかわからない。すると奥さんが不満そうな顔になった。
「なぁに~?その反応?大事な情報じゃない」
「いや、ちょっと求めていた情報とは違ったので…」
「でも、そう言われてみれば、川村ってお母さん似なのかもしれないわね」
柴田さんがふと呟く。
「ああ…なるほどな」
それはあるかもしれない。川村は顔立ちだけ見れば整っている。性格はともかくとして。
「川村君のお母さんには何度か会ったことがあるけど、本当に感じのいい人だったよ」
「そうなんですか?」
「うん」
「じゃあ川村は母親似ではないわね。見てくれがいいだけなんだわ」
柴田さんの辛辣な言葉に、店長が驚いた顔をして俺を見たが苦笑するしかなかった。
今日学校で見た川村を思い出す。
焦り。
怒り。
敵意。
どれも普通の状態には見えなかった。少なくとも今の彼と、「感じのいい人」と評される母親の姿はなかなか結び付かない。
「結局、会社についてはあまりわからなかったわね」
柴田さんが言う。
「そうだな。でも、少なくとも建設会社だってことは改めて確認できた」
建設会社。そして山の中で見つけた不法投棄現場。偶然かもしれない。だが、今はどんな小さな情報でも頭の片隅に置いておくべきだろう。
「まぁ、今日はこのくらいにしておくか」
「そうね」
俺と柴田さんが店長たちと話していると、不意に店の入口からガラガラと引き戸の開く音が響いた。
店内にいた全員がそちらへ視線を向ける。
夕方の光を背にして立っていたのは、以前から何度か顔を合わせている大工の二人だった。相変わらず作業着姿で、仕事帰りなのだろう。額にはまだうっすらと汗が残っている。
「おっ、来た来た」
店長が笑顔で手を振る。
「やぁ! いらっしゃい!」
「おう、店長さん!」
「今日も様子を見に来たぜ!」
「まだ営業再開してないってわかってるんだけどな!」
二人はそう言いながら遠慮なく店内へ入ってくる。もはや常連というより親戚の家に遊びに来た人の距離感だった。店長も慣れたものらしく、苦笑しながら肩をすくめる。
「悪いけど、まだ料理の提供はできないよ?」
「知ってる知ってる!」
「俺たちは顔見に来てるんだよ!」
「それとビール!」
「本音が出てるわよ」
奥さんが呆れたように笑いながら冷蔵庫を開けた。
「はいはい。仕事終わりなんでしょ?」
「さすが恵理子さん!話がわかる!」
「昨日の残りで良かったら何か食べる?」
「もちろん食べる!むしろそれが本命!」
「じゃあビールいらないわね」
「それは困る!両方必要!」
店内に笑いが広がる。奥さんは完全に慣れている様子でビールを二本取り出し、二人の前へ置いた。二人は並んでカウンターへ腰を下ろすと、満足そうに缶を開ける。
「生き返るなぁ……」
「今日も暑かったからな」
「毎日言ってる気がするけどな」
「毎日暑いんだから仕方ないだろ」
そんな会話をしていた大工の一人が、ふと店の奥へ目を向けた。
「あれ?」
「お?」
視線の先には撮影準備をしている山本さんと夏樹の姿がある。
「萌ちゃんじゃねぇか!夏樹ちゃんも!久しぶりだな?元気にしてたか~?」
「こんにちは!いらっしゃいませです!萌はこの通り元気ですよ!」
山本さんが手足をにょきにょきとさせて健康をアピールしている。あれでアピールできているのか?
「こんにちわ!お久しぶりです!」
夏樹も軽く挨拶を交わす。
「動画見てるぞ!毎回楽しみにしてる!」
「ありがとうございます!」
山本さんが嬉しそうに笑った。するともう一人の大工が待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
「親子炒飯の回は腹抱えて笑ったわ!」
「俺もだ!息ができなくなるくらい笑ったぞ!」
「そんなにですか!?」
山本さんが目を丸くする。
「そんなにだよ!フライパン燃えた瞬間、俺ビール吹いたもん!」
「危うくスマホにかかるところだった!」
「笑い事じゃないです!」
山本さんが頬を膨らませる。
「私、一生懸命作ってたんですよ!?」
「それはわかる!だから余計面白かったんだ!」
「ひどいです!」
「いや、褒めてるんだって!」
「褒めてるように聞こえません!」
店内がまた笑いに包まれる。山本さんは不満そうに腕を組んだ。
「もう大工さんたちには優しくしてあげません」
「待って!それは困る!」
「萌ちゃんの手料理食べられなくなる!」
「作ったことないです!」
「じゃあこれからでいい!」
「図々しいですね!?」
山本さんが本気で呆れた顔をしている。しかし口元は笑っていた。本気で怒っているわけではないらしい。そんなやり取りを見ていた夏樹が肩を震わせていた。
「ふふっ……」
「おっ、その笑い声だ!」
「そうそう!」
大工の二人が同時に指をさす。
夏樹が固まった。
「え?」
「あの動画の裏の主役!笑い声担当!」
「えぇぇぇ!?」
夏樹が顔を赤くする。だが二人は止まらない。
「親子炒飯の回なんて半分くらい夏樹ちゃん笑ってただろ!」
「笑いにつられてこっちも笑うんだよな!」
「そんなことないです!親子丼なのに火柱が上がってすごくびっくりしただけです!」
俺は静かに首を横に振った。
「いや、笑ってた」
「創ちゃんまで!?」
「編集したの俺だからな」
「うっ」
夏樹が言葉に詰まる。事実なので反論できないらしい。
「夏樹の笑い声が入っている部分を消そうと思ったんだよ。山本さんは本当に一生懸命作っていたからな。笑ったら悪いだろ?って思って」
「山神君!そんなことを思ってくれていたんですか?」
「あぁ。必死に頑張る山本さんを応援する気持ちで編集していたんだ。ただ、動画をよく見てくれたらわかるんだけど、画面が小刻みに揺れてるんだよ」
「え?どういうことですか?」
「撮影していた奥さんが笑ってしまってるから、カメラが小刻みに揺れてるんだよ」
「お母さん!?」
「だってしょうがないじゃな~い。まさか丼鍋から火柱が上がるとは思ってなかったんですもの。それに、萌の必死な顔を見てるとかわいくって。ふふふ」
一瞬静まり返る。
次の瞬間。
「ぶははははは!」
「マジかよ!もう一回あの動画見て見よう!」
大工二人が大爆笑した。
柴田さんも吹き出している。
店長至ってはカウンターに突っ伏していた。
「火柱が上がった時はすごく心配したんだから!でも、恵理子さんが『何で親子丼作ってるのに炒飯みたいに火が出るのよ』って言うから、確かに…って思ってちょっとだけ笑っちゃっただけなの!信じて!萌」
夏樹が抗議する。
「いや笑ってた。めちゃくちゃ笑ってた。しかも撮影中ずっとだ。動画見返したらわかる」
俺は即答した。
「創ちゃん!?」
夏樹が本気で怒り始めた。だが誰も助けない。むしろ全員笑っている。山本さんまで肩を震わせていた。
「夏樹ちゃん、確かにすごく笑ってました。私、途中から夏樹ちゃんの笑い声聞いて笑ってましたもん」
俺はそんな様子を見ながら、ふと柴田さんへ視線を向けた。柴田さんも笑いを堪えながらこちらを見ている。この様子なら、食堂やまもとの営業再開を楽しみにしている人間は思った以上に多いのかもしれない。少なくとも、この二人が時々様子を見に来る理由はよくわかった気がした。店の料理だけではなく、この空気そのものを気に入っているのだろう。
そんなことを考えながら、俺は次に聞くべきことを頭の中で整理し始めるのだった。
店内の笑い声がようやく落ち着いた頃、俺はカウンターに座る大工二人へ視線を向けた。さっきまでは動画の話で盛り上がっていたが、今聞いておきたいことがある。俺は少し姿勢を正した。
「少し教えてほしいことがあるんですが、聞いてもいいですか?」
その言葉に、大工二人は同時にこちらを見る。
「お?珍しいな」
片方がビールを置きながら笑った。
「山神君の方から話しかけてくるなんてな。どしたんだい? 改まって」
冗談ばかり言っている二人だが、話を聞く姿勢はしっかりしていた。こういうところを見ると、根は真面目なんだろうなと思う。ふざける時と真面目な時の切り替えが上手い。俺は少しだけ好感を持った。気付けば夏樹と山本さんもこちらへ近付いてきていた。
「何の話ですか?」
「面白い話?」
「面白くはないと思う」
一方で柴田さんはすでにスマホを取り出し、メモアプリを開いていた。完全に取材モードである。準備が良すぎる。
「株式会社川村のことを知っていますか?」
「ああ、川村さんとこか。もちろん知ってるぞ」
二人はすぐに頷いた。
「俺たちは一人親方だからな。川村さんとこが何か建てるってなると、だいたい声かけてもらうんだ」
「下請けってことですか?」
「そんな感じだな。大工仕事が必要なら呼ばれる」
「結構付き合い長いぞ」
思ったより近い立場だった。これは期待できるかもしれない。
「株式会社川村は建物を建てる以外にはどんな仕事をしているんですか?」
「道路工事とかだな」
「下水工事もやってるぞ。公共工事関係は結構幅広い」
「へぇ」
俺は思わず柴田さんを見る。柴田さんも小さく頷いた。
建設会社。
道路工事。
下水工事。
山の中の建設汚泥。頭の中で情報が少しずつ繋がっていく。
「俺たちは大工だから、そっちにはあまり参加しないけどな。でも大きな現場になると雑用で呼ばれることもあるぞ」
「雑用?」
「資材運んだり掃除したり。人手足りない時は何でもやる」
「なるほど」
「仕事が少ない時期は結構助かるんだよな」
「そういうもんなんですね」
「そういうもんだ」
そこで片方の大工が何か思い出したように顎を撫でた。
「あ、でも最近ちょっと妙な話聞いたな」
「妙な話?」
「支払いが悪いらしいぞ」
俺と柴田さんが同時に反応した。
「支払いが悪い?」
「給与の未払いとかですか?」
すると大工二人は顔を見合わせる。
「いや、未払いじゃない。支払いのサイクルが遅くなってる」
「支払いのサイクルが遅くなってる?」
「そうそう」
するともう片方が突然大きく頷いた。
「あー!」
「何だよ急に」
「俺それ最近あった!」
「お前かよ!」
店内に笑いが起きる。
「基本どんぶり勘定でやってるからさ」
「そこ威張るところじゃないぞ」
「久しぶりに銀行の入出金明細見たんだよ。そしたら金が振り込まれててさ?何の金かな〜って考えてたら川村さんとこの仕事だった」
「お前本当に大丈夫か?」
もう一人の大工が呆れている。
「いつ頃の仕事だったんです?」
「二か月前」
さらっと返ってきた。
「二か月?長くないですか?」
「長いっちゃ長い。でも、川村さんとこだけじゃなくて時々こういうことがあるからな。支払い忘れてたんだと思ってた」
「でも、川村さんのとこは結構きっちりしてたから意外だったんだよ。でも、最近ちょくちょくそんな話を聞くようになったんだ」
「へぇ……」
柴田さんがメモを取る。
「それに、結構資金繰りには苦労してるみたいだぜ?川村さんとこに出入りしてる運送業者の社長と知り合いでよ?何かそんなこと言ってたぞ」
「俺、銀行から出てくる社長見たことあるんだけど、結構渋い顔してたな。お金に困ってるんならあんな顔するのも仕方ないよな」
「でも、お前いつも金に困ってるのに変わんねぇじゃん」
「そりゃそうだろ?金があったことがないんだから感情が動かねぇだけだよ」
「確かに!そりゃそうか!あるところからなくなるとしんどいけど、無いから無いだと変わらないもんな?何だお前!頭いいじゃねぇか!」
二人でゲラゲラと笑っている。あまり頭のいい会話だとは思わなかったが、なるべく顔には出さないようにする。
「そんなに資金繰りが苦しいなら、何か失敗したんですか?」
夏樹が首を傾げ尋ねると二人は揃って首を振った。
「いやぁ。そこまでは知らねぇ」
「俺たち現場の人間だからな。経営のことはわからん」
「でも今年に入ってから少しずつ遅れ始めた気はするな」
「それでもちゃんと払ってくれるからまぁいいんだけど」
「いや、お前はもう少しお金のことをちゃんと見ろ」
もう片方が真顔になる。
「そのうち破産するぞ?」
「大丈夫だよ!その時は店長に泣きついて、しばらくご飯作ってもらうから」
「なるほど。何一つ解決してないな」
俺は思わず頷いた。
「店長がいるから大丈夫!」
本人だけが自信満々だった。すると店長が穏やかに笑う。
「もちろん。腕を振るってご提供しますよ」
「ほら!さすが店長!心強い!」
大工が満面の笑みを浮かべた。だが店長は続ける。
「もちろん、お得意様ですからね?」
「おう!」
「特別料金でご提供します」
「……ん?」
大工の笑顔が固まる。
「特別料金?」
「えぇ。トイチでいかがでしょう?」
店長はにこやかに頷く。店内が一瞬静かになった。
「トイチ!?十日に一割!?何が増えるんで?」
「ご安心ください。借金ではありません」
店長は営業スマイルのまま答えた。
「じゃあ何!」
「いやぁ正確にはトイチとは読まないんですが、読めなくもないんで僕はそう読んでるです」
創太郎は店長が何を言おうとしているのかすぐに気付いた。店長はメモにさらさらと文字を書き大工に見せる。
「『徒一』と書きましてね?トイチと読めるでしょう?これでいかがでしょうか?と思っているんですよ」
夏樹や柴田さん、山本さんも店長の書いたメモを見る。夏樹と柴田さんは気付いたようだが、山本さんは大工たちと同じようにぽかんとしていた。
「山神君、これってトイチと読まずに何と読むんですか?」
「読み方は色々あるんだが、ズイチと読むことが多いかなぁ…」
「ズイチですか?どういう意味なんですか?」
「日本史にも出てくるからみんな学んでいると思うんだけど、大宝律令や養老律令って聞いたことないか?」
「タイホウリツリョウってなんか聞いたことあります」
山本さんが言うと、なんだかカタカナで聞こえる。大工二人を見ると、二人とも大宝律令という言葉には聞き覚えがあるみたいだ。
「現代の量刑制度においては疲れない歴史用語で、刑罰の五刑である、笞・杖・徒・流・死の中の徒を意味するものになる」
「け……刑罰??」
大工二人が縮こまる。
「創ちゃん。つまり『徒一』ってどういうこと?」
「『徒一』ってことは、簡単に言うと懲役1年ということだな」
数秒の沈黙。
そして。
「普通に通報してるじゃねぇか!」
「おや?それでは笞や杖に変更しましょうか?これについては、我々でもできそうなものですので」
店長は首を傾げる。
「ち……笞や杖がなんだかわからねぇけど、やべぇことには変わりないはずだ!!」
戦々恐々とする大工の悲鳴が店内に響く
「ちなみに、笞や杖って山神君は何か知ってるんですか?」
「笞は細い鞭で背中や尻を打つ刑罰。杖は笞よりも太い木や杖で打つ刑罰だよ」
「ひょえぇぇ…。昔の人はとんでもないことを思いつくものですね」
「創ちゃん、ほんとに何でも良く知ってるね?」
「歩くスマホみたいね」
誰が便利グッズだ。「Hey soh!」呼んだって答えてやらないぞ。
「そこの高校生たち!物騒な話を流して日常会話に戻るんじゃない!こっちはまだ戦々恐々としてるんだよ!」
大工たちが必死に店長をなだめようとしている。店長はなぜか厨房にあった鞭のようなしなりのあるものを右手に持ち、杖のような形状の棒を左手に持っていた。店長は最後まで穏やかな笑顔のままだった。たぶんこの人、自分で言っていて楽しくなっている。
夏樹が笑い転げる。山本さんも肩を震わせていた。俺も思わず吹き出してしまう。
そんな賑やかなやり取りの中、俺は頭の片隅で先ほど聞いた話を整理していた。
株式会社川村。
道路工事や下水工事も請け負っている地元の大手の建設業。そして最近、資金繰りに苦労しているらしい。
嫌な仮説が浮かんだが、俺はそれを片隅に追いやり大工を追い詰める店長を眺めていた。




