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きみの隣で、今日も僕は考えてる。本ばかり読んでいた俺の日常は、少しずつ騒がしくなる  作者: マリセリソウ


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第55話 山を下りたあとで

 俺と柴田さんが食堂やまもとへ到着した頃には、空は少し赤みを帯び始めていた。店の前まで来た瞬間、換気扇から流れてくる香ばしい匂いが鼻をくすぐる。炒め物の香りに、出汁の優しい匂い、それからほんのり醤油の焦げる匂いまで混ざっていて、空腹じゃなくても腹が減りそうになる匂いだった。


 まだ営業再開前だというのにこの破壊力だ。これで正式に店が再開したら、この辺り一帯は夕方になるたびに飯テロ空間になるんじゃないだろうか。近所の人間は毎日誘惑と戦う羽目になるな、とどうでもいいことを考えてしまう。


「……いい匂い」


 隣で柴田さんがぽつりと呟いた。


「さっきまで山の中にいたから余計にな」

「遭難帰りにこれは反則でしょ……」


 疲労した体に染みる匂いらしい。実際、俺もかなり腹が減っていた。

 柴田さんが店の扉を開けると、カラン、と軽い音が鳴る。その瞬間だった。


「柴田さん!!」

「よかったぁぁ!!」


 店の奥から飛び出してきた夏樹と山本さんが、そのまま柴田さんへ突撃した。


「うわっ!?」


 柴田さんが完全に不意を突かれ、目を白黒させる。夏樹は柴田さんの腕に抱きつき、山本さんは半泣きみたいな顔で反対側からしがみついていた。


「大丈夫だった!? 本当に!?」

「連絡ないから心配したんだから!」

「いや、ちょ、苦しい苦しい……!」


 山登り帰りの疲労状態で両サイドから抱きつかれているせいか、柴田さんが本気で押し潰されそうになっている。


「汗だくだから! 山登ってきたあとだから! あんまり引っ付かないでほしいわ!」


 そう言いながらも、完全に引き剥がそうとはしていない辺り、本人もまんざらではないのだろう。夏樹たちはそんなことお構いなしに「そんなの関係ない!」とさらに抱きつく力を強めている。


 ……この光景も、もう何回目だろう。


 俺は特に気にすることもなく、その横を通って店内へ入った。

 店の中では店長がカウンター越しにこちらを見ており、俺と目が合うなり安堵したように息を吐く。


「山神くんもお疲れ様。山田園長から連絡もらったよ。大変なものがみつかったね」

「もう伝わってましたか」

「うん。かなり大事になりそうだよ……。今後のことは山田園長も弁護士にも相談してみるとも言っていたね」


 店長の表情は真剣だった。その横では奥さんも腕を組みながら難しい顔をしている。どうやら二人で今後どう動くべきか話し合っていたらしい。


「山田農園だけの問題じゃ済まなくなる可能性があるって話だったわ。もし本当に山の上流から何か流れてきてるなら、この辺り全体の問題になるかもしれないものね……」


 奥さんが静かに言う。俺は軽く頷いた。


「まだ断定はできません。でも、かなり怪しいです」


 店長はしばらく黙ったまま考え込み、それからゆっくり口を開く。


「警察や行政へ話を持っていくにしても、順番は考えた方が良さそうだね」

「俺もそう思ってます」


 感情だけで突っ込む段階ではない。今必要なのは、情報を整理して確実に外堀を埋めていくことだ。

 そんな真面目な空気の中、背後から「ぐえっ」という変な声が聞こえてきた。振り返ると、夏樹と山本さんに抱きつかれたまま、柴田さんが完全にソファへ沈められていた。


「だから重いって言ってるでしょ……!」

「生きて帰ってきたからセーフ!」

「意味わかんないから!」


 どうやら、あっちの空気はいつも通りらしい。

 俺はその様子を見て少しだけ肩の力を抜きながら、改めて店の中へ漂う温かい匂いを吸い込んだ。山の奥で感じた重苦しい空気とは正反対の、どこか安心する匂いだった。



 俺が店長と奥さんと一緒に、山の件について今後どう動くべきか話していると、店の奥から夏樹の声が飛んできた。


「創ちゃん!」


 店内に響くその声は妙に明るい。さっきまで山奥で不法投棄の可能性だの、行政をどう動かすだのという話をしていたせいか、その温度差に少しだけ頭が追いつかなかった。


「ん?」


 振り返ると、夏樹がこちらへ大きく手を振っている。その隣にはエプロン姿の山本さんが立っており、どこかそわそわした様子でこちらを見ていた。二人とも、ついさっきまで撮影でもしていたのだろう。厨房の奥からはまだ湯気が立ち上っている。


「今日は創ちゃんに食べてもらいたいものがあります!」


 夏樹が自信満々に言う。


「その言い方、ちょっと不安なんだけど」

「失礼だなぁ!?」


 夏樹がむっと頬を膨らませた。だがすぐに気を取り直したように胸を張る。


「今日はね、店長直伝の親子丼です!」

「親子丼?」

「はい!」


 山本さんが嬉しそうに頷いた。


「“料理人への道”の撮影で作ったんです! 今日のメイン回ですよ!」


 どうやら今日は、食堂やまもとチャンネルの撮影日だったらしい。

 最近の人気企画になっている“料理人への道”は、山本さんが店長に料理を教わりながら、一歩ずつ成長していくという内容だ。最初は包丁の持ち方も怪しかったらしいが、最近は視聴者から「普通に美味そう」「成長速度がおかしい」とコメントされるくらいには上達しているらしい。


 俺は反射的に店長を見る。

 すると店長は、いつもの穏やかな笑みを浮かべながら静かに頷いた。

 だが、この人がここまで穏やかに太鼓判を押すなら、少なくとも食べられないものは出てこないんだろう。俺が少し安心した、その瞬間だった。


「ちょっと待って?」


 夏樹がジトッとした目でこちらを見る。


「今、創ちゃん店長の顔見たよね? どういうことよそれ!!」


 次の瞬間、夏樹が俺の首根っこを掴み、そのままガクガクと揺さぶり始めた。


「信用してないってことでしょ!? 絶対そうでしょ!?」

「な〜〜んで〜〜も〜〜ねぇ〜〜……」


 視界が激しく上下する。普通に酔う。山道を何キロも歩いてきた直後の人間にやることじゃない。

 ソファに座っていた柴田さんが、その様子を見ながら麦茶を飲んでいる。


「大型犬が遊ばれてるみたい」

「助けろよ……」

「無理。面白いから」


 ひどい。


「創ちゃんって、たまにすっごい失礼なんだから!」

「気のせいだろ……」

「気のせいじゃない!」


 夏樹は不満そうだったが、そのやり取りを見ていた奥さんが楽しそうに笑い始めた。


「あははっ、ほんと仲良いわねぇ」

「どこがですか」

「うふふ」


 笑ってはぐらかされた。俺にはよくわからない。

 一方、山本さんは少し照れたように笑いながら、厨房の方へ視線を向けた。


「でも今回は本当に頑張ったんですよ? 卵を半熟にするタイミングとか、玉ねぎを煮る時間とか、お父さんにかなり細かく教えてもらって」

「最初は包丁持つだけで危なっかしかったけどねぇ」


 奥さんがにやにやしながら言う。


「お母さん!?」

「だって本当じゃない。猫の手が全然できてなくて見てるこっちが怖かったもの」

「うぅ……」


 山本さんが顔を真っ赤にする。その様子を見ながら、店長は穏やかに笑っていた。


「でも本当に上達してるよ。火加減もちゃんと見れるようになってきたし」

「……ありがとうございます」


 褒められた山本さんが、少し嬉しそうに目を細める。

 こういうところ、本当に真面目なんだよなと思う。動画でも明るく振る舞っているが、裏ではかなり努力しているタイプだ。

 食堂やまもとチャンネルは基本的に山本さんがメイン出演だ。夏樹は撮影や編集補助など、裏方に回ることが多い。夏樹の見た目だとファンは付きやすいのだろうと思うけど、そうなると食堂やまもとチャンネルの目的がぶれてしまう。戦略的撤退ってやつだな。しらんけど。

 視聴者からは“声だけ聞こえる人が気になる”というコメントが時々来ているらしい。

 そういえば以前、店長が夏樹にも料理を教えようかと提案したことがあった。


『夏樹ちゃんもやってみる?』


 だが夏樹は、その申し出をやんわり断っている。


『プロに無償で教えてもらうわけにはいきませんから』


 かなり真面目な顔でそう言っていたのを覚えている。店長も奥さんも、「そんなの気にしなくていいのに」と言っていたが、夏樹は頑なだった。


『それに……』


 そう言いかけて、夏樹がちらっと俺の方を見た。

 俺は普通にその続きを待っていたんだが、その瞬間、山本さんと奥さんが「あー……なるほど」と妙に納得した顔をしたのだ。

 俺はよくわからなかったが、店長も奥さんも山本さんもそれだけでわかったらしい。

 店長に至っては、少し困ったように笑いながらこう言った。


『……こりゃ夏樹ちゃんも苦労するねぇ』


 正直、今でも意味がわかっていない。何が“なるほど”だったのかも不明だし、なぜ店長が少し同情するような目をしていたのかも謎だ。


「創ちゃん?」

「ん?」

「また変なこと考えてるでしょ」

「別に」

「今、絶対失礼なこと考えてた顔してた」

「どんな顔だよそれ」


 夏樹は疑わしそうにこちらを見ていたが、その奥からふわりと出汁の香りが漂ってくる。甘辛い醤油の香りに、半熟卵の優しい匂い。それに鶏肉を焼いた香ばしさまで混ざり、空腹を容赦なく刺激してくる。山の中で感じていた湿った土の匂いとは真逆の、温かくて安心する匂いだった。

 気がつけば、さっきまで頭の中を占めていた重苦しい考えが、少しだけ遠のいていた。

 


 山本さんが作ってくれた親子丼は、予想以上にちゃんとしていた。というより、普通に美味かった。

 ふわっと半熟気味に火の通った卵に、甘辛い出汁がしっかり染みた鶏肉と玉ねぎ。その上に刻み海苔まで乗っていて、見た目からしてかなり完成度が高い。山道を歩き回ったあとということもあり、疲れた体にやたら染みた。


「……うまいな」


 素直にそう言うと、山本さんがぱっと表情を明るくする。


「ほんとですか!?」

「おう。普通に店で出せるレベルじゃないか?」

「やったぁ……!」


 山本さんは本気で嬉しそうに胸の前で小さくガッツポーズをしていた。その横で夏樹がなぜか自慢げな顔をしている。


「でしょ?」

「お前が作ったわけじゃないだろ」

「でも、私も色々お手伝いしたんだよ?撮影のこと以外でも」

「そこは否定してない」


 店長も穏やかに笑っていた。


「萌、かなり練習してたからね」

「昨日も家でずっと親子丼作ってたものねぇ」


 奥さんがそう言うと、山本さんが少し恥ずかしそうに笑う。


「最初は卵に火が入りすぎちゃって……」

「動画で“親子炒飯”ってコメントされてたわ」


 柴田さんがぼそっと言った瞬間、山本さんが「やめてください!」と顔を真っ赤にしていた。

 そんなやり取りをしながら夕食を終え、俺たちは食堂やまもとをあとにした。




 外に出ると、昼間の熱気は多少和らいでいたものの、まだ空気には夏の気配が残っている。道路脇では虫の鳴き声が聞こえ始めており、空は夕焼けから徐々に群青色へ変わりつつあった。

 俺と夏樹、柴田さんの三人は並んで住宅街の道を歩く。しばらく歩いたところで、柴田さんが小さく息を吐いた。


「……疲れた」


 その声には隠しきれない疲労が滲んでいる。歩き方も少し重い。山道を往復したんだから当然だろう。


「大丈夫か?」

「大丈夫。ちょっと足が棒になってるだけ」


 そう言いながらも、柴田さんは気だるげに肩を回していた。夏樹が心配そうに顔を覗き込む。


「直美、ほんとに無理してない?」

「してないしてない。単純に運動不足よ」


 柴田さんは自虐気味に笑った。


「取材の真似事のつもりで色々なところに行って、体力をつけていたつもりだったけど、山道のアップダウンは普通にキツかったわ」

「まぁ、今日はかなり歩いたしな」

「山神が平然としてるのがおかしいのよ」

「俺も疲れてるぞ」

「顔に全然出てないじゃない」


 そんなことを言われても困る。

 しばらく三人で静かに歩く。住宅街の夜は比較的静かで、時折車が通り過ぎる音だけが響いていた。さっきまでの食堂の賑やかな空気が嘘みたいだった。

 その沈黙を破るように、柴田さんが口を開く。


「……で、今後はどう動くの?」


 俺は少しだけ考えてから答えた。


「正直、ここから先は大人の仕事になると思う」


 柴田さんがこちらを見る。


「俺たちが見つけた情報は、十分価値がある。山の中に怪しい埋設現場があって、山田農園の異常とも位置関係が繋がってる可能性が高い。そこまではかなり見えてきた」


 だが――と俺は続ける。


「逆に言えば、ここから先は“証明”の段階になる」


 ただ怪しいだけでは駄目だ。実際に何が埋められているのか。誰が土地を管理しているのか。正式な許可はあるのか。行政や警察が動くには、そういう法的な確認が必要になる。


「それに、もし本当に不法投棄なら、相手は普通に犯罪やってる連中だ」


 俺は昼間に見た男たちを思い出す。

 柄の悪い作業員。

 フェンス。

 有刺鉄線。

 人目を避けるような旧道。

 少なくとも、“善意のボランティア活動”ではない。


「今日みたいに偶然見つからなかったからよかったけど、あれで見つかってたら普通に危なかった可能性もある」


 柴田さんは黙って聞いていた。


「だから、これ以上踏み込むなら、ちゃんと大人を挟むべきだと思う。山田農園側も動いてくれるし、店長たちもいる。土地の確認とか行政への相談とか、そこから先は俺たち高校生だけで抱える話じゃない」


 柴田さんは少しだけ唇を結ぶ。まだ納得しきれていない顔だった。多分、記者気質なんだろう。真実に近づいた以上、自分の目で最後まで追いたい気持ちはあるはずだ。だが、それでも俺の言っていること自体は理解できるのか、反論はしてこなかった。


「……まぁ、確かにね。正直、あの人たちちょっと怖かったし」


 小さくため息を吐きながら、柴田さんが苦笑する。


「だろ」


 そのやり取りを聞いていた夏樹が、じとっとした目を柴田さんへ向ける。


「直美、ほんとに無茶しないでよ?」

「わかってるわよ」

「絶対わかってない顔してる」

「そんなことないって」


 柴田さんは苦笑しながら両手を上げた。だが、その笑顔の奥にまだ消えていない好奇心があることくらい、俺にもわかった。




 柴田さんを家まで送り届けたあと、俺と夏樹は夜道を並んで歩いていた。

 昼間の暑さは多少落ち着いていたものの、アスファルトにはまだ熱が残っている。街灯に照らされた住宅街は静かで、遠くから時折車の走る音だけが聞こえてきた。


「直美、絶対明日筋肉痛だよね」


 夏樹がくすっと笑いながら言う。


「多分な」

「創ちゃんは?」

「多少は疲れてるけど、筋肉痛にはならないんじゃないかな」

「毎日運動してるもんね。でも創ちゃんもあんまり無茶したら駄目だからね?自分から進んではしないだろうけど、創ちゃんのことだから…」


 夏樹は呆れたように肩を竦める。

 だが、その表情はどこか安心したようでもあった。山の中で見つけたものはかなり物騒だったが、とりあえず全員無事に帰ってこられた。それだけでも十分だったのかもしれない。


 家へ戻ると、俺は山道を歩き回った汗を流すため、先に風呂を借りた。

 熱めのシャワーを浴びると、思っていた以上に疲労が溜まっていたことがわかる。肩や脚がじんわり重い。今日は頭も体も使いすぎた気がする。


 風呂から上がったあと、俺は自室へ戻り、パソコンを立ち上げた。

 食堂やまもとチャンネル用に預かっていた動画素材の編集を進めるためだ。山本さんの“料理人への道”の撮影データは毎回そこそこ量が多く、カット整理だけでも地味に時間が掛かる。

 現在、夏樹は風呂に入っている。リビングの方からは、ドライヤーの音やテレビの小さな音が時折聞こえてきていた。

 俺はタイムライン上に並んだ動画素材を確認しながら、不要部分を切り分けていく。山本さんが卵を盛大に混ぜすぎて店長に止められているシーンは、多分使った方が面白い。

 そんなことを考えていると、机の上に置いていたスマホが震えた。


 画面を見る。

 父親からだった。


『何とか国を出られた。一安心だ。母さんも無事。もう少し落ち着いたら連絡する』


 短い。相変わらず驚くほど愛想がない。

 続けて送られてきた文章には、『止まっていた生活費も送金しておいた。確認しておけ』とだけ書かれていた。


 ……まぁ、生きてるだけマシか。


 父親は海外を飛び回る仕事をしている関係で、たまに本当に意味のわからない場所へ行く。以前も「国境閉鎖で数日帰れなくなった」とか、「クーデターで空港閉鎖された」とか、ニュースで見るような状況をさらっと報告してきたことがある。

 今回は内戦状態になっていた国にいたらしい。俺は苦笑しながら、『了解』とだけ返信を送る。

 すると数秒後、再びスマホが震えた。今度は母親からだった。


『どういうことよ!!』


 開幕から勢いが強い。


『もっと他に言うことがあるでしょうが!!無事でよかったとか! 心配してたとか!俊美さんの愛想のない文章を真似するんじゃありません!!』


 どうやら父親のメッセージ内容に怒っているらしい。さらにスクロールすると、


『そんな朴念仁だから夏樹ちゃんに苦労かけるのよ!あんな良い子、創太郎にはもったいないくらいなんだから大切にしなさい!あとちゃんとご飯食べてる!?』


 などなど、いつもの勢いで大量のメッセージが送られてきていた。最後の方には猫のスタンプまで飛んでいる。

 ……元気そうだな。

 俺は読むだけ読んで、そのままスマホを机に置いた。返信すると長くなる。

 するとそのタイミングで、部屋の外から聞き慣れた声がした。


「創ちゃん入るよ〜」


 ガチャ。

 返事を待たずに扉が開いた。夏樹がペットボトルの水を片手に部屋へ入ってくる。風呂上がりらしく、少し濡れた髪をタオルで拭きながらこちらを見ていた。


「……だからノックしろっていつも言ってるだろ」

「ちゃんと声かけたじゃん」

「ほぼ同時だっただろ今の」


 夏樹は全く反省した様子もなく、俺のベッドへ勝手に腰掛ける。


「誰かとメッセージしてたの?」


 完全に俺の注意は右から左へ流れているらしい。


「親から」

「あっ!無事だったの!?」


 夏樹の表情がぱっと明るくなった。


「ああ。何とか国を出られたらしい」

「よかったぁ……」


 本気で安心したように夏樹が胸を撫で下ろす。俺はスマホを夏樹へ渡した。夏樹は嬉しそうにメッセージ画面を覗き込む。


「俊美さんもまり代さんも無事なんだね」

「らしいな」

「よかったぁ……」


 しみじみ呟きながらメッセージを読んでいた夏樹だったが、次の瞬間、何を思ったのか突然スマホを操作し始めた。


「おい」

「ん?」

「何してる」

「返信!」

「勝手なことするな!」

 俺は慌ててスマホを取り返そうとしたが、夏樹は素早く立ち上がり、ひょいっと距離を取る。

「はいはーい、創ちゃんは編集しててくださーい」

「人のスマホで遊ぶな!」

「遊んでませーん」


 夏樹は楽しそうに笑いながら、俺の母親とのメッセージ欄へ何かを書き込んでいる。

 どうせ余計なことを書いているに決まっている。だが、追いかけ回すのも面倒になり、俺は小さくため息を吐いた。

 結局、俺はパソコンへ向き直り、編集作業を再開する。背後では夏樹が、「まり代さんスタンプ多いなぁ」とか、「俊美さん相変わらず文章短っ」とか好き勝手言っていた。


 ……まぁ、二人とも無事ならそれでいいか。


 そう思いながら、俺は動画のタイムラインを再び動かし始めた。

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