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きみの隣で、今日も僕は考えてる。本ばかり読んでいた俺の日常は、少しずつ騒がしくなる  作者: マリセリソウ


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50/62

第50話 地図に浮かぶ違和感

 試合終了後のスタジアムは、何とも言えない空気に包まれていた。


 5対0という大敗ももちろん重かったのだが、それ以上に、最後のあのファールが後味を最悪なものにしていたのだと思う。

 結局、リアムは試合後すぐにチームのメディカルスタッフと一緒に病院へ向かったらしく、その日はシャーロットからも「今から病院行ってくる」という短いメッセージしか届かなかったため、俺たちも解散したあと何となく落ち着かないまま夜を過ごすことになったのだが、日付が変わる少し前になって、ようやくリアム本人から連絡が届いた。


『Just a sprain. No broken bones. No ligament damage.』(ただの捻挫だよ。骨折も靭帯損傷も無し)


 その文章を見た瞬間、俺は思わず大きく息を吐いた。


「よかったぁぁぁ……」


 隣では夏樹がソファへ沈み込むように脱力している。

 俺も正直かなり安心した。

 もちろん捻挫だって怪我ではあるし、痛みもしばらく残るだろうが、それでも骨折や靭帯断裂と比べれば全然違う。

 しかも、そのあと送られてきた写真を見る限り、リアム本人は思った以上に元気そうだった。

 病院の待合室らしき場所で松葉杖をついたリアムが、妙に爽やかな笑顔で親指を立てており、その横ではシャーロットが呆れたように笑っている。


「……元気そうだな」

「めちゃくちゃ元気そうだね」


 夏樹も苦笑していた。

 というか、あいつ絶対ちょっと格好つけてるだろ。

 そのあと、リアムとシャーロットはそれぞれSNSにも同じような写真を投稿したらしく、コメント欄は世界中のファンからの安堵の声で溢れていた。


『本当に良かった!』

『大怪我じゃなくて安心した!』

『無理しないで休んで!』


 などなど。さすが世界レベルの有名人である。通知の数が意味不明だった。夏樹なんか「うわ、秒でコメント増えてく……」と若干引いていたし、俺も途中で見るのをやめた。



 そして日付が変わり、翌朝。今日は、柴田さんと一緒に例の山道を調査しに行く予定になっていた。


 夏樹は朝から食堂やまもとへ向かっている。今日は“料理人への道”とかいう企画を撮影するらしく、昨夜から妙に張り切っていた。


『今回は本気だからね!』


 などと言いながら、スマホでレシピ動画を見続けていたのを俺は知っている。


「創ちゃん、渾身の料理作るから楽しみにしててね!」


 朝もそんなことを言っていた。なお、俺は若干不安である。夏樹は料理そのものは壊滅的ではない。だが、“気合いが入ると余計なことをする”タイプだ。以前も「隠し味!」とか言って謎のアレンジを加えた結果、食べられなくはないがコメントに困る物体が出来上がったことがある。本人は満面の笑みだった。


 俺は静かに水を飲んだ。そんなことを思い出しながら、俺はクローゼットを開け、動きやすい服を適当に選ぶ。今日は山道を歩く予定だ。さすがに制服や普段着では動きにくい。適当なパーカーとカーゴパンツを引っ張り出し、スマホだけポケットへ突っ込む。荷物は最小限。変に目立つものも持たない。


 正直、何も起きないならそれが一番いい。ただの考えすぎで終わるなら、その方がいいに決まっている。だが、柴田さんが襲われかけた件もある以上、完全に無視するには引っ掛かりが大きすぎた。

 俺は小さく息を吐くと、そのまま玄関のドアを開ける。外はまだ朝の空気が残っていて、日差しもそこまで強くない。少しだけ湿気を含んだ風が吹いていた。


「……さて」


 とりあえず、まずは柴田さんと合流だな。外へ出た瞬間、俺は思わず顔をしかめた。


「……暑っ」


 まだ夏本番という訳でもないのに、空気はすでにかなり夏寄りだった。

 朝だというのに日差しは妙に強く、アスファルトからもじわじわと熱気が返ってきているような感覚がある。

 そういえば朝のニュースでも「本日、今年初の夏日を観測しました」とか、「地域によっては真夏日となる見込みです」とか、やたら暑さ関連の話題ばかりやっていた気がする。

 その時は「へぇ」くらいにしか思っていなかったが、今ならわかる。あれは本当だった。むしろ控えめな表現だったかもしれない。

 俺は日差しを避けるようにキャップを少し深く被り直しながら、柴田さんの家へ向かって歩いていた。


 住宅街は比較的静かだったが、その代わり蝉でも鳴き始めそうな空気感が漂っている。まだ六月前なのに、夏がやる気を出しすぎていた。


「……山入る前に体力削られそうだな」


 そんなことを呟きながら歩いていると、やがて柴田さんの家へ到着する。インターホンを押すほどでもないので、スマホで『着いた』とだけメッセージを送った。

 すると数分後、玄関が開く。出てきた柴田さんは、以前学校で見る時とはかなり印象が違っていた。動きやすさ重視なのだろう。

 ラフなパーカーに細身のパンツ、スニーカーという格好で、髪もいつもより簡単にまとめられている。とはいえ、普通に似合っている辺りは何かずるい。


「お待たせ」

「いや、今来たとこ」

「待ち合わせをしていたわけじゃないわ」

「様式美だ」


 柴田さんは呆れたように小さく笑ったあと、俺と同じように空を見上げた。


「……暑いわね」

「まだ夏じゃないんだけどな」

「地球が張り切りすぎてるのよ」

「スケールでかいな」


 そんな軽口を叩きながら歩き出そうとした時、柴田さんがふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、夏樹たちには結局話したわ」

「は?」


 俺は思わず足を止める。


「いや、お前……」

「隠し通せる訳ないじゃない」


 まあ、それはそうかもしれない。特に夏樹相手だと、妙な行動を取れば高確率で察知される。


「心配はされたわよ?」

「だろうな」

「でも、“山神がいるなら大丈夫でしょ”って」

「……何だその雑な信頼」


 俺は思わずため息を吐く。最近、妙に周囲からの信頼値が高い気がするのだが、正直やめてほしい。俺はそんな頼れる人間じゃない。


「”創ちゃんいると何とかなる感はあるよねー”って、夏樹も言ってたわ」


「あいつは昔から適当だからな」


「でも否定しきれない辺りが問題よね」


 柴田さんが少し意地悪そうに笑う。俺は軽く肩をすくめた。まあ、とはいえ今回はそこまで大袈裟な話でもない。

 昼間に山道を確認しに行くだけだ。明るいうちに行って、明るいうちに帰る。危険そうならすぐ引き返す。それくらいのつもりでいる。


「別に肝試し行く訳じゃないしな」

「山神、そういうこと言うとフラグっぽいからやめなさい」

「お前、そういうの気にするタイプだったのか」

「ホラー映画は嫌いよ」

「なるほど」


 少し納得した。すると柴田さんが、ふと思い出したようにこちらを見る。


「そういえば、リアムは大丈夫だった?ひどい怪我じゃなければいいんだけど…」

「ああ」


 俺は昨日届いた写真を思い出しながら答えた。


「捻挫だけだったらしい」

「本当に?」

「靭帯も骨も無事」


 その言葉を聞いた瞬間、柴田さんは明らかにほっとした顔をした。


「……良かった」

「かなり痛そうではあったけどな」

「そりゃあんなことされたらね……」


 柴田さんは少し眉をひそめる。昨日のあのタックルを思い出しているのだろう。


「シャーロットも元気そうだった?」

「まあ、いつも通りだったな」

「なら良かったわ」


 そう言って、柴田さんは少しだけ笑った。その表情を見て、俺もようやく肩の力が抜ける。リアムが無事だった。それだけで、昨日の後味の悪さは多少マシになった気がした。


 俺たちは住宅街を抜け、そのまま山側へ続く道を歩いていた。街中にいた時よりも多少風は通るようになったが、それでも今日はかなり暑い。アスファルトの照り返しも強いし、遠くではもう夏みたいな入道雲まで育ち始めている。


「……これ、本当に六月前か?」

「最近の気候って季節感壊れてるわよね」


 柴田さんも額に浮かんだ汗を軽く拭いながら歩いている。とはいえ、今日は遊びで山へ行く訳ではない。俺たちは例の山道へ向かっている最中だった。すると柴田さんが、歩きながらスマホを取り出した。


「そういえば、これまでの調査内容、ちゃんと共有してなかったわね」

「ああ」

「一応、整理はしてあるわ」


 そう言って柴田さんはスマホ画面をこちらへ向ける。そこにはメモアプリと地図アプリが並んで表示されていた。


 ……妙に本格的だ。


「まず、見慣れないダンプカーなんだけど、どうやら一台じゃなかったみたい」

「複数?」

「ええ。目撃情報がいくつかあったわ。しかも全部、荷物が載っているものには荷台にカバーが掛かってたらしいの」


 柴田さんは画面をスクロールしながら説明を続ける。


「何積んでたかは不明か」

「そういうこと」


 ダンプカーという時点で土砂か廃材か何かを連想するが、カバーをされていると外からはわからない。

 しかも。


「ナンバープレートもバラバラだったわ」

「バラバラ?」

「他府県ナンバーも結構あった」

「……へぇ」


 俺は少し眉をひそめた。地元の業者だけならまだわかる。だが、わざわざ他府県から来ているとなると少し話が変わってくる。


「あと、目撃時間帯はほとんど早朝」

「朝方か」

「人通り少ない時間帯狙ってる感じね」


 そこまで聞いたところで、俺はふと気になった。


「そのダンプカー、どこで目撃されたんだ?」

「これ」


 柴田さんは地図アプリを開き、画面を拡大する。そこにはいくつかピンが刺さっていた。


「ここが目撃地点」

「……おぉ」


 俺は素直に感心した。かなり整理されている。時系列も場所もわかりやすい。


「お前こういうの妙にちゃんとしてるよな」

「ジャーナリスト志望だもの」

「その割にこの前、単独で突撃しかけてたけどな」

「うっ」


 柴田さんが露骨に視線を逸らした。どうやら自覚はあるらしい。俺は苦笑しながら、改めて地図へ目を向ける。

 すると、あることに気付いた。


 俺は柴田さんから借りたスマホを見ながら、もう一度地図を拡大した。画面の中央には、俺たちの住む街を横断するように伸びる一本の太い道路が表示されている。

 東西へ伸びる幹線道路。東へ行けば大都市圏。逆に西側へ行けば、ベッドタウンや住宅地が続き、その先はどんどん静かな地域になっていく。

 俺は目撃地点を示すピンを順番に指でなぞった。


「……やっぱ全部、東側だな」

「そうね」


 柴田さんも俺の横から画面を覗き込む。風が吹き、柴田さんのまとめた髪が少し揺れた。

 今日は本当に暑い。まだ午前中だというのに、アスファルトからの熱気がじわじわ足元へ返ってきているようだった。


「西側では目撃情報ないのか?」

「今のところはゼロ」

「ふーん……」


 俺は小さく唸る。その情報だけでも、ある程度見えてくるものがあった。


「なあ」

「ん?」

「目撃されたダンプカーって、“空っぽっぽい状態”のやつと、“積荷にカバー掛かってる状態”のやつ、両方あるんだよな?」

「ええ」

「ってことは――」


 俺は地図の東側を指差した。


「東の大都市側から、空の状態でこの街に入ってきてる可能性が高い」


 柴田さんは何も言わず続きを待っている。俺はそのまま指を街の方へ滑らせた。


「で、この辺で“何か”を積む」

「……」

「そのあと、わざわざ幹線道路を避けて山道を通って街を出てる」


 言葉にすると、やはり妙だった。普通に考えれば、ダンプカーなんて幹線道路を使った方が圧倒的に楽だ。道幅も広いし、時間も読みやすい。なのに、わざわざ人気の少ない山道を使っている。


「隠したいんだろうな」


 俺がぽつりと呟く。


「積んでるものを?」

「たぶん」


 柴田さんは腕を組みながら、小さく頷いた。


「私も同じこと考えてた」

「だろうな」

「特に気になるのは、“西側での目撃情報が一切ない”ってところなのよ」

「……ああ」


 そこはかなり重要だった。もし単なる通過車両なら、西側でも目撃される可能性はある。だが実際には、目撃情報は全て東側。

 つまり。


「この街に来る目的があるってことか」

「少なくとも、“通り道だから走ってました”って感じじゃないわね」


 柴田さんはそう言って、スマホ画面を軽く叩いた。

 蝉こそまだ鳴いていないものの、周囲にはもう夏直前みたいな空気が漂っている。遠くで草刈り機の音が響き、山の方からは湿った風が流れてきていた。そんな穏やかな昼間の景色とは裏腹に、俺たちが話している内容は、どうにも穏やかではない。


「……考えすぎならいいんだけどな」


 俺がそう言うと、柴田さんは少しだけ苦笑した。

 まあ、かなり怪しい。もちろん合法的な搬入搬出の可能性もゼロではない。だが、それならもっと堂々と幹線道路を使えばいい。わざわざ人目を避けるようなルートを選ぶ理由が薄い。


「だから、その山道を調べてみようってなった訳」

「なるほどな」


 俺は小さく頷いた。正直、ここまで整理されているとは思っていなかった。勢いだけで動いている訳ではないらしい。


「……ちゃんと考えてたんだな」

「失礼ね」

「いや、前科があるから」

「それは否定できないけど」


 柴田さんは少しむくれたような顔をしたあと、ふっと笑う。


「でもまあ、山神がちゃんと一緒に来てくれてる辺り、私の推理もそこまで的外れじゃなかったってことでしょ?」

「……どうだろうな」

「否定しないのね」

「完全に無視できるほど根拠薄くもないからな」


 そう答えながら、俺は山の方へ視線を向けた。木々の向こうへ続く細い道。昼間だというのに、どこか薄暗く見える。


 ……さて。何も無ければ、それが一番なんだが。


 柴田さんからスマホを借りたまま、俺は地図を眺め続けていた。

 目撃地点。

 山道。

 幹線道路。

 東側から入ってくるダンプカー。

 頭の中で情報を整理しながら指で地図を拡大していると、ふとあることに気付く。


「……ん?」

「どうしたの?」

「これ」


 俺は画面を指差した。


「山田農園、ここじゃね?」


 柴田さんがスマホを覗き込む。


「ああ、そうよ」

「……山道の麓じゃん」

「そりゃそうでしょ」


 柴田さんはあっさり言った。


「山田農園周辺で聞き込みしてたんだから、目撃情報も自然とこの辺になるわよ」

「……まあ、そりゃそうか」


 妙に納得してしまった。何か重要なことに気付いた気になったが、普通に考えれば当然だった。少し悔しい。

 すると柴田さんが小さく笑う。


「たまに山神って、すごく頭良さそうな顔で当たり前のこと言うわよね」

「うるさい」

「今のは割と本気で感心した顔してたわよ」

「やめろ」


 何か地味に恥ずかしい。俺は軽く咳払いしながら、もう一度地図を見る。そして、今度は別のことが気になった。


「……なあ」

「ん?」

「山道行く前に、山田農園寄らないか?」

「山田農園?」


 柴田さんが少し不思議そうな顔をする。


「何かあるの?」

「まだわからん」

「雑ねぇ」

「でも、ちょっと確認したいことある」


 自分でもまだ完全に整理できている訳じゃない。

 ただ、ダンプカーの動きと山田農園の位置関係を見ていると、一度現地をちゃんと見ておきたくなった。

 柴田さんは少し考えたあと、小さく肩をすくめる。


「まあ、そこまで遠回りでもないし、いいわよ」

「助かる」

「ただし、無駄足だったらジュース奢りね」

「地味に嫌な条件出してくるな」

「暑いんだから仕方ないでしょ」


 確かに暑い。さっきから気温がどんどん上がっている気がする。俺たちはそのまま進路を少し変え、山田農園方面へ向かって歩き出した。

 すると、その途中だった。道沿いにあるコンビニの自動ドアが開き、中から見覚えのある人物が出てくる。


「……あ」


 山田が作業服姿で、片手にはスポーツドリンクの入った袋を提げている。たぶん畑仕事の休憩中なんだろう。

 山田もこちらへ気付いたらしく、一瞬だけ驚いたように目を丸くした。


「山神? 柴田さん?」


 かなり珍しい組み合わせに見えたらしい。まあ、実際そうかもしれない。だが山田はすぐにいつもの穏やかな表情へ戻った。


「こんにちは」

「よう」

「こんにちは」


 俺と柴田さんも軽く挨拶を返す。すると山田が少し不思議そうに首を傾げた。


「二人でどうしたの?」

「ちょっとこの辺調べものしててな」

「調べもの?」

「まあ色々」


 俺が適当に濁すと、山田は「ああ……」と察したような顔をした。

 最近の件もある。たぶん何となく察しているんだろう。すると柴田さんがふと山田の袋を見た。


「飲み物いっぱい買ってるわね」

「ああ、今日は暑くて……父さんも母さんも畑出てるから」


 袋の中にはスポーツドリンクや麦茶が大量に入っていた。

 完全に夏の買い出しである。


「もう夏みたいだもんな」

「ほんとだよ。まだ六月前なのに」


 山田は苦笑しながら額の汗を拭った。どうやら本当に作業途中だったらしい。すると俺は、ちょうどいいと思いそのまま口を開いた。


「山田」

「ん?」

「ちょっと山田農園で確認したいことあるんだけど、今から行っていいか?」

「え?」


 山田は少し驚いた顔をした。だが、すぐに頷く。


「もちろんいいけど……何か気になることでもあった?」

「まだ何とも言えない」

「今日ずっとそればっかりね」


 柴田さんが呆れたように言う。いや、実際まだ仮説段階なのだから仕方ない。下手に決めつける方が危ない。山田もそんな俺たちの空気を見て、少しだけ真面目な表情になった。


「……わかった。じゃあ一緒に行こうか」


 そう言って、俺たちはそのまま山田農園へ向かって歩き出した。

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