第48話 スタンド席がやたら騒がしい件について
スタジアムへ足を踏み入れた瞬間、耳へ飛び込んできた歓声と熱気に、俺は思わず小さく息を吐いた。
今日は年代別日本代表と海外クラブユース選抜との親善試合ということもあり、スタンドにはかなり多くの観客が詰めかけており、コンコースにはユニフォーム姿のサポーターや家族連れ、それから明らかにサッカー好きそうな人たちが行き交っていて、売店から漂ってくる揚げ物の匂いや、スタジアムDJのテンション高めなアナウンスまで含め、独特のお祭り感が辺り一帯を包み込んでいた。
そんな中、俺たちは観客席へ向かって歩いている。メンバーは、俺、夏樹、柴田さん、山本さんの四人。なお、夏樹はすでにテンションが高い。
「うわー! やっぱスタジアムってテンション上がるね!」
「お前、まだ試合始まってないぞ」
「雰囲気がいいの!」
山本さんもきょろきょろ辺りを見回しながら「すごいですねぇ……」と感心しているし、柴田さんも普段より少し楽しそうな顔をしていた。
まあ、実際スタジアム観戦って独特の高揚感があるからな。
テレビとは空気が全然違う。
ピッチの芝の匂いとか、アップしてる選手たちの声とか、そういう細かい部分まで全部含めて“現地”って感じがする。
すると柴田さんがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、球技大会の時に解説してくれた男子いたじゃない?」
「あー、いたね!」
「たしか、今日も観に来てるって言ってたわよ。この試合も、横で解説してくれたら面白かったのにね」
柴田さんが少し残念そうに言うと、夏樹が即座にこちらを振り返った。
「大丈夫だよ! 今日は創ちゃんいるし!」
「……は?」
「創ちゃん、サッカー詳しいじゃん!」
「いや待て」
「というわけで創ちゃん、本日の解説よろしくお願いします!」
「勝手に決めるな」
「えー?」
えーじゃない。何で俺が解説役をやらなきゃならんのだ。俺は静かに観戦したい派なんだ。
だが夏樹は完全にその気だった。しかも柴田さんまで「まあ、山神君の解説はわかりやすそうではあるわね」とか言い始める。
やめろ。期待するな。
俺は小さくため息を吐きながら席へ腰を下ろした。すると隣へ座った山本さんが、ふと思い出したようにこちらへ話しかけてきた。
「そういえば、この間の生配信のあと、山田農園かなり状況良くなってきてるみたいですよ」
「ん?」
「取引再開したいって連絡も増えてるみたいですし、新しく契約したいって企業さんも出てきてるって、お父さんが言ってました」
その言葉に、夏樹と柴田さんもぱっと表情を明るくする。
「ほんと!?」
「それは良かったわね……」
俺も少し安心した。
あの生配信は、正直かなり精神的に削られるものだった。コメント欄は荒れたし、みんな傷付いたし、特に柴田さんなんかは相当無理していた。でも、その結果がちゃんと形になり始めているなら、やった意味はあったんだろう。
「もちろん、前みたいに完全回復って訳じゃないみたいですけど……でも、再開後の目途はかなり立ってきたって言ってました」
「それなら一安心だな」
俺がそう言うと、山本さんも嬉しそうに頷いた。だが、そのあと少しだけ表情を曇らせる。
「ただ……やっぱり原因はまだわかってないみたいです」
「あぁ……」
そこが問題だった。
最初に異常に気付いてから、もうすぐ一か月になる。にもかかわらず、原因特定はまだ難航しているらしい。
微量であること。
日によって数値が変わること。
検出結果にばらつきがあること。
色んな条件が重なり、調査がかなり難しくなっているようだった。
「行政とか保健所も動いてるみたいですけど、まだ断定できる段階じゃないみたいで……」
「まあ、その辺は専門家に任せるしかないだろうな」
俺たち素人が考えても限界がある。むしろ、下手に動く方が危ない。そんなことを考えていた、その時だった。
ふと視線を感じて横を見る。すると、柴田さんがじっとこちらを見ていた。その視線だけで、何を考えているのかわかった。
例の山道の件だ。
山田農園周辺で目撃されていたダンプカー。
そして、柴田さんが襲われかけた件。
偶然で済ませるには、どうしても引っ掛かる。だから結局――明日、俺たちは二人であの山道を調べに行くことになっていた。
本当は、俺としては一人で行くつもりだった。以前、柴田さんは実際に襲われかけている。危険があるかもしれない場所へ、また連れて行くのは正直気が進まなかった。だが柴田さんは頑として譲らなかった。
『自分だけ除け者にされる方が嫌よ』
そう言われると、強くは出られなかった。結局、夏樹と山本さんには内緒にして、二人で行くことになった。ちなみに明日、夏樹と山本さんには食堂やまもとチャンネルの撮影をお願いしてある。
タイミングとしては丁度いい。
……いや、本当は全然良くないんだけど。隠し事なんて、俺はあまり得意じゃない。特に夏樹は勘が鋭いから、変な態度を取るとすぐ怪しまれる。だからなるべく自然に振る舞わなきゃならないのだが。
「創ちゃん?」
「ん?」
「何か難しい顔してるよ?」
夏樹が不思議そうにこちらを覗き込んでくる。
「別に」
「ほんとぉ?」
「ほんとだよ」
何とか誤魔化す。すると柴田さんが小さく視線を逸らした。たぶん、同じことを考えているんだろう。
そんな微妙な空気になりかけた、その瞬間。スタジアム全体が大きく沸いた。選手たちがピッチへ姿を現したのだ。
「うわ、始まる!」
「リアムいる! あ、いた!」
夏樹が嬉しそうに身を乗り出す。俺も視線をピッチへ向けた。
……さて。
今日はどんな試合になるんだろうな。
試合開始前のスタジアムはすでにかなりの熱気に包まれており、ウォーミングアップを始めた選手たちが大型ビジョンへ映し出されるたびにスタンドのあちこちから歓声が上がっていて、特に海外クラブユース選抜の選手たちが紹介され始めてからは「誰だあの選手!?」「でかっ!」「うわ、速そう!」など、周囲のテンションも一気に上がり始めていたのだが、その中でも一番テンションが高かったのは間違いなく山本さんだった。
「見てください山神君! イギリスのチームにめちゃくちゃかっこいい選手がいるんです!」
そう言って勢いよくスマホをこちらへ突き出してくる。何だ急にと思いながら画面を見ると、そこに映っていたのは、アップ中のリアムだった。
「……あぁ」
「えっ!? 知ってるんですか!?」
「まあ……」
知ってるも何も、この間公園で小学生と一緒にサッカーしてたし。
だが改めてこうやって他人目線で「めちゃくちゃかっこいい選手」として見せられると、何とも言えない気分になる。確かにリアムは顔も整ってるし、身長も高いし、プレーしてる時の華もある。しかも今日は代表ユニフォーム姿だからそりゃ目立つ。スタジアムでも普通に歓声上がってるし。
「ほんとかっこいいですよねぇ……」
山本さんがうっとりした顔で呟く。すると、その横で柴田さんが何気ない調子で口を開いた。
「でもこの選手、シャーロットと付き合ってるんでしょ?」
「えぇ!?」
夏樹が素っ頓狂な声を上げた。
俺は思わずそちらを見る。
……あれ?
知らなかったのか?
すると夏樹がものすごい勢いでこちらを見てきた。
“創ちゃん知ってたの!?”
完全にそう言っている目だった。なので俺も視線だけで返す。
“いつだったか忘れたけど、リアムから聞いてる”
すると夏樹の目がさらに大きくなる。
“何でこの間教えてくれなかったのよ!!”
いや待て。俺が悪いのかこれ?俺は軽く肩をすくめながら視線で返す。
“シャーロットといつも連絡取ってるから知ってるもんだと思ってた”
すると夏樹はさらに信じられないものを見るような顔になった。
“聞いてないよ!!”
いや知らんがな。というか、そもそも他人の恋愛事情をわざわざ共有するタイミングなんて無いだろ。俺がそんなことを考えていると、柴田さんが呆れたようにため息を吐いた。
「……あんたたち、会話するならちゃんと声に出してやったら?」
「え?」
「いや、今普通に会話成立してたでしょ」
「成立してましたねぇ……」
山本さんが苦笑いしている。どうやら久しぶりに発動した幼馴染特有の目線トークは、第三者から見るとなかなか異様な光景だったらしい。まあ、言われてみればそうかもしれない。俺と夏樹は昔からこれを普通にやっているので今さら違和感が無いのだが、客観的に見れば、無言で見つめ合ったあと勝手に会話が進行しているのだから割と怖い。
すると夏樹が急に顔を真っ赤にした。
「うぅ……」
「何で今さら恥ずかしがってんだよ」
「だ、だって第三者から指摘されると変な感じするじゃん!」
「今さらだろ」
「創ちゃんはそういうとこ平気すぎるの!」
いや、別に平気というか、単純に昔からやってるだけなんだが。そんなことを話していると、不意に後ろから声を掛けられた。
「Excuse me?」(ちょっといいかしら?)
聞き覚えのある英語だった。
俺たち四人が一斉に振り返る。するとそこには、キャップとサングラス姿のシャーロットが笑顔で立っていた。
一瞬、周囲の空気が止まる。
「…………え?」
山本さんが完全に固まっている。
まあ無理もない。さっきまでスマホ見ながら「めちゃくちゃ美人……」とか言ってた相手が急に目の前へ現れたのだから。
しかも実物の方がさらに綺麗だ。リアムほどではないにせよ、シャーロットも普通に周囲の視線を集めるタイプなので、近くの観客が「え、外国人モデル?」「誰?」みたいにざわつき始めていた。
やめてくれ。ただでさえ目立ちたくないのに。
「Hi, Charlotte.」(よう、シャーロット)
「Hi, Sotaro.」(こんにちは創太郎)
シャーロットは楽しそうに笑う。
すると夏樹が勢いよく立ち上がった。
「Charlotte!」(シャーロット!)
「Natsuki!」
二人はそのまま軽くハグを交わす。完全に自然な流れだった。そしてその光景を、山本さんが口を半開きで見ていた。
「えっ……えっ……?」
「萌、落ち着いて」
「いやでも直美ちゃん! 本物ですよ!? 本物!!」
「その反応、芸能人見た時のやつなのよ」
柴田さんが冷静に突っ込む。するとシャーロットが不思議そうにこちらを見た。
「What are they saying?」(何て言ってるの?)
「あー……」
俺は少し考えてから答える。
「They're just shocked because you're famous-looking.」(お前が有名人みたいに見えるから驚いてる)
「“Famous-looking”? That's a funny phrase.」(“有名人っぽい”って変な表現ね)
シャーロットがくすっと笑った。すると夏樹が山本さんへ通訳する。
「えっとね、シャーロットも萌ちゃんの反応面白いって笑ってる」
「うわぁぁ……もう無理ですぅ……」
山本さんは顔を覆ってしまった。どうやら情報量が多すぎるらしい。一方、柴田さんは妙に落ち着いていた。いや、この人はこの人で度胸がおかしいだけかもしれない。
「By the way.」(ところで)
シャーロットが少し楽しそうに目を細める。
「Were you talking about me and Liam?」(さっき私とリアムの話してた?)
勢いよくシャーロットへ詰め寄った。
「Why didn't you tell me you were dating Liam!?」(リアムと付き合ってるなんて何で教えてくれなかったの!?)
「Eh?」(え?)
シャーロットはきょとんとしたあと、すぐに「ああ」という顔になる。
「But Liam said he already told Sotaro.」(でもリアムが創太郎には伝えたって言ってたわよ?)
「That's not enough! Even if I told him, he'd probably forget about it immediately if he wasn't interested, so it wouldn't reach my ears!」(それじゃ足りないよ!創ちゃんあんなんだから、ちゃんと言ってくれなきゃ伝わんないよ!)
夏樹が全力で抗議する。なかなか失礼なことを言われた気がする。
「いや、俺悪くないだろ……」
「悪いよ!」
「何でだよ」
「だって創ちゃん、“あ、そうなんだ”で終わらせるじゃん!」
「実際そうだったし」
「ほらそういうとこ!」
シャーロットはそのやり取りを見て、とうとう吹き出した。
「You two really haven't changed at all.」(あなたたち、本当に全然変わってないわね)
一方、その横では山本さんが完全に情報処理落ちしていた。
「あ、あの……えっと……つまり……」
目がぐるぐるしている。
たぶん今、頭の中で「海外有名選手」「超美人外国人」「実は恋人」「しかも夏樹と友達」という情報が大渋滞を起こしているんだろう。
逆に柴田さんは妙に落ち着いていた。いや、この人はこの人で肝が据わりすぎてるだけかもしれない。柴田さんは小さくため息を吐くと、じっとこちらを見た。
「……で?」
「ん?」
「何で世界的インフルエンサーのシャーロットと、あんたたちが普通に知り合いなのよ」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出た。
世界的インフルエンサー?誰が?
俺がそんな顔をしていたのだろう。柴田さんは心底呆れたような目を向けてきた。
「何その反応」
「いや……誰の話だ?」
「シャーロットの話よ」
「……こいつ?」
「“こいつ”って言わないで」
怒られた。
だが本気で知らなかった。というか、シャーロットってそんなに凄い人なのか?
すると柴田さんがさらに呆れたように言う。
「世界中で登録者一千万以上いるのよ?」
「…………は?」
今度は本気で変な声が出た。
一千万?桁おかしくないか?
「知らなかったの?」
「いや……」
俺は隣の夏樹を見る。
「お前知ってた?」
「インフルエンサーとして有名なのは知ってたけど……そこまでとは思ってなかった」
どうやら夏樹も驚いているらしい。
いや、待て。そんなレベルの人間が普通に俺の部屋でだらだらビデオ通話してたのか?世界どうなってんだ。
すると、こちらの日本語会話が理解できていなかったシャーロットが不思議そうに首を傾げた。
「What are you talking about?」(何の話してるの?)
夏樹は少し困ったように笑ったあと、英語で説明する。
「Naomi just told us how famous you actually are.」(直美ちゃんが、シャーロットがどれだけ有名人か教えてくれたの)
「Ah… that.」(ああ……その話)
シャーロットは少しだけ照れたように笑う。だが夏樹は、そのまま真っ直ぐシャーロットを見た。
「But no matter how famous you become, our friendship won't change, okay?」(でも、どれだけ有名になっても、私たちの友情は変わらないからね?)
一瞬、シャーロットの目が柔らかく細められる。
「Natsuki…」(夏樹……)
そして次の瞬間、シャーロットは嬉しそうに夏樹へ抱きついた。
「Of course it won't.We're friends forever.」(もちろん変わらないわ。ずっと友達よ)
「Yeah!」(うん!)
何だこのキラキラ空間。周囲の観客まで「何あれ可愛い……」みたいな顔で見ている。
そして、その光景を見た山本さんは限界だった。
「ふおぉぉぉぉおおぉっ……」
よくわからない音が口から漏れている。
完全にキャパオーバーだ。柴田さんはそんな山本さんを横目で見ながら、ものすごく冷静な顔で呟いた。
「萌、そろそろ戻ってきなさい」
「む、無理ですぅ……」
「何であんたが一番ダメージ受けてるのよ」
「だってぇ……なんか全部キラキラしてるんですもん……」
その気持ちは少しわかる。俺も正直、今日はずっと場違い感が凄い。するとシャーロットがこちらを見て、くすっと笑った。
「Sotaro still looks uncomfortable.」(創太郎、相変わらず居心地悪そうね)
「Because all of this is exhausting.」(全部キラキラしすぎて疲れるんだよ)
「Too late. You're part of it now.」(もう手遅れよ。あなたもその一部なんだから)
……勘弁してほしい。
山本さんが未だに「ふおぉぉ……」みたいな謎の声を漏らしながらシャーロットを見つめている一方で、柴田さんは完全に「説明しなさい」という目をこちらへ向けてきていたので、俺は小さくため息を吐きながら事情を説明することにした。
「……昔、ちょっとだけイギリスに住んでたんだよ」
「ちょっとだけってレベルじゃないでしょ」
夏樹がすぐに突っ込んでくる。
「まあまあ長かったけど」
「最初からそう言いなさいよ」
柴田さんが呆れた顔をする。
なので俺は改めて説明した。
「親の仕事の都合で向こうに住んでた時期があって、その時に隣の家に住んでたのがリアムなんだよ」
「へぇ……」
「で、シャーロットはリアムの幼馴染」
そこまで説明すると、柴田さんは納得したように頷いた。
「なるほどね」
「そのあと、また親の仕事で日本戻ることになったんだけど、それからもずっと連絡は取ってた感じだな」
「私もよくイギリス行ってたしね!」
「ああ」
夏樹は昔から妙に行動力があったので、長期休みになると普通にイギリスまで遊びに来ていた。そのたびに、俺、夏樹、リアム、シャーロットの四人で色んな場所へ行ったり、家でだらだらゲームしたり、サッカーしたりしていたのだが、今思うと、なかなか妙な組み合わせだった気がする。
その間、夏樹は俺の話をシャーロットへ英語で通訳していた。シャーロットは懐かしそうに何度も頷きながら笑っている。
「Still feels weird that we were kids back then.」(あの頃まだ子供だったって不思議な感じするわね)
「You still act like one sometimes.」(今も時々子供っぽいけどな)
「Rude.」(失礼ね)
シャーロットが笑いながら軽く俺の肩を叩く。すると柴田さんが腕を組みながらじっとこちらを見た。
「それにしても、山神がそんな国際的な交友関係持ってるとは思わなかったわ」
「俺もシャーロットがそんな有名人になってるとは思ってなかった」
「ほんとに知らなかったの?」
「テレビもネットもあんまり見ないし」
「現代人としてどうなのそれ」
ひどい言われようである。だが実際、俺は普段から必要最低限しかネットを見ない。動画編集や調べ物では使うが、SNSを延々眺めたり流行を追ったりするタイプではないので、シャーロットが世界的インフルエンサーになっていることにも本気で気付いていなかった。
そんな話をしていると、シャーロットが急に「Oh my god!」(ちょっと待って!)と声を上げた。
視線の先には山本さん。どうやら今さら完全にロックオンされたらしい。
「She's adorable!」(この子めちゃくちゃ可愛い!)
「え?」
次の瞬間、シャーロットは山本さんをぎゅっと抱きしめていた。
「So tiny! So cute!」(ちっちゃい! 可愛い!)
「ふぇっ!?」
山本さんが変な声を上げる。だが逃げようとはしていなかった。
むしろ。
「す、すごくいい香りがします……!」
何か目を輝かせていた。
おい。
完全にそっちへ意識持っていかれてるぞ。
シャーロットはそんな山本さんの反応が気に入ったのか、「Cute! Very cute!」(可愛い! めっちゃ可愛い!)と完全にテンションが上がっており、そのままずっと抱きしめている。
一方、山本さんは英語がほぼわかっていない。
わかっていないのだが、褒められていることと抱きしめられていることは理解できているらしく、顔を真っ赤にしながらも満更ではなさそうだった。
「な、何かもう異世界ですぅ……」
「萌、戻ってきなさい」
柴田さんが引きつった顔で言う。
いや、気持ちはわかる。
何かもう、空間の情報量が多すぎるのだ。しかも周囲の観客も普通にこちらを見ている。たぶん「何か凄い美人外国人が女子高生抱きしめてる」くらいの認識なんだろう。
すると、その時だった。
ピッチの方から大声が飛んできた。
「Hey!! sotaro!!」(おーい!!創太郎!!)
聞き覚えのある声。
俺たちがそちらを見ると、リアムがピッチ側からこちらを指差していた。
「The match is starting, you know!? Pay a little attention to us!」(もう試合始まってるからね!?ちょっとはこっちにも興味持ってよ!)
スタジアムに響くレベルの大声だった。
「うわっ……」
俺は思わず顔を覆う。やめろ!目立つだろ!すると近くの観客まで「知り合い!?」「今話しかけられてたよな?」みたいにざわつき始めた。
ほらぁ…!最悪だ!
一方、リアムの近くでは高原と広田もこちらに気付いていたらしく、二人とも苦笑いしていた。完全に「またやってるなあいつら」って顔だった。そして夏樹はそんな状況にも関わらず、妙に楽しそうに笑っていた。
「創ちゃん、完全に見つかってるね。有名人に大声で呼ばれる気分はどうですか?」
「帰りたい」
するとシャーロットが楽しそうに笑う。
「Too late for that.」(もう手遅れよ)
……本当に勘弁してほしい。




