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きみの隣で、今日も僕は考えてる。本ばかり読んでいた俺の日常は、少しずつ騒がしくなる  作者: マリセリソウ


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第47話 食べ歩きのはずが汗だくなんだが?

 結局、リアムたちと合流した俺たちは、そのまま駅前周辺を食べ歩きする流れになった。いや、正確には“最初からそのつもりだった”らしい。

 リアムとシャーロットは昔から日本食が大好きで、日本へ来るたびに「次は何を食べる!?」「おすすめの店へ連れていけ!」とテンション高めに騒ぎ始めるのだが、今回も例外ではなかった。

 特にリアムは、日本食への情熱だけならもはや日本人を超えている気がする。


「Japanese food is perfection.」(日本食は完璧だ)

「You say that every time.」(毎回言ってるなそれ)

「Because it's true!」(本当だからな!)


 リアムは真顔だった。しかも無駄に説得力がある。シャーロットも隣でうんうん頷いている。


「We tried recreating your recipes at home, you know?」(あなたのレシピ、家でも再現しようとしたのよ?)

「And it tasted completely different!」(なのに全然味が違ったんだ!)

「That's because you two ignore half the instructions.」(お前らが手順半分くらい無視するからだろ)

「Not true!」(そんなことない!)

「You literally told me “medium heat” was too vague.」(“中火”が曖昧すぎるって文句言ってただろ)

「Because it IS vague!」(だって曖昧だろ!?)


 リアムが力強く言い切る。いや、気持ちはわからなくもない。料理って結局、感覚の部分が結構あるのだ。特に火加減とか味加減とか。だが、そこを説明し始めると今度はレシピが論文みたいになる。だから俺としては、なるべくリアムたちでも再現できるようかなり噛み砕いてレシピを書いたつもりだった。

 つもりだったのだが。


「Sotaro says “a little soy sauce” way too often.」(創太郎、“醤油を少し”って書きすぎなのよ)

「Yeah! What does “a little” even mean!?」(そうだ! “少し”って何グラムだよ!?)

「……雰囲気だろ」

「See!?」(ほらぁ!!)


 シャーロットが両手を広げながら抗議してくる。いや、でも料理ってそういう部分あるだろ。むしろ日本の家庭料理、“適量”で成立してるもの多すぎるし。そんなやり取りをしている横で、夏樹がくすくす笑っていた。


「You really struggled with his recipes, huh?」(ほんと創ちゃんのレシピ苦労したんだね)

「Very much.」(めちゃくちゃね)

「At one point, we seriously considered kidnapping him to England.」(途中から本気でイギリスへ連れて帰ろうかと思ったわ)

「You did not say “kidnapping” so casually.」(誘拐って言葉をそんな気軽に使うな)

「Then become our personal chef.」(じゃあ専属料理人になってくれ)

「No.」(断る)


 即答である。

 するとリアムが「Too fast!」(断るの早すぎる!)と本気でショックを受けていた。

 いや、当たり前だろ。何で俺がイギリスで料理人やらなきゃいけないんだ。

 すると夏樹が隣で肩を震わせて笑う。


「He really didn't hesitate.」(創ちゃん、本当に一瞬も迷わなかったね)

「Of course not.」(当然だろ)

「Cruel.」(ひどいわ)


 シャーロットが悲しそうに胸を押さえる。だが絶対演技だ。こいつ、たまにこういう大袈裟なリアクションするし。

 そんな賑やかな会話をしながら歩いていると、リアムが突然立ち止まり、真剣な顔でこちらを向いた。


「By the way.」(ところで)

「What?」(何だ?)

「We've conquered sushi already.」(寿司はもう制覇した)

「Good for you.」(それは良かったな)

「Now we need tempura.」(次は天ぷらだ)

「Take us to somewhere amazing!」(美味い店へ連れてって!)


 二人とも妙に真剣だった。いや、何でそんな冒険者みたいなテンションなんだ。

 すると夏樹が吹き出す。


「You two sound like you're accepting a quest.」(二人ともクエスト受注してるみたいだよ)

「Because this IS a quest.」(これはクエストだからな)

「Japanese food exploration never ends.」(日本食探求に終わりはないのよ)


 リアムとシャーロットは、なぜかやたら誇らしげだった。そんな二人を見ながら、俺と夏樹は顔を見合わせて苦笑する。そして、そのまま元気いっぱい先を歩いていく二人の後を追いかけることになった。



 結局その後、俺たちは駅前周辺をぐるぐる歩き回りながら、寿司、天ぷら、うなぎ、和菓子と、外国人向け日本観光パンフレットみたいな勢いで食べ歩きを続けていた。

 いや、最初は俺も付き合うつもりだったのだ。天ぷらまでは良かった。

 問題はその後である。


 リアムたちは「次!」「次は!?」「甘いものも必要だ!」みたいなテンションでどんどん店を回っていき、そのたびに「これは最高だ!」「衣が芸術だ!」「日本人はどうしてこんなものを思いつくんだ!」と感動しながら食べ続けていた。

 結果。俺だけ先に限界を迎えた。


「……もう無理だ」


 俺は腹を押さえながら小さく呻く。さすがに食べすぎである。だが前を歩く三人は、まだまだ元気そうだった。リアムなんか、さっき特大サイズの天丼を食った直後だというのに、既に次の店を探し始めている。

 いや、お前の胃袋どうなってんだ。

 もっとも、リアムの場合はサッカーの代表選手だし、身体づくりの関係で普段から食事量が多いのだろう。

 それはわかる。問題は、残り二人である。

 シャーロットは相変わらずモデルみたいに細いし、夏樹も別に大食い体型という訳ではない。

 なのに、なぜ普通に食べ続けられるのか。

 あれだけ入って、どこへ消えているんだ。人体の神秘すぎる。いや、もはや宇宙創成の謎レベルかもしれない。ブラックホール的な何かが体内に存在している可能性まである。

 考えても仕方ないんだろうけど。


 そんなことを真顔で考えながら後ろを歩いていると、リアムがふと振り返った。


「…Sotaro, are you dying?」(……創太郎、お前死にかけてないか?)

「Maybe.」(たぶんな)

「You look like you've accepted your fate.」(悟り開いた顔してるよ)


 夏樹が肩を震わせながら笑う。

 うるさい。誰のせいだと思ってる。

 するとシャーロットまで心配そうな顔をした。


「We may have pushed him too far.」(ちょっと連れ回しすぎたかもしれないわね)

「Finally noticed?」(今さら気付いたのか?)

「To be fair, Natsuki still looks perfectly fine.」(でも夏樹はまだ全然平気そうよ?)

「She is not a normal reference point.」(あいつを基準にするな)

「Rude!」(失礼だなぁ!)


 夏樹が抗議する。

 だが実際、こいつは妙にタフなのだ。昔からそうだった。遊びに行っても最後まで元気なのは大体夏樹で、途中で疲れ始めるのは俺の方である。インドア派とアウトドア派の差なのかもしれない。

 するとリアムが少し考えたあと、ぽんと手を叩いた。


「Alright. Break time.」(よし。休憩しよう)

「There's a park nearby, right?」(この近くに公園あったよな?)

「Good idea.」(いい考えね)

「I want to sit down too.」(私もちょっと座りたいかも)


 シャーロットと夏樹も賛成する。


 ……いや、お前ら元気そうだったじゃん。


 だが俺としてはありがたい提案だったので、素直に従うことにした。そして少し歩いた先にあった公園へ入る。


 駅前から少し離れていることもあって比較的静かで、休日の午後らしく親子連れや散歩中の老人たちがのんびり過ごしており、中央には広めの芝生スペースまであった。


「Perfect.」(完璧だな)


 リアムはそう言うと、迷いなく芝生へ腰を下ろした。シャーロットと夏樹もその隣へ座る。俺も少し遅れてその場へ腰を下ろした瞬間、腹の圧迫感から解放されて思わず深いため息が漏れた。


「You really ate too much.」(ほんと食べすぎたね)

「You three are monsters.」(お前らが化け物なんだよ)

「Thank you.」(ありがとう)

「褒めてねぇ」


 だが、三人はやたら満足そうだった。

 休日の柔らかな風が芝生を揺らし、その中心で楽しそうに笑っている三人を見ながら、俺はもう今日は何も食いたくない……と心の底から思っていた。



 休日の午後らしい穏やかな空気が流れる公園の芝生の上で、俺は完全に動けなくなっていた。

 そんな俺とは対照的に、少し離れた場所では夏樹とシャーロットが相変わらず楽しそうに話し込んでいる。


「And then he said “just a little soy sauce” again!」(それでまた“醤油を少し”って言ったの!)

「No way!」(うそでしょ!)

「I swear!」(ほんとだって!)


 二人ともやたら盛り上がっていた。何なんだその“創太郎レシピ被害者の会”みたいなテンション。だが本当に仲が良い。シャーロットは基本的に落ち着いた性格なのだが、夏樹と話している時だけは年相応というか、妙に無邪気な笑い方をすることがある。

 たぶん気が合うんだろう。


 俺はそんな二人の様子をぼんやり眺めながら、腹を撫でつつ芝生へ横になった。空はよく晴れていて、初夏の風が気持ちいい。

 このまま昼寝したい。

 そんなことを考えていると、不意にリアムが立ち上がった。


「Hm?」(ん?)


 何だ?

 俺が視線を向けると、リアムは少し離れた場所へ歩いていく。その先には、小学生くらいの少年が一人でサッカーボールを蹴っていた。公園の端にある壁へ向かってボールを蹴り返し、跳ね返ってきたボールをまた蹴る。

 よくある一人遊びだ。

 するとリアムは、その少年へ気軽に声を掛けた。


「Hey.」(やあ)


 当然ながら、少年はびくっとしていた。

 そりゃそうだ。いきなり長身の外国人に英語で話しかけられたら普通びっくりする。だがリアムはそんなこと気にもしていない様子で、笑いながらボールを指差している。

 何やってんだあいつ。

 すると少年は少し戸惑いながらもボールをリアムへ渡した。

 リアムが転がってきたボールを軽く浮かせ、そのままリフティングを始める。しかも、ただのリフティングじゃない。

 膝、肩、かかと、背中。

 ボールが身体に吸い付いているみたいに滑らかに動き、時々アクロバティックな動きまで混ざる。さながらフリースタイルフットボールだった。


「うわぁ……!」


 少年の目が一気に輝く。そして周囲で遊んでいた子供たちまで集まり始めた。リアムはそんな反応が楽しいのか、さらに派手な技を混ぜ始める。

 お前、完全にショー始めてるじゃねぇか。

 だが最後にぴたりとボールを足の甲へ乗せて止めると、少年はぱちぱちと大きな拍手を送っていた。

 リアムも満足そうだった。

 ……ほんと、サッカー好きなんだな。


 そんなことを思いながら眺めていると、不意にリアムと目が合った。

 嫌な予感がする。

 そして案の定、リアムがこちらへ向かって大きく手招きしてきた。


「Nope.」(嫌だ)


 俺は即座に目を逸らした。

 だがリアムは諦めない。にこにこしながら何度も手招きしている。

 うわ面倒くせぇ。

 俺は小さくため息を吐くと、重たい身体を起こして芝生から立ち上がった。


「You're so dramatic.」(大げさだなぁ)


 後ろから夏樹の笑い声が飛んでくる。

 うるさい。

 食後に動きたくない気持ちは世界共通だろ。そして俺がリアムたちのところへ行くと、少年は少し緊張した顔でこちらを見上げてきた。

 俺はしゃがみ込み、日本語で話しかける。


「いきなり外国人に話しかけられて怖かっただろ?」

「え、あ……ちょっとびっくりした」

「だよな。こいつ、イギリスでプロのサッカー選手やってるんだ」

「えぇっ!?」


 少年の目がさらに丸くなる。

 リアムは意味がわからないまま笑顔で手を振っていた。


「で、君と一緒にサッカーしたいって言ってるんだけど、付き合ってくれるか?」


 すると少年は一瞬で顔を輝かせた。


「もちろん! お兄ちゃんも一緒にしよう?」

「いや俺は――」


 断ろうとした、その瞬間だった。


「私たちも混ざっていい?」


 後ろから夏樹の声が飛んできた。振り返ると、シャーロットまで楽しそうな顔をしている。


 ……終わった。


 こうなるともう逃げられない。俺は重たい腹を抱えながら空を見上げ、小さくため息を吐いた。たぶん今日は、最後まで休ませてもらえない。



 最初はただの軽い遊びのつもりだったのだが、気付けば妙に本格的な流れになっており、最初にリアムへ声を掛けられた少年は地元のサッカークラブへ所属しているらしく、小学五年生で時々トレセンにも参加していると話してくれた。

 その言葉に納得してしまうくらい足元がしっかりしていて、ボールの置き所やトラップが綺麗な上に慌てて蹴り出すようなプレーも少なく、リアム相手に最初こそ緊張した様子を見せていたものの、ボールを蹴り始めるとすぐに“サッカー少年の顔”になっていた。


「That kid's good.」(あの子、上手いな)

「Yeah. His first touch is really clean.」(ああ、トラップがかなり綺麗だ)


 リアムも感心したように頷いていたのだが、そこへさらに少年の友達らしい小学生が三人ほど公園へやってきて、「何してんの!?」「え、外国人!?」「サッカーしてるの!?」と騒ぎ始め、そのまま流れるように人数が増え、気付けばリアム、夏樹、小学生二人のチームと、俺、シャーロット、小学生二人のチームに分かれて四対四の試合をすることになっていた。

 そして始まってすぐにわかったのだが、シャーロットが普通にうまい。


「Wait, Charlotte, you're actually good!?」(待てシャーロット、お前普通に上手いのか!?)

「What do you mean “actually”?」(“普通に”って何よ)

「She used to play with us all the time.」(シャーロット、昔ずっと一緒にやってたからな)


 リアムが笑いながらそう説明する通り、シャーロットはリアムと同じ地元クラブに所属していた時期があるため、足元が柔らかいだけでなく周囲を見るのも上手く、何より判断が速いので、小学生相手だからといって遠慮するでもなく自然にプレーへ溶け込んでいた。

 夏樹ももともと運動神経が良い上に妙に負けず嫌いなところがあるため、小学生相手でも普通に本気でボールを追いかけていた。


「Natsuki, you're trying too hard.」(夏樹、お前ガチすぎるだろ)

「No mercy!」(手加減なし!)

「Why are you proud of that?」(何で誇らしげなんだよ)


 とはいえ、小学生たちはそんな二人のことをむしろ楽しそうに見ていて、年頃の女の子二人が普通に汗だくになりながら一緒にサッカーしてくれることが嬉しいらしく、「うまっ!」「すげー!」と声を上げていたのだが、俺はそんな様子を見ながら、普通ならなかなか見ない光景だよなぁと少し不思議な気持ちになっていた。


 だが、そんな穏やかな空気を壊す存在がいる。


 リアムである。


 こいつ、プロ選手のくせに普通に本気を出してくるのだ。


「Left! Left!」(左! 左!)


 俺は小学生へ声を掛けながらポジションを修正し、「一回下がって! 無理に取り行かなくていい!」と叫ぶと、小学生たちも「はいっ!」と返事をしながら必死に動き始めるのだが、そんな様子を見たリアムはやたら楽しそうに笑っていた。


「See? This is what I'm talking about.」(ほらな、これだよ)

「Talking about what?」(何の話だよ)

「Whenever Sotaro's on the other team, everyone suddenly plays better.」(創太郎が相手チームにいると、みんな急に動き良くなるんだ)


 リアムがボールを止め、夏樹に何かを話している。夏樹が笑いながら小学生たちへ翻訳する。


「みんな、創ちゃんをよく見ててね? 今サッカーしてる中で誰が一番声出してるかわかる?」

「創太郎お兄ちゃん!」

「ずっと喋ってる!」

「余計なこと言わんでいい!」


 小学生達が口々に答え始めため抗議したのだが、リアムは全く気にした様子もない。


「I'm serious. It's fun playing against you.Because everyone starts thinking while playing.」(本気で言ってるんだよ。お前とやるのが一番楽しい。みんな考えて動くようになるからな)


 とと楽しそうに話していた。

 すると今度は小学生たちが露骨に俺の真似を始め、「右いる!」「戻ろう!」「ナイス!」と必死に声を出しながらプレーするようになったため、俺は苦笑いしながら小さく息を吐き、こういう空気になった以上、こっちも中途半端にはやれないなと覚悟を決めた。


 そこから少し空気が変わり、リアムも明らかにギアを上げ始めたことで、小学生たちは完全にプロ選手のプレーへ釘付けになっていたのだが、試合終盤、リアムへラストパスが通った瞬間、公園の空気が一段階張り詰めた。


 俺は即座に前へ出る。


 一対一。


 踏み荒らされた芝生は少し滑りやすくなっており、互いにスパイクではなく普通のスニーカーなのだが、それでもリアムがボールへ触れた瞬間、空気が変わった。


 細かいタッチ。

 身体の揺らし。

 重心移動。

 一歩目で抜きに来る。

 俺は低い姿勢のまま正面へ入り続ける。


「Still reading me, huh?」(まだ読んでくるのか)

「You're too predictable.」(お前がわかりやすすぎるんだよ)


 リアムの肩が僅かに動き、右へ行くと見せかけて左へ切り返すフェイントへ一瞬引っ掛かりそうになるものの、すぐに体勢を立て直し、前だけは向かせないよう身体を寄せ続ける。

 リアムも「Oh?」(お?)と楽しそうに笑いながら次は細かいステップで重心を揺さぶり始めたのだが、俺は無理に飛び込まず、リアムもそれを読んでさらに逆を取りに来るという駆け引きが延々続いていた。


「Come on.」(来いよ)

「You first.」(そっちこそ)


 互いに笑いながら、切り返し、ターン、フェイントを何度も繰り返し、そのたびに芝生が削れ、小学生たちは完全に息を呑んでいた。


「……すげぇ」

「プロってこんなんなの……?」


 だがたぶん、リアムが本当に楽しんでいるのはこの“読み合い”なのだろう。イギリスにいた頃も、こいつとはよくこうなった。

 勝ち負けじゃない。どこまで相手を読めるか。負けず嫌いのサッカー小僧同士の意地の張り合い。

 そしてその攻防は、気付けば五分近く続いており、少し離れた場所でそれを見ていた夏樹とシャーロットは、完全に「また始まった」という顔で苦笑していた。


「They started again.」(また始まったね)

「Some things never change.」(ほんと、変わらないわね)


 二人はどこか懐かしそうだった。



 結局、俺たちは薄暗くなるまで公園でサッカーを続けていた。

 最初は軽くボールを蹴るだけのつもりだったはずなのに、途中から完全に試合になり、さらにリアムと俺の一対一が始まってからは小学生たちのテンションまで妙に上がってしまい、「もう一回!」「次こっち攻めたい!」と延々ゲームが続いた結果、気付けば夕方五時を回っており、西へ傾いた陽射しが公園全体をオレンジ色へ染め始めていた。

 さすがに小学生たちも帰る時間らしく、「やば、母ちゃんに怒られる!」などと言いながら慌てて荷物をまとめ始める。

 そんな中、リアムは最後まで妙にテンションが高かった。


「Hey!」(おーい!)


 リアムが小学生たちへ向かって大きく手を振る。


「We have a match this Saturday at 2 PM!」(今週の土曜日、14時から試合があるんだ!)


 当然、小学生たちは英語がわからずきょとんとしていたため、俺が通訳する。


「今週の土曜日、二時から試合があるから見てくれってさ」

「え!? マジで!?」

「テレビ出るの!?」

「Live stream too!」(ライブ配信もあるぞ!)

「配信でも見れるって」


 すると小学生たちの目が一気に輝いた。


「絶対見る!!」

「お父さんにも言う!」

「俺リアムさん応援する!」


 リアムは満足そうに笑いながら親指を立てる。ほんとこういうの好きだよな。プロ選手ってもっとクールなイメージがあったんだが、リアムは昔からサッカー小僧感が抜けない。

 まあ、そこがこいつらしいんだけど。

 そして小学生たちと別れたあと、俺たちは公園を後にした。夏樹とシャーロットは歩きながら、完全に女子トークモードへ入っている。


「We really sweated a lot today.」(今日はめちゃくちゃ汗かいたね)

「I know. I might need to reapply sunscreen.」(日焼け止め塗りなおしたいかも)

「I have body wipes!」(汗拭きシート持ってるよ!)

「Seriously? You're a lifesaver.」(ほんと? 助かるわ)

「And I also brought cooling spray!」(あと冷感スプレーもあるよ!)

「Prepared as always.」(相変わらず準備いいわね)


 女子って本当に荷物多いよなぁと少し感心する。俺なんか財布とスマホくらいしか持ってきてない。

 するとリアムが隣で肩を揺らしながら笑った。


「Meanwhile, we're just sweaty.」(その頃俺たちは汗だくだけどな)

「Speak for yourself.」(お前と一緒にするな)

「You're covered in grass.」(お前芝まみれだぞ)

「……マジか」


 確かにさっき何度か滑ったせいで、ズボンに芝が大量についていた。

 最悪である。

 そんなことを話しながら駅前方面へ戻っていると、ふと俺は高原たちのことが気になった。

 今週土曜日の十四時。つまり、日本代表との親善試合。


「So, how's the Japanese U-team looking this year?」(で、今年の年代別日本代表ってどうなんだ?)

 俺がそう聞くと、リアムは少し考えるように空を見上げた。

「The defense is solid this year.」(今年は守備陣がかなりいい)

「Especially the back line. They make things annoying.」(特に最終ラインが厄介なんだよな)


 リアムの口ぶりからして、本当に評価しているのがわかる。こいつ、認めてない相手は露骨に適当な反応するし。


「But honestly?」(でも正直な話)

「I don't think we'll lose.」(たぶん負けない)

「Confident.」(自信あるな)

「I'm realistic.」(現実的なだけだ)


 リアムはそう言って笑った。


「Japan's ace is still Kawamura, right?」(日本のエースってまだ川村なんだろ?)

「ああ」

「He's getting rough lately.Honestly, current Kawamura isn't that scary.」(最近プレー荒くなってるんだよな。正直、今の川村はそこまで脅威じゃない)


 その言葉に、俺は少しだけ眉をひそめる。だがリアムは淡々と続けた。


「If Miura starts instead, that's troublesome.He moves smarter.But Kawamura has the better reputation, so he'll probably start.And if that happens, it's easier for us.」(三浦が出てくる方が厄介だ。あいつの方が動きが賢い。でも実績は川村の方が上だから、たぶんスタメンだろ。そうなると、俺たちはやりやすくなる)


 歯に衣着せぬ言い方だった。だが、リアムは昔からそうだ。相手が誰であろうと、サッカーの話になると妙にシビアになる。そして、それだけ真剣に見ているということでもある。

 俺はそんなリアムの横顔を見ながら、高原たちはこの試合をどう迎えるんだろうな……と少し考えていた。


 その後、俺たちはリアムとシャーロットが泊まっているホテルまで二人を送り届けることになり、ホテル前へ到着すると、リアムは満足そうに大きく伸びをした。


「Today was awesome.」(今日は最高だった)

「Yeah. It felt like old times.」(うん、昔みたいだったね)


 シャーロットも嬉しそうに笑う。すると夏樹が少し寂しそうに肩を落とした。


「I wish you guys could stay longer.」(もっと長く居てくれたらいいのに)

「We'll see you again soon.」(またすぐ会えるわよ)

「And next time, more food.」(次はもっと食べ歩きな)

「Please no…」(勘弁してくれ……)


 俺が本気で呻くと、全員が笑った。


 そして最後に軽くハグを交わし、再会を約束してリアムとシャーロットはホテルの中へ入っていった。自動ドアが閉まり、二人の姿が見えなくなる。

 すると隣で夏樹がふわっと息を吐いた。


「……楽しかったね」

「まあな」


 ホテルを離れ、俺たちは駅前の夜道を並んで歩き始める。昼間ほどではないが、まだ人通りは多く、ビルの灯りや店の看板が夜の街を明るく照らしていた。


「創ちゃん、やっぱりサッカー好きだよね」

「急にどうした」

「だって、リアムと一対一してる時、すっごい楽しそうだった」


 夏樹はそう言って笑う。俺は少しだけ視線を逸らした。


「……まあ、嫌いではない」

「どんな形でもいいから、続けたら?」

「どんな形って?」

「趣味でもいいし、教える側でもいいしさ」


 夏樹は何でもないことみたいに言う。だが、その言葉は妙に心へ残った。


「ところで晩ご飯どうする?」

「……まだ食うのか?」

「え?」

「今日どんだけ食ったと思ってるんだよ」

「でも動いたからお腹空いたよ?」


 信じられない。俺は呆れながら隣を見る。夏樹はケロッとした顔で笑っていた。


 ……やっぱりこいつらの胃袋、絶対どこかおかしい。

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