第46話 帰りたくなるほど眩しい休日
休日の昼下がりということもあって、駅前は相変わらず人でごった返していた。
この街の駅は、地方都市の駅としてはかなり大きい部類に入ると思う。複数路線が乗り入れていることもあり、朝夕は通勤客や学生で溢れ返るし、休日ともなれば買い物客や遊びに来た若者たちで駅前一帯が妙に活気づく。
駅舎そのものは何度か改装されていて比較的新しい外観をしているのだが、一歩外へ出れば古くから続く商店街や雑居ビルがずらりと並んでおり、どこか雑多で、それでいて不思議と居心地の悪くない空気が漂っていた。
駅前広場には大きなロータリーがあり、タクシーが次々と人を乗せては離れていき、その周囲では待ち合わせをしている人たちがスマホ片手に辺りを見回している。少し離れた場所ではストリートミュージシャンがギターを鳴らしており、誰かの笑い声や電車の到着を知らせるアナウンス、ファストフード店から漂う油の匂いなんかがごちゃ混ぜになって、休日特有の騒がしさを作り出していた。
そして、そんな駅前広場の中心にあるのが待ち合わせ場所の定番になっている時計台だ。
銀色の支柱の上に丸い時計が四方向へ向けて設置されており、デザイン自体はかなりシンプルなのだが、とにかく目立つので昔から「とりあえず時計台集合」がこの街の共通認識になっている。学生たちがよく座り込んでいる段差スペースまで用意されているため、休日ともなればそこかしこで「ごめん今着いたー!」みたいな会話が飛び交っていた。
……で。
なぜ俺は、その時計台へ向かっているのか。
いや、理由自体は知っている。今日は夏樹と友人に会いに行く予定が入っている。だから出かけること自体は何もおかしくない。
問題なのは、“なぜ待ち合わせなのか”という部分だった。
普通、一緒に家を出ればいいだろ。隣同士なんだから。最近なんて、夏樹はほぼ俺の家に住んでいるみたいなものだし。朝起きたらいる。毎日一緒に飯食ってる。寝る前はだいたい俺の部屋のベッドで漫画読んでる。気付いたらベッドで寝てる。
もはや家猫の行動なのだ。
そんな状態なのに、昨日の夜になって突然「明日は駅前の時計台で待ち合わせね!」と言われた時は、正直かなり困惑した。しかも理由を聞いても「いいからいいから!」としか返ってこない。嫌な予感しかしない。夏樹が“理由を説明しないで笑っている時”は、大体ろくでもない。もちろん本人に悪意はないのだろうが、こっちとしては大体振り回される側になるので警戒せざるを得ないのである。
そんなことを考えながら商店街の入口を抜けると、周囲の空気がさらに騒がしくなる。
アーケードの下にはチェーン店から個人商店まで様々な店が並んでおり、安売りを叫ぶ八百屋のおっちゃんの声や、揚げ物の匂いを漂わせる惣菜屋、意味不明なくらいテンションの高い店員が客引きをしているドラッグストアなど、歩いているだけで情報量が多い。
さらに休日ということもあり、人の流れがとにかく多かった。学生グループ、カップル、家族連れ、買い物袋を抱えた主婦、酔っ払ってるのか昼間から顔の赤いおっさん。色んな人間が入り乱れて歩いている。
その時だった。
「ちょ、見た? あの人。すっごい綺麗な人だった」
「え、どこどこ?」
「今通ってった!」
「芸能人? モデル?」
「きゃー、ほんと綺麗。私もあんな人になりた〜い」
「あんたには無理よ〜」
そんな声が前方から聞こえてきた。しかも一組だけじゃない。似たような会話が周囲でちらほら起きている。
……あー。なるほど。
嫌な予感がさらに強くなる。俺は思わず小さくため息を吐いた。経験上、この手の空気は大体ろくなことにならない。というか、これ絶対もう夏樹絡みだろ。あいつ、たまに妙な方向へ気合い入れる時あるし。
以前も「せっかくだから!」とか言って美容院でフルセットされて帰ってきた結果、近所のおばちゃんたちに「どこのモデルさんかと思ったわ〜!」とか囲まれていたことがあった。
本人は「えへへ〜」って喜んでいたが、あの時も付き添いの俺はかなり居心地が悪かったのである。
しかも今回は“駅前で待ち合わせ”。完全に何か企んでる空気だ。いや、別に悪いことを企んでる訳じゃないのはわかっている。でも夏樹の“楽しそう”は、だいたい俺が疲れる方向へ転がる。そして何より問題なのは、本人にその自覚がほぼないことだった。
そんなことを考えながら駅前広場へ出ると、休日の喧騒の中でもひときわ目立つ時計台が視界へ飛び込んでくる。その下には、待ち合わせをしている人たちが何組も集まっていた。
スマホを見ている人。辺りを見回している人。誰かを見つけて手を振っている人。
そして、その人混みの中に――やたら視線を集めている人物がいることにも、俺はすぐ気付いてしまった。
「創ちゃーん!! こっちこっちー!!」
時計台の下から、やたら元気な声が飛んできた。しかも周囲の視線をまるで気にする様子もなく、夏樹は大きく手を振っている。
……やっぱりお前か。
というか、さっきから周囲で「綺麗な人がいた」とか騒がれていた原因、完全にこいつだった。思わず頭を抱えたくなる。
そして、その瞬間。
「あ、あいつ彼氏……?」
「マジかよ……」
「え、でも普通じゃね?」
みたいな声がどこからともなく聞こえてきた。
何で知らない人間から勝手に品定めされてるんだ俺は。いや確かに、今日の俺の格好はめちゃくちゃ普通だけど。
黒のパンツに白Tシャツ、その上から適当に羽織ったジャケットという、どこをどう見ても「無難」という二文字で構成された男である。
さらに夏樹と一緒に出歩く時は、なるべく目立たないようにキャップまで被ってきた。
これで完璧だ。一般人Aである。背景に紛れ込める自信すらある。
……のだが、どうも夏樹は俺を見るなり満足そうに頷いていた。
「うんうん、やっぱり創ちゃん、その格好だとちょっとシュッとして見えるね!」
「どういう意味だ」
「いつものボサボサ感が減ってる!」
「悪口じゃねぇか」
「褒めてるの!」
褒められている気がしない。だが夏樹は気にした様子もなく、俺の前でくるりと一回転してみせた。
「それより! 今日の私のファッションどう!?」
来た。
定番イベントである。たぶん世の中の男子は、この質問に毎回試されている。しかも適当に答えると機嫌を損ねるタイプのやつだ。
恐ろしい。
俺は軽くため息を吐きながら、改めて夏樹を見る。今日は全体的に明るめの服装だった。
白っぽいふわっとしたトップスに、淡い色のロングスカート、それから小ぶりのショルダーバッグを肩に掛けていて、普段制服姿ばかり見ているせいか、かなり雰囲気が違って見える。
髪も少しだけ巻いているっぽい。
……たぶん。
正直、そこまで詳しくないので違ったらすまん。でも、いつもよりちゃんと気合い入ってるのはわかった。というか、周囲の反応がすでに答えを出している。駅前であれだけ視線集めてる時点で、かなり目立っているのだ。
「……まあ、いいんじゃないか」
「雑!」
「いや、でも似合ってるとは思うぞ」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「どこら辺が?」
「めんどくせぇな!?」
何だこの会話。
だが夏樹は楽しそうだった。目をきらきらさせながらこちらを見ている。そんな顔されると、適当に流すのも何か違う気がしてしまう。
「その……普段と雰囲気違うし、ちゃんと似合ってると思う。可愛いんじゃないか?」
「……へへ」
そして、ものすごく満足そうに笑った。
あ、これ正解だったやつだ。
「創ちゃん、そういうとこだよねぇ」
「何がだよ」
「ううん、別にー」
絶対何か含みあるだろその顔。だが本人はそれ以上説明する気はないらしく、上機嫌なまま俺の隣へ並ぶ。
すると周囲からまた妙な視線を感じた。
何なんだ。理不尽すぎる。こっちはただ待ち合わせに来ただけなのに。というか、俺は本来こういうキラキラした空間にいるタイプの人間じゃない。本を読んで静かにしていたい側だ。それなのに、なぜ休日の駅前で「彼氏ポジション」みたいな扱いを受けながら歩かなければならないのか。
世の中は不条理である。
そんな俺の心境など知る由もなく、夏樹はやたら嬉しそうな顔で俺を見上げた。
「じゃ、行こっか!」
「……はいはい」
こうして、何だか妙に疲れそうな休日が始まった。
駅前広場を抜けると、人の流れはそのまま大通りへと続いていた。
休日の駅周辺はとにかく騒がしい。商業施設へ向かう人たち、買い物帰りの家族連れ、どこかへ遊びに行くらしい学生グループ、それからキャリーケースを引いた観光客っぽい人たちまで入り混じって歩いており、少し視線を動かすだけでも色んな情報が飛び込んでくる。道路脇にはチェーン店の看板が並び、ビルの壁面には巨大な広告モニターが光っていて、信号が変わるたびに横断歩道を大量の人間が一斉に移動する光景は、見慣れているはずなのに時々「人多すぎだろ」と思わずにはいられなかった。
そんな雑踏の中を、俺と夏樹は並んで歩いていた。
「えーっと……たぶんこっちかな?」
夏樹はスマホを片手に地図アプリを開き、真剣な顔で画面を見つめている。
今日の目的地は、駅近くのホテルのそばにあるカフェだ。共通の知人がそこへ滞在しているらしく、そこで待ち合わせをすることになっていた。
ただ、問題が一つある。
夏樹、方向感覚はそこまで悪くないのだが、“地図を見ながら歩く”能力が壊滅的なのだ。
「創ちゃん、次の信号右――あっ」
言った直後、夏樹が前から来たサラリーマンとぶつかりそうになる。
危なっかしい。しかも本人はギリギリで避けたことに満足しているのか、「セーフ!」みたいな顔をしていた。
いや、セーフじゃない。
普通に危ない。さらにその数秒後には、今度は立ち止まっていたカップルへ突撃しかけていた。
ダメだこいつ。
歩きスマホ適性が低すぎる。
俺は小さくため息を吐くと、不意に夏樹の手を掴んだ。
「うぇっ!?」
変な声が出た。周囲の視線が少しこっちを向く。
やめろ恥ずかしい。
「な、ななな、何!?」
「いや、歩きスマホ危ないだろ」
そう言って、そのまま軽く引っ張る。夏樹は数秒きょとんとしていたが、すぐに「あー……」と何とも言えない顔になった。
「……そっちかぁ」
「?」
「ううん、何でもない」
何だその反応。意味がわからん。
だが夏樹はそれ以上説明する気はないらしく、少しだけ残念そうな顔をしたあと、またスマホへ視線を戻した。
「えっと、じゃあ次の角左ね!」
「了解」
そんなやり取りをしながら、人混みの中を歩いていく。
気付けば、繋いだ手はそのままだった。
「創ちゃん! あそこのパンケーキ美味しそう!」
「前見ろ前」
「あっ」
危うく看板へ突撃しそうになっていた。
危険生物かな?
俺は軽く手を引きながら歩調を合わせる。すると夏樹は、何だか妙に静かになった。
「……?」
横を見る。
すると夏樹は、スマホを持ったまま少しだけ口元を緩めていた。
「何だよ」
「別にー?」
「その顔やめろ。何か企んでる顔だぞ」
「失礼だなぁ」
いや絶対何か考えてる。だが本人は楽しそうなので、たぶん放っておいても問題はないのだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、駅前の喧騒は少しずつ落ち着きを見せ始め、高層ホテルやオフィスビルが並ぶエリアへ入っていく。ガラス張りの建物が陽射しを反射し、道路脇には綺麗に整備された街路樹が並んでいて、さっきまでの雑多な商店街とはまた違う空気が漂っていた。
「たぶんもうすぐだよ!」
「それ、さっきから三回くらい聞いてるぞ」
「今回はほんと!」
信用ならない。
だが実際、その少し先にはホテル併設らしい洒落たカフェが見えてきていた。
テラス席まである。
……うわ、入りづら。
そんな俺の心境など知らない夏樹は、「あっ、あそこだ!」と嬉しそうに指を差していた。
ホテルの一階に併設されているそのカフェは、駅前の喧騒から少し離れた場所にあることもあって比較的落ち着いた雰囲気をしており、大きなガラス窓の向こうには柔らかな照明に照らされた店内が見える。
テラス席には白いパラソルと木目調のテーブルが並び、通り沿いには綺麗に手入れされた街路樹まで植えられているという、いかにも“都会の洒落たカフェ”という感じの空間だったのだが、その落ち着いた空気の中で一ヶ所だけ妙に視線を集めている場所があった。
いや、正確には“そこだけ空間の華やかさが違う”と言った方がいいかもしれない。
「あ、いた!!」
隣で夏樹がぱっと表情を明るくし、ほとんど駆け出すみたいな勢いでテラス席へ向かっていく。その視線の先にいたのは、サングラスを掛けた外国人の男女二人組だった。
リアムとシャーロット。
……相変わらず目立つ。
リアムはシンプルなシャツにジャケットというラフな格好なのに雑誌のモデルみたいな雰囲気を出しているし、シャーロットに至っては上品なワンピース姿で優雅にコーヒーを飲んでいるだけなのに、その一角だけ海外映画みたいな空気になっていた。
しかも二人とも顔が良い。理不尽なくらいに。
おかげで周囲の客や通行人がちらちら見ている。
「え、モデル?」
「海外の俳優とかかな……」
「めちゃくちゃ綺麗……」
そんな声まで聞こえてきた。
……うんざりである。
いや、別にリアムたちが悪い訳じゃない。昔からあんな感じだ。ただ問題なのは、俺が“目立ちたくない側の人間”だということだった。なのに、なぜ俺の周囲にはこういうキラキラした連中ばかり集まるのか。
そしてそこへさらに、森岡高校三大美少女の一角まで飛び込んでいく。
「Liam! Charlotte!!」(リアム! シャーロット!!)
夏樹が満面の笑みで駆け寄る。すると二人もすぐにこちらへ気付き、ぱっと表情を明るくした。
「Hey! Natsuki!!」(やあ! 夏樹!!)
「Oh my god, look at you! You've gotten even prettier!」(まあ! 見違えたわ! さらに綺麗になったじゃない!)
「Really!? Hehe!」(ほんと!? えへへ!)
そして次の瞬間には、ごく自然な動きでハグが始まっていた。リアムが笑いながら夏樹の頭をくしゃっと撫で、シャーロットも嬉しそうに抱きしめる。
それを夏樹が当たり前みたいに受け入れている光景は、何というか……妙に絵になっていた。
「きゃー……」
「待って、映画みたい……」
「空気がキラキラしてる……」
近くの席からそんな声まで聞こえてくる。中には胸を押さえている女性客までいた。
何なんだこの状況。
キラキラ濃度が高すぎる。俺一人だけ場違い感が凄いんだが。しかも問題は、これから俺もあの輪の中へ入らないといけないことである。
……帰りたい。
今ならまだ自然に離脱できないだろうか。「飲み物買ってくる」とか言ってそのままフェードアウトできないか?
いや、無理だな。絶対夏樹が許さない。
そんな現実逃避をしていると、リアムがこちらへ気付いた。
「Oh! Sotaro!!」(おお! 創太郎!!)
やめろ。その爽やかな笑顔で名前呼ぶな。余計目立つだろ。するとシャーロットまで嬉しそうに手を振った。
「You really came!」(本当に来てくれたのね!)
「You invited me, remember?」(呼んだのお前らだろ)
「Fair point.」(それはそうね)
リアムが肩を揺らして笑う。その仕草一つで周囲がざわつくの、本当にどうかと思う。そして当然のように、夏樹が俺の手を引っ張った。
「Come on, Sotaro!」(ほら創ちゃん!)
「I'm coming, I'm coming.」(行く行く)
テラス席へ近付くほど、周囲の視線がさらに集まる。
何なんだこれ。
公開イベントか?
しかもリアム、シャーロット、夏樹の三人が並ぶと絵面が強すぎるのである。俺だけモブキャラ感が凄い。
するとリアムがサングラスを外しながらニヤッと笑った。
「You look different today, Sotaro.」(今日はちょっと雰囲気違うな、創太郎)
「Different?」(違う?)
「Yeah. More stylish than usual.」(いつもよりちゃんとして見える)
「That's because of the cap!」(それ帽子のおかげだよ!)
夏樹が即答する。
「What does that even mean?」(どういう意味だよそれ)
「Your messy hair is hidden today!」(今日はボサボサ頭が隠れてるから!)
「Savage.」(辛辣だな)
リアムが笑いを堪えながら呟く。
うるさい。
だが、その横でシャーロットが楽しそうに頬杖をつきながらこちらを見ていた。
「You two really look like a couple today.」(今日は本当にデートしてるカップルみたいね)
「……」
「……Wha—!?」(……えぇっ!?)
夏樹が変な声を出した。そして一気に顔が赤くなる。
何だその反応。
するとリアムがさらに面白そうに笑う。
「Especially with the hand-holding earlier.」(さっき手まで繋いでたしな)
「That was because she almost walked into three different people while looking at her phone.」(あいつが歩きスマホで三回くらい人にぶつかりそうになったからだ)
「Still counts.」(それでも十分カップルっぽいわよ)
「Exactly.」(その通り)
……やっぱり帰りたい。




