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夢が叶う

「お母さん...!」


「お母様!」


フロリーナとヴァイオレットだ。他の任務に当たっていたはずの二人。緊急要請を受けて、急行してきたのだ。


「待ちなさい!フェス!」


フロリーナが声を張り上げる。フェスの足が止まる。


「なんだ、フロリーナお姉様にヴィオラお姉様じゃないですか。来ちゃいましたか。」


「来ちゃいましたかじゃないわよ!説明しなさい、なんで、貴女がお母さんを!?」


フェスは軽薄に笑う。


「お母さんが実はクレイジャムだったんですよ。だから私が倒したんです。偉いでしょ?」


その言葉にヴァイオレットの空気が変わる。


「笑えない冗談だな。フェス。」


「あはは、ヴィオラお姉様は冗談が通じないなぁ。だから兄弟に怖がられるんですよ。お母さんみたいに――」


フェスの頬が裂かれる。魔法を発動する瞬間さえ見えなかった。


「二度はない、次は首を切るぞ。はっきり言え。お前が...クレイジャムなのか、そうじゃないのか。」


「怖いなぁ。妹にそんな乱暴なことをするなんて。」


「私はもう、お前を妹とは思わない。そして、二度はないと言った。」


容赦なく、ヴァイオレットが魔法を放つ――その直前、氷がフェスの体を引き裂いた。上半身と下半身が別の方向に吹き飛ぶ。二人の視線がアミルカに向く。


「ヴィオラ...。姉妹の...喧嘩は...禁止だって...ゴフッ!」


「お母様。もう喋らないでください。今、治療しますから!」


二人はしゃがんで、アミルカの容体を見る。深刻だ、一秒でも早く治療しなければ、命はない。


「待ち...なさい。私たちの使命は...国民の命を...守ること。私の命より...優先すべきものがあるでしょう。」


途切れ途切れの言葉。それでも力強かった。涙を飲んで、二人は答える。


「ヴァイオレット中将。アミルカ将軍の命に従い、民間人の安全の確保に向かいます。」


「フロリーナ中将。同じく、向かいます。」


「よろしい。」


最期の最期――彼女は将軍で二人は部下だった。振り返らず、二人は全速力で散らばった。入れ替わるようにしてララが現れた。


「アミルカさん!」


子供を安全な場所まで送って、彼女は戻って来た。


「ララ。戻ってきちゃ...駄目でしょう。」


厳しい言葉を投げる。


「ごめんなさい。でも、心配だったから。」


「全く...困った子ね。」


ララはアミルカの体を見る。全身穴だらけで、そこから絶え間なく血が流れる。命が尽きるのは時間の問題だった。


「ごめんなさい。私のせいで...。私に、人を治せるだけの力があったら...!」


涙を流す。アミルカはそんな彼女を安心させるように、柔らかく笑った。


「良いのよ。貴女が無事なら。それで。」


母親のような優しい微笑み。それが懐かしくて、切なくて、ララは思わず声を漏らした。


「お母...さん。」


アミルカが目を丸くする。そして、ふっと笑った。


「ふふ、私をお母さんって呼ぶなんて。貴女で四人目よ。」


「はっ、ごめんなさい。お母さんだなんて。私なんかが。」


「ううん。良いのよ。私は常に貴女たちのことを息子や娘のように思っているわ。」


温かい声で彼女は紡いだ。


「セリーヌ、リナ、ロン、ルーカス、レミー、キース、――」


ララの住む寮の、子供たちの名前だった。


「まだまだいっぱいいるけれど、みんな私の大切な子。だから、貴女たちにも私を母親代わりのように、思ってもらえてたら、嬉しいわね。」


ララはそっと彼女の手を握る。


「思ってます。お母さんのように。思ってます!ずっと、ずぅーっと!」


「そう、ありがとうね。じゃあ、私をお母さんと呼んでくれる末妹に、最初で最後のお願いをしようかしら。」


「はい。」


ララの目をしっかりと見つめて、彼女は語った。


「貴女の二人の姉に、遺言を伝えて欲しいの。次の第二軍将軍はフロリーナに任せるわ。最初の任務は学校対抗戦を中止しないことよ。ヴィオラも補佐として、フロリーナを支えて欲しい。私の執務室の引き出しに、正式な引き継ぎ書類が揃っているから、それを皇帝に提出すればいい。そう、そのまま伝えて欲しいの。」


「はい。わかりました。」


ララの頷きを確認して続ける。


「うん。いいわね。じゃあ次に、貴女に。」


「え?」


「来週だったわね。お誕生日おめでとう。」


突然の祝福にララの瞳から涙が零れる。


「はい、ありがとうございます。」


「貴女が十六歳になるのを見届けられないのは残念ね。それにプレゼントを送れないのも。」


「それなら、今、貰ってもいいですか?」


ララはおもむろにアミルカの分厚い手袋を脱がした。


「ちょっと、危ないわよ。」


そして自分の頬に当てた。


「早く離しなさい。凍っちゃうわよ。」


「いいんです。お母さんを感じさせてください。こんな手袋越しじゃなくて。」


ピキピキと少しずつ、ララの肌が凍っていく。


「全く。我儘な娘ね。」


アミルカがため息交じりに笑みを零す。


――ああ、こんなにも温かいのね。


「お母さん?」


返事はなかった。さっきまであんなにも元気に会話していたのに、アミルカは満足そうな顔でこの世を去った。


「あ、あぁ...あぁああああああああ!!」


叫びが響く。アミルカの前では我慢していた涙が大量に零れる。触れる指先の温度がどんどん上がっていく。アミルカの力が消えていく。


「やだ、やだやだ。お母さんの体温が...!」


もう、ララの肌は凍らない。アミルカの魂は、そこにはないのだから――


「ララ?お母様?」


アミルカの傍で項垂れるララの姿をヴァイオレットは見つける。


「ヴィオラ、こっちは大丈夫だった...のよ。」


そしてフロリーナもまた、見つけてしまった。泣き崩れるララとアミルカの姿を。


「そんな...遅かった。」


フロリーナが駆け足で寄る。そしてララの隣に座り込んで、眠るアミルカを抱き締めた。


「うぅ...!お母さん、お母さん。嫌だよ...。」


「お母様...。」


ボロボロと涙を零すフロリーナ。その傍でヴァイオレットも涙を流して立ち尽くす。亡き母親を前に三人娘。涙に明け暮れた。


しばらくして、フロリーナは泣きながら、ララに視線を向けた。


「ララちゃん...よね?ありがとう、お母さんの最期に、一緒にいてくれて。」


「私も...お母さんの娘だから、当然のことをしたまで...です。」


「お母...さん?」


フロリーナは目を丸くしてヴァイオレットに目を向ける。


「確かに、ララもお母様の建てた寮にお世話になった。私たちの小さな妹だよ。」


その言葉にフロリーナは小さく微笑んだ。


「ララちゃん、おいで。」


アミルカを抱きながら、フロリーナは腕を広げる。ララがその隙間に入る。ぎゅうと三人で抱き合う。


「ありがとう。お母さんをお母さんって呼んでくれて。お母さんはそう呼ばれるのが一番好きだから。本人は、絶対にそんなこと言わないけどね。」


フロリーナの言葉の節々からアミルカへの愛が滲み出る。本当に愛し合った親子だったんだなと、つくづく実感する。


「ほら、ヴィオラも。姉妹三人でお母さんを抱き締めるの。」


「うん、わかったよ。」


アミルカは人生で一度も子供を抱き締めなかった。本当はそうしたかったけれど、アミルカの体質では危なかったから、心の内にずっとその感情をしまっていた。その夢が今、叶う。彼女を心の底から愛する。三人の姉妹によって。


本当に、本当に幸せな最期だった。

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