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大輪へと花開く

「アミルカ将軍...!」


「久しぶりだね。シズク君。ただ、再開を懐かしんでいる場合ではないね。」


相変わらず、張り付いた笑みは不気味だが、地面の凍結は正確に二人の足元だけは避けている。彼女の配慮は光景に反して心が温まる。


「さて、まさかうちの軍にも潜んでいるとはね。クレイジャム。」


クレイジャムという言葉に、本物の軍人が声を揃えて驚愕する。当然だろう。先程まで隣にいた同僚が、まさかテロ組織の人間だったなんて。


「将軍、何をおっしゃいますか、俺がテロ組織の人間だなんて――」


「シズク君、セツナ君。目を閉じなさい。」


鋭く低い声に二人は思わず目を瞑った。直後、シャクリと氷をすくうような音が聞こえたと同時、パタリと、何かが倒れた。


「もう、目を開けていいよ。」


目を開く。すると、先程までいた敵の姿がなかった。いや、違う。彼らがいた場所に凍った赤い何かが、砂山のように積もっている。


「言い訳は結構。」


戦慄する。それは”人だった物”だ。あの一瞬で人がこんなになってしまうのかと、二人は背筋を凍らせる。しかし、それ以上に自分たちに対するアミルカ将軍の「目を開けていい」という声が、余りにも優しかったことが、なおのこと、恐怖に拍車をかけた。


「さて、まだまだ敵は潜んでいる。この会場に紛れ込んだクレイジャムのスパイ、そのリストだ。今この場で確認し、各自、見つけ次第、問答無用で殲滅せよ。それが本当に敵か味方か、考える余地はいらない。私たちの使命は、国民の命を守ることにあるのだから。」


「了解!」


アミルカはリストを一人の軍人に手渡すと、シズクとセツナに優しい眼差しを向けた。


「怖い思いをさせて悪かったね。民間人は既に避難所に向かわせている。一人、うちの者をつけるから、君たちもそこに向かうといい。」


「でもララが...!」


「わかっているよ。シズク君。ララちゃんのことは私に任せるといい。約束だ。ララちゃんのことは、私が命に代えても守る。だから、君は避難所でララちゃんの到着を待つんだ。わかったかい?」


対等ではない。彼らはこれだけ実力を身に着けても、アミルカにとっては守るべき子供でしかない。その遠さに、優しさに、そして無力さに、思わずシズクは涙を流す。


「ララをお願いします。」


「ええ、私に任せなさい。」


ヒラリとコートを翻して、彼女は全速力でその場を離れた。



――悔しいけど...こいつ、私より遥かに強い!


血だらけのララ。軽傷のグローブ。力の差は歴然だった。


ララの目にも止まらぬ魔法は、グローブにとっては想定内――完璧な魔法がララの神速を柔らかく受け止める。そして、不死鳥のような魔法が飛翔する。辛うじて避けれはする。それでも熱気だけで火傷する。


「っ...!」


凄まじい威力。避けるにも防御するにも、今のララでは力不足。しかし、経験も、積み上げてきた努力も、ララは劣っているけれど、魔法の速度だけは凌駕している。


ララの手元が緑に煌めき、一閃。不可視で不可避の魔法がグローブの皮膚を裂く。


「ほんっとに速ぇな!」


ララは、魔素の出力が速度の才能に対して不釣り合いで安定しないから、時々、こういう一撃が生まれる。最大出力で放たれる魔法はグローブでさえ視認できない。


今までは本当にごく稀で、今日のセツナとの試合でも生まれなかったけれど、命の取り合い、極度の集中と緊張感――それらが合わさって、頻発する。


直後、グローブの右腕に何かがぶつかり、爆ぜる。


「クッ...!」


初めての殺し合い。宿敵への復讐心。相手を必ず殺すというどす黒い意志――ララの才能と実力が、吊り合おうとしていた。


「仕方ない。殺す気で行くか。」


その成長を前にグローブは――手加減をやめる。


ララの体を覆い尽くすように空気が爆ぜる。逃げ場のない爆風に全身が燃え上がった。咄嗟に水で洗い流すが、致命傷。両膝をつき、項垂れる。


苦しそうに、浅く息を吸う。腕、足、顔。どこもかしこも爛れている。勝負あり。誰の目からも明らかだった。それでもなお――グローブの左腕が切り飛ばされる。


グローブの全身が粟立つ。今この瞬間、小さな蕾が大輪へと花開いた。ララの手元が煌めく、咄嗟にグローブは防御を展開――


「ゴホッ...!」


ララが吐血した。セツナ、グローブとの連戦。ララの体は限界を迎えていた。崩れ落ち、地面に力なく倒れる。


「ふぅ。ヒヤッとしたぜ。」


汗を拭う。あと一歩、もし彼女がセツナと戦っていなければ、グローブは敗北を喫した可能性さえ、あったのだから。


地面に落ちる腕を持ち上げる。断面は名匠の包丁で切ったように美しく、断面を繋ぎ合わせて、傷を治す魔法を発動すると、本来なら治らないはずの欠損が驚くほど簡単に修復された。


「さて。」


意識朦朧とするララに近寄るグローブ。


「絶望、してくれたかい。」


グローブの手がララの頭に伸びる。そして洗脳――


「子供をいじめるなんて、感心しないね。」


凍てつく声が囁く。グローブは咄嗟にサイドステップ。距離を取る。


「アミルカ...!」


アリアといいアミルカといい。強い魔法使いは遅れて、しかし良い所で、狙いすませたように現れる。


「アミルカ...さん?」


灰に血が混じった声。アミルカは目を見開く。


「ララちゃん。喋らなくていい。傷を治す魔法は使えるかい?」


コクリと頷く。


「ゆっくりで、魔素暴走を起こさないように、ゆっくり、体を癒すんだ。わかったね。」


ララへ優しい視線を送る。しかし一転、グローブに鋭い目つきを送ると同時、グローブの足元が凍り付く。咄嗟に跳躍し回避する。しかし地面の氷が伸び、その足を絡めとる。体が地面に叩きつけられる。


「私と戦うのは怖いのかい?それとも、弱い者いじめしかできないのかな?」


何度も何度も、グローブを地面に叩きつけ煽るアミルカ。しかしグローブは叩きつけられながら、魔法を返す。不死鳥が羽ばたき、アミルカを襲う――それが一瞬で凍り付き、バラバラになって崩れ落ちる。それと同時、強烈にグローブが地面に叩きつけらえる。アミルカは治療を続けるララの目をそっと片手で覆い隠す。


直後、ぐちゃりと何かが潰れる音がした。


「全く、甲斐性のない男だ。」


頭のない男を見下ろして、アミルカは冷徹な呟く。しかし次の瞬間には温かい声でララに声をかける。


「ララちゃん。もう大丈夫だよ。」


ポンと彼女の肩に手を置き、パッと体の傷を治療してあげる。


「良く一人頑張ったね。」


目線を合わせて優しく微笑むアミルカ。しかしララの顔は青ざめていた。


「アミルカさん、後ろ...!」


不死鳥がアミルカを襲う。咄嗟に展開した薄氷を貫き、その背中を盛大に燃やした。


「この魔法は...。」


大怪我を負っても表情一つ変えずに、振り返る。そこには見知らぬ男が立っていた。


「アミルカさん。あの男、グローブでした。六年前に死んだはずの男です!」


「なるほどね。じゃあ、君もグローブということか。」


アミルカの言葉に男はニヤリと笑みを浮かべる。


「その通りだ。」


「全く。笑えないね。今の時代にそんな悪趣味なことをする連中がいるとは。」


アミルカの言葉にララが問いかける。


「知ってるんですか。どうしてグローブが死なないのか。」


「知っているよ。彼は、自分と同じ思考の人間を複数人作っているんだ。思考を操る魔法を使ってね。そうすることで、一人が死んだとしても、他の人間が任務を引き継げる。全く同じ思考、全く同じ癖、全く同じ魔法でね。」


ララは絶句する。思考を操る魔法。それは自分が使われそうになった魔法。つまり、もしあの時も、今日も助けが来なかったら、彼女はグローブになっていたということだ。


「昔にも似たようなことをする連中がいた。”マッドレー”というテロ組織だ。もしかして、クレイジャムは、そこから派生したのかい。」


「クックック。まさか、マッドレーを知っている人間がいるとはね。」


グローブが口角を上げ、腕を広げる。


「その通りだ。我々はみな、マッドレーの五人の幹部――その、思考と魔法を共有した兵士だ。」


彼の背後から、ぞろぞろと別の顔をした男が現れる。しかし、その気配、存在感は驚くほどに一致している。


「気味が悪い...ね。」


アミルカの視線の先に、子供がいた。幼い子供が十人、拘束されていた。


「いい顔をするな、アミルカ。子供好きというのは本当のようだ。」


ピキリと空気が凍てつく。しかしグローブは表情を崩さない。何故なら、アミルカは手出しができないから。


子供の首筋に刃物が当てられている。その距離であれば、魔法よりも早く、命を刈り取れる道具だ。


「助けて...!」


子供の涙が零れる。

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