最悪の再会
早速、ララと怪物の試合が始まる。観客席から美少女対決だと歓声が上がっている。しかしそこに立っているのは世代を代表する強者。そんな黄色い声援は次の瞬間、一瞬にして消え去った。
試合開始――同時に洗練された神速の魔法が交差する。
「...!」
早速、ララだけが魔法を受ける。この怪物、今までの大技はミスリード。本当は洗練された魔法使いであり、こうやって速度に振った魔法も放てたのだ。
意表を突かれたララはもろに魔法を受けたが、涼しい顔で反撃――風の刃が飛翔する。それに合わせて、怪物も魔法を放ち、目にも止まらない魔法戦が繰り広げられる。
――あの高威力の魔法を連発される方が面倒だった。スピード勝負ならむしろ...私が有利。
魔法のスピードはララが上だ。戦況は拮抗し、やがてララ側へ傾き始める。だが直後、怪物は戦略を切り替えた。速度を捨て、威力を高める。迫るララの魔法が一瞬で呑み込まれ、そのまま暴力的な質量の魔法が襲い掛かった。
逃げ場も防ぐ手立てもない、理不尽なまでの面での攻撃。ララは回避を優先し、咄嗟に空へと逃れる。怪物は感心したように宙を舞うララを見上げ、そして彼女もまた、重力を無視して空へと飛び立った。
戦場は空中へと移行する。魔法陣の切り替え、その一点においてもララの速度が勝っていた。凄まじい精度で連射される風の弾幕。しかし、そのすべてが怪物のたった一撃によって粉砕される。”手数”のララと”火力”の怪物。空を裂く火花の応酬の中で、次第に追い詰められていったのはララだった。
普通、火力で押せば体力が持たない。しかし怪物の魔素許容量は無尽蔵、それ故に魔素の消費が体力にほとんど影響しない。一方でララは空を飛ぶ魔法を展開しながら、最速の魔法を放ち続けて、体力がじわりじわりと減っていく。
――嫌な流れだな。このままだと、間違いなくララが負ける。しかし...。
シズクの目から見ても、状況を覆す策はすぐには浮かばなかった。それほどまでに、ララと怪物の間には”地力”という名の巨大な壁が存在している。
――スペックで負けている。でも、そんな相手にも勝つ方法はいくらでもあるぞ。ララ。
シズクは単純なスペックではララに劣っている。スピードという才能、内包できる魔素の量、戦闘センス――数えたらキリがない。それでもシズクが彼女に遅れを取らないのは、積み上げた知識と経験の差があるからだ。
――自分の強みを発揮するんだ。しっかりとそれを発揮できれば、格上にも勝てる。
刹那――ララの魔法が怪物の肩を射抜いた。あまりに唐突な一撃。何が起こったのか、怪物本人すら理解できていない。
――そうだ...!
観戦する一流魔法使いたちを除き、その変化に気づいたのはシズクだけだった。ララは熾烈な空中戦の最中で、並列して魔法陣を書き換えてみせたのだ。
怪物が放った火球。そのエネルギーの揺らぎを完璧に見切り、風の刃が火力をすり抜け、着弾する。まさに、天才の所業。あの怪物を”剛の天才”と呼ぶなら、ララは紛れもなく”技の天才”だ。
あとは、どちらが先に力尽きるか。
怪物は被弾に即座に対応し、発動する魔法の属性を目まぐるしく変えた。火球、水球、風球。どれもが致命の一撃となり得る威力を保ったまま襲い来る。しかし、ララはそのすべてに即応し、魔法陣を変化させてみせた。今度は怪物側に、確実なダメージが蓄積されていく。
そこで怪物は、更に戦略を変える。今度は高密度の魔法が放たれた。それにララの魔法は飲み込まれる。怪物の目の色が変わる。
――バレたか。
シズクは最初から気づいていた。ララの”魔法をすり抜ける魔法”は、エネルギーが拡散している広範囲攻撃にのみ有効な、極めて限定的な魔法だ。狙い澄まされた高密度の弾丸を撃ち込まれれば、すり抜ける隙間すら残らない。
ララは変わらず怪物の猛攻をひらりと回避し続けている。しかし、唯一の対抗手段を封じられたララは、その後、あっさりと――
「...くそ。」
気づけば、視界には無機質な白い天井があった。すぐに自身の敗北を悟る。身動きが取れない。それもそのはず、決定打を食らったから負けたのではない。限界を超えて魔法を放ち続けた結果、体力が完全に底を突いたのだ。
――スイ先生に怒られちゃうな。
悔しさに目尻を濡らす。周囲を見渡すが、そこにシズクの姿はない。まだ試合は終わっていないのだろうか。いや、そんなはずはない。医務室にはララ以外にも気絶した二人の生徒が運ばれている。ならば試合は終わっているはずだ。なのに――
「何でいないの?」
突如として、どす黒い不安が去来する。
――今まで私は”天才”だったから、シズクに興味を持ってもらえた。でも今は。同年代の一個上の先輩にも負けるような私に...シズクは興味を持ってくれるの...?
珍しく感情が昂り、瞳から涙がこぼれ落ちる。気づけば、ララは医務室を後にしていた。動かないはずの体をシズクを求める焦燥感だけが突き動かしていた。
通路を抜け、闘技場を仰ぐ。そこにはもう、誰の姿もない。
――どこに行ったの?
来た道を戻り、大きな廊下に差し掛かったときだった。ようやく、シズクの姿を見つけた。
「シズ――」
呼びかけようとした声が、喉の奥で凍りついた。彼の隣には、あの”怪物”の姿があったのだ。
「え...?」
強い衝撃が、ララの胸を貫いた。気絶して運ばれた自分をよそに、あの強者と親しげに語らうシズクの姿。
――あぁ。シズクは…”強い方”を選んだんだ。
ララの瞳から光が消えかかる。その、絶望の隙を突くように声が響いた。
「久しぶりだな。嬢ちゃん。」
忘れもしない、耳の奥にこびりついた不快な声。ララは反射的に、渾身の魔法を背後へ放った。けれど、それはあっさりと霧散させられる。
「なん...で、死んだはずじゃ...。」
「十歳かそこらの子に、濁さずに死んだなんて伝えたのか?酷いお方だな。」
姿形は変わっている。だが、声、へらへらとした薄汚い表情、そして強烈などす黒い威圧感。そのすべてが、記憶の中のあいつを指し示していた。
「グローブ...!」
両親の命を奪った仇敵。あの日、死んだはずの男との最悪の再会だった。
「なんで...お前が生きている。」
「生きてちゃ悪いかい?」
不快な笑みを浮かべるグローブ。ララは本能的な恐怖に一歩後退る。だが、視界の端にはシズクの背中が見えていた。大声を出せば、あそこに届く。
「シズク! 助けて!」
グローブから目を離さず、喉が裂けるほどの声を上げた。しかし、何秒待ってもシズクは現れない。それどころか、こちらを振り返る様子さえなかった。
「...結界?」
「ようやく気づいたか。内側からの声を遮断する特製の結界だ。お前がどんなに喚こうが、あっちには届かねえよ。」
結界――魔法を幾重にも張り巡らせた領域。その領域を安定させるためには、通常五人から七人程度の魔法使いによる協力が必要となる。つまり、この付近にグローブの仲間が潜んでいるということだ。
「なんだ?協力者を探しているのか。残念ながら、そいつはすぐそばにいるぜ。例えば――あのガキの目の前とかな。」
その言葉に、思わず視線を泳がせる。
「シズ――」
「よそ見厳禁だ!」
突風が吹き荒れ、ララの体は強引にグローブ側へと引き寄せられた。シズクとの距離がさらに引き離される。直後、背後から激しい爆発音が轟いた。グローブの言う通り、シズクにも刺客が襲い掛かったのだ。
だが、吹っ飛ばされた衝撃が、皮肉にもララに冷徹な思考を取り戻させた。
「こんなに派手にやって、タダで済むと思ってるの?ここにはアミルカ将軍も、トリスちゃんもいる。お前たちが束になったって、到底勝てない相手なのに。」
対峙してわかる。グローブの実力は、ララがこれまで戦った魔法使いの中でも間違いなくトップクラスだ。シズクやあの怪物ですら霞むほど、洗練された「殺しの魔法」を纏っている。それでも、あの二人には及ばない。それなのに、彼らは仕掛けてきた。
「ああ、アミルカとトリスフェルミアね。アミルカの方は既に対策済みだ。トリスフェルミアの方は運が良くてね...近くに”足手纏い”がいてくれたおかげで、想定よりずっと楽に抑えられたよ。」
「足手纏い...?」
「あ?嬢ちゃんのクラスメイトだろ。あの栗色の髪をしたガキは」
頭に、一気に血が上るのがわかった。
「マロンに、何をした...っ!」
「マロン?へぇ、そんな名前なのか。安心しな、トリスフェルミアはそう簡単に抑えれる相手じゃない。あのガキはあくまで人質だ。まだ”殺して”はないと思うぜ?」
神速の風が放たれた。グローブは首を傾けて回避したが、その頬から一筋の鮮血が滴り落ちる。
「お前を...今すぐ殺す...!」
「おお、怖いねえ。」
その速さを目の当たりにしても、グローブの表情からは一切余裕が、失われなかった。




