怪物ーその2
「やっぱり僕の出番はなかったですね。」
試合が終わって、シズクは少し不満げな表情を浮かべた。
「何その顔?負けて欲しかったの?」
「いや…負けるなんて微塵も思ってないけど…クレースの大将の先輩と戦ってみたかった…!」
悔しそうに拳を握るシズクに、ベルトラムがふっと笑みを零す。
「別にこれで終わりというわけではない。四日目の個人戦で戦う可能性もある。」
「そうですね。」
間の抜けた会話を交わす二人の前で、ローランとクロムは驚愕の表情を浮かべていた。
「ベルが笑った…!?」
「ベルパイセンが笑った!?」
驚きすぎる二人に、シズクとララは不思議そうに首を傾げる。
「ベルトラム先輩、普通に笑いません?」
「うん。むしろ表情豊かだと思います。」
認識の差に全員が大量の疑問符を頭に浮かべた、そんな勝利の余韻の裏側で、準決勝に駒を進める学校が着々と決まっていた。
「おっ。次の対戦校が決まったな」
「はい。ラベガ魔法学校ですね」
「ん?随分と嬉しそうだな。」
「当然じゃないですか。シズクとララの師匠の母校ですから。」
ラベガ魔法学校は、二人の師匠であるヴァイオレットが学び育った学び舎だ。生徒個々の「好き」を最優先で伸ばす独創的な教育が特徴で、それゆえ基礎課程では他校の画一的なエリートに一歩後れを取る傾向がある。しかし、磨き抜いた「好き」が唯一無二の武器へと昇華される実戦課程の頃には、同世代を遥かに凌駕する実力を手にするのだ。
「でも、今の試合を見た感じだと…。」
「はい、僕の出番はなさそうですね。」
やはりと言うべきか、ランダ魔法学校のレベルは他校を圧倒していた。その理由は徹底した実力至上主義。待遇に極端な差をつけ、生徒間の競争を煽る環境が、怪物的な強者を生み出し続ける。過去十二度開催された、学校対抗戦の歴史において、ランダが九度の優勝を誇っている事実が、その正しさを証明していた。
しかし――ランダにだけ、飛び抜けた天才が生まれるわけではない。
「え?」
最初に異変に気づいたのはララだった。天才的な魔素感受性が、空気に混じった微細な違和感をキャッチする。その隣で、シズクも即座に反応した。この、肌を刺すような既視感は――
「…スイ先生?」
その場にいないはずの師の存在を錯覚するほどの威圧感。
「来る。」
退場する選手と入れ替わり、次の試合の選手が入場してくる。シズクとララの視線の先、通路から現れるのはフィラモ魔法学校の生徒――彼女が闘技場に足を踏み入れた瞬間、二人の背筋が凍りついた。
灼熱の太陽のごとく、彼女の体から漏れ出る魔素が周囲の魔素を焼き尽くしていく。それは、スイやトリスが魔素分散装置を外した時にも似た、暴力的で圧倒的な実力の誇示だった。
その異質な光景に、当然、目を留める者がいた。
「ふーん。面白い子がいるね。マロンも分かってるみたいだね。」
「当然ですよ。あんな狂暴な魔素の奔流…初めて見ました。」
「そうだね。私やスイだって、あそこまで酷くはない。」
少し悲しげな表情を浮かべ、トリスは言い放った。
「マロン、よぉーく見ておくことだ。あれが文字通り、”才能を燃やす”ってことだから。」
マロンはその時、言葉の真意を理解することはできなかった。ただ、何となく見た、闘技場に立つあの少女の横顔が、その苛烈な存在感とは裏腹に、どうしようもなく儚く見えた。
「シズク、ララ!お前ら以外にもあんな奴がいるなんてな。」
クロムの言い放った言葉をシズクは即座に否定する。
「一緒にしないでください。あれは僕たちとは根本的に違う、別次元の才能です。才能だけで見ればスイ先生クラス。」
その言葉に全員が動揺の色を見せる。つまり自分たちは今から学生時代のスイを相手にしなければならないのか、と。しかしそれをローランが一蹴する。
「ん~。あの子がスイ先生と同じレベルにあるようには見えないけどな~。」
「どういうことですか?」
首を傾げるシズクにローランは頬杖をつきながら答える。
「俺は子どもの頃に一度、スイ先生の学生時代を見たことがある。俺が十歳の頃だから...スイ先生は当時十六歳。スイ先生はその時すでに両手に魔素分散装置を着けていた。あの人は、レベルが違うよ。」
戦慄する。十六歳、シズクと二つしか違わない。それなのに、何て果てしない差なのだろうか。思わず笑みが零れしまう。
「そうですか、そう言われてしまうと、勝てる気がしてきますね。」
そう言ってしまえるお前もすげぇよ。という視線がシズクに向けられる。そんな中でもララだけはいつも通りだった。
「確かに。」
彼女もまた確信めいた顔で言ってみせた。ランダ魔法学校の最強二人は、他校の怪物を目にしても全く揺るがない。その頼もしさには嫉妬さえ覚えるほどだ。
ともあれ、試合は進行していく。あの怪物はどうやら先鋒のようだ。つまり、当たるのはララ。ララは神妙な面持ちで、試合を凝視する。
試合開始――同時に放たれたのは、太陽と見紛うほどの業火。それが対戦校の生徒目掛けて飛翔し、爆散。巨大な会場を揺らすほどの衝撃と同時に、観客の安全のために決闘台を覆う結界が、崩壊した。
「は...?」
驚きの声が上がる。それもそのはず、結界は一流魔法使いでも破壊できない強度を誇っているからだ。今までの歴史で、この結界が破壊されたことはただの一度もない。あの、スイとトリスが出場した、伝説の世代でもだ。
「マジかよ...。」
絶句するクロム。しかし隣のシズクは平然としていて、しかもこんなことを言い出した。
「ララ、今のわかったか?」
「うん。魔素の制御が甘い。」
ララの一言にミアが腑に落ちたように「なるほどね。」と言い放つ。他のみんなも納得している様子だ。
「え、どういうことだ?」
クロムとレントを除いて――
「何でわからないのよ。」
呆れたようにリネットが説明する。
「今の魔法。一見、高威力の素晴らしい魔法に見えるけど、実態は違うわ。彼女に吸い込まれる荒波のような魔素をそのまま魔法にしているだけ。緻密さも洗練さも全くない大雑把な魔法よ。でもその分――威力が半端ない。」
魔素の制御や魔法陣の完成度、タイミング、全てが滅茶苦茶。理想の魔法使いとは程遠いが、内包できる魔素量が無尽蔵だから、その拙さが無視できてしまう。だが――
「ありがたいことにつけ入る隙がある。魔法を放つまでの間、十分に隙がある。ララの魔法であればそれを狙えるだろう。問題はあの魔素量で防御されたとき、神速の魔法で崩せるかどうか。」
ベルトラムの指摘にララは素直に頷く。
「仮に無防備で攻撃を当てたとしても、この魔素量の差だと簡単に崩れてくれないと思います。でも、それなら何発も入れればいい話です。」
ララの言葉にみんながツッコミたそうな視線を向ける。
――なんでこの子。頭いいのにこんな脳筋なの...。
誰もそんなこと口にしないが、当の本人はどこ吹く風で試合を見ている。
その後の準決勝――相手は師匠ヴァイオレットの母校、ラベガ魔法学校だ。
「好き」を極めた彼らの魔法は、まさに千差万別。水で彫刻を作るような精密な操作や、植物に意思を持たせるような奇策に翻弄されたが、終わってみればランダの圧勝だった。
シズクの予言通り、彼は一度も席を立つことなく、ララとベルトラムたちの圧倒的な暴力――もとい、練り上げられた魔法によって、ランダは決勝への切符を掴み取った。
一方で、フィラモ魔法学校もまた、あの”怪物”を先頭に立てて準決勝を蹂躙していた。
二度目の試合でも、彼女はただの一歩も動かず、荒れ狂う魔素の奔流を魔法にするだけで、相手を場外へ消し飛ばした。その横顔は、やはりどこか遠くを見ているようで、救いようのない孤独に満ちているように感じた。
そして。熱狂が最高潮に達した闘技場に、運命を告げる鐘の音が響き渡った。
「決勝戦――ランダ魔法学校対、フィラモ魔法学校!」
両校が闘技場の中央に並び立つ。ララの目の前にはあの怪物。ララも少し緊張したような面持ちだ。一方でシズクは今までになく嬉しそうにしていた。
今までの違ってフィラモ魔法学校は強敵――もしかしたら、自分の番が回ってくるのではないか、そんな仲間への信頼を踏みにじるような想像をしていた。
――ごめん。二人共...でも、楽しみで仕方ない。
仲間への信頼より魔法への渇望を優先したシズク。しかしこの直後、彼も予想していなかった展開に試合は進むことになる。




