機先を制す
「――諸君、おはよう。まずは今日、この素晴らしい日に、誰一人欠けることなく開会を迎えられたことを、心より喜ばしく思う。」
「わぁ、アミルカさんだよ!シズク。」
学校対抗戦の開幕は大会を運営する将軍の挨拶から始まる。今大会の運営を務めるはアミルカ。その姿を一目見た瞬間、ララが興奮したようにシズクの袖を引っ張った。
「この日のために、諸君がどれほどの研鑽を積んできたか。その努力の積み重ねは、私たちが誰よりもよく知っている。今日、この場所で求められるのは、ただ一つ。己の持てるすべてを出し切り、良き好敵手と出会い、共に高め合うことだ。」
アミルカがおもむろに手を前に出す。夜空に浮かぶオーロラのように、氷の礫がアーチを描き、太陽の反射で煌めく。その光景に誰もが見惚れる。
「怪我を恐れず、迷いなく踏み出しなさい。諸君の安全は、この私が、そして我が軍が命に代えても守り抜く。」
礫が砕けサラサラとした細かい氷が降り注ぎ、ふわりと地面に零れる。やがてそれらは積み上がって、氷の彫刻の騎士が現れる。
「…さあ、始めよう。若き魔法使いの卵たち。その才能を開花させる瞬間を...その輝かしい一歩を...ここで見せてもらうことにする。学校対抗戦、開幕だ!」
歓声が上がる。その熱量冷めやらぬまま、決闘戦団体の第一回戦が始まる。前大会優勝したランダ魔法学校はシード枠なので、シズクたちも観客席へと向かった。
それから、二時間と少しが経過した――
「おい、シズク。試合始まるぞ。」
待合室の扉を、クロムが勢いよく蹴り開ける。
「クロム先輩。扉、壊れちゃいますよ。」
「あん?壊れねぇよ、これ鋼鉄製だぞ。」
「これ、鋼鉄なんですか?」
祭典の幕開け。会場を揺らす大歓声が壁越しに響く中、二人は呆れるほど普段通りの会話を交わしていた。
だが、ふとクロムは気づく。軽口を叩きながらも、シズクの瞳の奥には、周囲の温度を奪うような冷徹な集中力が宿っている。その完成された”強者の佇まい”に、クロムは一瞬、恐怖に似た震えを覚えた。
「…お前、緊張してねーのか?」
「え?してますよ。でも、どうせ僕まで回ってきませんから。」
シズクは事も無げに言った。 団体戦は二本先取。先鋒のララ、そして中堅のベルトラム。その二人が、この四ヶ月でどれほどの”レベル”に仕上げてきたのか。それを誰よりも知っているシズクにとって、自分の出番があるという想定は、もはや仲間を侮辱するに等しい。
「ああ…。それもそうか。」
クロムは苦笑し、同時に腑に落ちたように頷いた。
「それじゃ、行ってきます。」
「おう。暴れてこい。」
割れんばかりの歓声と熱気が包み込む闘技場。その中央にシズクは足を踏み入れる。360度から刺さる熱狂的な視線に、先程まで一欠けらもなかった緊張が少しだけ押し寄せる。しかし、先に並び立つ二人の立ち姿に、その緊張は一瞬にして和らいだ。
「お待たせしました。」
「まだ対戦校も揃っていない。気にするな。」
「そうなんですか?」
チラリと対峙する二人の生徒を視界に収める。対戦校はクレース魔法学校。マロンの出身地であるクレースに位置する魔法学校で、自由で伸び伸びとした教育が特徴的な学校だ。それ故か、残りの一人は遅れているにも関わらず、マイペースにテクテク歩いてやってきた。
「すいませんね。遅れちゃって。」
審判を目の前にへらへらと笑って平謝り、礼儀を知らないのか度胸があるのか。しかし一つ言えることがあるとすれば、その視線はシズクから一度も外れなかった。
シズクはゾクリと背筋を震わせ、思わず笑みを零す。
――戦ってみたい...!
ララとベルトラムが負けるとは微塵も思っていないが、それでも目の前に立つ魔法使いと一線を交えたいと思ってしまう。それ程までに彼が身に纏う風格は凄まじかった。
「両校前へ!礼!」
よろしくお願いします。とお互い頭を下げ、握手を交わす。基礎課程二年生が相手だと舐めてくれれば嬉しかったが、握手を交わして良くわかった。彼らに油断など一切ないと。
ララとその対戦相手を残して、残りの生徒は待機場所へと移動する。ララの対戦相手は実戦課程二年生の主席と聞く。経験豊富な彼女を相手に、基礎課程二年生のララがどう食らいつくのか。観客席の大半はそんな想像をしているだろう。しかし、対戦相手のリニエだけは既にララの異質さを感じ取っていた。
――ランダ魔法学校という名門で、十五歳にして団体戦のメンバーになってるんだ。油断はできない。
「試合開始!」
先に動いたのは――風がリニエの体を貫いた。鋭い衝撃が彼女を襲う。何が起こったのか理解することさえできなかったが、何とか反撃しようと苦し紛れに魔法を放つが、放った瞬間それらがパチンと弾ける。
「嘘――」
油断していたわけではない。それなのに対応すらできず、壁のような風の弾幕を前に、リニエはただ絶望するしかなかった。
衝撃的な決着を目の当たりにし、一瞬、会場は水を打ったような静寂に包まれる。しかし次の瞬間、それを塗り替えるほどの割れんばかりの喝采が闘技場を揺らした。
「あはは!ララちゃんを先鋒にした理由はこれかぁ。」
その光景を、トリスは闘技場のVIP席から眺めていた。その隣には、場違いな場所に気圧されているマロンも座っている。
「あの…トリスちゃん。私、本当にここにいていいんですか?というか、なんでこんな席に…?」
「ん~?私の直弟子なんだから、胸を張って隣に座ってなよ♪あとさ、マロンは知らないかもしれないけど、私って実はちょっぴり凄い人なんだよ☆」
その言葉に、マロンは背後をちらりと振り返る。室内には二人、扉の向こう側にも二人。トリスを警護するために、厳格な面持ちの魔法使いが配置されている。学校の先生としてのトリスしか知らなかったが、自分たちは本当にとんでもない人物に魔法を教わっているのかもしれない。そう直感せざるを得ない光景だった。
「それでさ、マロン。今のララちゃんの魔法、いくつに見えた?」
「えっと、十二個です。」
「正解☆よく見えてるね。最速の魔法で体勢を崩し、逃げ場のない弾幕で仕留める。ララちゃんのスタイルにおいて最も理にかなった戦術だし、実力が少しでも劣れば対応のしようがないね♪さて、マロンならどうやって対応する?」
今大会、これまで行われた全ての試合において、マロンはトリスから同様の質問を投げかけられてきた。 三、四歳は離れた実戦課程の上級生たちが繰り出す、苛烈な戦術や魔法。それらを前に、自分ならどう生き残り、どう撃ち返すのか。
「ララの最速の魔法。あれを避けるのも、対応するのも今の私には不可能だから…それを受ける前提で話を進めます。まず、不可視の攻撃を受けた時点で、私なら防御を展開します。目で捉えられない速度なら、背後も上空も関係ない。360度、殻に籠るように”土のドーム”を形成します」
「うんうん。それでそれで?」
楽しげに先を促すトリスを横目に、マロンは真剣な面持ちで続ける。
「当然、視界はゼロになるので、解除のタイミングは選べません。だから…あえて、ララの魔法に私の防御を破らせます。衝撃が殻を突き抜けた瞬間、私は防御を自ら解除し、同時に身体強化を発動して全力で離脱。残った瓦礫と土煙にララの意識が向いている隙に、反撃に転じます。どうでしょうか?」
言い終えたマロンに、トリスは「なるほどねぇ」と深く頷くと、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。
「ブッブー!不正解!」
「うっ…!やっぱり。」
「そう落ち込まないの。不正解って言ったけど、”不正解じゃない”から。」
困惑するマロンに、トリスは慈しむような、それでいて残酷なほど冷静な瞳で続ける。
「確かに今のマロンにできる対応としては、それが唯一の正攻法だよ。でも、それじゃあララちゃんには勝てない。まず大前提として、今のマロンの防御力じゃ、ララちゃんの攻撃に耐えられるだけの強度は出せないんだ。作戦を完遂する前に、防御ごと押し潰されちゃうよ。」
「…そうですよねぇ。」
「なんだ、わかってたんだ。じゃあ、やることは一つしかない。正攻法だけが正解じゃないってこと、そろそろ気づいてるんじゃないかな?」
トリスの問いかけに、マロンは迷いのない、確信に満ちた表情で答えた。
「――前に、出る。」
「正解!不可視の攻撃を受けた瞬間、魔法で撃ち返そうなんて思わずに、まず動く。速度で勝てない相手に、後出しの魔法で勝負するのは最悪の手だ。だったら、死ぬ気で距離を詰めるしかない。速い魔法は一発の威力が下がるから、気合で耐えればなんとかなる…まぁ、ララちゃんの魔法は威力もえげつないけど。でも、それ以外に勝機はないよ。至近距離で質量攻撃を叩き込めば、ララちゃんだって防ぎようがないからね。」
「結構、根性論ですね。」
「根性論だよ。魔法戦の勝者は、最後に立ってた方なんだから。」
そう言って笑うトリスの瞳は、どこまでも澄んでいた。しかし、その直後。マロンが次の質問を口にしようとした瞬間、トリスの横顔にふっと”別の影”が落ちる。
――まぁ、これが”競技”ではなく”殺し合い”なら、話は変わるけど。
一瞬だけ、VIP席の室温が下がったかのような錯覚。背後に控える護衛の魔法使いの一人が、ピクリと肩を揺らした。彼らにはわかったのかもしれない。今の軽快な会話の裏に潜む、戦場を血で洗ってきた者だけが持つ冷徹な独白が。
――ま、今のこの子たちには関係のないことか。
トリスは手元の冷めた紅茶を一口啜り、再び、熱狂に沸く闘技場へと視線を戻した。 そこでは今、審判によってララの勝利が宣言されようとしていた。その裏で暗躍する魔の手には、まだ誰も気づいていない。




