才能ある後輩たち
学校対抗戦――六年に一度開催されるこの大会には、帝国内に十二ある魔法学校の、各学年の主席と次席のみが集い、魔法の極致を競い合う。
種目は多岐にわたる。 二本先取の「決闘戦団体」を皮切りに、高度な戦略が問われる「陣地戦」、速度の「早撃ち戦」、純粋な魔法の威力を競う「威力戦」、そして「連携戦」を経て、最終日の「決闘戦個人」へと続く計六種目。 四日間に及ぶこの死闘は、帝国民すべてが固唾を呑んで見守る国家的行事でもある。
今日はその種目決めの日。 基礎課程と実戦課程、合わせて十二名の精鋭が、初めて一堂に会したのだ。
「まずは各々、やりたい種目を挙手しろ。」
静寂を破ったのは、実戦課程・三年主席のベルトラムだった。 彫刻のように整った顔立ちに、一切の妥協を許さない厳格な眼差し。その威圧感はさすがと言わざるを得ない。
「はいはーい!俺、威力戦出たい!」
だが、その空気を一瞬でぶち壊したのは、実戦課程・二年主席のクロムだった。
「バカッ! 先輩には敬語を使いなさいって言ってるでしょ!」
「え〜。別にいいでしょ。ねぇ、ベルパイセン?」
隣で二年次席のリネットが顔を真っ青にして嗜めるが、クロムはどこ吹く風。 自由奔放な天才と、それに振り回される苦労人。魔法のコンビネーションなら学内随一と噂される凸凹コンビだが、礼儀に関しては壊滅的だった。
「うんうん、いいよクロム。ベルはね、そういうの大歓迎だから」
「おい。勝手に答えるな、ローラン。」
割り込んだのは実戦課程・三年次席、ローランだ。唯一ベルトラムを弄れる男がニヤニヤと笑う。
「…いや、構わないが。」
「構わないんですか!?」
リネットの驚愕をよそに、ベルトラムは諦めたように溜息をついた。
「ああ。言っても無駄な男に割く時間は、我々にはないからな」
「なっ!?クロム、あんた今までも…!」
「テヘペロ♪」
黙りこくる基礎課程の面々を置き去りに、ぎゃあぎゃあと騒ぎまくる実戦課程。もはやどちらが年上か分からない混沌とした状況に、冷ややかな声がメスを入れた。
「あの、先輩方。」
「ん?」
「さっさと種目を決めましょう。時間は無限ではありません。」
アルベリオの、氷点下を思わせる視線。
「はい。すいません。」
クロムの顔が一瞬で青ざめ、直立不動になる。
「あっはっは!ベルにはタメ語で、アルには敬語かよ!」
大笑いするローランだったが、アルベリオの鋭い視線が自分に向けられたことに気づくと、即座に「はい、すいません」と両手を膝に置いた。
そのギャグのような一連の流れを眺めながら、ミアは隣に座るララの肩をトントンと叩く。そして、真剣な顔で耳打ちした。
「ねぇねぇ。ベルトラム先輩とローラン先輩が実は付き合ってるって話、ほんとかな?」
「……え、そうなんですか!?」
「いや、実戦課程の三年生から聞いた噂なんだけどさ。……ほら、見てよ。あの二人」
ミアの恋愛フィルターを通せば、厳格な会議室にも薔薇の花が咲き誇っているように見える。
――うん。っぽいな!
自分がとんでもない風評被害の対象になっているとは露知らず、ベルトラムは咳払いを一つして、本題へと戻った。
「もう一度言いますが、俺は威力戦に出たいです。」
アルベリオの”圧”が効いたのか、今度はしっかり敬語で挙手するクロム。ベルトラムは無言で頷き、ホワイトボードの威力戦の欄にその名を書き入れた。
次に、スッと音もなく手を挙げたのはアルベリオだった。彼は立ち上がると、会議室の空気を凍らせるような一言を放った。
「シズクとララ。この二人を連携戦、及び決闘戦団体に推薦します。」
シン――と、場に冷たい沈黙が落ちた。その予想外な提案に、静寂を力技で叩き割ったのは、やはりクロムだった。
「はぁああああ!?舐めてんのかアルベリオ。連携戦は俺とリネットが出るに決まってるだろうが!」
激昂し、机を叩いて立ち上がるクロム。だがアルベリオは、視線すら動かさずに淡く返した。
「ですが、立候補はされていませんよね?」
「んなもん立候補しなくても分かるだろうが!俺とリネットが、この学校で最強のコンビだってことくらい!」
実戦課程二年主席。その怒気と共に放たれた威圧感は、もはや学生の域を遥かに超えている。一触即発の重苦しい空気。しかし、アルベリオは鼻で笑うように、挑発的な笑みを浮かべた。
「最強…?ハハッ。」
「あ?なに笑ってんだよ。」
「いえ、おかしくて。分かりませんか?貴方たちよりも、シズクとララの方が遥かに”強い”ってことですよ。」
会議室に、本日二発目の爆弾が投下された。
クロムの血管が浮き上がり、今にも爆発せんばかりの形相になる。一方で、当のシズクとララは、揃って顔を両手で覆い、椅子からずり落ちそうになっていた。
――何言っちゃってんの!?アルベリオ先輩!
脳内で揃って炸裂した口調のバグったツッコミ。その叫びが届くはずもなく、会議室の温度はさらに火花を散らして急上昇していく。その空気を一瞬で凍らせるような冷気が場を包んだ。
「その提案は笑えないね。アルベリオ君」
リネットの放った一言が、会議室を絶対零度の静寂で凍りつかせた。普段の温厚さは微塵もない。最強コンビとしての自負とプライドを汚されたことへの、静かな、しかし苛烈なまでの怒り。
「よしっ!」
その凍てついた空気の中で、ローランが快活に手を叩いた。
「クロム・リネットコンビと、シズク・ララコンビで、実際に戦ってみればいいんじゃないかな?勝った方が、文句なしの連携戦代表ってことで!」
「望むところです。」
「いいっすね、望むところっすよ…!」
迷いなく快諾するアルベリオと、殺気立つクロム。当事者でありながら完全に意見を無視されたシズクとララは、もはや現実逃避気味に遠い目をするしかなかった。
――場所は変わり、訓練場。
「アルベリオ先輩!なんであんな提案したんですか!」
移動の道中、シズクはアルベリオに詰め寄った。
「単純に君たちの方が強くて適任だってことと、君たちを知らない先輩方に、君たちのことを手っ取り早く知ってもらおうと思ってね。」
「それならこんな大事にしなくても…!」
言い訳を並べるシズクに、アルベリオは立ち止まり、射抜くような視線を向けた。
「自信、ないの?」
その問いに、シズクの瞳から困惑が消えた。代わりに宿ったのは、薄暗い炎のような絶対的な矜持。
「ありますよ。僕とララが負ける訳ないじゃないですか。」
「ふふ。そうだよね」
アルベリオは満足げに笑みを零した。生真面目な彼らには似合わない傲慢なまでの自信と、それを裏付ける圧倒的な実力。それらを併せ持つ彼らを知っているからこそ、アルベリオは強引にでもこの舞台を用意したのだ。
二人が”最強”であることに、誰にも文句を言わせないために。
「審判はこのローランが務めさせていただきます。ルールは簡単。一方のチームが共倒れするか、負けを認めるまで。では――」
対峙する四名。火花散る視線の交差。
「開始ぃ!」
開始の合図とともに、決闘台上に吹雪が吹き荒れる。クロムの”水を操る魔法”とリネットの”氷を操る魔法”の合わせ技だ。雪一つ一つに意思はないが、無差別に襲い掛かるその無数の粒子は、回避不可能の質量攻撃だった。
その芸術の様な魔法にシズクは一瞬見惚れる。しかし、次の瞬間には冷酷に場を支配していた。シズクが放った灼熱の業火が一瞬にして吹雪を溶かし尽くすと同時に、突風が全てを盤外に弾き飛ばした。
しかしそこまでは想定内、本当の目的は足元。よく見ると、二人の足元が微妙に凍ている。次の魔法攻撃を回避で凌ごうとすると、必ずワンテンポ遅れるようになっている。これがクロムとリネットの必勝パターン。無数の魔法がシズクとララに襲い掛かる――その全てが上空から吹き荒れる圧倒的な風に叩き潰された。そして、クロムとリネットもその風に煽られ、思わず片膝をつく。
直後、ドスッという衝撃が背中を貫いた。ララの風に隠れるようにシズクの水弾が遠回りして、ようやく二人に被弾した。意識外からの攻撃に両膝をついてしまう。しかし、反撃の手を緩めることはなく、氷の礫が放たれ、それを突風が後押しする。神速の攻撃――だがララを前にしては欠伸が出るほど遅かった。全てが正確に風の刃に裂かれる。その刃が勢いそのままに二人に迫った。
咄嗟に氷の壁、そして岩の壁が展開される。学園最高峰、上級生二人の全力による多重防御。 それをシズクの放った火球が正面から粉砕した。 威力そのものは防壁によって完全に相殺されたが、ララの追撃を阻む「盾」としての役目は、それで十分に終わっていた。
防御の隙間を縫い、無防備な体に食い込む風の刃。 抵抗すら許されぬ神速の奔流に、二人の意識はあっさりと刈り取られた。
「あ、起きた。」
――目を覚ますと、そこは医務室のベッドの上だった。 傍らにはローランが腰掛けており、いつものニコニコとした表情でこちらの顔を覗き込んでいる。
「…ローランパイセンは、知ってたんすか?」
「何が〜?」
とぼけた表情で笑う先輩に、クロムは不機嫌さを隠そうともせず、しかしどこか悔しげに唇を噛んだ。
「あの二人の、本当の実力っすよ。だから何も言わずに、俺たちを戦わせたんじゃないんすか。」
「ん〜。ちょっと違うかなぁ。」
ローランの表情から、ふっとおどけた色が消える。 夕暮れのような、少しだけ愁いを帯びた笑みを浮かべて、彼は静かに語った。
「才能ある後輩たちに、先輩だってちゃんと強いってことを伝えたかったんだ。」
その言葉に、クロムは息を呑んだ。
「本当に…本当に、すみませんでした…!」
堪えきれず涙を流すクロム。その乱れた髪をローランはわしゃわしゃと乱暴に撫でて、いつもの軽快な声で笑った。
「謝んな、馬鹿。泣くくらいなら、もっと強くなれ。あの才能あふれる後輩たちより強く。」
「はい…!」
拭った涙の跡には、もはや慢心など微塵もなかった。
「さて、連携戦はシズクとララに決定する。そして、先程見せて貰った実力を鑑みて、団体戦のオーダーを提示する。先鋒は俺、ベルトラム。中堅にララ、大将をシズクとする。」
教室に残ったメンバーは、話を進めていた。ベルトラムの提案――それは実力者の二人を後ろに置き、まずは自分が露払いをするという、先輩らしい手堅い布陣だった。だが、その言葉にシズクがスッと手を挙げた。
「意見、いいですか?」
「…もちろんだ。聞こう、」
ベルトラムはシズクを単なる後輩ではなく、一人の戦友として見定めるような鋭い眼差しを向けた。
「ベルトラム先輩とララの位置を、逆にしたいです。団体戦において最も重要なのは初戦の”インパクト”です。魔法速度において右に出る者のいないララを先鋒に据え、一瞬で機先を制す。相手がこちらの実力を測る暇すら与えず、会場の空気を支配すべきだと考えます。」
論理的、かつ攻撃的なシズクの提案。 会議室に心地よい緊張が走る中、ベルトラムは口角を上げ、満足げに笑みを深めた。
「なるほど。いいだろう。」
ベルトラムは迷わずホワイトボードの順番を入れ替えた。その後は淀みなく、各々の適性に合わせた種目が順調に決まっていく。
――そこからは、嵐のような四ヶ月だった。




