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絶望的な差だとしても

「行くぞ。」


「うん。」


マロンとシードが演じた激闘の余韻を見届けて、シズクとララは静かに席を立った。


学年対抗戦の花形“決闘戦”。その幕開けを飾るのは、ララとサンドラによる師弟対決だった。


「勝たせていただきますよ!ララ先輩!」


ビシッとララへ人差し指を突きつけるサンドラ。対するララは、その挑発を飲み込むように不敵な笑みを浮かべた。


「うん。私を楽しませてね、サンドラ」


一瞬、サンドラの背筋を刺すような悪寒が走り抜けた。昨日まで師として隣に立ち、惜しみなく技術を授けてくれた存在が、今は明確な「敵」として対峙している。その事実が、何よりも恐ろしかった。


――それに…ララ先輩は、強い者にしか興味を抱かない。


この試合の果てに、自分は彼女の視界に残り続けられるだろうか。憧れの対象で居続けられるだろうか。サンドラは震える拳を握り込み、己の存在意義を賭けた決闘台の地面を踏みしめる。


開始の合図と同時、先手を取ったのはサンドラだった。一瞬の煌めきが、ララの眼前で激しく爆ぜる。 だが、その光がララを捉えることはなかった。彼女の鼻先には、目視すら困難なほどに薄く、鋭利な「風の膜」が既に形成されていた。


余りに薄く、余りに透明。だからこそサンドラは気づけなかった。 いつの間に展開されていたのか。その薄膜に付着していた細かな水滴が、サンドラ自身の放った閃光を乱反射させ、彼女の視界を白一色に染め上げる。


自らの光で自らの目を焼くという、最悪の失策。直後、肺を圧迫するほどの鋭い衝撃がサンドラを襲った。反撃を試みる暇も、何が起きたかを理解する時間すら与えられない。彼女の意識は、文字通り一瞬にして暗転した。


次に目を覚ました時、視界に入ったのは医務室の白い天井だった。


「あー…。」


喉の奥から、乾いた声が漏れる。 気づけば、枕元が冷たくなるほどの涙が溢れていた。わかっていたつもりだった。ララとは経験も、積み上げた努力も、授かった才能も、何もかもが違う。一生かけて追いかけても、届くはずがないのだと。


――なのに…!


現実は、想定していた”差”などよりも遥かに残酷だった。 一生追いつけないどころではない。指先さえ触れられない、背中を拝むことすら許されない。永遠に重なり合うことのない地平を見せつけられてしまった。


胸を締め付けるのは、敗北の痛みではない。自分が憧れの対象に”並びたい”と願ったことさえもが、不敬で、身の程知らずな妄想だったと思い知らされた絶望だった。


「あのー…大丈夫か?」


「あ?」


不意に隣から声をかけられ、少女らしからぬ無遠慮な声と表情で反応してしまう。 仕切りのカーテンの向こう、隣のベッドに横たわっていたのはレオニスだった。彼もまた、制服を崩した姿で医務室の住人となっていた。


「何…あんたもすぐ負けたの?」


「あっ!?負けて…負けたよ。」


レオニスは一瞬、いつもの不遜な負け惜しみを言おうとしたようだった。だが、言葉を飲み込み、どこか憑き物が落ちたような清々しい顔で敗北の二文字を認めた。


「そう。私と一緒ね。」


「一緒にすんな。俺はお前と違って後悔なんてしてない。」


レオニスはぶっきらぼうに言い捨てた。


「俺とシズク先輩の差なんて、最初からわかりきってたことだ。でも、実際に魔法を交えれば、その断絶が想像していたよりもずっと絶望的だって嫌でも理解らされる。それでも俺は、いつかシズク先輩を超えてやるっていう夢だけは、絶対に諦めない!」


淀みのない決意。サンドラは言葉を失い、隣で横たわる少年の横顔を見つめた。


それは、太陽のようだった。普段は誰彼構わず吠え散らすだけのガキのくせに。この瞬間だけは、シズクやララが放つ「天賦の才」に勝るとも劣らない、どんな分厚い壁さえも笑って飛び越えていくような、熱を帯びた輝きを放っていた。


「…レオのくせに。」


「はぁ!?何だよ!」


「それで、どうやって負けたの?」


「ああ?言うわけねぇだろ、自分が負けた瞬間のことなんて。」


レオニスは露骨に顔をそむけた。サンドラはここぞとばかりに、照れ隠しを込めて煽り散らす。


「えー?自分の負けた理由を他人と共有してフィードバックするのも大切だって、スイ先生が言ってたのに。レオはそれができないんだー? ふーん、そうですかそうですか。」


「…それは自分より強い奴に話して、意見を聞くべきって話だろ!なんで学年一位の俺が、二位のお前に教えなきゃいけないんだよ!」


その言葉に、サンドラの眉が跳ね上がった。


「は?私があんたより弱いって言いたいの?実技試験は同率一位だったわよね。ええ、そうよね。筆記試験でたまたまあんたが上にいただけの分際で…。なんなら今ここで、魔法の腕前はどっちが上かハッキリさせてもいいのよ?」


「望むところだ。今すぐ叩き伏せてやるよ!」


ベッドの上で身を乗り出し、パチパチと火花を散らす二人。 一触即発の空気が医務室に満ちたその瞬間、一つの影が二人の間に割って入る。


「いたいっ!」


「あだっ!」


左右から飛んできた容赦のない「拳」が、二人の頭を軽く小突いた。


「外でやりなさい! ここは医務室よ」


その影の正体は、腰に手を当てて呆れ顔を見せるバニラだった。その後ろには、二人の無様な姿を笑うまいと堪えているウォルフも立っている。


「シズクたちの試合が終わったから、あんたたちの様子を見に来てみれば…なんで医務室で喧嘩なんかしてるのよ。」


「バニラ先輩。レオがいじめてくる~♡」


「な、ふざけんな!先に喧嘩を吹っかけてきたのは――」


バニラに抱き着いておどけて見せるサンドラに、レオニスは食ってかかろうとする。しかし、その出鼻をバニラに止められる。


「医務室で叫ばない。」


「すみません...。」


「サンドラもレオニスに謝る。」


「はぁーい!ごめんね?レオ。」


少し首を傾げてあざとく謝るサンドラにレオニスは内心でイラつきつつも、「ああ。こっちも悪かった。」と謝り返す。そんな二人のやり取りに、満足そうにバニラは頷く。


「そういえば、シズク先輩たちの試合が終わった、ってどういうことですか?時計の針を見る限り、俺たちって十分くらいしか寝てないですよね。」


場が落ち着いて冷静になったところでレオニスが切り込んだ。


「うん。だから、その十分で試合が終わったってことだよ。ほら、そこにレント先輩が寝てるでしょ。それに、多分そろそろ…。」


言いかけたところで、医務室の扉が勢いよく開き、気絶したミアが運び込まれた。 その光景にレオニスが戦慄混じりに声を漏らす。


「本ッ当に規格外ですね、あのお二人は…!バニラ先輩、どんな試合運びだったか聞いてもいいですか?」


「もちろん!」


快諾したバニラの口から、シズクたちの試合が語られ始めた。


「最初はララとレント先輩の試合。」


先に動いたのはレントだった。一瞬にして五つの火の槍が飛翔した。それが走り避けるララの足元に激しい音を立てて突き刺さった。直後――それらは爆発した。


突然の爆発にララも対応しきれなかったが、致命傷は避けて大事なところは風の膜で防御していた。更には反撃も早かった。その爆発に動揺することなく、防御と同時に放たれた神速の風の刃。ド、ド、ドンッ!とレントの体に衝撃が走る。


レントの視界が火花を散らした。一気に体勢が崩れる。レントは歯を食いしばって、すぐにララをその視界に捉えようとした。だが、既にそこに彼女の姿はなかった。背後からの暴風。それがレントを場外まで吹き飛ばした。たった一分の瞬殺劇だ。


「やっぱりララ先輩サイキョー!」


先ほどまで自信を無くしていたのはどこへやら。サンドラは試合内容を聞くや否や、目をキラキラと輝かせて叫んだ。そんなサンドラを冷ややかな眼差しで見つつ、レオニスは続きを促す。


「次はシズクとミア先輩の試合ね。」


予想に反して、それは読み合いから始まった。魔法を使わずに繰り広げられる先読み。痺れを切らしたのはシズクだった。鋭く、しかも蛇行する水の弾丸が抉るようにミアを襲う。スパッ!と水の弾丸が縦に割れた。


風の刃だった。それが連なってシズクの体を引き裂かんと迫ってくる。その光景はまるで――


「ララの魔法...!」


思わずシズクは叫んで火球を放ち、地面諸共その刃を消し飛ばした。ドカンと地面を粉砕し土埃が舞う。それと同時、土埃を切り裂いて水の刃がシズクの眼前に迫る。冷静に風の奔流でそれを弾き返すと、その勢いで土埃を晴らし、更にはミアに反撃を仕掛ける。一石三鳥の攻撃。ミアは一瞬動揺の色を見せたが、即座に水の膜で対応し――火の矢が迫っていた。


それは水の膜を紙のように捩じ切り、ミアの腹部を正確に貫いた。鋭い衝撃に悶える。さらに二の矢、三の矢が呼吸を許さずミアを襲う。その絶望的なまでの”隙のなさ”に、ミアは思わず笑みを零した。抵抗すら許されぬまま、彼女の意識は深い闇へと沈んでいった。


「くぅ…!本当に、あの人はどこまで行けば底が見えるんですか…!」


語り終えたバニラの前で、レオニスは膝に乗せた拳をぎゅっと握りしめた。負けたことが、そして実力の差を突きつけられたことが、たまらなく悔しい。それなのに、自分の信じた背中が想像を絶するほど高かったことに、体温が上がるのを抑えられなかった。


そんな後輩の様子を、横からウォルフがニヤニヤと眺める。


「レオニス、お前。本当に嬉しそうだな」


「嬉しそうじゃないですよっ!あんなにボコボコにされて、悔しいに決まってるじゃないですか!」


「おう、そうかそうか。」


必死に顔を赤くして反論するレオニスを、ウォルフは「はいはい」と適当にいなす。その言葉とは裏腹に、憧れを隠しきれず目を輝かせている後輩が、ウォルフには可愛くて仕方がなかった。


それから数日が経った――


「さて、学年対抗戦も終わったところで、皆さんにお手紙です。」


ローゼに集められた面々を見れば、何の話かは想像がつく。師匠候補たちが自分達を受け入れたのかどうか。


「この手紙の内容はスイさんと師匠本人以外、私を含めて誰も知りません。」


そう言って、それぞれの名前が記された封筒を受け取る。シズクとララは受け取るや否や、迷うことなくその封を切り、中身を確認する。表情見ればわかる。どうやら合格だったようだ。一方でレオニスやレントといった、全体を通して振るわなかったメンバーは神妙な面持ちで封を切る。結果は――


「なんだ。皆合格だったんですね。」


ローゼの言葉通り、誰一人欠けることなく師匠に認められた。だが、これでようやく一段落、というわけにはいかない者たちがいた。


場所は変わり、張り詰めた静寂が支配する別室。そこに集められているのは、各学年の頂点、主席と次席のみ。


「――さぁ、それでは学校対抗戦における種目を決める。」


居並ぶ精鋭たちを前で、最高学年の主席が冷徹に告げた。四か月後に迫る、学校対抗戦。その幕は、すでに上がり始めている。

次回より、新章「学校対抗戦編」が始まります。更新は変わらず、4月1日(水)に更新いたします。

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