# 番外編 ## 「小さな泣き声が、世界を変える日」
# 番外編
## 「小さな泣き声が、世界を変える日」
あの新婚旅行から、さらに時間が流れた。
神谷恒一と雨宮ひまりの生活は、驚くほど静かで、驚くほど普通だった。
そして――その“普通”は、少しずつ形を変えていった。
---
「……まだかな」
病院の待合室。
恒一は椅子に座ったまま、何度も時計を見る。
「落ち着いてください」
看護師に言われる。
「無理だろこれ」
即答だった。
---
隣で田辺が笑っている。
「神谷さん、結婚しても結局こうなんすね」
「うるせぇ」
---
そのときだった。
病室のドアが開く。
「神谷さん!」
医師の声。
---
「おめでとうございます」
---
一瞬、意味が分からなかった。
---
「母子ともに、無事です」
---
空気が止まる。
---
恒一は立ち上がる。
「……生まれた?」
「はい」
---
その言葉だけで、膝が少し震えた。
---
## 病室
静かな部屋。
ひまりは少し疲れた顔で横になっている。
「……おかえり」
小さく笑う。
---
「お前がな」
恒一はベッドの横に座る。
「無事か?」
「はい」
---
そのとき。
小さな声が聞こえた。
---
「……おぎゃあ」
---
空気が変わる。
---
看護師が抱いてくる。
---
「女の子ですよ」
---
恒一は一瞬、動けなかった。
---
小さな赤ちゃん。
真っ赤な顔。
小さな手。
---
「……ちっさ」
それしか言えない。
---
ひまりが笑う。
「当たり前です」
---
「当たり前だな」
---
恒一はそっと近づく。
---
抱かせてもらう。
壊れそうなくらい軽い。
---
「……やば」
声が出る。
「これ、生きてんのか?」
---
「生きてますよ」
ひまりが即答する。
---
赤ちゃんが小さく手を動かす。
---
その瞬間。
胸の奥が崩れる。
---
「なあ」
恒一は小さく言う。
「俺さ」
---
「はい」
---
「こんなに怖いのに……こんなに嬉しいの初めてだわ」
---
ひまりは少しだけ涙を流す。
---
「私もです」
---
## 名前を決める夜
病室の静けさ。
窓の外は夜。
---
「名前、どうする?」
恒一が言う。
---
ひまりは少し考える。
---
「“ことは”はどうですか」
---
「ことは?」
---
「言葉の“こと”と、始まりの“は”」
---
恒一は少し黙る。
---
「いいじゃん、それ」
---
「即決ですね」
---
「だってさ」
---
赤ちゃんを見る。
---
「こいつ見てたら、考える時間いらねぇわ」
---
ひまりは笑う。
---
「じゃあ決まりですね」
---
## 数日後
退院。
小さなベビーカー。
小さな命。
---
外の光。
---
恒一は言う。
「なあ」
---
「はい」
---
「俺らさ」
---
「?」
---
「とんでもないもん始めちゃったな」
---
ひまりは笑う。
「でも、ちゃんと続いてます」
---
ベビーカーの中で、小さなことはが眠る。
---
その顔を見て、恒一は思う。
---
人生は変わる。
何度でも壊れて、何度でも続く。
---
でも今は――
---
「悪くねぇな」
---
小さく呟く。
---
ひまりが横を見る。
「何がですか?」
---




