過去編 減らない借金と、消えない記憶
ヴァルク過去編&リゼ1話ヴァルク視点
夜のガヤガヤとしたざわめきと、男たちの笑い声。
なにか割れる音、とにかくいつもよく聞く音だった。
しかし、扉を閉めると意外と店の中は静かだった。
パチ、とランプの火が揺れる。
紙をめくる、かすかな擦れる音。
白い陶器のコップがコトッと机に当たる。
膝の上には猫が丸くなって、喉を鳴らしていた。
ヴァルクは無言で撫でていた。
そのとき。
外から、子供達の笑い声が外からかすかに聞こえてきた。
「まって〜」
「早く来いよー」
――指が止まる。
(……昔も、こんな感じだったな)
◇
――暖かい部屋。
温もった食卓。
まだ何も壊れていなかった頃。
「おにいちゃん、ねぇこれ見て。」
小さな手が、袖を引く。
振り返ると、妹が笑っていた。
「ねえ、外に猫がいたの。見て〜、はやくはやくーー」
無邪気な声。
ヴァルクは小さく息を吐く。
「……寒いだろ」
「平気!すごくかわいいのよ。」
手を引かれる。
小さな手が、ギュッと自分の手を掴んで離さなかった。
◇
――その夜。
ドン、ドン、と扉が鳴る。
荒い音。
「出てこい!!」
何人もの男たちの怒鳴り声が、家中にこだまする。
母の息が詰まる音。
父の低い声。
「……ヴァルク、リセを連れてこっちから逃げろ。」
父に追い出されるように、男たちの声から逃げ出した。
「おにいちゃん……?」
「いいからこっち!静かにしろよ……」
手を掴んで、振り返ずに走った。
◇
――外は冷たかった。外套なんか持っていなかった。
それから、小さい妹を連れて下働きや荷物持ち。
馬小屋の掃除をして、そこに少しのあいだ泊めてもらったりした。
いくつもの街を転々とし、あるときには殴られたり蹴られたりすることもあった。
妹だけは守ろうと、ある街の宿屋の手伝いをしていた。
そこの女将さんは気持ちのいい人で、屋根裏部屋なら居てもいいと言ってくれた。
俺は力仕事でも雑用でも、人が嫌がるような仕事でもなんでもやった。
妹は昼間は、調理場の下ごしらえの手伝いなどをしていた。
次第に、給金も少ないがもらえるようになった。
時々、余った料理なども分けてもらえた。
料理や洗濯が出来るようになると、食事も増やしてもらえるようになった。
妹は最初、痩せて見る影もなかった。
だが、食事が増えるにつれて、少しずつ頬に丸みが戻っていった。
髪の艶も以前のような金色に戻り、母に似た緑色のクリっとした目が可愛かった。
ある日貴族の男が宿に泊まりにいた時、玄関の掃除をしていた妹に目が止まったらしい。
宿屋の主人に、妹を養女として貰い受けたいと持ちかけられる。
俺は反対したが、妹は行ってくるといった。
あの時もっと強く反対しておけば……
妹があっという間に、養女として行ってしまった。
しばらくして、あの貴族が人身売買で捕まったらしいと道で話しているのを聞いた。
あわてて、警備隊の所に聞きにいったが全く相手にしてもらえなかった。
街中聞き回ってやっと情報を得たとき。
妹は国外に売り飛ばされた後で、行方は分からなかった。
(……金があれば……)
そのとき、初めて思った。
(……遅かった)
それからまた点々と小銭を稼ぎながら、暴力沙汰でもスリでもなんでもやった。
(……金は嘘をつかない)
それだけだった。
◇
路地裏。
仕事場で金が払ってもらえないと喧嘩になった。
冷たい石、血の味が口に広がる。
10歳ぐらいの子供が、殴られていても誰も助けてくれなかった。
悔しくて、情けなくて――蹲りながら、拳を握る。
「死ぬか?」
低い声が上から聞こえてきた。
顔を上げる。
すごく大きな男だった。
背中に振ることが出来るのかと思うぐらい大剣を背負っている。
茶色い硬そうな短い髪に、少し面白がるような顔を浮かべている。
その男の周りには、得も言われない空気が流れていた。
もう一度、強く拳を握る。
ふらつく頭を、力を込めて持ち上げ……男を見た。
「……まだだ」
短く返す。
それだけで、その男は満足そうに頷いた。
なんとなく、行くところもなかったから男についていくことにした。
男はいつも――
「行くぞ」
「どこにだ」
「面白そうなとこだ」
だから、面白がって拾ってくれたんだと思う。
でも、面倒なことに巻き込まれることも少なくなかった。
男はいつもは一匹狼を気取っていた。
時々大きな事件になるとパーティーを組んで戦うときもあった。
周りの人間に、尊敬されているのが分かった。
そして、剣を振ると圧倒されるほど強い。
自然と剣の使い方、魔法、体の使い方や、頭で思考すること。
料理や、金、女の扱い方までありとあらゆる事を学んだ。
そのうち、その男と別に依頼を受けることや他の仲間と仕事に行くこともあった。
意外と冒険者の素質があったらしく、仕事が面白かった。
いくつもの街を歩いた。
最初は、必ず探した。
そのうち――
気づけば、目で追うことすらなくなっていた。
――そして気づけば
S級のその男と並べる所にに立っていた。
酒場には、男たちの大きな笑い声と料理を運ぶ店員の声が響いていた。
机の上には、少し残った酒と空になった皿が乗っていた。
「なぁ、あんた魔王の話聞いたか?」
おもむろにヴァルクが男に聞く。
「あれな、聞いたぞ。面白そうだなっと思って」
「だろうな、あんたならそう言うと思った」
「行くのか?」
「お前も来るか?面白いと思うぞ」
「あんたが行くなら、いく」
「よし、じゃあちょっと仲間集めておくから、準備だけしておけ」
「分かった」
「そうだ、女だけは整理しておけよ。後がめんどくさいからな」
男はそう言って、金を置いて店を出ていった。
ヴァルクは、苦笑いしながら後ろ手に手を降った。
「女か……面倒だな」
別の席では、酒に寄った男たちの笑い声が聞こえる。
「女勇者だってよ」
「上玉らしいぞ」
「どうせ貴族のオモチャだろ」
「戦えるわけねえだろ」
下卑た笑い。
ヴァルクは酒を飲む。
(……馬鹿だな)
対魔王戦に望むために、情報収集をしていた。
防具や剣の手入れ、薬草や保存食――
街を歩きながら、又女勇者の噂を聞く。
「今度のルイーゼ国の勇者は女らしいぞ」
「どうやら、王様の愛人らしい」
「いや、俺はどこぞのお姫様だと聞いたぞ」
「あんたたち、本当に物を知らないねぇ。そんなお貴族様なんて、魔王を倒しに行くわけないじゃないか」
「だれかに乗せられたんだよ〜。ほらほら、仕事しな!」
ヴァルクはそんな、とりとめもない会話を聞き流しながら、街をお歩いていた。
「ルイーゼ国の勇者か、一度見てみるのも悪くねぇな」
――ほんの少し興味が湧いた。
◇
戦場――
暴風が土や木々、建物のありとあらゆる物を巻き上げる。
そこには魔物の群れと、その後ろに魔王と呼ばれる物がいた。
その中で、暴風を切り裂くように別の暴風が真ん中を走る。
周りには幾人かの冒険者や魔法使い達が、その攻撃の中それぞれの力を発揮していた。
足元にはもう息をしていないものもいる。
しかし、皆、自分の事を守りながら攻撃するだけで精一杯だった。
炎が風の力で巨大な剣に変わり、水を鞭のようにしならせるものもいた。
もう、だれが残っているかも把握できない。
ただ、あの男とヴァルクだけは魔王と対等に戦うことが出来ていた。
一瞬で流れが変わる。
連携はしない。
だが、邪魔もしない。
一瞬だけ、視線が合う。
それだけだった。
そして、気づけば勇者と呼ばれていた。
拍手…歓声……まとわりつく調子の良い賛辞
そして袋の中には、何人もの仲間の死には遠く及ばない金。
軽い。
(……くだらねえ)
何も変わらない。
城を出る。
石の床を踏む音が響く。
振り返らない。
(利用される側にはならない……)
金はまた、稼げばいい。
ルイーゼ国のある小さな街
人々は王様のことも、魔王の事も気にしていなかった。
毎日の暮らしだけ。
勇者は、金にならない。
名誉も、拍手も、くだらない称賛も
腹は満たさない。
(……なら、決まっている。金だ。)
今まで稼いできた金を使いながら、金を貸す。
時々、魔物が出たら金を稼ぐために、力を貸すこともあった。
街でその日も回収業をした帰りだった。
バタバタと怒鳴り声と女の逃げる声が聞こえてくる。
興味が惹かれて、走ってくる方角にあたりを付けた。
ひょいと近くの屋根に飛び上がって観察する。
一人の女が走ってきた。
プラチナブロンドの髪を高く結んで、軽快に。
紫の瞳が見えた時、あれがルイーゼの勇者だとすぐに分かった。
動きが、只者じゃない。
そして――
追われているのに、どこか楽しそうに笑っている。
一瞬だけ。
(……似てる)
――すぐに思考から消した。
視線を外す。
(どうでもいい)
借金取りが、女を袋小路に追い詰める。
焦った声。
周りが少しざわめき出した。
女が、剣に手をかけているのが見えた。
(やる気だな……面倒なことになるか――)
(……まあいい)
(どうせ――放っておけない)
なんとなくあの男の影響か、少し面倒なことにも首を突っ込んで見たくなった。
「……騒がしいな」
「……あれ?」
何かに気づいたリゼからスッと警戒が解かれた。
リゼの目が細まる。
「魔王戦のときの……アルディア国の勇者」
「元、な。お前も元勇者……だろ。」




