第四話 減らない借金と、夜の約束
ヴァルク×ロイド 男同士の会話
夜更け過ぎ。
街の喧騒が、少しずつ遠のいていく時間。
昼の熱は抜け、乾いた秋の風が石畳を撫でていた。
落ち葉が、かさ、と足元で音を立てる。
ヴァルクは片手に酒瓶と紙袋を持っていた。
中には簡単なつまみ。
古びた扉の前で足を止める。
ノックすると「入れ」と返事が来る。
扉を開けると、ロイドが一人で晩酌をしていた。
「もう飲んでたか」
「お、珍しいな、酒持ってくるとか」
ロイドが笑う。
「たまたまだ」
「嘘つけ!」
瓶を見て、にやっとする。
「理由ない顔じゃねえな〜」
「飲むか」
「おう、かんぱーいだな」
コップをぶつける。――乾いた音。
「で?」
ロイドがぐいっと飲む。
「今日はどうした」
「暇だったからな」
「お前が?」
笑う。
「絶対なんかあったろ」
「ねえよ、なんとなくだ」
「嘘だな!絶対なんかある」
ヴァルクは無言で飲む。
ロイドがニヤつく。
「相変わらずだな〜
無駄に目立つ顔してるくせに、表情が暗いんだよ」
少しだけ笑う。
「女に困ったことねえだろ。お前」
「……面倒なだけだ」
「リゼ、あいつも冒険者に結構人気あったぞ。
――髪もあれだけ派手な色してりゃな〜」
「隠す気は、無さそうだからな」
「目つきはきついのに、笑うと一気に崩れる。
――あれじゃ男はイチコロだ」
「戦ってるときと、別人だがな」
「でも、本人その人気に全然気づいてないから」
「鈍いからな」
「そう!それ!致命的に鈍い。でもそこがいいんだよ」
二人で小さく笑う。
「並の男じゃ、強くて相手にならねえしな」
「……だろうな」
少しだけ、口元が動く。
静かな時間。
木のコップが、机に当たる。
やがて、ロイドが口を開いた。
「それにしても、この前のあれは見過ごせねえな」
「……あの時か」
「あれ、自分で止められてねえだろ」
ヴァルクの手が、わずかに止まる。
「ああ」
ロイドがコップを回す。
「なのに放っとくのか?」
「……放ってねえ」
「じゃあ何してんだ?」
「あれ、借金取りに置いとくのは勿体ねえよ」
ヴァルクはコップを傾ける。
「……どうでもいい」
「ほんとか〜?」
視線がぶつかる。
短い沈黙。
ロイドが少しだけ笑みを引いた。
「この前さ」
ぽつりと落とす。
「あいつ、意識が飛んでたな。俺と対峙した時」
ヴァルクの指が、ほんのわずか止まる。
「……分かったか」
「当たり前だろ。バカにすんなよ」
笑いながら、コップを回す。
「目が、戦いに飲まれてた。」
ヴァルクが視線を上げる。
ロイドが笑う。
「あの時、お前が止めなかったら……」
「俺、死んでたな」
静かな声。
ヴァルクは何も言わない。
ロイドが続ける。
「自分で、あれは止められてねえ。
――そんなやつは何人か見てきた」
「……ああ、そうだな」
「だから、周りが見てねえと駄目なタイプだ。
――きっとあの調子で、魔王も倒したんだろ」
ヴァルクのコップが、わずかに音を立てる。
ロイドが、少しだけ身を乗り出す。
「それで?」
ヴァルクが見る。
「……何がだ」
ロイドが笑う。
「分かってて言ってんだろ」
一歩踏み込む。
「お前、あいつのこと…どう思ってる」
「……変なやつだな」
「でも、ただの変なやつじゃねえだろ」
ヴァルクは酒を一口飲む。
「……まぁな」
「お、認めた」
「うるせえ」
ロイドがにやりと笑う。
「どこが気になる?」
「止まらないところだ」
「悪口か?」
「事実だ。一回走り出したら深く考えない。
――困ってるやつを見たら、まず足が動く」
「勇者らしいじゃねえか」
「勇者らしいやつほど、崩れたときは弱い。立ち直れない時もある。
――そんなやつは何人も見てきた」
ロイドの笑みが、少しだけ消える。
ヴァルクはコップを置く。
「正しいことをしてるつもりで、精神が削れていく。助けた数より、助けられなかった数を数え始める。
――そうなったら終わりだ」
「リゼもそうなると?」
「なる可能性はある」
「だから、傍に置いてるのか?」
「……それだけじゃない」
「じゃあ何だ?」
ヴァルクはしばらく答えない。
「強いし、勘もいい。戦い方も悪くない。
だが危なっかしいな。周りが見えなくなる。
――それに、自分が傷つくことを計算に入れてない」
「褒めてるのか心配してるのか、どっちだよ」
「……まぁ、両方だな」
ロイドが、少し驚いた顔をする。
「お前がそう言うの、珍しいな」
「……そうか?」
「いや!ほんとに珍しいぞ。
――昔のお前なら“使える”で終わってたと思う」
ヴァルクは目を逸らす。
「今も、使えるとは思ってる」
「それだけじゃねえから来たんだろ、ここに」
沈黙。 ロイドは笑わない。
「酒持って、こんな夜更けに男の家まで来るやつが“暇だった”は無理があるぞ」
ヴァルクは小さく息を吐く。
「……あいつは、放っておくと勝手に壊れそうだ」
「うん」
「止めると怒るし……」
「うん」
「助けると、礼を言う前に次を探す」
「うん」
「面倒だな……」
「それで?」
ヴァルクがロイドを見る。
「……まだ聞くのか」
「ここからだろ」
ヴァルクは少しだけ黙る。
「……面倒だが、見ていて面白い奴ではある」
ロイドが噴き出す。
「それ、かなり気に入ってるだろ」
「違う」
「違わねえよ」
「そうじゃない」
「じゃあ何だ」
ヴァルクは酒を注ぎ直す。
「……あいつがいると、店が騒がしい」
「悪いことか?」
「最初はな」
「今は?」
少し間が空く。
「……悪くない」
ロイドは満足そうに笑った。
「やっと言ったな」
「何がだ」
「“悪くない”って、お前の中じゃ相当だろ」
「勝手に決めるな」
「決めてねえよ。知ってんだよ」
空気が少し柔らかくなる。
ロイドがコップを持ち上げる。
「じゃあ、その面倒で騒がしい女に乾杯だな」
「するか!」
「しろよ。酒持ってきたの、お前だろ」
ヴァルクは渋い顔をする。
それでも、コップを持ち上げた。
「……面倒なやつに」
「騒がしい女勇者に」
軽くコップが当たる。
乾いた音が、部屋に響いた。
しばらくして、ロイドがコップを置いた。
さっきまでの軽さが、少しだけ抜ける。
「……お前には悪いが、俺は好きだぞ」
はっきり。
「……そうか」
「リゼは戦う側だ。
――だから俺も戦う側に戻ろうと思った。
――一緒にいたいと思ってる」
「肩治して、戻るなら――あいつと並びたい」
静かな決意。
「リゼは、借金取りに置いとくのは勿体ねえ。
――だから、俺はあいつを連れて行く」
ヴァルクはコップを傾ける。
ロイドが見ている。
「ヴァルク。お前はどうなんだ?」
「お前は……昔から、何でも平気そうな顔してた。
――そして、後から後悔するんだ
――でも言わなきゃ伝わらねえぞ」
短い問い。
逃げ場はない。
ヴァルクが、少しだけ息を吐く。
「……分からん」
初めての言葉。
ロイドの眉がわずかに上がる。
「珍しいな」
「面倒な奴だなと思ってる」
「それは分かる」
「側に置いてるのも、便利だからだ」
言いながら、少しだけ止まる。
「……でも、それだけじゃないのも分かってる」
ロイドが笑う。
「じゃあ答え出てるだろ」
「出てない」
即答。
「冒険者に戻すのが、正解だとは思えない」
一拍。
「だが、ここに縛るのも違う」
ロイドが、ゆっくり笑う。
「お前も変わったな」
ヴァルクは何も言わない。
ロイドがコップを持ち上げる。
「じゃあ競争だな」
「は?」
「戻ったら、俺は言うからな。そして連れていく」
もう一度言う。
ヴァルクが睨む。
「……本人に聞け」
「逃げんなよ」
ヴァルクが立ち上がる。
「逃げてねえ」
そのまま扉へ向かう。
ロイドが、後ろで笑う。
「面白くなってきたな」
外は秋の風が雲を流し、月を隠していく。




