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借金取りの元勇者と、借金まみれの元女勇者 Season2 番外編シリーズ  作者: HANABI


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第二話 減らない借金と、今日も騒がしい一日

短編3話

リゼ×ヴァルク×猫

ある日の昼下がり。


夏の日差しが、石畳の通りを白く照らしていた。

じり、と焼けるような熱が足元から伝わってくる。

乾いた足音が、規則正しく響く。


「今日は三件だ」


帳簿を閉じながら、ヴァルクが言う。


「少ないね」


「その代わり面倒だな」


「やだなあそれ」


リゼは軽く肩を回しながら、空を見上げた。


「まあでも、ちゃんとやるよ。今日は真面目に」


「毎回言ってるな、それ」


「今日は違うって!」


そう言って、胸を張る。

嫌な予感しかしない。



最初の一件。


路地裏の奥、小さな屋台。


「おや、お客さん」


白い布を被った占い師が、にこりと笑う。

机の上には、水晶玉と、怪しげな壺。


「あなた、運気が落ちてますね」


「え?」


リゼがぴくっと反応する。


「ちょっと待て」


ヴァルクが即座に口を挟む。


「最近、周りとの距離感が変わってきていますね」


「……っ」


「この壺を持てば、金運と恋愛運が上がります」


「ほんとに!?」


「買うなよ」


即答だった。


「え、でもちょっと気になるし」


「借金あるやつが増やしてどうする」


「……あ」


固まる。


占い師が残念そうに肩を落とした。


「またのお越しを」


「こいつはもう来させない」


ヴァルクが、即座に言い切る。


「お前は、利子だけ返せ」


「……はい……」


さっきまでの余裕は消えていた。

占い師は慌てて金を取り出す。


それを受け取ると――

ヴァルクは背を向けたまま、低く言った。


「余計なことするなよ」


一瞬だけ、空気が張り詰める。

占い師は、小さく頷くしかなかった。



二件目。


昼の通り、人通りが多い。


「ねえお姉さん、すごくかわいいね〜」


「良いところあるんだけど、行こうよ」


軽い声。

振り向くと、整った顔の男が立っていた。

だが服装は派手で、どこか落ち着きがない。


「今仕事中で――」


「ちょっとだけでいいからさ〜」


距離が近い。

リゼが一歩引く。


「いや、ほんとに急いでて」


「いいじゃん、きっと楽しいって」


肩に手を回される。

一瞬。

空気が変わる。


「――離して」


低く、抑えた声。

次の瞬間。


ごんっ、と鈍い音がした。

男がその場に崩れる。


「……あ」


リゼが拳を見下ろす。


「やっちゃった」


「……会話しろ」

ヴァルクがため息をつく。


「だって……距離近いし!」


「殴る理由にはならん」


ヴァルクはしゃがみ込む。

倒れた男の懐を、迷いなく探る。


「ちょっと!?何してるの!?」


「回収だ」


「え?」


小さな袋を取り出す。

中身を確認して、軽く数える。


「……利子分だな」


「え、この人……?」


「今日のニ件目」


あっさり言う。


「先に見つけただけだ」


「えぇ……」


呆れる。

ヴァルクはポケットから紙を取り出す。

その場で簡単に書きつける。


しゃ、とペンが走る音。

紙を折って、男の胸元に差し込んだ。


「……はい?」


「領収書だ」


当然のように言う。


「いや、そこちゃんとするんだ!?」


「後で揉めるのは面倒だ」


立ち上がる。


「行くぞ」


「え、放置!?」


「生きてる」


確かに、微かに呼吸している。


「……まぁ、いいけど……」


リゼは少しだけ男を見る。

それからヴァルクの背を追った。


「……結果オーライ?」


「違う」



三件目。


少し静かな住宅街。

夏の熱が、ゆっくりと地面から立ち上っている。

蝉の声が遠くで響き、空気は重く、まとわりつくようだった。


リゼは額の汗を手の甲で拭う。


そのまま、古びた家の前で立ち止まる。

ヴァルクが扉を叩く。


軋む音と共に、ゆっくり開いた。

疲れた顔の男。


その奥――

小さな女の子が、布団の中で横になっている。


「……っ、げほ……っ」


苦しそうな咳。

呼吸が浅い。

空気が、一瞬だけ重くなる。


「……すみません」


男が、頭を下げた。


「まだ、全部は返せなくて」


リゼの表情が、わずかに揺れる。


「その子……」


「薬が必要で」


静かな声だった。


「……そっか」


リゼは、少しだけ視線を落とす。

それから――

ヴァルクの袖を、くいっと引いた。


「ねえ」


小さな声。


「利子、ちょっと下げてあげられない?」


「無理だな」


即答だった。


「なんで!?」


「ルールだ」


「でも――」


「例外は作らねえ」


迷いがない。

リゼが、ぐっと言葉を飲み込む。

しばらく黙ってから、顔を上げる。


「……じゃあ私が払う」


「は?」


「アルバイトするから」


「やめろ」


即答。


「できるって!」


「その顔、ろくな方向に行かねえやつだ」


「どういう意味!?」


そのまま、くるっと踵を返す。


「おい」


止める間もなく、外へ出ていく。


「……ほんとに行きやがった」


ヴァルクが、小さく息を吐く。


しばらくして。

街を彷徨うリゼ。

夏の熱気と人混み。


少し怪しい繁華街……呼び込みの声。


薄手の白いシャツに、動きやすいショートパンツ。

腰には剣。

長い脚と軽装が目を引く、いかにも“目立つ”格好をしたリゼは、周囲から浮いて注目を浴びていた。


少し日暮れ前のまだこれから店を開けようとしている夜の店たち。

男達はまばらで、普段は無いめずらしい様子に興味津々の目を向けていた。


スカウトらしき男達がリゼに、熱心に声をかける。


「お姉さん、仕事探してるの?」


「お姉さんなら、ここすごく稼げるよ」


「ちょっと入ってみてよ。体験だけでもいいからさ」


追いついたヴァルクが、無言で腕を掴んで引っ張って行く。

少し離れた所でリゼが話しかける。


「ねえ、あれどう思う?」


指差した、さっきいた場所。

赤い派手な看板。

妙にキラキラしている。

あの男たちが手を振っている。


「稼げるんだって。しかも体験でもお金もらえるって」


リゼが、真剣な顔で指差す。


「やめろ」


即答。


「でもすごく稼げそうじゃない?」


「やめとけ」


「短時間で――」


「やめろって言ってる」


三回目で――肩を、掴まれる。

ぐっと引き寄せられる。


「……何やってる」


低い声。


「あれがどんな店か、分かって言ってるのか」


見上げると、ヴァルクの灰色の瞳が、すぐ近くにあった。

夏の熱気とは違う、逃げられない熱。


リゼが、少しだけしょんぼりとする。


「知らない」


正直だった。


「お酒とか飲むの? それとも踊る?」


「違う」


「え、違うの?」


「違う意味で面倒だ」


じっと見下ろされる。


「……ほんとに分かってねえな」


「でも……」


小さく言う。


「早く返してあげたくて……」


沈黙。

ヴァルクの視線が、少しだけ緩む。


「……あの親子のためか」


「……うん」


小さく頷く。


しばらくの間。

風だけが、通り抜ける。

ヴァルクが、深く息を吐いた。


「……利子、少しだけ下げる」


「え」


リゼが顔を上げる。


「ほんとに?」


「今回だけだ」


一歩、近づく。


「次、同じこと言ったら――」


わずかに口元が歪む。


「あの店、連れていくぞ」


「え!?なんで!?」


「自分で体験した方が早いだろ」


「なんか、絶対やだ!!」


慌てて首を振る。


「……だろうな」


小さく笑う。


「だからやめろ」


リゼが一瞬止まる。

それから――


「……うん」


小さく頷く。

ぱっと、笑う。


「ありがとう」


その顔を見て。

ヴァルクは、小さく息を吐いた。


「……面倒なやつだ」


でもその声は、ほんの少しだけ柔らかかった。


リゼは一瞬だけきょとんとして――


「それ、褒めてる?」


「違う」


即答。


「えぇ!?」


でも。


少しだけ嬉しそうに、笑った。



やっと店に戻って来た。

木の扉が静かに閉まる。


いつもの匂い。

帳簿と、紙と、インク。


「はぁ―つかれた……」


リゼがソファに崩れ落ちるように座った。

その横で。


「みゃあ」


猫が軽く鳴いた。


「来い」


ヴァルクが自然に手を出す。

猫がひょいと乗る。


膝の上で、丸くなって喉を鳴らす。

ごろごろと、低い音。


そのまま。

ヴァルクは片手で帳簿をめくりながら、もう片方で猫を撫でている。


無意識。

完全に無意識。


「……」


リゼがじっと見る。


「なにそれ」


「なんだ」


「顔」


「普通だ」


「普通じゃない」


細い目で見つめる。


「……ミャオ」


真似する。

ヴァルクがびくっと顔を上げる。


「……は?」


その反応を見て、リゼが吹き出す。


「ひっかかった」


「くだらん」


でも猫は逃げない。

満足そうに目を閉じている。


そのとき。

ガチャッ、と勢いよく扉が開いた。


「おい!いるか――」


大きな声。


次の瞬間。

猫が跳ねた。


「みゃっ!」


ばさばさばさっ!

書類が舞う。


「ちょっ――!」


机の上が一瞬で崩壊する。

紙が床に散らばる。


「……あー……」


リゼが頭を抱える。

ヴァルクが、ゆっくり立ち上がる。

椅子が、わずかに軋む。


それだけで――

部屋の空気が、変わった。

来客を見て、視線が落ちる。


ただそれだけなのに、

喉元を掴まれたみたいに、息が詰まる。

音が、消える。


逃げ場のない、重さ。


「……出ていけ」


低い声が、静かに落ちる。


「え?」


一歩、踏み出す。

床が、鈍く鳴る。


「静かに入れ」


声は変わらない。

だが――

さっきより、確実に低かった。


来客が青ざめる。


「す、すみません!」


そのまま逃げていった。


静寂。

床一面の紙。

猫は何事もなかったように、また丸くなる。


「……」


リゼがゆっくり口を開く。


「これ、どうするの」


「お前がやれ」


「なんで!?」


「お前のせいだろ」


「猫でしょ!?」


「管理不足だ」


「ひどい!!」


叫びが店に響く。


翌日。


扉の前に、紙が一枚貼られていた。


「静かにノックしろ。さもないと――」


「外して!!」


リゼが全力で剥がした。


その後ろで。

猫がのんびりとあくびをした。


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