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借金取りの元勇者と、借金まみれの元女勇者 Season2 番外編シリーズ  作者: HANABI


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第十三話 減らない借金と、選ばなかった道

ロイド編 完結 

昼下がり。


街の通りは、少しだけ春の空気に緩んでいた。


柔らかな風が石畳を抜け、店先に吊るされた旗をゆっくり揺らしていく。

開け放たれた窓からは、焼きたてのパンの匂いと、人々の笑い声が流れてきた。


冬の冷たさはもう薄い。

代わりに、陽だまりみたいな温度が街のあちこちに残っている。


リゼは肩の力を抜きながら、人通りの多い通りを歩いていた。

そんな時だった。


「よっ!」


聞き慣れた声に振り向く。

そこに立っていたのは、ロイドだった。

短い黒髪に、顔を斜めに走る傷跡。


鋭い目つきのせいで黙っていれば近寄りがたい。

それでも笑うと、その印象が少しだけ崩れる。


けれど――立ち姿には隙がない。


人混みの中でも、自然と周囲を見ている視線。

重心の置き方。

何かあれば即座に動ける空気。


元S級冒険者らしい雰囲気は、まだ身体に染みついたままだった。


「ロイド!」


リゼの顔がぱっと明るくなる。


「今日はこっち?」


「ああ。ついでにな」


ロイドが軽く肩を回す。

以前はぎこちなかった動きが、今はかなり自然だった。


「肩、だいぶ良さそうだね」


「まあな」


もう一度肩を動かす。

関節の引っかかる感じも、痛みを庇う癖もほとんど見えない。


「もう問題ねえよ」


少しだけ間を置いてから、ロイドが続けた。


「借りてた分も、さっき全部返してきた」


さらっとした口調だった。

だが、その意味は軽くない。


リゼが足を止める。


「……え?」


「治療費」


あっさり言う。


「時間かかったけどな」


ロイドは鼻で笑った。


肩の怪我。

動けなくなっていた期間。

積み上がっていた借金。


簡単な額じゃなかったはずだ。


「これで、文句なく戻れる」


そう言いながら、確かめろと言うみたいに肩を少し下げる。


「ほら。森の時よりはマシだろ」


「あの時は無茶してたじゃん」


リゼが眉を寄せる。

雪山近くの森で、強引に前へ出て傷を広げた時のことを思い出す。


「お前に言われたくねえ」


即座に返される。


「えー、私はちゃんと考えてるし」


「考えてたら崖から飛び降りねえよ」


「間に合ったからいいじゃん!」


「普通は飛ばねえんだよ」


言い返されて、思わず吹き出す。

ロイドも小さく笑った。


そのまま二人で並んで歩き出す。

会話は自然と続いた。


「あの渓谷の時もさ、ロイド先に突っ込んだでしょ」


「あれはお前が横から飛び出すからだろ」


「だって間に合わなかったら危ないし」


「だからって考えなさすぎなんだよ」


「ロイドにだけは言われたくないなあ」


軽く言い合う。

けれど、不思議と空気は柔らかかった。


歩く速度も。

言葉を返す間も。

沈黙すら気まずくならない距離感。


春風が、二人の間を静かに抜けていった。

ロイドがふっと息を吐く。


「……変わんねえな」


ぽつりと零す。


「え?」


リゼが顔を向ける。

ロイドは少しだけ目を細めた。


「いや、いい意味でな」


それだけ言って前を向く。

その横顔は、どこか懐かしむみたいだった。

少し歩いて、人通りの少ない路地へ入る。


賑やかだった通りの音が、少し遠くなる。

風が吹き抜け、壁際に積まれていた木箱がかすかに軋んだ。

その時、ロイドの足が止まる。


「でさ」


軽い調子のまま口を開く。


「どうなんだよ」


「え?」


「まだ、あいつか?」


一瞬。


言葉が止まる。

誰のことを言われているのか、分からないわけじゃない。

でも、すぐには返せなかった。


「……別に、そんなんじゃ」


言いながら、視線が逃げる。

春風が、揺れた金髪をさらっていった。

ロイドが小さく息を吐く。


「あー……」


納得したみたいに笑う。


「そういう顔な」


図星だった。

何も言えない。


沈黙が落ちる。


遠くで子供の笑い声が聞こえた。

その音だけが妙に平和で、余計に胸の奥が落ち着かない。


ロイドが、もう一度口を開く。


「今なら、まだ間に合うぞ」


軽い調子だった。

けれど、その声だけは妙に静かだった。

冗談じゃない。


本気で言っている声だった。

リゼの目が、わずかに揺れる。


返事が出ない。


否定も。

肯定も。

どちらもできなかった。


ただ――迷っている。


ロイドはその顔を見て、ほんの一瞬だけ真面目な顔になる。

それから、すぐに苦笑した。


「……やめとくわ」


あっさり言う。


「え?」


リゼが顔を上げる。


「タイミング逃したかな」


肩をすくめる。

その仕草は軽い。

でも、どこか諦めにも似ていた。


「今は違うだろ」


静かな声。

押し付けない。


けれど、ちゃんと見ている。

リゼが何を選ぼうとしているのか。

もう気づいているみたいに。


「でもな」


少しだけ間を置く。


「好きだったのは本当だぞ」


さらっと言う。


冗談みたいな口調だった。

なのに、その目だけは少しも笑っていない。


リゼの胸が、小さく揺れる。

春風が、髪を揺らした。


「……ごめん」


気づけば、小さく呟いていた。

ロイドはすぐに返す。


「謝るな」


迷いなく。


「そういう顔されると、こっちが悪いみてえだろ」


軽く笑う。

空気を戻すみたいに。


少しだけ沈黙が落ちた。

遠くで馬車の車輪が石畳を鳴らしていく。

ロイドが視線を外す。

それから、ぽつりと。


「……隣に立つなら、俺の方が楽だぞ」


軽く言う。


――冗談みたいに。


でも、どこか本気だった。

リゼが思わず顔を上げる。


ロイドは笑っている。

けれど、その奥は読めなかった。


優しさ。

諦め。

未練。


全部を隠すみたいに笑っていた。


「ま、いいか」


それだけ言う。

それから、リゼをまっすぐ見た。

少しだけ真面目な顔で。


「ちゃんと選べよ」


低い声。


「黙ってたら、何も進まねえ」


一歩だけ距離を取る。


「……俺みたいになるなよ」


少しだけ笑う。

――でも、その声は軽くなかった。

後悔を知っている人間の声だった。


「じゃあな」


手を上げる。

そのまま背を向けた。

振り返らない。

迷いのない足取りで、まっすぐ前へ歩いていく。


春の風が、黒い外套を静かに揺らした。

リゼは、その背中を見ている。


止めない。

呼ばない。

ただ、見送る。


遠ざかっていく背中を見ながら、胸の奥が少しだけ苦しくなる。


(……ちゃんと選べ、か)


小さく息を吐く。


でも。

もう、気づかないふりはできなかった。


春の風が、静かに通り抜けていった。


悲しい、いい人だったけど。

もっと登場シーン増やしたかったです。

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