第11話
自宅に来た警察の中には神谷と三浦がおり、神谷は烈と顔を合わせるなり、お決まりの「また君か」という台詞を発した。
「見たことがある住所だなと思っていたが、君の家とはね。ついに家にいるだけで、事件に巻き込まれるようになったのかい?」
「その冗談やめてもらっていいすか。流石に傷つくんで」
烈が外出すれば事件に遭遇するとよく言われるが、そこに存在するだけで事件に巻き込まれるまで悪化したとは思いたくない。というか、認めたくない。
「それで、一体何が起きたんだい?」
烈は母親と共にトラブルの流れを説明。神谷と三浦は共に興味深そうに話を聞いていた。
一通りの話を聞いた神谷は、「ちょっと確認したいことがあるんだが」と烈達に質問。
「お隣の娘さんは様子がおかしく、普段とは別人のようだった、ということだね?」
「俺はあまり親しくないんですけど、明らかに言動が違ったすね」
母親も烈の発言に同意。「気弱だけど、いつもはいい子なんです」と付け加える。
「そうか。気が弱い子が、ここまでのことを……。三浦はどう思う?」
「やっぱり、アレ、ですかね?」
「まあ、アレだろうな」
何やら意味深な会話を交わす二人。烈は気になり、「アレってなんですか?」と尋ねる。
神谷は一瞬烈達に教えるべきか逡巡するも、「新型麻薬だよ」と答えてくれた。
新型麻薬とは近年南米で開発されたものであり、現地のマフィアが他国の反社会組織と結託し売り捌いている薬物。日本も狙うべきマーケットの一つと見做されており、ヤクザや半グレが代理店となっている。
話をしている間の神谷は、苦虫を噛み潰したような表情。彼は元々薬物の類が嫌いなのだが、それだけではどうもないようだ。
「この薬物はね、服用するとあらゆる不安が消え、幸福な気分になるそうなんだ。だが、従来のものに比べて、非常に依存度が高い。そして、服用すると脳機能の一部が麻痺して、性格が大きく変容する。文字通り、人が変わったようにね。それで周りとトラブルを起こして、時には殺人にまで発展している」
新型麻薬は製造コストが安く、従来の薬物よりも低価格で売られている。だが、禁断症状は価格に反比例して強力。危険すぎて、売人すらも自分では使わない代物。
最初は都内で流通していたが、最近は地方にまで侵食してきている。この東北地方でも新型麻薬が出回り始めており、警察は手を焼いているそうだ。
「そんなに物騒なもんなら、神谷さん達がとっとと売り捌いている連中を捕まえてくださいよ」
烈も薬物は嫌いだ。だから、一刻も早く流通ルートを潰してほしい。
市民である烈の注文に、神谷達は渋い顔を浮かべる。
「もちろん、我々も取り締まりはしている。だが、不甲斐ない話、未だに売人達を捕まえられずにいるんだ」
「何故?」
「売人がどうやって、取引しているか分からないんだ」
最近の薬物は対面取引に加えて、ネットでも売買している。当初、警察は新型麻薬も従来の方法で売買されていると考えた。だが、どれも違った。購入者の行動履歴を追っても、それらしい痕跡がないのだ。直接購入者から聞き出そうにも、彼らは皆薬物のせいでまともに会話できない状態。
「だから、我々としては今回の事件を契機に、なんとか捜査を進めたいと思っている。剛村くんは隣家に怪しい人物が出入りしていないか、見覚えはないかい?」
「いや、ないっすね。宅配便を見たぐらい」
母親も烈と同様に首を振る。
神谷は「そうか」と残念そうに肩をすくめた。
「まあ、とりあえずお隣を捜査してみるよ。剛村くん達に話を聞きたい場合は呼ぶから」
そう言い残すと、神谷と三浦は隣家に向かって行った。
「……烈、とりあえず家に入りましょうか。人の目もあるし」
「だな」
烈の家の前にはパトカーが何台も止まっており、それに惹きつけられた大勢の野次馬達が集まっている。烈も母親も他人から無遠慮な視線を浴びるのが嫌なので、自宅の中に避難していった。
次の日、学校から帰宅した烈は靴を脱ごうとした時、下駄箱の上の缶に気づく。
「……そういや、こんなのあったな」
玄関に置かれた謎のぬいぐるみ。昨日のいざこざで、すっかり忘れていた。所有者が誰か不明なままである。
どうすっかなと缶を手にして考えていると、インターホンが鳴り、「烈くーん」という声が聞こえてきた。
玄関を開けると、制服姿の明里。
「やあ、烈くん。昨日、君の家で起きたトラブルについて、聞きにきたよ。学校では話す機会がなかったからね。なんだか面白……失礼、大変なことがあったみたいじゃないか」
面白いと口走りそうになった明里だが、烈は咎めない。イラったとしたが、今回怪我人は出ていないので、わざわざ怒るほどでもない。何より明里はそういう性格だと、すでに知っている。
「ちょっと、お隣さんとな」と事件のことを説明。ついでに、神谷から聞いた新型麻薬についても教えてやる。
「それは大変だったね。お義母さんは無事かい?」
「大丈夫だ。怪我はなし」
「それはよかったよ。お義母さんに何かあったら、ボクは冷静ではいられなかっただろう。彼女はボクにとっても大事な家族だからね」
胸を撫で下ろした明里は、「ところで、それはなんだい?」と不思議そうに烈が持っている缶を指差す。
「これか? 昨日、家の前に置いてあったぬいぐるみだよ。例のやつに関係してるかもしれない」
「例のって、あの都市伝説かい?」
「ああ。ぬいぐるみが置かれた家は不幸に見舞われるって噂だったけど、マジだったみたいだ」
自嘲気味に笑う烈。しかし、明里は烈の冗談につられて笑うどころか、表情を真剣なものへと変えた。
「なあ、烈くん。ぬいぐるみが置かれたことと、お隣さんが暴れた件。はたして偶然なのだろうか?」
「え?」
「どうも、ボクにはそう思えなくてね」
明里の言う通り、ぬいぐるいが置かれたその日に事件が起きるとは、確かに偶然とは言い難い。そこで烈はあることを思い出す。
「そういや、娘さんは何かを探していたな。お袋に隠しただろって、詰め寄ってた」
薬物のせいで錯乱していただけかと烈は考えていたが、彼女は一体何を探していたのだろうか?
「そのぬいぐるみ、貸してくれるかい?」
烈は言われるまま、明里にぬいぐるみを渡す。
明里は様々な方向からぬいぐるみを観察したり、手に持ったまま振ってみる。調べているとやがて腹部が気になったようで、ぬいぐるみの腹を何度も指で押す。
「……お腹に何か入っているな。綿とは違う感触がある」
そう言うと明里は、ぬいぐるみの口に指を突っ込んだ。もぞもぞと指を動かした後、「ん? これは……」と何を見つけたようで指を引き抜いた。彼女の指には、白いパケのようなものが挟まれており、それを見た烈は頬を引き攣らせる。
「……なあ、明里。そのパケ、警察の特集番組とかで見たことがあるんだが……」
「奇遇だな。ボクもだ。そして、ボク達の予想は合っているだろうね」
「……薬物、だよな、とりあえず、警察に……」
スマートフォンをポケットから取り出そうとした烈を、「通報はまだ待ってくれ」と明里が制止。
「警察を呼ぶ前に、ボク達で調べたいことがある」
「また悪癖が出たよ。要は警察が来ると、自分達で独自の調査ができなくなるってことだろ?」
明里は恥ずかし気もなく「そうだよ」と認める。
「この薬物は、ボク達が見つけたんだ。ということは、ボク達が先に調べる権利があるということ」
「どんな理屈だよ……。捜査の権利は早いもの勝ちじゃないぞ。そもそも俺達一般人には捜査する権利なんか……」
「まあまあ、細かいことは気にしないでくれ。まずはお隣さんに話を聞きに行こう」
「細かくねーよ。それに俺達ガキの相手なんて、まともにしてくれないだろ」
「普通はそうだろう。だが、お隣さんは娘さんが捕まったことにより、混乱の極地にいるはずだ。今なら正常な判断ができずに、ボク達にも捜査をさせてくれるかもしれない」
なんつー、打算的な考えだ。それが災難に見舞われたご近所に対する言葉か。
呆れ果てて、烈はもはや言葉が出ない。
明里はそんな心情の烈を連れて、お隣の家へと意気揚々と向かった。




