第8話
病室の外に出ると、明里が「さて」と切り出した。
「今回の強盗事件、烈くんはどう思う?」
「まあ、怪しいな。あの朔夜って奴が」
「具体的などの部分を、烈くんは怪しんでいるんだい?」
「まずは怪我だな。強盗達は先に白波を殴ったが、それがおかしい。俺の経験上、順番が変なんだよ」
「順番?」
「例えば俺と明里が二人でいる時に、強盗が後ろか不意打ちとようとするだろ」
「君のような大男を相手に、強盗行為を企てること自体が無謀だと思うがね」
「そこはいいから。強盗の視点で考えてみてくれ。俺と明里、どちらから殴るべきか?」
明里は即答。
「もちろん、君の方からだ。まだ気づかれていないという利点を活かし、強そうな君から殴る」
そこまで言った明里は「ああ、なるほど」と自分の手の平を拳で叩く。
「順番というのはそういう意味か。力のある男性から無力化するべき、ということだね?」
「その通り。だが、今回の強盗は女子の白波から襲った」
烈は、カップルをターゲットとした強盗事件に何度も出会している。それらでは決まって男性の方から強盗達は襲っていた。唯一頼りとなる男性が動けなくなれば、女性は恐怖し強盗達に従うしかない。つまり、男性を先に殴る方が効率が良いのだ。
しかし、今回の強盗は美月を先に攻撃した。
烈にはもう一つ気になることがある。
「あとは腕だな」
「腕?」
「白波と朔夜がそれぞれ、高級腕時計を無理やり盗られたって言っていただろ? 白波の腕には引っ掻き傷がついていた」
「強盗に奪われる時につけられたものだよね」
「ああ。腕から外そうとした際に、強盗が引っ掻いちまった。爪が長かったんだろう。だが、朔夜の方には傷がなかった。それが気になるんだよな。本当に朔夜は強盗に腕時計を無理やり奪われたのか、俺には疑問だ。まあ、腕時計を外そうとした人間が別々で、朔夜の方は爪の手入れをしていた人間という可能性もあるがな」
「ふむふむ。なるほどね。烈くんの話は、ボクも初めて知るばかりで中々興味深い。どれも有用な情報だ。経験が活きたね。君の事件に巻き込まれるという体質のおかげだ」
「褒められても嬉しくねーよ」
強盗の手口など、烈にとってはいらない知識だ。今回は役に立ったが、正直複雑な気分である。犯罪の知識を得ることがない生活を送りたい。
「あの朔夜って男は怪しすぎる。俺はきちんと調べた方がいいと思う」
「やっぱり、そうだよね……」
烈の言葉に同意したのは、明里ではない。烈達が声の方向に顔を向けると、水鏡がいた。両手には大きな荷物を持っており、おそらく美月の着替えなどを持ってきたようだ。
「君達から見ても、あの人はよくないんだ。そりゃそうだよね。あの人とお姉ちゃんが付き合ってから、色々とトラブル続きだし。今回なんて、あの人に呼び出されて大怪我をした。とんだ疫病神よ」
「全くだ」
烈も朔夜に対する評価は地を這うもの。しかし、明里は「コラ、二人とも」と嗜める。
「思うところはあるかもしれないが、いくら怪しくても今のところ、彼も被害者だ。彼が原因という証拠もない現状で、美月さんの彼氏を貶める発言はよくないな」
明里の言葉は正論ではあるのだが、朔夜の為人を見てきた烈としては勘繰ってしまう。水鏡も同じ。
烈と水鏡が尚も食い下がろうとしたが、「いいや、彼女の言う通りだ」と男性の声が聞こえてきた。
声の主は二十歳前後の若い男性であり、驚くべきことに朔夜そっくりの顔をしていた。だが、朔夜とは違い黒髪で、アクセサリーの類もつけていない。何より顔つきが違った。朔夜とは真逆の、とても真面目で責任感の強そうな青年だった。
突如現れた朔夜そっくりの男性に烈と水鏡は戸惑うが、明里はすぐに察したようで、「朔夜さんの双子のご兄弟ですか?」と男性に質問。
「ご明答。俺は有馬陽太。有馬朔夜の弟に当たる」
短い自己紹介をした後、陽太は水鏡に深々と頭を下げる。
「俺の愚兄がお姉さんに迷惑をかけて、本当に申し訳ない。嫁入り前の女性に怪我をさせてしまうなんて、弟として謝罪する。あのような男の片割れであることが恥ずかしい」
陽太曰く、朔夜は幼少期からやんちゃで、問題ばかり起こしている。歴代の交際相手を泣かしてきたらしい。今回のことも朔夜の人柄が関係しているはずであり、美月は朔夜と早急に別れた方がいいとのこと。
話をしている間の陽太の表情は苦々しい。兄の振る舞いのせいで、いかに苦労してきたかが察せられる。
「いや、私に言われても……。それにあなたが悪いわけじゃないので……。私も少し言いすぎました。お兄さんも一応、被害者ですので」
いきなり謝罪を受けた水鏡は困惑しながらも、陽太に頭を上げさせる。
「そう言ってもらえると気が少し楽になる。それで申し訳ついでだけど、これを兄に渡してもらえないだろうか? 兄の荷物なんだけど」
水鏡は陽太からバックを渡されるままに受け取る。
「自分で渡せと思うかもしれないけど、俺と兄はソリが合わなくて、顔を合わせると喧嘩ばかりするんだ。あいつも俺から説教されるのは嫌だろうし。それじゃ頼むよ」
立ち去ろうとした陽太は「ああ、そうだ」と、烈達に振り向く。
「何かあったら、遠慮なく兄を警察に突き出してくれ」
そう言い残し、足早にその場を去る陽太。よほど朔夜と対面したくないようだ。
「さて、烈くん。ボク達もそろそろ帰ろうか。ここに長居しても意味がないしね」
「ああ」
烈達は水鏡に別れの挨拶をし、病院を後にした。




