第7話
放課後になると、烈は明里と共にバスで美月がいる病院に向かった。
到着した烈は、病院の外観を見て気が重くなる。
理由は一ヶ月前の青薔薇の貴公子事件。烈達は捜査の中で、真犯人であった苫米地逢蕾華の協力者である柳哲郎を追い詰めた。柳は烈達から逃亡する際に、逢蕾華に通りがかりのトラックの前に突き飛ばされ、轢かれた。柳が搬送され死亡が確認されたのがこの病院である。
あまりいい思い出がない病院のだが、玄関前で足踏みするわけにもいかず、明里と共に中に入った。その足で受付カウンターに向かい、美月との面会をしたいと申し出る。
「あ、君たちは……」
烈達を見た若い受付の女性は何かを言いかけたものの、「失礼しました。こちらの端末に必要事項を記入してください」と営業スマイルで言い直した。
きっと女性は、烈と明里が青薔薇の貴公子事件の関係者だということを覚えていたのだ。
烈達は言われた通りに端末に面会相手である美月や、自分達の氏名を記入。女性は入力事項を確認した後、「ありがとうございます。院内ではこちらのカードを首から下げてください」と面会のカードを烈達に渡し、病室までの道順を教えた。
烈達は案内通りに院内を歩き、病室に到着。病室の名札は空白になっている。おそらくセキュリティとプライバシーの観点から、ここが美月の病室だと知らせないためだろう。
「烈くん、警察がいるね」
「ああ」
美月がいる病室のフロアには、制服警官の姿がちらほらと見える。彼らは烈達の姿を凝視していたが、着ている制服から烈達が美月の同級生と判断したようで視線を外した。
「どうやら警察も本腰を入れて、美月さんの身辺警護に乗り出したようだね」
烈としては遅すぎる気がするが、これで一安心できる。少なくとも、病院内は安全だ。
烈が病室の扉をノックスすると、「どうぞー」と美月の声が返ってきた。
「俺、剛村と明里だ。入るぞ」
烈達が入った病室は個室であり、ベッドの上には美月がいた。頭に巻かれた包帯が痛々しい。
隣には朔夜がパイプ椅子に腰掛けていた。彼は明里の姿を目ざとく見つけると、馴れ馴れしく「おー、明里ちゃんじゃん!」と下の名前で呼ぶ。名前は美月から聞き出したのだろう。烈の方はやはり眼中になし。コイツはひょっとして、男が見えない病気か呪いにかかっているのでは、烈は疑いたくなる。
「来てくれたの? 女の子がお見舞いに来てくれて、嬉しいよ」
「もう朔夜くん! 私がいるでしょ!」
「もちろん、忘れてないさ。ただ、少しでも華やかな方がいいだろ」
「だからって彼女の前で、別の女の子にお見舞いに来てくれて嬉しいなんて、言わないでよ」
「悪い悪い。でも、俺は全ての女の子が好きなんだ。全女性を愛していて、愛を向けてほしいんだ」
「朔夜くんは壮大な男だなあ」
美月は惚気るが、女にだらしない馬鹿野郎の戯言としか烈には聞こえない。今まで何度も思っているが、美月に朔夜との交際について、一度見直すべきと言った方がいいのではないか。
烈と明里は朔夜を無視して、美月のベッドの横に立つ。
「それでツッキー、襲われたと聞いたんだが、一体何が起きたんだい?」
「私もよく分からなくてさ。朔夜くんと一緒に夜道を歩いていたら、いきなり襲われて……」
「ちょっと待った。ツッキーは朔夜さんと夜出かけていたのかい? 今の状況で?」
散々嫌がらせを受けて、強盗にも入られたのに、不用意に夜に外出したのかと明里は問いたいのだ。美月も明里の質問の意図を察したようで、申し訳なさそうに顔を背ける。
「だって、朔夜くんにどうしても会いたいと言われて、短時間だけならいいかなって。家族には反対されたけど、強引に出てきちゃった」
明里は額を片手で抑える。美月の軽率な行動に、頭痛を覚えたのだろう。
「……まあいい。起きたことは仕方がない。外に出たと言ったが、具体的にはどこで襲われたんだい? 場所をなるべく正確に教えてほしい」
「えーと、家から少し離れた道路かな」
「その場所までどんな道順だい?」
明里は道順を聞き、スマートフォンにメモしていく。おそらく、後で実際にその場所に行ってみるつもりなのだろう。
「襲われた後はどうなったのかな?」
「それがよく覚えていないんだ。私は頭を殴られて、地面に倒れちゃったの。朔夜くんが誰かと争っている声が聞こえたんだけど、意識が朦朧としてすぐに気絶しちゃった」
明里に視線を向けられた朔夜は「そうそう!」と何故かテンション高めに答える。
「美月ちゃんを守らなくちゃって、必死に抵抗したんだけど、いかんせん相手の数が多くてさ。いくら俺でもあの数は無理だったわ。一対一だったら、なんとかなったんだけどなー」
そんなヒョロガリの腕だと、一人相手でも無理だろ。
烈はそう思ったものの黙っておいた。明里が話を聞いているのだ、邪魔するべきじゃない。
「朔夜さんは相手を目撃したのですね? 具体的には何人いたのですか?」
「突然のことで全員は数えてはいないんだけど、四、五人だったかな。あ、相手の人相も分からないよ。暗くて見えなかったんだから」
「そうですか」
朔夜から得られる情報の少なさに落胆を隠さない明里は、美月に視線を戻す。
「ツッキー達は殴られただけかい? 他には何かされなかった?」
「気絶している間にお財布や、朔夜くんにもらったアクセサリーも盗られちゃった」
美月は自身の左腕を烈達に見せる。彼女の手には、引っ掻き傷が何本もつけられていた。強盗が美月の身体から金品を引き離す際につけられたものだ。
「私だけじゃなくて、朔夜くんも」
「俺も高級時計が盗まれちゃってさ、マジムカつくよ」
現在警察が強盗事件、及び一連の嫌がらせの一つとして捜査しているようだ。
「それで美月さん、怪我の具合はどうだい? こうしてボク達と普通に話せてもいるし、怪我はそこまで酷くはないように見えるのだが」
「うん。頭を数針縫ったけど、大丈夫。検査も問題ないって。数日は入院することになっちゃったけどね。まあ、女の子の大事な顔が傷つけられなくてよかったよ!」
烈は、美月の口の端が不自然に上がっていることに気がついた。指先も震えている。おそらく内心では強盗への恐怖心があるが、それを他人には悟られまいと笑顔を作っているのだ。
その様子を見て、烈と明里はこれ以上事件の記憶を彼女に思い出させるべきではないと考え、事件の話を打ち切った。
「まあ、白波が元気そうで何よりだ。そうだ、何か欲しいものとかあるか? 売店で買ってきてやるよ」
「遠慮なく言うといい。烈くんがお金を出してくれるから」
「なんで俺だけなんだよ。お前と俺で折半だ!」
烈達の様子に、美月は明るく笑う。
「今は欲しいものはないかな。あ、そうだ。入院生活が暇だかさ、あかりんとれっちん、学校終わった後にここに来て話し相手になってくれない?」
「別にいいぞ」
「ボクも構わないよ」
朔夜が「俺も俺も」と横から会話に入ってきた。
「俺も美月ちゃんほどじゃないけど、少し入院することになったんだよ。明里ちゃんも俺の病室に来てよ。隣の病室だから。君が来てくれたら、テンションが上がるー!」
「……はあ、考えておきます」
適当に返事をした明里は「烈くん、長居もなんだし、お暇しよう」と烈を病室の外へ連れ出した。




